「女らしさ」を否定する母と、決別できなかった39

思春期の頃からニキビや吹き出物などに悩まされたことのない私ですが、30代になった頃、なぜか顎のラインにポツポツとニキビができるようになり、ヤだなヤだなと思いながら原因をいろいろ調べたところ、「30歳過ぎの女性の顎にできる吹き出物は、ヒゲの代替物らしい。つまりそれはオス化の証拠!」という説を発見し驚きました。

後にこれはまったく無根拠なデマだとわかったのですが、当時の私は「恋愛を忘れて仕事に没頭し、化粧も髪も手抜きして、帰りの電車で口を開けて寝ちゃったりしてたくらいで、身体は己をオス認定するのか。でもなんぼなんでも、ヒゲ生やして整合性をとろうとしなくても」と、そんな説を信じた自分のアホさを棚に上げて、人間の身体のアバウトぶりに呆れたものです。

でもこと精神的な面に関していえば、これはあながちアホとは言えないのかも、と思ったりもします。私が言いたいのは、例えば電車で股を開いて座ってるとか、自分を「オレ」と呼ぶとか、居酒屋で一人飲み全然平気とか、家事全然やらないとか、そういうことを取り上げて「オス化」の証左とするような、表層的なこととはちょっと違います。

さてそんなわけで今回のネタ『ピアニスト』、主人公は有名音楽学校で教師をしているエリカ先生39歳です。前々回の『ブラック・スワン』の主人公ニナ同様に、母親に自分の「女らしさ」を否定されながら芸術にすべてを捧げてきた彼女は、言ってみれば"母と決別できなかったニナのその後、ブラック・ユーモアVer."。本日の"オス化女子"です。

女なら「歪んだド変態」、男なら「マザコンのやや変態」

エリカ先生はなぜ母と決別できなかったのでしょうか。それはおそらく母親が経済的な基盤を持っていないため。精神を患う父親は長いこと入院していて、エリカ先生がこの家の大黒柱です。ちなみにこの母親、浮気夫を監視するかのように娘の行動を逐一チェックしており、ふたりはダブルベッドで夫婦のように並んで寝ています。

さてそんな生活の中、母親に抑圧された性欲のはけ口として、エリカ先生は時折ポルノショップの個室でビデオを見ています。当然ながら周囲は男だらけ、だれもが彼女を好奇の目でジロジロと見るのですが、エリカ先生はまったく意に介しません。カップルのカーセックスを覗くのも趣味です。ここでひっくり返るほど驚くのは、それを見て興奮が極まった彼女が、我慢しきれず放尿することです。

映画を見た多くの人は、エリカ先生を「歪んだド変態」と思うに違いありません。でも例えばこの文章の「エリカ先生」の部分を「マサオ」とかに変換して読んでみると、あら不思議。「歪んだド変態」から「マザコンのやや変態」程度に、ふんわりした印象になります。

つまり「女らしさ」の否定と経済的な必要性の合わせ技で、母親に「男」扱いされる日々を重ねてきたエリカ先生の行動パターンは、無意識に「オス化」してしまったわけです。「生徒にナメられたらあかん」と気を張る、厳しく支配的な教師という仕事も影響しているでしょう。"アゴにできるニキビ"よろしく、放尿は射精の代替行為です。

こうしてみると「歪んだド変態」エリカ先生は、「オス化」という生き方しか選べなかった女子として、意外と身近な存在に思えます。それは――さすがに放尿はないにしろ――男社会で「女だからって甘えるな」とか「女は許されていいね」とか「女だから仕方ない」とか言われてイヤな気持ちを植え付けられてきた女性なら、誰もが多少は持っている病です。

例えば「世界一キツい生理二日目だが、生理休暇は取りにくい」とか「子供を産めば、出世は諦めなければいけない」とか「セクハラを笑って受け流せないと、会社では生きていけない」と怖気てしまう気持ち、もっと言えば、そういうことを怖気ず実行する女性を「あの女は自分勝手」と責めてしまうこと、すべてが「オス化」のバリエーションです。

だってこれすべて男――月イチ大量出血の何たるかを知りもせず、「女だからって甘えるな」と平気で言う人たち――が作ったルールに、適応できているかできていないかなんですから。

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