子どもから大人まで、年齢を問わず楽しめる「絵本」。ここ数年で、LGBTQ+コミュニティや性の多様性を描いた作品が続々と出版されています。
アジアで出版されたクィアな本を中心に扱う「Lonliness Books」のオーナー・潟見陽さんは「幼少期から多様な価値観が描かれた絵本に触れることで、“多様なことが当たり前”というイメージを持つことができる」と話します。
本記事では、世界の絵本を扱う潟見さんがおすすめする「性の多様性」を描いた絵本をご紹介。自分はもちろん他者を肯定することの大切さを感じられたり、読むことで優しい空気に包まれるような作品をお届けします。
幅広い年代に親しまれる「絵本」の魅力
――絵本を紹介していただく前に、絵本を通して性の多様性を知ることには、どのようなメリットがあると思われますか?
絵や写真を中心に展開していく絵本は、子どもから大人まで年齢を問わず読むことができます。また、仮に言語が読めなかったとしても、翻訳ツールを駆使しながら読めるくらい文章が短く、言語が分からない国の絵本を読むこともできます。
絵本は、オンラインですぐに情報が入れ替わり立ち替わり入ってくるこの時代の対極にあるような、世代や言語などの「様々な壁を超えていく力があるメディア」だと思います。
そういった魅力があるなかで、最近では日本の作家や海外の作品が翻訳されたものが増え、自分が子どもだったときよりもLGBTQ+コミュニティや多様性について描かれた絵本が身近にあると感じています。すべてを理解できるわけではないかもしれませんが、幼い頃から「性の多様性は、当たり前なんだ」というイメージを蓄積し、そのイメージが膨らんでいく仕掛けとして効果的だと思います。
――大人になって改めて絵本を読むことで得られる、新たな気づきもありそうですね。
大人になって日々忙しくなると、本を読んだり、連続ドラマを全話観たりする時間がなかなかとれないですよね。時間ができたとしても、そこに体力を使う余裕もなくなってきたりして。絵本は毎日読むものではないかもしれませんが、ふとしたときにパラパラとめくるだけで、読んだ記憶が蘇ってくることがあるんです。
短い時間でも、本棚から取り出して手に持つことができるのが良いところであり、大人にとっては、“忘れたときに思い出す友だち”のような存在でいてくれると思います。
また、韓国ではコロナ禍による影響も相まって、絵本を買う大人が増えているそうです。もしかしたら日本でも、心のどこかで絵本を必要としている大人は少なくないかもしれないですね。
多様な価値観を表現する絵本
ここからは多様な性や生き方を描く、潟見さんおすすめの4冊をあらすじとともに紹介します。
『すきって いわなきゃ だめ?』
「好き」という気持ちを丁寧に描く
友だちのこうくんを好きになった主人公が、「この気持ちはなんだろう?」と問い続ける物語。直接的にLGTBQ+という言葉で表現されているわけではありませんが、「好き」という気持ちの喜びや戸惑いなど、子どもなりの心の揺れが丁寧に描かれています。大人が読んでも、身に覚えのある懐かしさを感じられると思います。
「好き」という気持ちに対して、具体的な答えを出すのではなく「その気持ちをそのまま持っていていいんだよ」と寄り添ってくれるような絵本です。今日マチ子さんの絵は、眺めているだけでも胸がキュンとします。
『ぼくのスカート』
男の子を応援する両親のあたたかな目線
アメリカ人作家のピーター・ブラウンによる、好きなものを身につけた男の子とその両親のお話。
いつも裸で遊び回っているフレッドは、ある日、お父さんとお母さんのクローゼットにこっそり忍び込みます。お父さんの洋服よりもお母さんの洋服を好きになり、次第にアクセサリーや化粧品を見つけてお母さんの真似をして遊んでたところを両親に見つかってしまいます。
この絵本の見どころは、お母さんの服を着たフレッドの姿を見た両親が「かわいいね」と心から肯定するところ。表情からも見てとれるように、作品に出てくる大人は偏見や規範にとらわれていないフラットな状態で、とても心地よく読める絵本です。
『PINK BLUE ピンク&ブループロジェクト』
「色」にまつわる規範を問いかける
韓国の写真家・ユン・ジョンミさんが、自分の娘がピンクのものばかりを選ぶことに疑問を感じたことから、このプロジェクトは始まりました。様々な子どもたちのもとを訪ねて持ちものを部屋に広げてもらうと、女の子はピンク、男の子はブルーに染まるケースが多かったそう。成長するにつれてだんだんと自分で色を選ぶようになり、ピンクとブルーだけではない世界に変わっていきます。
このことから、子どもが自分で色を選んでいるのではなく、大人が与えていたり、無意識に刷り込まれた規範を表しているのです。10年前にはじめたこの「ピンク&ブループロジェクト」がまとめられ、翻訳されたものが2023年に日本で出版されました。
この絵本を紹介してくださった写真評論家の小林美香さんは、第二次世界大戦前の時代には「ブルーを女の子の色にしよう」という考え方があったとおっしゃっていましたが、それほど色のイメージは、価値観で簡単に置き換えられるものなのです。
登場する写真が、カラフルでインパクトがあるので一見「良いもの」として見えてしまいます。本作を読んで、自分や自分の子どもに対して「世間が決めた規範や枠にはめ込んでいなかっただろうか」という問いについて考えてみて欲しいです。
『ドロシーマンション』
仲間とともに世界を切り開いていく
すべてが灰色に塗られた村に住む、タータンが主人公の物語。タータンチェックが好きなタータンは、周りの村人や同級生に「変だ」「おかしい」といじめられてしまいます。
自分を受け入れてくれる場所を探しに旅に出たタータンは、やがて「ドロシーマンション」を見つけました。マンションの住人たちに「この柄を気に入ってくれる場所を知ってる?」と尋ねて周り、個性豊かな人たちと出会っていきます。
ある日、タータンを追いかけてきた灰色の村人が「ドロシーマンション」にあらわれます。村人は住人たちを追い出し、マンションを灰色に塗ってしまいます。追い出された住人たちは灰色の村に住むこととなり、それぞれの得意技を使ってカラフルな村に変えていきます。
『ドロシーマンション』の作者であるGAHEEZY(ガヒージ)さんは、韓国で生まれ、ニュージーランドで暮らしています。知らず知らずのうちに「こういうものだ」と思い込んでしまっている固定概念のようなものを、多様な個性を持つ人々と協力して塗り替えていく物語からは、レズビアンを公言するGAHEEZYさんの想いが伝わってきます。
幼い頃からこういった絵本に触れられると、「自分のままでいいんだ」と好きなものを肯定できて、相手の好きなものも尊重できるようになるんだと思います。