レイプされた直後に、平気な顔で寿司の出前を取る女

多くの女優さんについて話すとき、書くとき、なんていう意識もなく普通に呼び捨てにする私ですが、女優イザベル・ユペールだけは、なぜか知らないうちに「ユペール先生」とか「ユペ様」とお呼びしてしまいます。本当に唯一無二の女優、フランスの宝、てか、映画界の宝。

ハリウッドにもシャリーズ・セロンとかニコール・キッドマンとか、チャレンジングな役にトライする女優さんもいますが、この人の前では赤子同然。それも「果敢に!」っていう感じじゃなく、「台本に書いてあったからやっただけですが」みたいな軽やかさで、サラっとこういうこととかこういうこととかやってのけます。

でもって今回のネタは、そんなユペ様の新作『エル ELLE』。昨年のカンヌ映画祭で発表されて絶賛とブーイングの嵐を巻き起こしたというこの作品、主人公はアラフィフ女性経営者のミシェルで、この人が自宅でいきなりレイプされるところから始まります。衝撃的幕開け!なのですが、しかし。

男がいなくなった後、ミシェルは荒れた部屋を片付け、風呂に入り、何ひとつ表情を変えずに電話で寿司の出前を「ハマチふたつね」とか頼みます。「ホリデー巻きってあるけど、これ何?」とか質問したりして。ええええ、こんなタイミングでホリデー巻きとかどーでもいいじゃんか!なんで?なんでなの、ユペ様!と叫ぶ私に、(私の妄想の中で)ポール・バーホーベン監督が答えます。「いや、この後、ミシェルの息子が遊びに来るからね」。てか、そこじゃねえし、そこ聞いてるわけじゃねえし!

この最初の3分で炸裂する、ヨーロッパ随一の変女優ユペ様と、ヨーロッパ屈指の変態監督バーホーベンは、まるでニヤリと笑いながら観客に言ってるかのようです。

「行くぜ。振り落とされんなよ」

レイプされ放心状態のミシェル。被害者に見えなくても、被害者じゃないわけじゃありません。pinterest

引き受けるアメリカ女優がいなかった道徳観ギリギリの役

当初、バーホーベン監督は、この作品をアメリカで映画化しようと考えていたそうです。この人、出身はオランダですが、ここしばらくハリウッドで映画を撮っていて、今回の作品もと思ったんでしょうが――アメリカでは、ミシェル役を引きうけてくれる度胸のある女優が見つからなかったんですね。道徳的にキワどいってことで。

それはミシェルがレイプされるからでも、レイプされた後に寿司を注文するからでもありません。レイプ犯の正体を知った後、その男と精神的なSM関係(ミシェルがS)を築いてゆくから。つまりアメリカ映画的な「人間って普通ならそうなるよね、わかるわかる」みたいなありがちなパターンを、完全拒絶した映画なのです。

とかくそいうものですが、レイプ被害者なのにそれらしく見えない人を、世の中はなかなか受け入れてはくれません。裏を返せばそれは、ミシェルみたいな女を「あんな女だからレイプされちゃっても当然」とか「レイプされたっていうのに平気な顔してるってどういうこと?」とか「レイプじゃないんじゃないの?」と非難する社会と言えるかもしれません。

ミシェルにはある「過去の事件」から、そういう社会に反応しない、遮断する習慣がついています。それはその「過去の事件」から解放されていないという意味でもあるんですが、いろんな偶然が重なりあって、ある時ポンとここから解放されるんですね。そして現実逃避をやめた彼女は、自分を含めて「暴力とセックスで支配されている女たち」をそこから解放してゆきます。一見ミシェルに人生を台無しにされたかに思えた女子たちが、ラストで妙に清々しいのはそのためです。

――と考えると、この映画の謎めいた部分がきっと理解できるのではないかなーと思います。後半30分のミシェルの「ヒーローぶり」、その強さはあまりにカッコよく、あまりに痛快です。「レイプされても"被害者"にならない女」は、「ずうずうしい女」でも「アバズレ」でも「怪物」でもない。ヒーローです。ユペ様に、またひとつ教わりました。

『エル ELLE

(C)2015 SBS PRODUCTIONS – SBS FILMS– TWENTY TWENTY VISION FILMPRODUKTION – FRANCE 2 CINEMA – ENTRE CHIEN ET LOUP

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