女性が中絶を選択する権利を認めた過去の連邦最高裁判所による判断を覆す判決をうけて、人工妊娠中絶を禁止したアメリカ国内の14の州。

ある研究によると、2022年7月以降に中絶を禁止した14の州での、性的暴行被害による妊娠は6万4,000件以上に上りうると推定されています。

※本記事には、性暴力に関する記述が含まれています。
日本での人工妊娠中絶については、母体保護法が適用されています。詳しくは、日本産婦人科医会のウェブサイトなどを参照してください。

中絶の禁止が各州に委ねられ…

米国医師会が発行する医学誌<JAMA Internal Medicine>は、アメリカ国内で中絶を禁止にしたことが性的暴行を受けた被害者にどのような影響を与えるかを明らかにするため、州ごとに性的暴行による妊娠を推定した研究を発表しました。

アメリカでは1973年、連邦最高裁判所が「ロー対ウェイド事件」で下した判決により、女性が中絶を受ける権利が憲法で保障されるべきことだと決められました。これによりアメリカ全州で、中絶が合法化されたのです。

しかし2022年7月に連邦最高裁判所は、「ドブス対ジャクソン女性健康機構事件(ドブス事件)」で、この「ロー対ウェイド事件」を覆す判決を下します。それ以来、中絶の禁止は各州の方針に委ねられることになりました。

14の州で違法に

中絶の権利保護のために活動する非営利団体のPPAFがまとめたマップによると、24年1月現在、全米50州のうち20州で制限なく中絶を選択できます。

一方、16の州では中絶を認める妊娠期間や、未成年の場合は保護者の同意を得る方法、また中絶の打診から施術までに空けなければいけない時間などを州ごとに決定して、それぞれ異なる条件が設けられています。

たとえば妊娠初期で妊娠に気づきにくい6週目以降から中絶を禁止とする厳しい制限を設ける州や24週まで中絶可能とする州、保護者の同意書を必須とする州や、保護者に打ち明けられない事情がある場合には親の同意を免除できる州まで、さまざまな現状が。

そして14の州では、ほぼすべての状況において中絶が禁止されています。<THE NEW YORK TIMES>が中絶の規制について定期更新を行っているサイトによると、1月8日に更新した時点で、条件に限らず中絶が全面的に禁止となっている州は以下のとおりです。

  • アイダホ州、 アラバマ州、アーカンソー州、インディアナ州、ウェストバージニア州、オクラホマ州、ケンタッキー州、サウスダコタ州、ノースダコタ州、ミシシッピ州、テキサス州、テネシー州、ミズーリ州、ルイジアナ州

このうち5つの州(アイダホ、インディアナ、ミシシッピ、 ウェストバージニア、ノースダコタ) において、性的暴行や近親相かんなどによる妊娠の場合は、“例外”として中絶が認められているそう。

しかし妊娠期間について制限が適用されているほか、性的暴行の被害者は法執行機関に被害を報告しなければならないという高いハードルも。この要件は被害者のほとんどを適切な支援・保護から排除する可能性が高いという指摘もなされています。

約6万5,000の性的暴行による妊娠を推定

今回<JAMA Internal Medicine>が発表した研究は、各州が中絶を禁止としてから起こったと考えられる性的暴行被害とそれによる妊娠の推定値を分析。結果、51万9,981件の性的暴行被害と、6万4,565件の妊娠に関連し得ると推定しました。

さらに6万4,565件の性的暴行による妊娠の推定値のうち、9%(5,586件)が例外規定がある州で、91%(5万8,979件)が例外規定がない州で起こりうる被害と算出。その45%(2万6,313件)は、テキサス州で起こったと考えられるという研究結果を発表しました。

national rallies for abortion rights held across the us
Montinique Monroe//Getty Images

数値に現れづらい被害の実態

<JAMA Internal Medicine>が発表した研究では、性的暴行の被害に関する信頼できる州レベルのデータがなく、報告されていない被害が多いために被害数が低く見積もられている現状があることも指摘。報告されている件数だけで性的暴行の被害を導き出す難しさも、同研究では記されています。

そのため性的暴行による妊娠件数の推定は、報告されていない被害も視野に入れ、州ごとに数値を出すために、複数のデータソースをもとに分析がされたと言います。

もとになっているのは米国疾病予防管理センター(CDC)による、報告されている性的暴行被害と報告されていない被害をまとめたデータ。これに、司法統計局による犯罪記録から、妊娠可能とされる15~45歳の被害者の数と、過去の研究から膣内強姦の数を参照したそう。

これらのデータは州ごとに記録されていないため、連邦捜査局(FBI)による地方管轄区が2019年に集計した「統一犯罪白書」に基づいて、各州に推定値を割り出したとのこと。各州で中絶が禁止となった時期が異なるため、2022年7月~2024年1月の期間の中で、禁止が有効だった期間中の被害の推定を導き出しています。

合法的な中絶を受けられていないことを示唆

中絶へのアクセスの変化を記録するための調査機関「#WeCount」は、2022年4月から23年6月にかけて行われた合法的な中絶は、州が禁止としてからは毎月約10件かそれ以下だったと、中絶治療を提供する病院やクリニックによる協力をもとに提示しています。

<JAMA Internal Medicine>に発表した研究者らは、「性的暴行による妊娠に対する中絶が例外的に認められている州であっても、被害者は自分が暮らす州で合法的な中絶が受けられていないことを示している」と締めくくりました。

また同研究では性的暴行による妊娠の結果、出産に至ったであろう人数の推定は行われていません。そのため性的暴行被害によって妊娠をした人が、中絶を合法としている州での中絶手術を行うのか、出産に至るのかなど、中絶の権利へのアクセスが保障されていないことによる影響の全容は図りしれません。