レイプや性暴力は被害者の心に大きな傷を残す重大な事件。にもかかわらず、事件そのものが明るみに出なかったり、被害者が泣き寝入りせざるを得ないことも多いのが現実。

レイプされた経験を持つ作家のエイミー・ハットヴァニーさんは、長年このことを胸に秘めて暮らしてきたそう。しかし愛する息子が育っていく姿を見て「レイプ犯だって、誰かの"愛する"息子なんだ」という事実に気付くことに。そんな彼女が今、自分の息子に伝えたいこととは? コスモポリタン アメリカ版からエイミーさんの告白をお届けします。

『私がバカだった。私って汚い。私はふしだらな女なんだ』と自分で自分を責めました。

「私が性的暴行を受けたのは15歳のとき。大好きな年上の彼と車のフロントシートに座って話していたのですが、突然彼がジーンズのジッパーを下ろし、勃起したペニスを私の喉の奥深くまで突き刺してきたんです。胸元をギュッと締め上げられていたため、抵抗できませんでした。何よりも恐怖で動けなかったし、ひたすら痛みに耐えるしかなかったんです。

喉元の痛みは数日間続きましたが、レイプされたなんて誰にも言えませんでした。レイプされたのは私のせい。彼とイチャイチャしていたのがいけなかったんだ。2人だけで車に乗っていたし、あの日ちょっとセクシーな服を着ていたし、『私、ヴァージンじゃないの』なんてバカな会話をしてたから…。『やめて!』と叫べばよかったのに、小さな声で『ま、待って…』としか言えなかった。強く抵抗しなかった…。――そんな思いが頭の中をぐるぐるめぐり、『私がバカだった。私って汚い。私はふしだらな女なんだ』と自分で自分を責めました。でもこの言葉はある意味その後の私を予言する言葉でもあったんです。大学生になると、かなりの頻度でセックスするようになりました。『あの経験は自分の中で消化済み』と思っていたし、『男は私をコントロールする生き物』と思い込んでいました。自尊心なんて皆無、自分も含め誰のことも信用できませんでした。20代前半まではそんな風に過ごしていましたが、その後セラピーに通い心の内を話すようになったことで、あの"トラウマ"と対峙しはじめることになったんです。本当のことをやっと口に出して話せることに大きな安堵をおぼえたものの、あの日に起きたことを変えられるわけではありません。怒りの気持ちを心の支えにして、何とか乗り越えようとしていました」

当時の私は自分のこうした考え方が、レイプによるトラウマに起因しているとは気付いていませんでした。

「数年後、私は男女1人ずつ、2人の子どもを出産し母親になりました。そして親として子供たちに、"他人との接し方"についてしっかり教えようと決意しました。特に息子は幼いときから"人とのほどよい距離感"がつかめない傾向がありました。例えば友だちとかなり至近距離に立って話したり、すぐに他人の腕や背中をさすります。ときに"不適切"と思われてしまうこうした行為の意味を、理解できずに成長してしまうのではないか?と心配しましたが、当時の私は自分のこうした考え方が、レイプによるトラウマに起因しているとは気付いていませんでした(今はそのことがよく分かります)。

子どもたちには性についてきちんと話すことが大切だと思い、2人が幼児のころから性器を含め、体の部位は(赤ちゃん言葉を使わず)正式名称で呼ぶことを習慣にしていました。小学生になると、子どもがどうやって生まれてくるのかについても、彼らが理解できる言葉で説明しました。子ども同士であっても"適切な距離感"を尊重すること、例えば友だちにキスやハグしたいときは、ちゃんと相手に聞いて許可をもらうよう教えました。そして子どもたちが中学生になると、安全なセックスの大切さについて率直に話し、『もし誰かがあなたたちに許可なく触ってきたり、性的な振る舞いをしようとしたら、ためらわずに必ずお母さんに言ってね』と伝えました。こうしたことが起こった場合、(かつての私自身のように)自分を責めたり恥じたりすることなく、私にすぐに言ってもらえるような環境にしたかったからです。

レイプされたあの日から30年が経ち、私を傷つけた彼をやっと許すことができました。これはもちろん彼のためではありません。『ずっと怒りを持ち続けてきたけれど、もう私自身、癒されてもいいころのはず』と思えたからです。でも時には『彼を許すことは、レイプした彼を肯定することにならない?』と自問することもあります」

日々のニュースはそんな"善良な青年"の犯罪について伝えてつづけているのが現実です。

「そして気づいたんです。彼は良い両親のもとに育ったいわゆる"育ちのよい青年"でした。両親から良いこと、悪いことをきちんとしつけられてきたはずです。レイプについても、口にこそ出さずとも『息子はそれが"悪いこと"だと理解している』と信じ、彼が実はレイプ犯だとは夢にも思わないでしょう。でもそれは私も同じです。息子が誰かに性的暴行をするなんて、想像もできませんから。

でも日々のニュースはそんな"善良な青年"の犯罪について伝えつづけているのが現実です。2015年に起ったスタンフォード大学生によるレイプ事件は、私の過去の記憶を呼び戻すつらいものでした。『もし息子がレイプ犯としてメディアに叩かれたとしたら、私ならどうするだろう?』と考えずにはいられなくなりました。そしてこれまでずっと子どもたちにセックスや性について教育してきたけれど、息子はもう14歳。具体的に"レイプ"や"セックスへの同意"について、正面から話すべき年頃だと気付きました。

ある日曜日の午後。息子と私はソファーに腰かけ本を読んでいました。私は緊張しながらこう切り出しました。『ねえ、"同意"がどういうことか、分かってる?』

『分かってるよ。"何か"するときは、相手の許可がいるっていうことでしょ?』と私を見ながら答える息子。

彼をじっと見つめ『セックスするときは許可が必要、という意味よ』と言うと、この手の話を聞き飽きているせいか、『分かってるよ。そういうことだよね』とウンザリした表情で生返事を返してきました。

『彼女が本当にあなたとセックスしたいのか、ちゃんと確かめないといけないの。はっきりと彼女の意思を言葉で聞きなさい。もしどちらか片方でも酔っていたら、セックスしようなんて考えてはダメ。もし彼女がハッキリと"ノー"と言わなかったとしても、黙っていることは"イエス"ではないし、同意でもない。分かってるわよね?』

息子は少しショックを受けたようでした。

『ママ、僕が誰かをレイプすると思っているの?』

この言葉に、私自身胸が痛みました。もちろん自分のかわいい息子がそんなことをするなんて思っていません。でも私をレイプした彼だって、礼儀正しい"いい子"だったんです。だからつらい気持ちを抑えて続けました。『あなたがレイプするなんてもちろん思っていないわ。でも女の子の気持ちをどうやって確かめ、何をもって"同意"とするのかを理解してほしいの。将来疑いをもたれるようなことになってほしくないから。それだけなの』。

彼はひと呼吸置いたうえで尋ねました。『じゃあ、もし…したくなったら…女の子に何て言ったらいいの?』。

『彼女があなたと本当にセックスしたいのかを確かめて。もしどちらか1人でも酔っていたら、確認するまでもなくセックスしてはダメ。すみやかにそれぞれの家に帰りなさい。彼女がシラフのときだけ、彼女の気持ちを確認しなさい。触るのも、オーラルセックスも、性交も、すべてちゃんと同意を得ることが必要なの』

私が生々しい言葉を使ったので彼は嫌そうな顔をしたけれど、私は続けました。『ちゃんと口に出して彼女がセックスしたいのか尋ねなさい。彼女が声に出して"イエス"と言わなければ、それは同意ではないの。もし彼女が言いづらそうにしていたら、もう1度聞きなさい。彼女が硬直していたり、キスしても反応しなかったり、"ちょっと待って""分からないわ"と言葉を濁すようだったら、それ以上聞く必要はないわ。セックスしてはダメということ。決して強引には迫らず、"分かったよ"とだけ言えばいいの。(セックスが成立しなくても)あなたにも彼女にも、何も問題はないのだから』。

『分かった分かった、もういいよ!』息子はイラついた様子で答えました。

でも彼の頭の中で私が話したことがグルグル回りはじめていることを感じ、私は少しホッとしました。一瞬私のレイプ体験を話そうかとも考えましたが…でもこれは次の機会にとっておくことにしました。

息子と"同意"について話したことは、小さいけれど確実なステップになったはずです。息子には私を傷つけた彼のような道を歩んでほしくない。その一心で、これからの性教育を続けていこうと思います」

この翻訳は、抄訳です。

Translation: 宮田華子

COSMOPOLITAN US