2024年11月5日に行われるアメリカ大統領選挙を目前に、アメリカは選挙シーズンを迎えています。そして選挙と切っても切り離せないのが、人工妊娠中絶を巡る法規制。

安全な中絶を行える選択肢を全州において守ろうという想いが有権者を動かし、民主党に大きな勝利をもたらすのか。そして24年3月現在、14の州が定める中絶を違法とする政策を撤回できるのかーー 評論家も政治家も注目をしています。

文:レジーナ・マホン/レニー・ブレイシー・シャーマン

市民の決断が生んだ“奇跡”

アメリカでは2022年に、人工妊娠中絶を女性の「憲法で認められた権利である」と定めていた「ロー対ウェイド」判決を連邦最高裁が覆し、大きな話題となりました。それ以来、中絶を合法とするか/違法とするかは各州の方針に委ねられています。

同年の中間選挙では、州内の住民投票で中絶へのアクセスを保護する動きが全国に広がりました。保守的とされるカンザス州などのエリアでも、中絶の選択を尊重する政党が圧倒的な勝利を収める結果に。カンザス州には何十年もの間、中絶を違法にするべきだと精力的に活動をしてきた政治家も多いので、この勝利は“奇跡的だった”と言えるでしょう。

リプロダクティブ・ライツ(生殖に関する権利:子どもを産むか産まないかなどを自分で決められること)を専門とするジャーナリストと、中絶希望者・経験者のための団体の設立者である私たちは、この“奇跡”について、「どのように実現できたんだろう? 」と聞かれることも少なくありません。

それに対して、私たちはよく2つの答えをだします。一つ目は、もはや政治家そのものより、「中絶の権利」に対する考え方の方がよほど人々の関心を集めているということ。もう一つは、市民の想いがきちんと反映されたからであるということ。

「すべての中絶は違法」と考える人は14%

私たちのポッドキャスト「Aファイルズ:妊娠中絶の秘密の歴史( The A Files: A Secret History of Abortion)」でも話していますが、中絶に関して信じられている一番の“誤り”は何だと思いますか?

それは、中絶は意見が大きく分かれる、対立する問題であるということ。 現代において、どのような社会課題よりも分裂を引き起こす政治的な問題のように語られることもあります。

しかし実際は中絶の選択肢を支持する人はそもそも一般的に多く、その割合も過去数十年で一番高くなっているのです。そして中絶の違法性に関して最も厳しい条件をもつ州においても、「すべての中絶は違法」と考える人はわずか14%にとどまっているのです。

※全米50州のうち9の州では、性的暴行や近親相かんなどによる妊娠の場合でも中絶を違法としています

アメリカには特定の政党や候補者に有利になるよう選挙区割りを恣意的に行う「ゲリマンダー問題」があり、有権者の多数意見と選挙結果が異なるということがよくあるのです。

ゲリマンダー問題とは?

アメリカの各州は10年ごとに、新しい国勢調査データを反映するために、連邦議会および州議会選挙区の区割りを更新します。そのプロセスで共和党は自党に有利な区割りを敷くように仕向ける、ケリマンダリングを行っていると指摘されているのです。

activists demonstrate outside supreme court as court hears case to challenging practice of partisan gerrymandering
Olivier Douliery//Getty Images

調査によれば、過去10年間において共和党は連邦下院で17議席も優位に得ており、全国の州議会でも優位に議席を獲得をしていることがわかりました。

共和党は特定の(人種、民族などの)グループの力を弱め、 共和党支持者に有利になるような選挙区を作ることによってこれを実行しています。たとえば選挙区を分割する際に、多くの有色人種の有権者がいる選挙区を細かく“分割”し、保守的な有権者が多い選挙区と一緒にすることで、彼らの投票力を弱めることができます。

もう一つの戦略は、特定のグループを同じ選挙区に“詰め込む”ことで、本来ならば複数の代表人を選出できるところを、一人の代表に抑えるというもの。

当然、有色人種が多く暮らす地域や中絶の権利のを支持する可能性が最も高い人々などを事前に考慮して共和党は計画をします。その結果、中絶反対派の政治家たちは権力を確保し、中絶の権利を制限する厳格な法律を制定できるのです。

投票権と中絶の問題は密接に関連

歴史的に、投票権と中絶の問題は密接に関連しています。しかしそれぞれの問題の興味をもっていた人たちは、ゲリマンダー問題に気がついていませんでした。

中絶の違法化を目的とする修正案に関する投票が行われることになった2011年のミシシッピ選挙では、同じタイミングで、投票の際に身分証明書の提示を義務とすることが提案されていました。

身分証明書の提示には、(ID取得にかかるさまざまなコストを負担することが難しい立場にある人が多い) 黒人や褐色人種の投票権を抑圧しようとする思惑があり、若者や低所得者にも影響を与えるものでした。

有色人種中心のリプロダクティブ・ライツに取り組む団体が、「民主主義への脅威」だとして反対したものの、他の団体は中絶の修正案の投票のみに注目しており、“投票制限”の草案は見落としていたのです。

結果、中絶を違法化するための修正案は通らなかったものの、ミシシッピ州の投票権は“投票制限”によってもう公正なものではなくなっていました。

有権者の“直接投票”がカギに

中絶反対派の取り組みと、有権者の権利を剥奪する行為の関係性はより深いものになっていくばかりです。カンザス州の“奇跡”はゲリマンダーに蝕まれた州議会を通過せず、有権者が直接投票できたため起こったと言えるでしょう。

再区画のプロセスは中絶の選択肢を尊重する傾向がある有色人種の有権者の投票力を弱め、彼らの州政治への関与を難しくしています。大多数の人が中絶の選択肢があることに賛成していても、共和党によって州議会が支配されてしまっているため、(適切な医療へのアクセスを狭めるような)危険な法案ばかりが出てくるのです。

有権者の反対や民主党のローラ・ケリー州知事が行使した拒否権を押し切って、共和党主導のカンザス議会は8カ月後に中絶反対法を続々と制定。医学的に誤った中絶薬の情報を含んだ法案などが提出されたこともあります。

中絶の自由のために「選挙の自由」を

オハイオ州の住民は2023年秋、何年にもわたって中絶反対の活動をしてきた議員たちに屈せず、市民投票によって州憲法に含まれる中絶の権利を守りました。しかしこの議員たちは、まだこの決定を覆すための策略を練っています。そして次は、市民は何もできないかもしれないのです。

オハイオ州最高裁判所は2024年の選挙で、ゲリマンダーの指摘がある区割りの使用を認めています。そして多くのほかの州と同様に、州最高裁判所判事を選ぶ際にも同じ選挙区が使われていて、共和党に有利な状況になっているのです。

率直にいうと、すでにここまで壊れてしまったものを、一回の選挙で立て直すことは不可能でしょう。ゲリマンダーに蝕まれた選挙システムによって、残念ながら現状ができあがってしまっているのです。それでも、投票を抑圧しようとする取り組みと戦わなければいけません。

まず、選挙に行くことが大事です。そして投票権があるすべての人が投票できるよう、制度を改善するように呼びかけましょう。

「ブラック・ヴォーターズ・マター」のような投票権を拡大するために取り組む活動に賛同したり、屋外投票ボックスの撤去や元受刑者の除外などで選挙権を奪われた人々や、抑圧されてきた人々の投票権を回復するために声をあげたりすることも大事です。

アメリカの「選挙の自由」は、「中絶の自由」と切り離せない問題なのです。


※本記事は、Hearst Magazinesが所有するメディアの記事を翻訳したものです。元記事に関連する文化的背景や文脈を踏まえたうえで、補足を含む編集や構成の変更等を行う場合があります。
Translation: 佐立武士
COSMOPOLITAN US