ここ数年間、あらゆる場面でその大切さが謳われている「性教育」。ユネスコの『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』によると、包括的性教育の目的は「自らの健康・幸福・尊厳への気づき、尊厳の上に成り立つ社会的・性的関係の構築、個々人の選択が自己や他者に与える影響への気づき、生涯を通して自らの権利を守ることへの理解を具体化できるための知識や態度等を身につけさせること」とあります。

今回は、セクシャルウェルネスブランド「Cosmos」代表の橋本阿姫さんと、YouTubeで包括的性教育について発信する『ありさきちゃんねる』のアリサさんがトーク。性教育について発信しようと思ったきっかけや、日本における性教育の課題を聞きました。

参加者プロフィール

■橋本阿姫

 ここ数年間、あらゆる場面でその大切さが謳われている「性教育」。今回は、セクシャルウェルネスブランド「cosmos」代表の橋本阿姫さんと、youtubeで包括的性教育について発信する『ありさきちゃんねる』のアリサさんがトーク。性教育について発信しようと思ったきっかけや、日本における性教育の課題を聞きました。
Nanase Kobayashi


セクシャルウェルネスブランド「Cosmos」を友人と立ち上げ、ジェンダーレスコンドームケースを制作。昨年末にクラウドファンディングを行い、現在はECサイトで販売中。他にも「C+」というメディアでは、「コンドームケースを持ち歩く必要性」など、根底にある性教育の大切さを伝える活動も実施。

■アリサ

 ここ数年間、あらゆる場面でその大切さが謳われている「性教育」。今回は、セクシャルウェルネスブランド「cosmos」代表の橋本阿姫さんと、youtubeで包括的性教育について発信する『ありさきちゃんねる』のアリサさんがトーク。性教育について発信しようと思ったきっかけや、日本における性教育の課題を聞きました。
Nanase Kobayashi


妹のさきちゃんと共にYouTubeの「ありさきちゃんねる」で包括的性教育についてのコンテンツを公開。YouTubeを始める前から、個人のSNSで性教育やジェンダーをメインにした社会問題にアンテナを張りながら発信を続けている。

「性教育」を発信し始めてからの気付き

――性教育に興味を持ったきっかけを教えてください。

  • 橋本阿姫:知人が子宮の病気になったと聞いて、私も学生の頃から半年に一度は産婦人科の定期検診に行くようにしていました。産婦人科に初めて行ったのが小学校高学年で周りに比べても早かったと思いますが、その頃から自分の性器や健康に興味を持つようになったんです。
    それから大学に進学すると、たまたま自分の学部に性科学をメインに海外で勉強した先生が2人いて。珍しいと思いますが、それもなにかの縁なのかなと思いました。

    その先生の授業の中で「女性とは何か」というトピックを議論していたときに、ある友人が「子宮を持っている」と言っていて。でもそれを聞いて、「私の知人は子宮がないけれど、女性だよな」って思ったんです。

    そこから、性器とアイデンティティの関係性を考えるようになりました。自分を知るために性がある。だからこそ性教育を通して自分を理解すれば、自己肯定感も上がるんじゃないかなと感じたことがきっかけで、今に至ります。
  • アリサ:橋本さんの場合、「性器」がきっかけとのことでしたが、私はむしろ「身体的な性」には疎くて。幼少期から身体的な性に疑問を抱くことはなかったのですが、あるとき子どもの間でよくある「生まれ変わったら男子と女子どっちがいい?」という会話に違和感を覚えたんです。

    みんながいろいろと言ってる中で、私は「よくわからない。私は私だけどな」と思っていて、その頃から性別が持つ意味やジェンダーに対する感覚に疑問を持っていました。

    それに加えて小さい頃から、周囲の大人から自分自身が“子ども”や“人間”として育てられているというよりも、“娘”や“女の子”として扱われている感覚がありました。今のように言語化できていたわけではないけれど、「なんで“女の子”というラベルが先に来るんだろう」という風にモヤモヤしていましたね。

    そこから具体的に性教育に結びついたのは、大学時代がきっかけです。高校時代は女子校に通っていてあえて“女子”とくくられることで、この3年間は性別の話を全くしなかったんですよね。誰に対しても“女子”というよりも、“個人”として接するような期間を過ごしていました。

    それから共学の大学に進学すると、男子から女子に対する目線や評価されている感覚に苦しみました。当時は男女二元論しか知らなかったので、自分のことを女性以外だと疑わなかったのですが「女性として生まれてきたのに、男性から見て外見も可愛くなければ性的魅力もない自分って生きてる価値ないんじゃないか」と落ち込むようになってしまって。外に出るのが嫌になったり、毎日泣いていたときもありました。

    そのことに苦しんでたときは、初めは「自分がいけない」と思って心理学の本を読んでいたんですが、いつの間にか「ルッキズム」や「フェミニズム」という言葉に出会い、そして最終的には包括的性教育に行き着きましたね。
 ここ数年間、あらゆる場面でその大切さが謳われている「性教育」。今回は、セクシャルウェルネスブランド「cosmos」代表の橋本阿姫さんと、youtubeで包括的性教育について発信する『ありさきちゃんねる』のアリサさんがトーク。性教育について発信しようと思ったきっかけや、日本における性教育の課題を聞きました。
Nanase Kobayashi

――自ら発信しようと思ったきっかけを教えてください。

  • アリサ:妹と私はたまたま大学までの学校や習い事も全く一緒で、限りなく似た教育環境で育ってきました。感覚が全く一緒とは言えませんが、妹も“女の子らしさ”を押し付けられることなど、ジェンダーやフェミニズムの観点から違和感を覚えることが多かったようで、日常のモヤモヤを二人で話し出すと止まらなくて。夜22時から話し始めて、気づいたら夜中の4時になってることもありましたね。

    そういう長時間の会話が何度もあったときに、SNSの使い方が上手い妹から「YouTubeやろうよ」と言われて始めることに。私たちが感じるモヤモヤが、他の人の感じるモヤモヤと完全一致することは決してないと理解しながらも、同時に同じような気持ち抱えているけど誰にも言えなかったり、「なんか居心地悪い」と感じたりしている人はたくさんいると思ったんです。それなら、「私たちのおしゃべりをそのまま発信すればいいんじゃない?」というところから始まりました。
  • 橋本阿姫:私は元々何かをシェアしたり言葉にすることがは好きだったんですが、大学時代は特に性教育に関しての発信はしていませんでした。

    大学卒業と同時にニュージーランドにワーキングホリデーに行って、そのときに出会ったコロンビア人の女の子から「こうやって留学に来たり、普通に生活できることがどれだけ幸せかわかる? それだけ生活の基盤ができているのに、どうして自分の好きなことや気になることを追求しないの? 私たちは生きるのに必死で、その必死の中で留学に来てる」と言われたんです。正直、当時の私は必死に生活しなくてもよかったし、日々楽しみながら好きなことしてるだけで好きなことを極めようと努力する楽しさを感じていませんでした。

    この言葉がきっかけで「今私がここにいてできることはないかもしれないから、日本に帰って今まで興味のあった性教育を発信していきたい」と思うようになりました。

――発信する上で気をつけていることはありますか?

  • 橋本阿姫:やっぱり発信している側は正しいことを言う責任や義務があると思うので、答えられないと思ったことは素直に「答えられない」って言います。
  • アリサ:そもそも橋本さんは、どこから正しい情報収集をしていますか? 私は自分自身で、そこが甘いなと思っていて…。
  • 橋本阿姫:私はNPOに属している助産師の方と繋がりが深くて、何か質問を受け取った際は「私にはわからないので繋げますね」と、その方に聞いてもらうこともあります。
  • アリサ:なるほど。個人的には、今まであった性教育のYouTubeや関連本とかって権威のある方が教えてくれて、視聴者は学ぶという形式が多かったなと思っていて。でも性教育というもの自体が堅いイメージなので、私たちのチャンネルでは、柔らかく、近い存在として発信したいという想いがあるんです。

    私たちは専門家ではないからわからないことがあって当然だけど、等身大の姿で伝えていくことで「みんなで一緒に考えてみよう」という入口を作りたいなと考えています。

――発信してからの周りの反応や印象的なことはありましたか?

  • 橋本阿姫:私の発信は健康と子どもの発達段階が軸なので、子育て中の方やと親と子どもで一緒に参加できる講座やイベントを行うようにしています。参加者の方は、先生や保育士など性教育に関心がある方が多いので、実際にフィードバックをもらうとすごく嬉しいですね。

    まだ私は子育て経験がないので、講座を良くしていくために「親になるとこんなこともあるから、こういうことも伝えたら?」といったアドバイスをいただいたりと、発信するうちにサポーターが増えていく感覚です。
  • アリサ:発信する人に情報が集まってくる感覚は、確かにありますよね。発信していると、「この人興味あるんだな」って周りが思ってくれたり、「もっとこうしたらいい」とか言ってくれたりします。

    私も一人の友人から「今まで誰にも言ったことがなかったけど、実は膣口が変な形だと感じて、手術をしたことがあって。今度動画に取り上げてくれない?」と言われたことがあったんです。そういう「今まで言えなかったけど本当はみんなに知ってほしいから、ありさきちゃんねるで匿名で出して」という人も集まりやすくなった気がします。
  • 橋本阿姫:これまでに印象的だった反応ってありますか?
  • アリサ:そもそもYouTubeで性の発信をするにあたって、一部の人からは「性的消費目的」で動画を観られることもあると周りからは言われていました。実際そういう見方をしている人も一定数いるので。

    でも、今までで一番嬉しかった反応は、恐らく年配の男性と思われる視聴者の方からのコメントだったんですよ。「最初は『性器』という単語に対する興味で動画を見たけれど、見ているうちにどんな人も人間であり、尊重しなきゃいけないんだなと、すごく反省しました」というコメントをしてくださった方がいて。

    そのとき、自分たちと最も属性が遠くて分かり合えないとどこかで感じていたような層の人たちにも、私たちがただ“自分の体の話”として性器の話をする様子を見てもらうことによって「この人たちも人間なんだ」って思ってもらえるんだなって。いい意味でゾッとしましたね。

    私たちはチャンネル登録者数も多くないので、質問やコメントが来たときにはなるべく丁寧には返すようにしているのですが、匿名でコメントできるからこそ対話の場になっているのかなと思いました。
 ここ数年間、あらゆる場面でその大切さが謳われている「性教育」。今回は、セクシャルウェルネスブランド「cosmos」代表の橋本阿姫さんと、youtubeで包括的性教育について発信する『ありさきちゃんねる』のアリサさんがトーク。性教育について発信しようと思ったきっかけや、日本における性教育の課題を聞きました。
Nanase Kobayashi

「性教育」について話す場を増やすことが大切

――性教育に対するタブー視についてはどう考えていますか?

  • 橋本阿姫:今の中高校生って性やジェンダーに対してポジティブな考え方の子が多いと実感しています。世代間の価値観も流動的になっていると思うので、まだ“タブー視”されることはあるものの、良い流れだと思います。

    でも私は、長年「性教育を学ばないことが当たり前」だと思って過ごしてきた人の価値観を変えるのはなかなか難しいなと感じていて。なので「これまでの価値観もあるけど、今表に出てきたこの価値観を学ぼうとするのも素敵じゃない?」という風に捉えるようになりました。
  • アリサ:私は以前子どもの教材を作る出版社で働いていて、そこで学校関係者や性教育に興味がある親からの話を聞く機会があったんです。今はジェンダーのことについて触れる学校もあるみたいで、みなさん「子どもから学ぶことが多い」と言っていました。もちろんまだ十分とは言えませんが、変わっている実感はありますね。

    タブー視に対しては私も急には変わらないと考えているし、「タブー視をやめましょう!=なんでもかんでも性のことをオープンに明るく話しましょう」ってことではないと思っています。

    そもそも、性をタブー視することによって苦しんでいる人が誰なのかなって考えてみたんです。最近「生理の貧困」という言葉が出てきて、経済的に圧迫されていることも問題として浮き彫りになりました。でもそれまでは、苦しんでいる人たちが声を出すことすら許されなかった。だからタブー視は、ただ、「性の話を敬遠するのはやめよう」ということだけじゃなくて、それによって押し込められている人たちがいると認識した上で、性の問題とどう向き合っていくのかを含めて、考えていきたいです。

    月経や更年期のこととか身体的な生理現象として起きることに対しては比較的取り上げられているけど、性行為に対してはまだまだと思っています。性行為に対するタブー視によって、中絶が難しかったり、セックスワーカーが労働者としてきちんと環境を担保されないとか…今タブー視してるものによって本当に苦しんでいる人が誰なのかっていうのは常に考えたいです。
  • 橋本阿姫:私も先生方に「学校で話す機会がほしい」と提案しているんですが、特に地方では性教育をタブー視している傾向があると思います。「性」と言うだけで拒否されることもあります。

    たとえば若年妊娠の割合は地方のほうが高く、私は地方こそ性教育が必要だと思います。もちろん、今はSNSがあるので全国のどこからでも情報を入手できますが、東京のように性教育のイベントに気軽に参加する機会はなかなかないですよね。その差を埋めるための学校教育だと思うのですが、それが広まっていかないことには問題があると思います。
  • アリサ:地方と都市の格差は私がまだ考え切れていないテーマです。都心部も、一方的に地方を無視せず相互のサポートが必要ですよね。

――性教育の今後の課題はありますか?

  • 橋本阿姫:「Cosmos」を一緒に立ち上げた(古川)さくらともよく話すのですが、たとえば大学でジェンダー学んだり、「大学でサークルを立ち上げて発信している」というアクティビストの卵のような方にとって、大学を卒業する瞬間に活動する場がなくなることが最大の問題だと思っています。

    なので今は、学生時代に学んだ知識を活かせる場を作っていきたいと考えていて。私自身も苦しんできたので、「学んだことを活かしたり、発信することで自分の生活が成り立つ道もある」と示したいです。
  • アリサ:時間に余裕があった大学時代は、社会問題や性について話し合うことができていたのに、企業に就職した途端に仕事や残業で手一杯になってしまうという人も多いですよね。だから、発信する場所だけじゃなくて心身的な余裕や時間もなくなっていくことももったいないなって思います。

    実は私自身も一度は大企業に就職して、社内でジェンダーに関する違和感があったので、研修を提案したことがありました。でもそんな風に自分が動いたところで給料が上がるわけでもなく、ただ自分自身に+αの仕事を作っただけ。なんなら「あの人、変なことやってるよ」という目線を感じることもありました。

    ビジネスにおいて、社会活動的なものがあまりにも軽視されてるなと感じた出来事でしたし、「やりたくってやってるんだからタダでもいいでしょ」と思われていたことにも疑問を感じました。そのときに、“生きていくための仕事”をしながらアクティビズムをする難しさも実感しましたね。海外ではもっと企業内のCSR部署の立ち位置が高いという話も聞くので、そこは日本全体の課題だと思います。

――その課題はどのようにすれば解決できると思いますか?

  • 橋本阿姫:ラブライフカウンセラーのとぅるもちさんは、クラウドファンディングをされていたり、いくつもの軸を持って活動するみたらし加奈さん、活動自体をビジネスにしていく辻愛沙子さんのようなアイコン的存在のカッコいいアクティビストの方もたくさんいますよね。

    そういった方たちから裾野を広げていき、私たちもうまく引き継いでいきたいなと思います。
  • アリサ:私は社会をよくしたいと思ってるし、他の人の権利も自分の権利も守られるべきだと思っています。でも、アクティビスト=思いやり屋さんや何でも屋さんではないんですよね。

    私がこういう発信をしていると、周りからは守ってくれる存在とか優しくしてくれる存在のように見られることも少なくなくて。でも、私たちも時間は限られているし、そういうケアも「労働なんじゃないのかな」とずっと思ってきました。

    なので私は、どんなに親しくても個人間の境界線を毎回確認するようにしています。同意を取りながらコミュニケーションを積み重ねていくことは、個人同士でできることでもあるのかなと思っていますね。

日本での「性教育」の課題

――性教育が当たり前になるためにはどんなことが必要だと思いますか?

  • アリサ:日本でも包括的性教育が義務教育になることが私の願いですが、国の制度として定着するには時間がかかると思います。

    みんな生きることや仕事をすることで精一杯なのに、プラスで「性教育についても知ってほしい」と個人に呼びかけるのはある意味押し付けになってしまう部分がある気がしていて。だから、まずは国が動くべきだと思います。
  • 橋本阿姫:私は性教育がお守りのような存在になってほしいです。物心ついたときから親に持たされてきたように、性教育も親から自然と教えられて、知ることで安心するようなものになればいいなと。

    ただ保健体育の授業がなかった世代が学校の先生や親になることもあるので、その人たちも一から学ぶことが必要。大人たちを変えるのには膨大な時間がかかるよなといつも考えています。
 ここ数年間、あらゆる場面でその大切さが謳われている「性教育」。今回は、セクシャルウェルネスブランド「cosmos」代表の橋本阿姫さんと、youtubeで包括的性教育について発信する『ありさきちゃんねる』のアリサさんがトーク。性教育について発信しようと思ったきっかけや、日本における性教育の課題を聞きました。
Nanase Kobayashi

――今後の目標を教えてください。

  • アリサ:私は、自分がこの世に生まれてきてよかったと思っていないこともあり、自分の子どもを持ちたいとも考えていなくて。それでも、私が生きてること自体が、今の社会の抵抗にもなるし、生きづらいと思っている人に「そんな私でも生きてるよ」って伝えることができるんじゃないかと考えているんです。だから、しぶとく生きたいです。

    あとは市民に訴えかけるのは大事なアクティビズムだけど、私たちが変えられる範囲に限界があると思います。なので、どうすればシステムとして変えられるのかや、大きなところに呼びかける方法を考えていくつもりです。
  • 橋本阿姫:私はママと子どもに対して、特に地方在住の方に向けてもっと包括的性教育を広める活動をしていきたいなと思っています。以前行ったママと子ども向けのイベントでも、直接会って話すことの大事さを感じたので今後も機会を増やしていけたらと思っています。

Photography_Nanase Kobayashi