2021年12月、ようやく日本でも承認申請された「中絶薬」。世界では一般的な中絶方法として知られている一方で、日本では実用化されるまでの道のりやその高額な価格設定にも疑問の声が上がっています。

そこで今回は、「なんでないのプロジェクト」代表の福田和子さんに、現在日本で行われている中絶方法や中絶薬の承認後の課題などについてお伺いました。


【INDEX】


現在日本で行われている中絶方法

人工的な手段を用いて、妊娠を終わらせる人工妊娠中絶手術(以下、中絶手術)。現在日本で行われている方法は以下の3つと言われています。

そうは法

1906年にドイツから入ってきたそうは法は、金属製の細長い器具を使い、正常の子宮内膜を傷つけないように注意しながら、子宮内の妊娠組織を全体的に掻き出す方法。

体への負担が大きいことから、WHOは2012年に「そうは法は、時代遅れの外科的中絶方法であり、真空吸引法または薬剤による中絶方法(Medical Abortion)に切り替えるべき」と勧告を出しています。

電動吸引法

そうは法と同様に金属を使った中絶方法であるものの、掻き出すのではなく吸引する方法をとっている「電動吸引法」。

「体への負担は少ないですが、妊娠組織が排出しきれなかった際には、そうは法とセットで手術が行われる場合も少なくないです」

手動真空吸引法(MVA)

プラスチック製の柔らかい管を使って手動で吸引する、体への負担も少ない中絶方法。福田さんによると、世界では何度か使える器具が承認されているそうだけれど、日本では1回きりのものしか承認されていないのだとか。

「母体を傷つけず安全な方法と言われている一方で、使用する器具の価格がひとつ約20,000円と高額なことから、日本ではあまり広まっていません」

そうは法での手術で失敗すると子宮を傷つけてしまう可能性があるため、「中絶は不妊につながる」というイメージも根強くあります。詳しい調査は実施されていないものの、現在の日本では体に負担がかかりやすいそうは法を行っているクリニックが、今も存在しているのが現実。

中絶手術にかかる費用

中絶手術は各クリニックが金額を決められる自由診療扱いで、妊娠前期・後期共に患者の負担は10〜20万円程度。妊娠後期での中絶手術の金額は40〜50万円程度であるものの、出産一時金が出ることから実質は前期と同等の金額になるのだそう。

日本でも承認申請された「中絶薬」とは?

中絶薬は、妊娠継続に必要なホルモンを止める「ミフェプリストン」と、子宮を収縮させて妊娠組織を外に押し出す「ミソプロストール」の2種類を飲むことによって、妊娠を終わらせるもの。

WHOは吸引法と並んで妊娠初期(妊娠12週まで)の「安全な中絶」方法だとしており、妊娠9週までの場合、中絶薬の成功率は海外では一般に98%とされています。

妊娠に伴う組織が排出されるまでには個人差があり、重たい生理のような感覚があると言われているものの、そうは法と比べても器具を使う必要がなく、全身麻酔も不要なことから体への負担が減るそう。

「中絶薬は1980年代にフランスで開発され、1988年に初めてフランスと中国で承認されました。今では世界の約80カ国で使われています」

「また中絶薬は、WHOによる『必須医薬品リスト』にも2019年から入っています。中絶薬は、真空吸引法と同様に安全な方法と言われているのです」
 
Iuliia Pilipeichenko//Getty Images

中絶薬に対する世界各国の動き

新型コロナウイルスの流行に伴うロックダウンの影響で、外出が制限されていたり、WHOがオンライン診療を推奨し安全性が確立されたことから、郵送などを使用し、自宅で中絶薬を飲めるシステムが広まりつつあるそう。

「アメリカでもつい最近、米食品医薬品局(FDA)が中絶薬の郵送を承認しました。世界的に見ても、かなり大きな変化が起きています」

また現在、中絶薬が公費でまかなわれている国は30カ国ほどあり、その中にはアジアの国も含まれているとのこと。

中絶薬を使用した場合の成功率

体への負担が少なく、多くの国で使用されている中絶薬。実際に成功率は、どのくらいなのでしょうか?

福田さんによると、妊娠9週までの女性120人に対して行われた治験での成功率は93%。すなわち112人が、24時間以内に薬だけで中絶を完了したとのこと。

「海外では妊娠9週までの成功率は一般に98%とされ、その誤差は24時間という他の研究にはない日本独自のタイムリミットの設定に起因していると言われています。つまり、ほとんどの場合が外科的手術なく薬の服用のみで中絶が完了するのです」

「そうであるにも関わらず、人工妊娠中絶手術とほぼ同等の料金設定がなされる可能性が高いのが今の日本の現状です」

中絶ができる時期を把握しておくべき

12週未満の初期中絶と12週以降22週未満の中期中絶があり、その期間を過ぎてしまうと中絶ができなくなってしまいます。

基本的には、妊娠したかもしれない行為後の生理予定日から、一週間経っても来なかったら妊娠検査薬を使って検査をしたほうがいいと言われています。

けれど福田さんによると、最近は生理不順の人が増えているので、自分が妊娠していると気づきにくくなってしまう場合も。妊娠初期でも吐き気、熱っぽさ、風邪っぽさ、胸の張りなどで異変を感じると言われている一方で、これらの症状には個人差があることから、普段から注意が必要なのだとか。

「その他にも、親や誰にも相談できないまま日が経ち、言わざるを得ない状況になったタイミングで産婦人科に行ったら、『中絶するにはもう遅いです』となるケースもあります。そのため、中絶ができる・できない期間はしっかり把握し、不安になったら妊娠検査をすること、そして陽性の場合は、中絶する・しないに関わらず週数を確認するためにも産婦人科の受診が大切です」
 
Jennir Narvez / EyeEm//Getty Images

中絶薬の承認申請が遅れた理由

日本では2021年12月に承認申請がされた中絶薬ですが、他国と比べて承認が遅れたのには理由があるのでしょうか?

「私もずっと不思議でした。これまで日本では、厚労省などが個人輸入での使用を防ぐため、『安易に服用することは危険』といったメッセージを繰り返し発表してきたことから、中絶薬は必要以上に“危険”というイメージがもたれてきたように思います」

「そもそも中絶薬の存在自体知らされてこなかったので、中絶薬が欲しいと思わなかった人々がほとんどのはずです」

少しずつ変化が見られてきた一方で、毎年、十数何万件も行われている中絶手術。ひと昔前には「中絶手術ができないと産婦人科は経営できない」と言われていた頃もあったと福田さんは説明。

「私が大学院在学中に研究したなかでは、残念ながら日本の医師は人々が政治的・社会的に左右されず、妊娠や性生活に関して自分で決断できるという“セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス・ライツ”に関して必須の授業の中では学べず、『中絶薬は権利を守るものの一つ』と教えられてきませんでした」

以前、日本産婦人科医会の木下会長が、「中絶薬は医学の進歩による新しい方法であり、治験を行った上で安全なら中絶薬の導入は仕方がないと思っている。しかし、薬で簡単に中絶ができるという風に捉えられることを懸念している」と述べた際には、SNS上でも多くの注目を集めました。

この発言を聞いた福田さんは、このように感じたとコメント。

「本来は一番牽引してほしい人物なのに『仕方がない』と捉えていることが残念ですし、中絶は誰にとっても“簡単な選択”ではないはずです。女性の産婦人科医が増えてきても、先頭に立つ医師にはまだまだ男性が多く、女性が受ける心理的なことが理解しづらい部分があるように思います」

「他にも、誰にでも起こる可能性があることだからこういった話をしているのに、『じゃあその前にちゃんと避妊すればいいでしょ』とか、『子どもを産みたいときにセックスをすべき』と言われることも」

「主な避妊法として知られるコンドームも、避妊に失敗してしまうことだってあります。どんなに性教育やさまざまな避妊法が浸透したとしても、中絶という選択肢は必要なのです」
 
Maria Maglionico / EyeEm//Getty Images

中絶薬が承認された後の課題

中絶薬の承認申請は大きな一歩となりましたが、まだまだたくさんの課題があると福田さんは言います。

高額な価格設定

福田さんによると、現在承認申請されている中絶薬は、恐らくピルなどと同じく卸売り価格が明記されない可能性があるそう。その場合は、各医療機関が値段を決めることに。

そして中絶薬の価格は、現在日本で行われている中絶方法と変わらない10万円程度と言われているのだとか。病院で過ごさなければならない可能性もあるので、その管理費などを含んだ金額になっているよう。

「WHOが出している中絶薬の世界水準の卸売価格は、700円ほどです。そのため、さまざまな国際会議に出席した際に一番驚かれるのは、『中絶の費用が10〜20万円』というところ。世界各国の人から『その金額で誰が中絶できるの?』とよく言われます」

「10万~20万円という価格は“手術で行う方法だから”と言われてきたのに、中絶薬になっても金額があまり変わらないのであれば、理解されにくいと思います」

たとえばスウェーデンでは、中絶薬は保険適用に含まれており、移民であっても無料で中絶ケアを受けることができるのだとか。一方で日本の中絶薬は、現在のところ、保険適用外で10万円程度という金額設定。世界中の国と比べても高額であることは間違いないそう。

最終的にどのくらいの価格になるのかは不明だけれど、最初に決定した金額から下げるのはなかなか難しいため、「現段階で、中絶薬が高額になるかもしれないと知っておいたほうが良いと思います」と福田さん。

「他国と比べても、日本の中絶手術費が高額だったことから、中絶するのが学生だった場合、金銭面の問題を抱えてしまう場合も。なかには、消費者金融からお金を借りるしか方法がなく、借金の返済がつらかったという話も聞きます」

「これでは、全員が医療にアクセスできるとは言えないですよね。WHOがいう『医療アクセス』は、ただ承認されるのではなく、情報やそのコミュニティに属する人が購入できる金額であること、サービスを受ける際に差別的な言葉を投げかけられないなど、これらをすべてクリアできて、やっと“アクセスがある”と言えます」

「今回、日本で初めて承認されて医療の質がより良いものになったとしても、高額な価格設定ではアクセスができない人がいるので、金額は見直してほしいです」

中絶に関する法律改正

現在の日本には、人工的に流産させると罰せられる「堕胎罪」という法律が存在しています。ただし、「母体保護法」により以下の項目に該当する場合は、本人及び配偶者の同意があれば、母体保護法指定医のもと中絶手術を行えるとのこと。

第14条

  • 妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの
  • 暴行若しくは脅迫によって又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの

また中絶手術は、配偶者の同意、そして未成年であれば親の同意が必要に。

「今の状況だと、母体保護法指定医のもとでないと中絶手術はできません。けれどこれは、そうは法が練習しないとできない手術だったからこそ存在していた法律とも言えます。中絶薬が承認されても今の法律のままであれば、母体保護法指定医を通さないと堕胎罪になるので、犯罪になりかねません」

中絶薬が承認されたとしても、このような法律も改正しない限り「自分のからだについて、“自分で決める”権利と選択肢があるとは言えない」と福田さん。

私たちが今できること

中絶薬の高額な価格設定を防ぐために、私たちにできることはあるのでしょうか?ここからは福田さんのアドバイスを元に、具体的なアクションをリストアップ。

署名活動や勉強会に参加する

「『中絶薬を手に入る価格で承認してほしい』という署名活動や、勉強会を開いているグループに参加してみてください」

中絶薬に関する署名活動

署名活動名:「安全な中絶・流産」の選択肢を増やしてください!

署名活動に参加する

母体保護法に関する署名活動

  • 署名活動名:日本の女性の自己決定権を奪い、望まない出産や妊娠継続に追い込む「配偶者同意」を廃止しよう

署名活動に参加する

SNSでシェアする

「中絶薬の高額な価格設定に関する情報をSNSでシェアするだけでも、誰かの心を動かすきっかけになります」

中絶の選択肢を増やすために

誰もが医療にアクセスしやすい環境を作るのは、とても大切なこと。けれど中絶手術や中絶薬はもちろん、緊急避妊薬を手に入れるにも処方箋が必要で、種類にもよりますが約6,000円~20,000円もの費用が掛かります。

高額な価格設定により、医療にアクセスできず、自分の意思とは異なる選択をせざるを得ない状況もあるはずです。これでは、選択肢がないに等しいのではないでしょうか?

最後に、福田さんからメッセージを頂きました。

福田さんからのメッセージ

中絶薬のアクセスがあることは、誰しもが持つ権利だということが広がって欲しいです。心身にものすごく負担がかかるものであるのに、今の社会の中では“中絶はいけないもの”という偏見も少なくなく、それを内面化してしまうともっと苦しくなってしまいます。

だからもし中絶を決断しても、「私は、自分の体や人生を守るために権利を行使した」と思って欲しい。そしてその権利の一つとして中絶薬が認められるなら、これ以上中絶をする女性を社会的、経済的、心理的に追い詰めないためにも、金額は10万円ではいけません。

中絶手術は毎年約15万件起こっているのに、ずっとタブー視されてきた話題でした。議論されることがなく、やっと昨年に女性議員が初めて金額のことや中絶薬について発言できるようになりました。中絶薬は流産のときも本来なら使用できるのに、現状では中絶のためには認可されても流産には使えない可能性もあり、流産の際の手術一択の状況は続くかもしれません。

これも心身ともに負担が大きく、中絶薬が日本でも国際スタンダードに沿った形で適用されて欲しい理由の一つでもあります。

“安全な中絶は権利”という空気も、一人ひとりの考えや言葉で出来上がっていくはずです。社会の空気はみんなが作るものですし、声を上げるのに当事者である必要はないので、一つでも多くの肯定的な意見がシェアされると空気が変わっていくと思います。


相談窓口

にんしんSOS

電話での相談:03-4285-9870
メールでの相談はこちら

※当記事は、公開後に内容を一部修正いたしました。該当箇所は「日本でも承認申請された中絶薬とは?」の章内、「2錠を飲むことによって」を「2種類を飲むことによって」に修正いたしました(2022年2月22日)。


お話を伺ったのは…

福田和子さん

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スウェーデンの大学院で公衆衛生を専攻。留学をきっかけに日本の性を取り巻く環境に違和感を覚え、世界水準の避妊法や性教育を目指す「#なんでないのプロジェクト」をスタート。避妊や性教育に関する講演や執筆、また緊急避妊薬へのアクセスを良くするための署名などをオンラインで主宰。

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