若い世代を中心に人気が広がっているという「短歌」。五・七・五・七・七の31音で構成される、短い詩のことです。

1000年以上もの歴史のある伝統的な短歌ですが、代表的なのは日本最古の歌集である「万葉集」。そこには今読んでも共感できるような、大切な人を思っての歌や、旅の途中に詠んだ歌など、さまざまな感情を表現する歌が並びます。

そんな短歌が、近年になって人気が再燃中なのだとか。歌人であり、評論なども行う平岡直子先生の解説とともに、そんな“短歌ブーム”の背景に迫ります。

解説:平岡直子先生

限られた文字数で表現する魅力

「短歌の講座のようなテレビ番組は昔からあったけれど、最近は経済系や報道番組などでも取り上げられるようになった」と平岡先生。身近なところでも、短歌を楽しむ人が増えているというのが感じられるといいます。

「今では書店に並んでいる歌集の数も増え、詩歌に特化した書店もあります。若い世代による、発売されたばかりの歌集も置かれているのを見て『本当に短歌ブームがきている』と改めて実感します」

そんな“短歌ブーム”ともいえることが起きている理由のひとつは、わたしたちが普段使っているSNSの存在が関係しているそう。X(旧Twitter)に代表されるように、文字数の制限があるなかで表現するという特徴が重なって、SNS世代から人気を集めたと考えられています。

会話をしているような短歌が台頭

ほかにも、短歌を楽しむ人が増えている要因として考えられるのは「古語を使った難しいもの」というイメージが払しょくされてきたこと。もともと短歌は“文語体”といって、「けり」や「たり」「~し」「~ぬ」といった言葉遣いなどを使ったものが主流でした。

しかし1980年代頃になると、普段の話し言葉である“口語文体”が短歌に取り入れられはじめます。そして、「口語短歌」のブームが起こります。その代表格としてあげられるのは、1987年に俵万智が出した歌集『サラダ記念日』など。

 
河出書房新社
『サラダ記念日』俵万智

百人一首や和歌のイメージだけではなく、「日常で使っている言葉で短歌をつくってもいい」という風潮が浸透していったと考えられます。しかし“伝統的”ではない新しい短歌に対して、認めないとする声も当時はあったそう。

「それでも細かいニュアンスも表現できる口語短歌が増えたことで、メインストリームになっていった」と平岡先生はいいます。

短歌は「自分だけのメディア」

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We Are//Getty Images

世間一般でも広まりを見せる短歌ですが、特に今の10代や20代の間でも親しまれているんだとか。それは「自分専用の言葉がほしい」という気持ちが、短歌に現れているのではないかと平岡先生は分析。

「ファッションも音楽も自分に合ったものを選ぶ時代に、“自分自身がメディア”になれる。感情や出来事を表現するのに、ぴったりな方法として人気を集めているのではないでしょうか」

短歌には文字数など、表現の「型」があります。俳句と比べて季語をいれるなどの縛りはないものの、その制限があるからこそ表現の細かいところが“カスタマイズ”しやすいのではないかと平岡先生。

「短歌は、『自分の気持ちをピタッと言語化したい/言語化したものを読みたい』というこだわりに寄り添います。そんな若い世代ならではの思いを、表現しやすいのだと思います」

世の動きと連動

近年の“短歌ブーム”で特徴的なのが、女性歌人を再評価する流れや、クィア(LGBTQ+に対する総称。包括的な意味合いをもつ)なこと、ジェンダーをテーマとした歌に光が当たるようになってきたという動きが見られること。

歴史的に日本で親しまれてきた短歌ですが、戦後からクィアな表現そのものはありました。しかし、その「意味合い」や「扱い」に違いがあったと読み取れます。

ときには“偏見”を写す鏡にも

1960年ごろに起こった「前衛短歌運動」。これはフィクションを取り入れ、短歌の“定型”を覆した、衝撃的なムーブメントだといわれています。当人のセクシャリティは不明ですが、それを盛り上げた男性歌人のなかには「同性愛」を題材とした歌を詠んでいたことも。

平岡先生は「男性歌人による同性同士の恋愛を “耽美的に表現する” 流れはあった」と言います。

しかしそういったものがあるから、「(短歌界は)包括的であった」と判断することは難しいもの。むしろこの社会に蔓延る、ゲイ男性に対する固定概念の表れでもあると平岡先生は分析します。

「短歌は表現が省略されているがゆえに、(詳細が描かれていない)歌の主人公に対して、ステレオタイプに基づく人間像に当てはめられやすいという弱点があります」

たとえば、性別も属性も明記されていない恋愛の歌があったとき、それには本来いろんな解釈の余白があるはず。しかし、「多数派の異性愛に当てはめて解釈する方が話が早い」とするような読み方が歴史的に積み重ねられてきたそう。

しかし現在は、短歌界でセクシャルマイノリティの作品を評価する受け皿が少しずつ整ってきていると言います。

「短歌ブームはここ2、3年の話なので、急いで結論出すことはできませんが」と前置きをしつつ、平岡先生は社会の流れと連動して、ジェンダーをテーマにした歌やクィアな歌人が表にでてくるようになったのではないかと言います。

100人100通りの解釈ができる短歌において、多様な可能性を生かす土台が整ってきているのかもしれません。

話を伺ったのは…

平岡直子さん

 
Naoko Hiraoka
平岡直子(ひらおか・なおこ)

歌人。1984年生まれ。長野県出身。

2006年、早稲田短歌会に入会し、本格的に作歌をはじめる。2012年、連作「光と、ひかりの届く先」で第23回歌壇賞受賞。2021年に歌集『みじかい髪も長い髪も炎』を刊行、同歌集で第66回現代歌人協会賞を受賞。2022年には川柳句集『Ladies and』を刊行。現在「外出」同人。