性行為中に同意なくコンドームを外されていた――。こういった行為を、実際に体験したり、身近で聞いたことがある人もいるかもしれません。このように、性行為中に同意なくコンドームを外すことを「ステルシング」と言い、性的暴行の一種として最近徐々に知られるようになってきています。

昨年11月にはアメリカ・カリフォルニア州で、「ステルシング」を違法とする法案が可決されたばかり。

今回は、世界水準の避妊法や性教育を広める「#なんでないのプロジェクト」代表の福田和子さんにインタビュー。ステルシングが法案化されてきた経緯や海外での状況、日本の現状について伺いました。


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ステルシングとは

コンドームをつけると約束したにもかかわらず、性行為中に同意なくコンドームを外す「ステルシング」。性暴力の一形態であり、故意にコンドームを破損する行為も含まれます。

ステルシングの問題点

一般的にステルシングによる影響として言われているのが、①身体的ダメージ②精神的ダメージ③社会的ダメージの3つ。

身体的ダメージ

女性の場合、まず挙げられるのが望まない妊娠のリスク。また、被害者のジェンダーに関わらず、コンドームを外せば性感染症のリスクが上がります。

精神的ダメージ

身体的ダメージに目が行きがちですが、精神的なダメージも非常に大きいもの。ステルシング被害がトラウマ的な記憶となり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)や不安障害、うつ病に繋がってしまうことも少なくないそう。

社会的ダメージ

残念ながら、性暴力被害には社会的な偏見が伴うことも。「あなたがいけなかったんじゃないの」、「もっと何かできたんじゃないの」という言葉や、“キズモノ”といった表現に代表されるようなスティグマ(負の烙印)を内面化してしまうのも問題のひとつ。

ステルシング被害に遭った女性の体験談

ステルシング被害は、恋人やパートナーなど特に信頼している相手から受けるケースが非常に多いのも特徴的。福田さんが主宰する「#なんでないのプロジェクト」には、以前、ステルシングの被害を受けた方から以下のような経験談が寄せられたそう。

22歳女性(当時)の経験談:

「当時大好きだった遠距離の彼氏と、コンドームをつけて性行為をしました。翌日帰った彼から、『妊娠してるかもね』と連絡が来て、行為中にゴムを外して中出しされていたことが分かりました。幸い翌日だったので、急いでアフターピルを貰いに行きました。大好きな人に裏切られた悔しさで号泣しました。薬の費用も貰わず、そのまま連絡もせず別れました」

特に信頼している相手だからこそ、被害にあった時の傷は大きくなる可能性が。次に新しいパートナーができたときにも、相手に対する信頼感を得にくくなるなど、長期的に影響しうるという意味でも、大きな問題となっています。

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ステルシングが議論されるまで

社会問題として言語化されたのは2017年

「ステルシング」という言葉が使われ始めたのは、確認できたなかで最も早いのは2014年。もともとはオンライン上のゲイコミュニティでスラングとして使われていたそう。その後、社会問題として扱われるようになったのは、2017年にステルシングの問題が論文化されたことがきっかけ。

「2017年に、当時アメリカのロースクールに通っていたアレクサンドラ・ブロツキーさんが、ステルシングに問題意識を持ち、何かしらの犯罪として立証できないかと検証した論文が議論のきっかけに。なぜステルシングが性的同意の侵害といえるのか、法律や権利の観点から検証したこの論文は注目を集め、論文を読んだ議員によって法案が出されるなどの動きにつながりました」

女性の3人に1人がステルシングを経験したという調査結果も

その後、各国でステルシングの実態調査が行われるように。2018年にオーストラリアのモナシュ大学とメルボルン・セクシュアル・ヘルスセンターが行った調査では、女性(1,189人)のうち3人に1人、ゲイ男性(1,063人)のうち5人に1人がステルシング被害を受けたという調査結果が。

「警察に行くことができたのは、被害者のなかのたった1%というデータも示されています。ステルシングは非常に相談しにくく、そもそも相談されてすらいないという状況が伺えます」

“武勇伝”として消費されてきた過去

2019年にアメリカで行われた、ステルシング加害者側への調査によると、調査対象となった21〜30歳の男性626人のうち、約1割が14歳以降のいずれかのタイミングでステルシングを行った経験があると回答。

その回数の幅は1〜21回、平均回数は3.6回。ステルシングの経験がある男性は、そうでない男性に比べ、パートナーが望まない妊娠を経験した確率や、性感染症への罹患率が高いこともわかっています。

「このように論文化されたり、法案化への動きがある背景としては、『ステルシングは男性の本能だから仕方ない』と、男性の優位性や支配性を肯定するような形で、ステルシングのハウツーを書いたウェブサイトが乱立していたことが挙げられます(現在は閉鎖)。
性感染症のリスク等について触れられてはいるものの、結果的には推奨するような形で、“ステルシングのプロ”のような男性がハウツーを共有する、非常に悪質な形態です。“ギャグや武勇伝”として、マスキュリンな文脈のなかで消費されてきたからこそ、なかなか問題の大きさが認識されてこなかった背景があります」

この調査結果も氷山の一角だという声もある一方、これらの事実が積み重ねられていく中で、少しずつ認識が変わってきてはいるよう。

有罪判決や実刑が言い渡される事例も

今回調べた限り、一番最初にステルシング行為がその言葉として有罪になったのは、2017年のスイスでの判決。広義のステルシングとしては、2014年に、故意に黙ってコンドームを破損させたとしてカナダで有罪判決が出た判例も。

現在ではドイツやイギリス、オーストラリア、ニュージーランド、スウェーデンなどで、ステルシングに値する行為が犯罪として裁かれる状況になっており、ニュージーランドでは2021年4月、2回のステルシング行為で3年9カ月の禁固刑が言い渡された事例も。

ニュージーランドの事例では、被害者はセックスワーカーの女性でした。これまでの調査でもセックスワーカーへの被害は少なくないことがわかっています。『そういう仕事をしているのだから仕方ない』という見方が世界的にもまだまだあるなかで、この有罪判決は意味深いものだと考えています」
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日本での現状

現在の日本の法律では、「同意がない性行為というだけでは、罪に問われにくいのが現状」と福田さん。

日本の性的同意年齢は13歳

性的同意年齢と呼ばれる“法的に性行為に同意できるとされる年齢”は、日本においては13歳。そのため、13歳未満であれば、性行為があった事実を証明できれば、罪として問うことが可能。

しかし、13歳以上になると、暴行や薬物、脅迫、精神的な支配など、抵抗できないような状況にされていたことが立証できないと、罪には問えないというのが現状。

「他国を見ると、性的同意年齢はだいたい16〜18歳のところが多く、日本の13歳というのは稀に見る低さ。たとえば被害者が中学生でも、『抵抗できない状況だった』と証明できなければレイプにならないのです」

2017年に法改正となるも…

2017年の法改正を受けて、監護者(親権の一部“身上監護権”を有する者)からの性暴力があった場合、暴行や脅迫を受けたことが証明されなくても、18歳未満であれば性暴力として認められるように。ただし多くの場合、監護者に該当するのは親。

「親戚や教師など、自分より立場が強く、従わざるを得ないと思うような相手でも、監護者に該当しない場合は暴行・脅迫要件を満たさないと罪に問うことができません」

このような背景があり、日本では性暴力だと主張しても警察で門前払いされてしまったり、訴えたとしても結局起訴まではされない状況が少なくないそう。そのため、「性行為には合意したけれど許可なくコンドームを外された」というステルシングが、現状の日本の法律で果たしてどこまで罪として認めてもらえるかというのは、正直わからないとのこと。

「日本でもステルシングを性暴力として有罪にできるのではないか、という意見も聞きます。ただ現状としてはまだそういった判決はなく、ステルシングが性暴力として認められるだけの土壌は、法律的に社会的にも整っていないのではないかというのが正直な意見です」
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ステルシング被害を防ぐために

知らないうちにコンドームを外されてしまうというステルシングの特性上、残念ながら、被害を受ける可能性のある立場の人にできることは限られているのも現状。

「コンドームをつけるという明確な同意をなるべくする、ということはできるかもしれません。それでも、約束があろうがなかろうが、コンドームを外したい人が行うのがステルシング。口頭で『つけるよ』とは簡単に言えてしまうわけで、同意をしたところで必ずしも防げるものではないと思います。被害に遭わないように呼びかけるより、それが性暴力であると伝え加害者を生まないためのアプローチをしていくほうが現実的かなというのが個人的な意見です」
「たとえば性犯罪においても、『夜道は気をつけましょう』、『被害に遭いたくないなら洋服に気をつけましょう』と言われることがあります。そういう言説があるからこそ、被害が起きたときに『夜道を1人で歩いてたんだからしょうがない』とか『そういう格好をしていたからしょうがない』と言われてしまうことも。もちろん、なるべくリスクを避けることは重要ですが、夜道を歩いたり、好きな格好をしていたりしたからといって、別に襲われることに同意しているなんてことは全くないわけですよね」

許されなくて当たり前、という社会規範を作っていく

できることとしては、法整備が変わっていくのを通して、「ステルシングは性暴力で、許されなくて当たり前」という空気感や社会規範を、一人ひとりが作っていくこと。

「ステルシングって、現状まだ『コンドームを外されちゃってなんかモヤモヤする』とは思っても、実際にそれが性暴力であるという認知は十分に浸透していない世の中だと思います。『そのくらいで何言ってるの』という見方もあるかもしれません。そうではなくて、これは人への信頼感を根こそぎ奪うような人権侵害であり、許されないことだと、社会規範として作っていくしかないのかなと強く思います」
「する側の人にとっては、ひょっとしたら覚えてもいないかもしれないたった一度のセックスでも、一瞬の快楽のために何年もの時間が狂わされること、トラウマ記憶を持ったときにどれだけ生きづらくなっていくかということが伝わってほしいと思います。そうすれば、目の前の人を傷つけたくない、と変わる人も出てくるはず。被害者に対して『こうしましょう』ではなく、どうやったら加害者を生まないかの議論ができることに期待したいです」

海外での法案化の動きや判例も抑止力に

昨年11月に、アメリカ・カリフォルニア州でステルシング行為を違法とする法案が可決されるなど、法律や司法をめぐる海外の動きにも抑止力の期待が。

「法律は、それを禁止したり裁きを下すという側面に加えて、社会規範を作る役割も大きくあります。日本では、強制強姦罪(レイプ)での服役が最長5年です。それと比較すると、ニュージーランドでの判例は重みがあります。こうしてステルシング自体が知られていったり、世界的には有罪判決が出ていることへの認知が広がっていくのが、地道でも、一番強い抑止力になると考えています」
「たとえば、今でこそ『ダメだよね』という空気感になってきている“セクハラ”も、その言葉すらない時代には、職場で若い女性の身体を触ることが挨拶として、当たり前のようになんの問題もなく笑って済まされてきたこと。それが今や、それぞれの会社で規制やルールがどんどんできるようになってきています。そうやって社会規範は醸成されるものだと思うので、ステルシングに関しても、認知され、規範ができていくことが重要です」
california governor gavin newsom held a media availability at a vaccination site at south gate park, south gate in los angeles county the day after his state of the state address
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▲法案を出したカリフォルニア州議会のクリスティナ・ガルシア議員

パートナーとの信頼関係を築く上で大切なポイント

もともとステルシングをする気がある人に対してできることは少ない一方で、お互いに自分の意思を明確にするということは重要。日頃から性に関することに限らず、対等に素直な気持ちを言える関係を築くのは大切なこと。

お互いに「本音」を言えるスペースを作る

そのために福田さんがおすすめするのは、日頃から「お互いに本音を言えるスペース作り」をしてあげること。

中でも、「NOの意志を伝えにくい理由って、『断るのが申し訳ない』、『相手が傷つくかも』、『嫌われてしまうのでは』という不安からくるものが大きいと思います。だから、『嫌だと思うことを強制する方が嫌だ』と言ってあげるのが大切。
そして、相手が勇気をもってNOを示したときには、言ってくれたことに感謝を示しましょう。こうして、日頃から“嫌だと言えるスペース作り”をしていくと、お互いに素直な意見を話しやすくなるのかなと思います」

自分が嫌なことと好きなことを明確に

そうした環境を作るために、自分が嫌なことと好きなことを明確にしておくのも◎。

「自分は何が嫌なのかを知らないと、断ることもできないですよね。たとえばコンドームは絶対につけないと嫌なのかとか、こういう行為はOKだけどこういう行為はNOだとか、一度振り返ってみるのもいいでしょう」

外部環境からどれだけ影響されやすいかを知る

さらに、アルコールの影響や、相手からの期待を感じている場面では、「嫌だ」という思いが潰されてしまう場合も。そうした自分の傾向に気づいておくことも重要だそう。

「抑圧されているのは女性だけではなくて、男性も『男らしくしなきゃ』『彼氏だから自分から行かないと』と思うこともあるはず。彼氏だから、彼女だからではなく、本当に自分が望んでるからYESなのか、NOなのかということも、明確にしてあげるのがいいと思います」
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CarlosDavid.org//Getty Images

ステルシング被害の相談先

性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター一覧

Tel. #8891

「#8891」に電話をすると、一番近くの性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターにつながり、必要な医療機関の紹介や、希望する場合は警察同行のサポート、緊急避妊薬の費用支援が得られる場合も。カウンセリングなどの精神的なサポートも相談することが可能。

何年も前の話でも大丈夫なので、「被害に遭ったのは何年も前のことなのに、新しい人と付き合うのが怖い」、「人と付き合ってもなかなか信頼できない」、「恐怖を覚えてしまう」といったことがあれば、躊躇せずに相談してみるのも一つの手です。

にんしんSOS

予期せぬ妊娠や、妊娠の不安をふくめ、妊娠にまつわる全ての悩みに寄り添ってくれる窓口。ワンストップ支援センターがハードルが高いと思う場合は、こちらに相談してみるのも◎。

被害の相談が難しい場合には、産婦人科になるべく早く行って、アフターピルをもらいましょう。妊娠のほか、性感染症もリスクの一つ。性感染症は、症状がなくても、ずっと放置しておくと将来不妊に繋がってしまう場合も。最寄りの保健所に行けば、無料で匿名で検査を受けることが可能です。


今回お話を伺ったのは…

kazuko fukuda
kazuko fukuda

福田和子さん

スウェーデンの大学院で公衆衛生を専攻。留学をきっかけに日本の性を取り巻く環境に違和感を覚え、世界水準の避妊法や性教育を目指す「#なんでないのプロジェクト」をスタート。避妊や性教育に関する講演や執筆、また緊急避妊薬へのアクセスを良くするための署名などをオンラインで主宰。

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