緊急避妊薬の市販化や生理の貧困など、性にまつわる議論が身近に感じられるようになってきた昨今。アクティビストとして活躍する人も増えているなかで、注目を集めているのが、性教育関連のイラストを無料で提供している「性教育いらすと」。

日本における性教育の普及を目標に、アクティビストの活動を支えたいという想いで活動する、運営者でイラストレーターの佐藤ちとさんにお話を伺いました。

佐藤ちと

性にまつわる議論が身近に感じられるようになってきた昨今。注目を集めているのが、性教育関連のイラストを無料で提供している『性教育いらすと』。日本における性教育の普及を目標に、アクティビストの活動を支えたい、という想いで活動する、運営者でイラストレーターの佐藤ちとさんに話を伺いました。
佐藤ちと
無料イラスト素材集「性教育いらすと」を運営。広告系のグラフィックデザイナーとして勤務するかたわら、イラストレーターや漫画家としても活躍。

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語り:佐藤ちとさん

アクティビストの声から生まれたアイディア

もともと性に関わること全般に興味があったのですが、転機となったのは大学2年生のとき。Twitterでたまたま知った、コンドームソムリエのAiさんが主催する「コンドームの試“触”会」というイベントに参加したのがきっかけです。

コンドームの素材や正しい付け方など、これまで知らなかったことを学べただけでなく、こうした“性教育の世界”というものがあること自体を知って。そこから性教育に興味を持ち始めて、自分でも勉強したり、学んだ内容をSNSで発信したりするようになりました。

大学ではデザインを専攻していたので、イベントへの参加を通じてアクティビストの方から「イラストをお願いしたい」、「ノベルティのパッケージを描いてほしい」、「スライドのデザインを作ってほしい」というお話を頂くように。

こうしてイラストを描いていくうちに、求められている内容が似通ってると感じたんです。生理用ナプキンやコンドーム、低用量ピルのイラストなどを何回も描くなかで、「求めていることが同じなら、みんなが無料で使えるイラスト素材サイトがあれば、もっと発信しやすくなるのではないかな」と「性教育いらすと」のアイディアを思い立ちました。

性にまつわる議論が身近に感じられるようになってきた昨今。注目を集めているのが、性教育関連のイラストを無料で提供している『性教育いらすと』。日本における性教育の普及を目標に、アクティビストの活動を支えたい、という想いで活動する、運営者でイラストレーターの佐藤ちとさんに話を伺いました。
性教育いらすと

性教育関連のイラストって探せばもちろんあるけれど、微妙なニュアンスを表現したものはなかなか見つからなくて。

たとえば「コンドームの使い方」を表現したいとき。コンドームの個包装って、正しくは、一辺をちゃんと断ち切ってから取り出さなければいけないのですが、その予備知識がないと“正しい開け方”をしたイラストって描けないですよね。そのときに、正しい知識をもって描かれたものが必要だと感じました。

イラストを使うことへのハードルを下げたい

アクティビストの方が、性教育や性にまつわる正しい知識を発信するときに、イラストを使うことにハードルを感じて欲しくないというのが私の一番の望みです。

アクティビストのなかには学生をはじめ若い方も多く、自分の活動に多くのお金を使うことをネックを感じる人も少なくないはず。私はイラストを描けるので、「できる人ができることを」という思いで、無料で使ってもらえるようにしました。

実際、サイトを開設してからはアクティビストの方だけでなく、いろいろな方が使ってくれたんです。たとえば助産師や養護教諭、大学のLGBTQ+関連のサークル活動。お子さんに生理用ナプキンの使い方を教えるために家庭内で使いたいという方もいましたね。

印象的だったのは、アダルトゲームを制作している方からのリクエスト。ゲームの最後のエンドロールで、「これは現実の性行為と全く異なるもので、ファンタジーである」という注釈を入れるためのイラストが欲しいというお話でした。自分が想定していなかったイラストの使い方でしたが、その必要性には納得しました。

TwitterのリプライやDMでは、「待ってました」、「すぐ使いたい」、「勉強になった」という声を多くいただきます。「性教育いらすと」自体は知識を発信するサイトでなくても、見てなにか学んで帰ってもらえるのはうれしいですよね。

性にまつわる議論が身近に感じられるようになってきた昨今。注目を集めているのが、性教育関連のイラストを無料で提供している『性教育いらすと』。日本における性教育の普及を目標に、アクティビストの活動を支えたい、という想いで活動する、運営者でイラストレーターの佐藤ちとさんに話を伺いました。

安全に使えるように、“正確さ”が一番大切

イラストを描くうえで、まず意識しているのは、“正確さ”。前述の「コンドームの正しい開け方」もそうですが、安全にイラストを使ってもらえるように、公開する前に専門家の方に監修してもらい、知識をお借りして作っています。

そういった医学的な面だけでなく、ジェンダーやセクシャリティに関わるセンシティブなことがらにも“正確さ”は常に必要。正しいというより、“間違っていない”イラストを描くことの難しさは日々感じています。

あとは性教育を中心に使われることが多いので、“ジェンダーにおける偏見”をイラストで表現しないようにするのも大切。

たとえば男性ならブルー、女性ならピンク…とステレオタイプなものではなく、発信する立場としては「男性がピンクを着てもいいし、黄色や緑でもいいよね」というスタンスでいたい。特に無料素材だと、そのバリエーションが少ないこともあるので、性別で色を分けない、シーンによって性別を限定しない、といった部分には気をつけています。

そして、性教育と聞くと、“いやらしいもの”と誤解する人もまだ少なくないのも事実。性教育って決していやらしいものではないと伝えるために、イラストはあたたかみのあるかわいらしいテイストを心がけて作っています。

一人でも「ほしい」という声があれば描く

「性教育がどこまで含まれるのか」という境界線は人それぞれ。たとえば、コンドームの使い方は性教育に入るのか、マスターベーションはどうなのか…。「性教育いらすと」では、その境界線には言及せずに、誰かが「これは性教育である」と思っているものがあれば、できる限り取り揃えたいと思っています。

個人的には、性教育とは「心と身体を大切にするための教育」だと考えています。だから、人からどう見られるかを気にするあまり、メンタルヘルスの不調を感じる方がいるのであれば、ボディ・イメージやルッキズムも性教育に入るんじゃないかなと。

Twitterでは「誰が使うの?」とコメントいただくこともあるのですが、使わない人が大半でも、使いたいと思ってくれる人が1人でもいればいいと思ってバリエーションを広げています。

性にまつわる議論が身近に感じられるようになってきた昨今。注目を集めているのが、性教育関連のイラストを無料で提供している『性教育いらすと』。日本における性教育の普及を目標に、アクティビストの活動を支えたい、という想いで活動する、運営者でイラストレーターの佐藤ちとさんに話を伺いました。
性教育いらすと
▲ボディ・イメージに関するイラスト

“二足の草鞋”が相互に良い影響を与えてくれる

今は広告関係のグラフィックデザイナーを本業として、パッケージデザインなどを行っていますが、デザインもイラストを描くことも好きなんです。それは、私自身が“クリエイティブ系のことが大好き”というのが根底にあるから。

ある意味、趣味の延長のような「性教育いらすと」は、多くの人に喜んでもらえて、リプライやDMでうれしい言葉を聞けるのが一番のモチベーション。 それだけでなく、それに相互に経験を活かせるのも大きいです。

「性教育いらすと」のおかげで、本業でイラストを描くスピードは格段に速くなったので仕事の効率は上がったし、「性教育いらすと」のサイトデザインや、使いやすさを考えたイラストを揃えられたのは、普段の仕事が活かされたからこそ。大変なときもありますが、互いに良い影響を与え合っていると感じますね。

本当の意味で多くの人に届けたい

今後の目標は、普段生活するなかで「性教育いらすと」の素材を目にする機会が増えること。目にする機会が多くなるほど、性にまつわる知識を発信している人が増えてるということだと思うんです。

なかでもテレビや雑誌、新聞などのマスメディアで使われる機会があれば、幅広い興味を持つ人や年齢層に届けることができるので、そもそも性教育に興味がない人も含め、本当の意味で多くの人に伝えることができるはず。マスメディアもSNSも含めて、性教育に興味を持って発信するメディアが増えたら、日本の性教育の普及につながるんじゃないかなと考えています。

あとは、海外向けに英語対応のサイトにするのも目標のひとつ。「性教育いらすと」は、開設時からアメリカや中国など海外からのアクセスが一定数あって。人種なども含め、より多様性に配慮した素材を用意してさらに多くの人にとって使いやすいサイトにできたらいいですよね。

 
性教育いらすと

“発信”だけが活動の全てじゃない

イラストを描いていくなかでも、性教育について発信されているアクティビストの方が毎年増えてきているのを実感していてうれしく思っています。一方で「自分は何かの専門家じゃないから発信できない」という投稿をSNSで見かけるのですが、そういう方に伝えたいのは、発信だけが活動の全てではないということ。

私はイラストが描けるので、それを活かして「性教育いらすと」の活動をしています。できる人ができることをして、その力を合わせて、最終的に「日本に性教育をもっと普及させる」という一つの目標に向かっていけたらそれでいいと思うんです。

たとえば英語ができること、文章が書けること、ブランディングやマーケティング、コンサルティングができるというのも、団体の活動のなかで非常に重要なスキル。誰しも生かせる何かが必ずあるはずなので、自分ができることをやってみよう、と一歩踏み出してくれる人が増えてくれたらもっとより良くなるんじゃないかなと考えています。

性教育や性にまつわる知識って、あって損はないもの。知識があるからこそ、人生のさまざまな局面で、知識を生かした選択をすることに役立つはずです。

今の自分に関係なくても、いつか関係があるかもしれないし、まわりの友達の役に立てるかもしれない。知識を持つということを、積極的に受け入れる姿勢を持ってもらえたらうれしいです。