日本でも発売されている「ご自宅セルフ人工授精キット」

公開中の『マギーズ・プラン 幸せのあとしまつ』は、恋愛が苦手で、実のところそれほど興味もない、でも子供はほしいという、アラサー女性マギーが主人公の物語。今後もおそらく長続きする関係はできないだろうなと考える彼女は、そうはいってもうかうかしてたら手遅れになるかもしれない「子供がほしい」を叶えるべく、人工授精を実行することを決めます。

遺伝子的父親として選んだ人物は、大学時代の顔見知りで頭脳は抜群で人もいい、そして個人的な感情はほとんどない相手です。精密検査を受けてもらい問題ナシと確認したうえで、「冷やさないように洋服の中に入れて持ってきてね」とマギーが彼に渡したのは蓋つきプラスチックカップ。そして排卵日にそれを手に入れたマギーは、カテーテル(挿管)のついた注射器(シリンジ)でそれを吸い上げ……つまりマギーがやっているのは「ご自宅セルフ人工授精」。堕胎が宗教的にあんなに大問題になる国で、作るほうはこんなにお手軽か!と、その驚くべき合理主義に度肝抜かれました。

なんかすごい世の中になってきたなとは思ったものの、よく考えたらハリウッド映画とかアメリカのドラマには「レズビアンのカップルがゲイの友達から精子もらってスプーンで」「子供が欲しい独身女が、友達の協力のもとスポイトで」みたいな妊娠エピソードって意外とありますし、チャレンジ精神旺盛かつ大雑把な国として知られるアメリカでは昔から結構行われていた方法らしく、「みんな無茶しよるから、衛生的な使い捨て専用具として売り出したほうがいいんじゃね?」と商品化された、というのはむしろ穏便かつ自然な流れと言えるかもしれません。

実はこのシリンジ式の「セルフ人工授精キット」、日本でも普通に市販されています。衛生的な使い捨てで、1セットの価格は約500円。それ専用の器具でも何でもないシリンジとカテーテル(挿管)ですから、処方箋も不要だし、既婚未婚の制限もありません。

「そこまでして産んでくれる女子」を、なぜか非難する社会

さてここまで読んだ人の中には、ふたつの相反する感覚がむくむくとわいてくるのではないかと思います。ひとつは「そんなんで赤ちゃんってできちゃうのか」。

太古の昔から赤ちゃんを作るための古典的な方法=セックスは、まあカジュアルにやってる方もいらっしゃるとは思いますが、たいていの人にとって、そこにたどり着くまでにはそれなりの手順や苦労が要されるものです。お互いが相手をそこそこ気に入ることは最低条件、そのうえで服を脱ぐためのシチュエーション、勢いやタイミングも必要だし、さらに妊娠に至るには、双方の無責任さ、もしくは同意が欠かせません。

もちろんセルフ人工授精による妊娠にもタイミングや苦労はあるでしょうが、例えば未婚の女性が子供を欲しい場合、恋愛対象じゃないが人間的に文句ナシというという男友達であれば、「子供を作るためにセックスして」よりも「精子ドナーになって」のほうがたぶん言いやすいし、相手がいなければ精子バンクという手もないわけではありません。

1回「500円」という値段も衝撃的です。いうたらワンコイン。スタバの抹茶クリームフラペチーノグランデサイズ、吉野家の豚生姜焼き定食、ゴディバのソフトクリームと同じ値段、ラデユレのマカロンのボックス「チャーム・クチュール」の値段なら10回分が購入可能です。そうしたなんだか手軽な感じに、「命の神聖さ」に対する冒涜を覚えてしまう人がいるのは当然かもしれません。そこに、もうひとつの感覚「そこまでして赤ちゃんが欲しいのか?」が首をもたげます。

でも私はその「そこまでして?」に、悶々を覚えずにはいられません。この場合の「そこまでして」は、「自然に逆らってまで」「愛もないまま」「神聖でない方法で」などに言い換えられそうですが、人工授精と言っても人造人間を作るわけじゃなし、妊娠に至るすべてのセックスが愛ある子づくりであるはずもない世の中で、「一工程のみ人工的な方法」が「そこまで」とは思わないし、むしろ生まれながらに子供を産む機能を備えた女子が「子供が欲しい」と思うことに、「そこまでして?」と問うことのほうがちょっと不自然にも思えます。

それでも「そこまでして」と言うならば、むしろ「そこまでして産んでくれる女子」と私は言いたい。個人的には子供を産みたいと思ったことがない私は、そこに引け目に感じてこそいませんが、未婚であれ既婚であれ、母になることを目指す女子にを敬意を感じずにはいられません。子供は社会の未来なのですから。

ちなみに、健康的に何も問題のない男女が排卵日に授精を実行したときの妊娠確率は、「人工」であれ「自然」であれ20%程度。「そこまでして」もその程度しか成就しない妊娠は、どちらにしろ奇跡的で神聖な展開であることに変わりはありません。

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