オンラインのみの関係は、ヴァーチャル恋愛と同じでは?

新型コロナウイルスが蔓延する中、映画ライターは映画に行けない--どころか、打ち合わせもインタビューも取材もオンライン、会食も飲み会もオンライン。外出はもちろんできないし、したとしても誰かと会うのは気が引けるし、会ったとしてもマスクとソーシャルディスタンスないと不安だし…。

あああああ、他のことが気になっちゃって気になっちゃって、リラックスして人と会うなんてできないいいいい! …と、その時、わたしの頭の中にムクムクと湧いてきた疑問があります。名付けて「今後はどーやって恋に落ちればいいの」問題。

…とかなんとか考えつつ、久々に見たのが、2013年の映画『her/世界でひとつ彼女』です。主人公のセオドアはメール時代の「代筆屋」--つまり本人に変わって季節の挨拶やお礼など(手書き風の)手紙を書く仕事をやっている男です。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
her/世界でひとつの彼女(予告編)
her/世界でひとつの彼女(予告編) thumnail
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彼の私生活は(一応オフィスに通って働いているものの)周囲の人との交流はほとんどなく、家に帰れば一人暮らしで、ご飯を食べたらゲームくらいしかやることがなく…って、ほとんどリモートで働いている今の私たちみたい。

でもってそんな男が恋しちゃった相手が、新しくインストールしたOSのAI「サマンサ」です。早い話がSiriとかAlexaに恋しちゃうってことなのですが、このサマンサはあまりに優秀なので話しているだけなら人間とほぼ同じ。違いは身体を持たない--つまり「会えない」だけ。同じでないの! 今の“オンラインで恋に落ちてもバーチャル”みたいなものではないの!

描かれる恋の形もまた、まさに「オンライン」。

サマンサはアイフォンみたいな小さな端末のAI型のOS、いうなればめちゃめちゃ優秀な秘書で、セオドアの思考や行動のパターンを把握しつつ、仕事面だけでなく、どんな話に興味があるか、どんなことを言えば笑うか分かっています。つまりふたりが恋に落ちた理由は、気が合うし、会話が楽しいから。オンラインの関係はまさにこれ、良くも悪くも徹底して言葉と思考の世界、理性の世界なわけです。

リアルであれば問答無用にフォーリンラブな相手

新しいオモチャ! っていう感じだし、飲み会ではめっちゃ話したい私にとっては、オンラインはそれはそれで楽しい。すでに見知った相手との仕事のミーティングも、便利で無駄がなく、話も早い。

でも、初めてお目にかかる人が「どんな人」なのか、その「肌感覚」は、実のところオンラインではまったく得ることができません。でもそれこそが、恋愛の醍醐味、言語化できない動物的、本能的部分なんではないかしら。

たとえばですけど。「この人とは話が合う! めっちゃ楽しい!」と思って、リアルで会ったら清潔感のない人で生理的に…みたいなこともきっとありますよね。逆にリアルで先に会っていたら、そこまで気の合う人にも関わらず口をきくところまでいかない…といった別の不幸もあるわけですが…。

もちろんそれがオンラインのいいところ。セクハラとかパワハラとかは起こりえません。…てことは、そっか、今後は「出会い」はそういう一般的な場には求めず、マッチングアプリに行け! ってことか。

そうはいっても、このコロナ禍で見ず知らずの人に会うのは、さすがにちと怖い。まさか昭和レトロスペクティブ的な「世話焼きおばちゃん」によるお見合いとか、復活を遂げちゃうんだろうか。いや、でもそこには結局のところ、恋愛の本能とかないじゃないのさ…。

理性と本能のいわゆるひとつの板挟みで、マジどうすりゃいいんだか、悶々とするよね~。

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