五・七・五・七・七の31音から作られる短歌は今、若い世代を中心に人気が広がっています。さらに、ジェンダーに関心が高まっている社会と同じように、社会についての思いの丈を描いた短歌も見られるようになっているそう。

第23回歌壇賞を受賞し、第一歌集として『みじかい髪も長い髪も炎』を代表作にもつ平岡直子先生の解説付きで、13首を紹介します。「女性らしさ」「男性らしさ」に疑問を呈したり、多様な性の在り方や恋愛模様の揺れをとらえたクィアな作品にご注目。

解説:平岡直子先生

フェミニズムの文脈から再評価

発売から数十年がたった今、改めて「フェミニズム的な意義があるのではないか」と読み直されている歌集も。その代表には、2001年に初版が発売された飯田有子による『林檎貫通式』などがあげられます。

  • 女子だけが集められた日パラシュート部隊のように膝を抱えて  飯田有子『林檎貫通式』
平岡先生:女子だけが集められた日、というのはたぶん生理についての授業の光景だと思うのですが、生徒たちが座っている様子を「パラシュート部隊」と喩えているところが異様です。落下傘で敵地に降下する兵隊ですよね。この歌には「女子として生きること自体が決死なことである」という鋭い感覚が詠われているように感じます。
  • のしかかる腕がつぎつぎ現れて永遠に馬跳びの馬でいる夢  飯田有子『林檎貫通式』
平岡先生:終わりのない悪夢を見ているような歌ですよね。馬跳びの馬役から逃れられずに、のしかかる腕が次々にやってくる。この歌の「のしかかる腕」には、女性が引き受けさせられている役割や、女性の身体への抑圧が象徴されているようです。

同じく2001年に発売された、佐藤弓生の第一歌集からも一首。

  • やわらかいあわせめを閉じ少女たち弾より速く生きのびなさい  佐藤弓生『世界が海におおわれるまで』
平岡先生:先の『林檎貫通式』と同じ年に刊行され、二十年を経て同じ年に復刊された歌集『世界が海におおわれるまで』から。この歌は年長の女性が少女たちを案じる目線がありますよね。「自分の身体への侵食を許してはいけない」という強いメッセージが感じられます。「弾」「生きのびなさい」という表現には、「パラシュート部隊」と同じように、女性として生きることにまつわる決死の感覚が宿っているようにも思います。
 
書肆侃侃房
飯田有子『林檎貫通式』(現代短歌クラシックス01)、佐藤弓生『世界が海におおわれるまで』(現代短歌クラシックス04)

女性として生きる苦しみや怒り

ジェンダーについて詠む歌人の中でも、若手の代表格である大森静佳。現代の女性らが経験するであろう日常のモヤモヤや、何気ない言葉に潜む女性蔑視的(ミソジニー)な態度の存在を、“答え合わせ”するように描く視点が魅力です。

  • 皆殺しの〈皆〉に女はふくまれず生かされてまた紫陽花となる  大森静佳『カミーユ』
平岡先生:戦争や虐殺で起こる皆殺しに女は含まれず、“見逃してもらえる”という内容です。歴史上、そういう前例はたくさんあると思うのですが、この歌では見逃された女が「紫陽花」に生まれ変わる。紫陽花というモチーフはなんだか素敵な感じもするのですが、物言わぬ花に置き換えられる、とも読めます。人間が「皆」とくくられるとき、そこには女が含まれていない、つまり人間扱いされていないという、なんとも言えない屈辱感が滲み出ている歌です。
  • 産めば歌も変わるよと言いしひとびとをわれはゆるさず陶器のごとく  大森静佳『ヘクタール』
平岡先生:「産めば女は変わるよ」「子どもをもてばあなたもわかるよ」といった言葉をかけられたことのある女性は多いのではないでしょうか。「産めば歌が変わる」という台詞は、多くの女性歌人が年長の人からかけられてきた言葉。この歌はそういったジェンダーロールに基づく偏見をきっぱりと押し戻します。「陶器のようにゆるさない」という表現が印象的。つるんとした冷ややかな陶器の質感からは、青い炎のようにしずかな怒りが伝わってきます。
 
書肆侃侃房 / 文藝春秋
大森静佳『カミーユ』(書肆侃侃房)、『ヘクタール』(文藝春秋)

いろんな愛のカタチが表に

未だ“隠さなければいけないもの”として扱われてしまうこともある、クィアな恋愛感情や気持ち。40歳を迎えた栗原寛による、自身の心境の変化を描いた歌集から。

  • 特定の「異性」が「相手」に変はりたる新明解に恋はたくさむ  栗原寛『鏡の私小説』
平岡先生:「新明解」は国語辞典の名前。最新の改定で、「恋」という言葉の説明に用いられていた「特定の異性」という表現が「特定の相手」に変更されました。つまり、「恋愛の相手は異性に限る」という固定観念が、言葉の定義から剝がされたことになります。小さな言葉ひとつに偏見が封じ込められていることもあれば、そんな言葉ひとつの変化が社会の変化を促すこともある。そこにそっと希望を託す作者の心情が感じられる歌です。
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短歌研究社
栗原寛『鏡の私小説』(短歌研究社)

「誰を愛すか」だけでなく、「どのように愛すか」だって本来、多様なはず。

  • 恋というほかにないなら恋でいい 燃やした薔薇の灰の王国  山中千瀬『さよならうどん博士』
平岡先生:「この気持ちは『恋』ではない」と「名前がないことで『この気持ち』をなかったことにされたくない」のはざまで吐き出されたような上句が印象的です。辞書に「恋」として定義されていない関係性でもその人にとっては恋である場合もあるし、一般的な「恋」の感情を全く抱かない人もいる。この歌からは、「恋」という言葉への抵抗感が感じられます。

長らく光が当たらなかったレズビアンの恋愛

女性であり、性的マイノリティであるという、複数の側面が交差することで生まれる社会構造に声を上げる歌人も。それらの歌には切なく、大胆な問いかけがあります。

  • ⼥の⼦を好きになつたのはいつ、と ⽔中でするお喋りの声  睦月都『Dance with the invisibles』
平岡先生:女性同士の出会いの場として開催されたダンスパーティを舞台にした連作に含まれている歌です。相手の性的指向について、なにげない質問を交わす場面を「水中でするお喋りの声」と詩的に表現。ささやき声でおしゃべりしているようなかわいらしさが感じられますが、同時に、自分たちは水面化に隠されている存在だ、という感覚もあるのだと思います。
 
角川文化振興財団
睦月都『歌集 Dance with the invisibles』(角川文化振興財団、2023年10月2日刊)
  • 人間という語はレズビアンを指しそのほかみんな宇宙人だわ  山中千瀬「千秋楽」
平岡先生:「レズビアン以外は人間ではなく宇宙人である」と表現。挑発的な歌ですが、この歌に含まれているのは痛烈なアイロニーだと思います。現実の世界では、人間扱いされているのがヘテロセクシャル(異性愛者)である男性ばかり。その状況に対する怒りを、現実を反転(ミラーリング)させて表現しています。

    男性が描く身体の違和や家父長制の圧迫感

    とくに若い歌人に増えている自身の立場や家父長制の苦しさに共鳴する歌に着目する平岡先生。笠木拓による作品は、性別の垣根を超えていくことへの「願い」がこもっているような歌が並びます。

    • ふくらんだ胸と喉とを取りかえる魔法を日記に書いて交わした  笠木拓『はるかカーテンコールまで』
    平岡先生:第二次性徴期。あなたはふくらんだ胸がいらないかもしれないし、自分は喉ぼとけをいらないと思う。それなら、お互いの身体のいらない変化を交換できる魔法があればいいのに。自分ではない身体への憧れが詠われた一首です。
    • 祈りつつ切手を貼るよ 性と心が癒着するしかない身を生きて  笠木拓『はるかカーテンコールまで』
    平岡先生:自分の性別と心が連動してしまうことを「性と心の癒着」と表現。この「癒着」という言葉からは、その生き方になにかしらの違和感や苦しさがあることを感じさせます。「祈りつつ切手を貼る」。ここには、それでも誰かに対して言葉を差し出そうとするイメージがあるのだと思います。

    第8回現代短歌社賞で次席だった田村穂隆によるデビュー作、『湖(うみ)とファルセット』。本作品の中では男性自身も苦しめる生きづらさや、“加害性”も見つめます。

    • 祖父は父を父はわたしをわたしはわたしを殴って許されてきた  田村穂隆『湖とファルセット』
    平岡先生:家庭内で再生産される家父長制の抑圧が苦しく描かれています。この歌集には自分の男性の体に対する違和感をモチーフにしている歌も並びます。
    • 生産性という言葉がわたしの胸に咲くタンポポをちぎっていった  田村穂隆『湖とファルセット』
    平岡先生:言葉を発した誰かではなく、言葉が花をちぎった、というのはすこし飛躍のある不思議な表現。そこに、言葉自体への強い痛みが感じられます。性的少数者を「生産性がない」と批判した政治家の発言なども記憶に新しいですが、この歌は人間を「生産性」で評価しようとすることの暴力性を訴えます。
    graphical user interface
    現代短歌社
    田村穂隆『湖とファルセット』(現代短歌社)

    話を伺ったのは…

    平岡直子先生

     
    Naoko Hiraoka
    平岡直子(ひらおか・なおこ)

    歌人。1984年生まれ。長野県出身。

    2006年、早稲田短歌会に入会し、本格的に作歌をはじめる。2012年、連作「光と、ひかりの届く先」で第23回歌壇賞受賞。2021年に歌集『みじかい髪も長い髪も炎』を刊行、同歌集で第66回現代歌人協会賞を受賞。2022年には川柳句集『Ladies and』を刊行。現在「外出」同人。