東京・大久保にあるアパートの一室で、ひっそりと佇む隠れ家のようなブックストア「loneliness books」。韓国や台湾などの東アジアで制作された、セクシュアリティやジェンダーにまつわる本やZINE、雑誌などの出版物が並んでいます。

「韓国のクィアコミュニティに触れたことがお店のオープンのきっかけだった」と話すのは、オーナーの潟見 陽さん。

この記事では、潟見さんがお店を始めるきっかけになった韓国のクィアコミュニティとの出合いや、お店に並ぶ本やZINEのセレクトについてお伺いしました。

※個人や小規模のグループによって制作された冊子。

お話を伺ったのは…

loneliness books オーナー、グラフィックデザイナー
潟見 陽さん

 
潟見陽
東京・大久保に店舗を構える書店兼ライブラリー「loneliness books」のオーナー。グラフィックデザイナーとして、映画のポスターや広告、本の装丁にも携わる。

「こんな場所」が日本にもほしかった

――loneliness booksをオープンしたきっかけは?

遡ると、韓国のクィアコミュニティとそのカルチャーに出合ったことが一つの大きなきっかけです。

東京でも毎年「東京レインボープライド(TRP)」が開催されていますが、韓国でも同様に「ソウル・クィア・カルチャー・フェスティバル(SQCF)」というイベントが行われています。

僕自身、元々毎年TRPの出展ブースでボランティアをしていたのですが、あるとき初めてSQCFに遊びに行ったときに感じた日韓の違いがとても印象的でした。

企業やNPOといった団体によるブースが大半である日本に対し、韓国ではアーティストやインディペンデントで出版をやっている人の出展が多いんです。まるでアートブックフェアであるかのように、クリエイターによる本やZINEがずらりと並んでいるような感じ。

それを見て、日本でもビジュアルがグラフィカルだったり視点が面白かったりする、自分が「見たい」と思うような本やZINEが楽しめる場所があったらいいなと、率直に思いました。

それで2019年のTRPで初めて、自分で選んだ日本や韓国、東アジア各地の国の出版物を紹介するブースを賛同してくれた仲間と一緒に出展してみたんです。来場してくれた方々からもすごく好評で、自分自身もとても楽しい経験でした。このことがお店のオープンにつながっています。

 
潟見陽
「東京レインボープライド(TRP)」のパレード。

「loneliness」という言葉に込めたポジティブな想い

――「loneliness books」というお店の名前の由来は?

友人でありアーティストのアキラ・ザ・ハスラーさんに相談したところ、「潟見くんなら『loneliness』がいいんじゃない?」と提案してくれて。自分でもぴったりだと思ったので、すぐに決めました。

「loneliness」という単語がもつ孤独で寂しいようなイメージが自分の人生と重なって。ただし、ネガティブなわけではなく、誰もが孤独を受け入れながら生きていくなかで、だからこそ誰かと出会ったり、心を開いてつながったりすることがエネルギーになるという、ポジティブな想いも込めています。

2021年の秋からお店のスペースを1枠2時間の予約制で開放していますが、実際に来るお客さんのなかには勇気を振り絞って「初めて自分のセクシュアリティやジェンダーを人に言う」と、僕に話しかけてくれる方もいて。

店名に込めた想いのとおり、出会いやつながりが生まれるあたたかいコミュニティとしての役割をこれからも担っていけたらいいなと改めて思います。

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――お店に並ぶ本やZINEは、どのようにセレクトしているんですか?

お店には、日本や東アジアを中心とした世界中の本やZINEが約2,000冊以上置いてあります。ジェンダーやセクシュアリティ以外のテーマの書籍もお店に並べていますが、選ぶときの軸を挙げるなら、好奇心が湧く本かどうか。

また、言葉がわからなくても気軽に手に取ってもらえるよう、写真やイラストが素敵だったり、ストーリーがイラストで展開されたりする本も意識的に選んでいます。

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――各国の書籍を扱われているなかで、国ごとに感じる特徴はありますか?

台湾では2019年に同性婚が法律化され、東アジアの国々のなかでもジェンダーやセクシュアリティへの理解が社会全体で比較的進んでいるので、性教育やジェンダー、セクシュアリティに関する新感覚の本・ZINEが多い印象です。

韓国に関しては、映画やドラマについても言われていることですが、リアルな社会の姿が映し出されている作品が充実しているように感じます。ビジュアルがおしゃれな雑誌でありながら、社会問題も垣間見える。僕自身、韓国のインディペンデント・マガジンを初めて見たときは、アート性とメッセージ性が両立されていることがとても新鮮でした。

一方、日本国内では2019年ごろから特に若い世代の間で、個人でZINEや雑誌を作ろうとする動きが活発になっていて「すごく頼もしいな」と思っています。タイミング的に、韓国のフェミニズム文学が日本で話題になったことも影響しているのかもしれません。

日本のクィアカルチャーで世界的にみて存在感があるのはコミックの分野。歴史が長く、作家も多いです。「コミケ」と呼ばれるコミックマーケットが有名ですが、LGBTQ+がテーマの作品を扱うイベントも開催されています。

韓国のクィアマガジンに衝撃を受けた

――SQCFを訪れた経験の影響が大きいとのことですが、そもそも韓国のクィアコミュニティとはどのようにして接点が?

グラフィックデザイナーとして仕事をしながら、クィアコミュニティの広報物なども手掛けてきたのですが、2015年頃に僕がデザインしたものをInstagramで見た何名かの韓国のクリエイターからDMをもらったことがあって。

当時は日本と韓国を旅行で行き来する人が多かった時期で、「日本に来ているので会いたい」とメッセージが来たんです。僕は韓国語も英語も話せないのですが、翻訳アプリを駆使してコニュニケーションをとりながら、コンタクトしてきてくれた人たちと交流するようになりました。

そのなかに、韓国で自分たちのクィアマガジンを創刊しようと準備していると言う人がいたんです。そして、その後一年ほどかかって完成されたその雑誌を見せてもらったのですが、手にとったときにあまりのレベルの高さに衝撃を受けて。日本では見たことがなかったクオリティというか。

そのときからより一層、インディペンデントな出版物をはじめとする韓国のクィアカルチャーに惹かれていきました。

激しい抑圧があるからこそのエネルギーの大きさ

――潟見さんからみて、日本と韓国でLGBTQ+当事者やクィアカルチャーをとりまく環境に共通点や違いはありますか?

東アジアのなかでは同性婚が法制化した台湾が一番リベラルで前を行っている印象です。

それと比べると、日本と韓国はそれぞれの社会が抱えている問題が似ているような気がします。残念なことに、両国とも未だに性的マイノリティ当事者への差別や偏見が根強かったり、同性婚が認められていなかったりする社会全体の状況にあまり変化はありません。

キリスト教信者の数が日本よりも多い韓国。僕がSQCFを訪れた際、パレードが行われる周辺では、キリスト教団体によるパレードへの反対デモが激しく行われ、日本のTRPは違う物々しい雰囲気に包まれていて。もしかしたらコロナ禍の2年間で変化があるかもしれませんが、日本とは違う形のヘイトが存在していることを目の当たりにしました。

しかし、音楽や映画・ドラマなどの分野で顕著なように、今韓国のカルチャー自体にすごくエネルギーがあるなと感じています。LGBTQ+当事者を取り巻く状況が良くなっているとは言えないなかで、社会に抗う当事者たちの声がカルチャーの分野でも色んな形でしっかりと発信されている気がするんです。

たとえば、クィアを題材とした作品が上映される映画祭。日本でも同じような映画祭がありますが、韓国のほうが紹介される作品数が多く、運営にかかっているコストの規模も違います。

そして、毎年秋に開催されるプライドフェア。国内のクィアカルチャーのアーティストが一同に会する熱気溢れるイベントで、本・ZINEといった出版物やTシャツなどのグッズのほか、映像作品など、様々な形の作品が同国有数のアートセンターに集まります。

日韓を比べたとき、セクシュアルマイノリティへの抑圧が未だに根強いという点で似ている一方で、韓国のクィアカルチャーには反対勢力に負けず対抗するエネルギーをいっそう強く感じる気がしますね。

 
潟見陽
「ソウル・クィア・カルチャー・フェスティバル(SQCF)」のプライド・パレード。

――ご自身にとって一番思い入れのある一冊は?

僕がお店(loneliness books)を始めるきっかけにもなった、韓国のクィアマガジン『DUIRO(ドゥイロ)』の創刊号は、僕が韓国のクィアカルチャーと出合った思い出が重なる大切な一冊です。

 
loneliness books
『DUIRO 1 "The Military"』(SUNNYBOOKS)

創刊以来、「軍隊」「同性婚」「ペット」と、毎号テーマを掲げて制作されてきたこの雑誌。

1号目の表紙のモデルはカメラに背中を向けていて、顔が見えません。このことから、モデルがクィア雑誌の表紙で顔を出すのが難しいほど、韓国社会の性的マイノリティへの偏見が深刻だった状況がうかがえます。一方、2・3号目で表紙を飾ったモデルたちは、顔が見える形で登場していて、この間にも少なからず変化があったようです。

3号目のテーマ「ペット」では、暗に「パートナーシップ」の在り方への問いも投げかけられています。人間のパートナーとしてのペットの存在を介して、パートナーシップは愛し合うカップルだけのものでなく、仲間と家族のように生きていく人や一人でいることを選ぶ人もいるんだと、多様な生き方を尊重するメッセージが表現されています。

残念なことに、友人でもあった『DUIRO』の創刊編集長は3号目の制作後に、病によりこの世を去ってしまいました。しかし、今韓国では彼の雑誌に感銘を受けた20代の人たちが意志を引き継ぎ、4号目の制作を計画しているそうです。

作り手と読者をつなぐ「橋渡し」に

――イベントへのブース出店や映画上映会の開催など、枠にとらわれない様々な活動を展開されています。今後の挑戦したいことや目標はありますか?

今予約制で開放しているお店のスペースを、誰もがより気軽に訪れられるオープンな空間にしたいなと考えています。隠れ家的な存在だからこそ周りの目を気にせず過ごしてもらえるという今の良いところも残しながら、色んな方が利用できる開かれた場にしていくのが理想です。

また、loneliness booksとして手掛ける出版の幅も広げていきたいな、と。小さな声を届ける本やZINEを作りたいです。

インディペンデントの出版物のいいところは、作り手の「顔」が見えること。インターネットやマスメディアで発信される情報に比べると届けられる層は狭いですが、だからこそ個人と個人をつなぐきっかけになれると思います。loneliness booksのお店としても、その「橋渡し」になれたら嬉しいです。

loneliness books

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