生まれたときに割り当てられた性別と、自認するジェンダーの形態が異なる人々の包括的概念を指す「トランスジェンダー」。

自認する性で生きていくうえで、「男性らしさ」や「女性らしさ」などといったジェンダーロールに悩んだり、社会が求める「LGBTQ+らしさ」に違和感を覚えたりして、「本当の自分」を見失いかけたり、悩んでしまったりする人は少なくないのではないでしょうか。

今回は、トランスジェンダーを公表している西原さつきさんとKILAさんにインタビュー。社会からのプレッシャーや、自分のなかに潜む「ジェンダーバイアス」との向き合い方、本当の「自分らしさ」について聞きました。


参加者プロフィール

西原さつき

トランスジェンダーを公表している西原さつきさんとkilaさんにインタビュー。社会に求められる“らしさ”や、自分のなかに潜む「ジェンダーバイアス」との向き合い方、本当の「自分らしさ」について聞きました。
Konatsu Yamaguchi
ジェンダーアイデンティティに悩む人を応援するための学びの場「乙女塾」を創立した傍ら、モデル業など幅広く活動する西原さつきさん。「乙女塾」でのボイスレッスンやメイク方法、仕草や振る舞い方の講座を通して、MTF(トランス女性)や自分に自信が持てない女性を応援中。

KILA

トランスジェンダーを公表している西原さつきさんとkilaさんにインタビュー。アイデンティティを受け入れ、自らを鼓舞しているお二人に、自分らしさの意味や、自分のなかに潜む「ジェンダーバイアス」との向き合い方などについて聞いてみました。
Konatsu Yamaguchi
FTM(トランス男性)でゲイを公表し、“自分らしさ”を流動的に楽しんでいるKILAさん。モデル活動やイラストレーターなどマルチに活躍中。

――ご自身のジェンダー、セクシャリティを自覚したきっかけを教えてください。

  • 西原さつき:これまでなんとなく自分の好きなスタイルを追求していたら、気づいたら周囲から「トランスジェンダー」や「トランスセクシャル」と言われるようになった、というのが正しいかもしれません。
    なので、わかりやすい言葉で自己紹介をするときは、そういった呼称をあえて使うんですけど、それが自分のアイデンティティであるというよりは、あくまでも自分の一つのパーツといった感覚ですね。
  • KILA:僕も何か衝撃的な出来事があって自覚したというよりは、自然とそうなったという感じ。
  • 西原さつき:一緒ですね。なので、学生時代に学ランを着なくてはならなかった際は、男性だから、女性だからという以前に、純粋に「イケてないじゃん」という気持ちで嫌だったのは覚えています。
  • KILA:僕は小中学校は私服だったのですが、特別行事で制服のような格好をしないといけないのは苦痛でした。周りがスカートを短くしたりしているなか、自分は皆とは違うのかもしれないといった違和感があって。
    それから、中学1年生の前半までは結べるくらいのロングヘアでしたが、ショートカットでかっこいいバスケ部の先輩たちに憧れて、ある日突然、思い切って刈り上げたんです。どうせ短くするなら、ちょっと目立ちたくて思い切ったのが今につながります(笑)。
  • 西原さつき:これまで、与えられた性で生きていこうと思ったことはありましたか?
  • KILA:うーん、女性として生きてみなきゃと思ったことは一度もなかったですね。むしろ性別どうこうより、「不思議なヤツ」だと思われたくて必死でした。今思うと、自分の脆い部分を隠すために、取り繕っていたのかもしれない。今は自分を受け入れているので、自然体でいられます。
トランスジェンダーを公表している西原さつきさんとkilaさんにインタビュー。アイデンティティを受け入れ、自らを鼓舞しているお二人に、自分らしさの意味や、自分のなかに潜む「ジェンダーバイアス」との向き合い方などについて聞いてみました。
Konatsu Yamaguchi

――カミングアウトの必要性について教えてください。

  • 西原さつき:初めてカミングアウトした相手は、16年来の幼馴染です。小学校から中学校までずっと一緒だったのですが、なかなか同じコミュニティにいると言い出せなくて、別々の高校に通うことになったタイミングで打ち明けました。
    そのときはたしか、「今は男性だけど、いずれは女性として生きていきたい」と伝えました。その一週間後、「あの話、本当? 実は、俺彼氏がいるんだよね」と向こうも思いがけないカミングアウトをしてくれて。16年来の幼馴染でも、知らないことってあるんだなと感じました。
  • KILA:そうだったんですね。僕はこれまで、「自分はこういう者なんです」と正式にカミングアウトしたことはなくて。自らを語るのではなくて、「この人、一体何者!?」と謎に包まれたままでいたかったというか。ありのままで生きて、今があります。
    あえて言うなら、周りからカミングアウトされたときに「そうなんだ、僕もだよ」と伝えたり、女性と付き合っていた当時は、母親に「この子が好きなんだよね」とサラッと伝えたりした記憶があります。
  • 西原さつき:カミングアウトの有無が、人生の転機のように伝えられえることがあると思いますが、強要されるのと自発的に行うのとでは全く幸福度が違うと思います。
    それに、シスジェンダーで自分の生き方や恋愛対象を公言する人ってあまりないじゃないですか。KILAさんや私のような存在も同様に、あえてカミングアウトをせずとも、当たり前の存在として受け入れられる社会が健全だと思います。
  • KILA:したい人はすればいいし、しなくてもいい。必要に迫られている人もいるかもしれないし、したいけどなかなか一歩が踏み出せない人もいますよね。要は、カミングアウトの必要性は人それぞれにあって、決まりはないと思います。
  • 西原さん:そうですよね。ただ、今は社会全体的に、カミングアウトが必要とされるフェーズにあるのかなと思うことも。
    LGBTQ+がメディアで取り上げられるようになり、きちんとした知識のある人たちや同じような感覚の人と話す際には、特に自分の背景を詳しく説明しなくとも理解してもらえることが多いのですが、そうでない場や相手に対しては、毎回今の自分に至るまでの過程を全て説明しないといけない場合があるんです。
    例えば、「私は男性として生まれて、ホルモン治療と性別適合手術を経て、戸籍も変更し、今はトランスジェンダー女性と呼ばれています」といったように。社会の成熟に合わせて、今はまだカミングアウトが必要なフェーズなのかなと思うことはあります。
  • KILA:たしかに区役所など、戸籍の窓口の本人確認が必要なとき、僕は戸籍を変えていないので本当に本人なのか深堀りされることはあります。普段は自らを説明する必要がなく生きていますが、そういった場面でやむを得ずカミングアウトはしているのかもしれませんね。

――ほかにも、日常生活のなかで気になることはありますか?

  • 西原さつき:本音を言うと、今でも視線がすごく気になります。私は身長が180cmと高い方なので、女性となるとさらに目立っているのではないかと思って。私はKILAさんとは真逆で、日常生活に溶け込むような、“一般的な女性像”に憧れていたのですが、今はこの見た目も含めて、トランスジェンダーである自分のアイデンティティを武器に、だいぶ受け入れられるようになりました。
  • KILA:コンプレックスは挙げていくとキリがないくらい、たくさんあります。周囲の視線を感じることはあるけど、こういう外見だからか、何を理由に見られているのかはもはや分からないですね。
    とはいえ、一時期は視線が気になってトイレに行けないことがありました。外面はだいぶ尖っていましたが、中身は自信がなくて、男女別のトイレだと壁を突きつけられた気持ちになったことも...。
    あとは、ホルモン療法を受けるまでは、自分の声に自意識過剰になってました。多くのFTMにとっては、声が低くなることは嬉しいし、自信を持つきっかけだと思います。
  • 西原さつき:私も声が低いことがコンプレックスでした。喋ると「あれ?」という反応をされるのが怖くて、外で声を出せない時期があったんです。服を買うときは、店員に声をかけられるのが嫌でイヤホンをつけたり、レストランでは指差しで注文したりしていました。
  • KILA:どうやって克服していったんですか?
  • 西原さつき:声を高くすることって治療では難しくて。なので私は、声優学校に通って声帯を鍛えて、声質を変えるというトレーニングをしたんです。こういった事例は珍しかったようで、同じような悩みを抱える人に教えていたら、気づいたら職業として成り立っていました。
トランスジェンダーを公表している西原さつきさんとkilaさんにインタビュー。アイデンティティを受け入れ、自らを鼓舞しているお二人に、自分らしさの意味や、自分のなかに潜む「ジェンダーバイアス」との向き合い方などについて聞いてみました。
Konatsu Yamaguchi

――普段、自己表現をするうえで意識していることや、“こう見られたい”と思うことはありますか?

  • KILA:見た目は、髭が生えていてゴリゴリの体型でいたいけど、所作は可愛い人になりたいですね。それが女性性なのかはわからないけど…だからこそ、“男らしさ”を求められすぎても困っちゃうかもしれないです。
  • 西原さつき:私は今年で36歳なのですが、多くの同級生と比べると“年相応”ではない服装をしていると指摘されることがあります。それを、「トランス女性だからわからないのかな」などとネガティブに紐付けられてしまうことも。
    そういった声から、一時は自分の好きなスタイルをやめたことがあったのですが、結局は自分の人生だし、その人たちが私の人生を保証してくれるわけではないと気づいたんです。
    今は、自分が思う“可愛い”を貫くことで、社会的立場や環境で好きなことを諦めてしまった女性を後押ししたいと思っています
  • KILA:すごく素敵。僕も自分の人生だから、自分のジェンダーで一生遊び続けたいと思っていて。コンプレックスだってあるけど、結局は自分のことが好きなんです。
    今は乳腺組織を完全に切除したのですが、手術をする前に胸を露出したり、男性器はないけれどあえてタイトな下着を着たりして記念撮影をしたこともありますよ。
  • 西原さつき:まさにセルフコンパッションですね。自分自身を肯定し、鼓舞していくことって大事。勇気もらえるなぁ。

――社会から“らしさ”を求められた経験や、プレッシャーを感じたことはありますか?

  • 西原さつき:“女性らしさ”を求められて髪や肌、爪などの外見が全て完璧じゃないと、揚げ足をとられてしまう経験がありました。個人的にはそういった逆境を乗り越えるのは好きなタイプなのですが、苦しんでいる人も身近にいます。
  • KILA:僕は男性として生きていくと決めた数年前、当事者たちが集まるオフ会に参加した際に、ジェンダー像を押し付けられた経験があります。
    そこでは第一声で「君のセクシャリティは何なの?」と聞かれたり、「治療は始めてる?」と質問されたり。戸籍変更までは考えていないからか、「それって本当の“男”じゃないよね」と言われたこともありました。
    LGBTQ+コミュニティの中でも、“らしさ”やジェンダー像に偏りがある人もいる
    のは衝撃でしたね。
トランスジェンダーを公表している西原さつきさんとkilaさんにインタビュー。社会に求められる“らしさ”や、自分のなかに潜む「ジェンダーバイアス」との向き合い方、本当の「自分らしさ」について聞きました。
Konatsu Yamaguchi

――逆に、社会で「自認する性」で生きていくために、そうせざるを得ないと感じたことはありますか?

  • 西原さつき:今ってジェンダーやセクシャリティがグラデーションになりつつある一方で、“LGBTQ+らしさ”を求められることってありませんか? なんとなく、社会から波瀾万丈なエピソードが求められている傾向にあるというか。
  • KILA:たしかに、“お涙ちょうだい”的なエピソードを求められることはありますよね。
    あとは、自分がシスジェンダー男性と比べて自信がなかったからか、彼女がいたときは別にお願いされているわけではないのに、積極的にエスコートしたり、奢ったりと気を張っていたんです。いわゆる“男らしさ”を心のどこかで意識していて、自分で自分を苦しめていたんでしょうね。
    今は自分の弱さを受け入れられて、共存できているので、自然体でいられます。
  • 西原さつき:私も男性と一緒にいるときに、あまり自己主張しない方がいいのかな、でしゃばりすぎちゃいけないのかな、“女の子は守られるべき存在”であった方がいいのかなと、偏った考え方をしていたことがありました。

――自分のなかに「ジェンダーバイアス」はあると思いますか?

    • KILA:自分の頭の中でふと、ジェンダーバイアスにとらわれているなと気づく瞬間はあります。例えば、ヒールを履いてガニ股で歩いている女性を見て「せっかくヒール履いているのに」と思ったり、男性を見て「この人は髭を生やした方がかっこいいのに」と勝手にジャッジしてしまったり。
      でもその後に、「でももしかしたらこの人、このヒールで数時間も歩いてるのかも」とか、「男性だからって必ずしも髭を生やす必要はないじゃん」と、自分の潜在意識に対して問い直すようになりました。
    • 西原さつき:そうなんですね。私はどちらかと言うと、自分の性を主張して、武器にしている人がすごく好きなんです。
      今の社会って、色に例えると白と黒だけじゃなくて、グレーが増えてきていて、全体的にフラットになりつつありますよね。でも私は、「男性は髭がかっこいい」「女性は曲線美が素敵」などといったいわゆる“らしさ”にも憧れるし、そういった声にも共感できます。人それぞれ価値観や好みはあっていいし、それは大切にして欲しいなと思いますね。
    • KILA:そうですね。自分の中に留めておけばいいことを押し付けたり、強要したりすることで、苦しむ人が生まれるのだと思います。
    トランスジェンダーを公表している西原さつきさんとkilaさんにインタビュー。アイデンティティを受け入れ、自らを鼓舞しているお二人に、自分らしさの意味や、自分のなかに潜む「ジェンダーバイアス」との向き合い方などについて聞いてみました。
    Konatsu Yamaguchi

    ――お二人は“自分らしさ”をどう捉えていますか?

    • KILA:僕は自分の感覚や意思を大切にして、常に自然体でいることが“らしさ”に繋がるかなと思います。
      僕は戸籍が女性であることに対して、今現在は生きにくいとは思っていません。なので今のところ変更することは考えていないですし、生まれ持った性器を愛おしいとすら思っています。ありのままの自分でいられれば、今後の人生も、良い流れができると思うんです。
    • 西原さつき:人生って自分らしさを見つける旅ですよね。実は私、自分自身を人生の主軸にしていないことに悩んでいた時期があって。乙女塾をやっていて思うのは、自分がお手伝いすることで、周囲の人の人生が健やかになったり、ハッピーになったりするのを見るのが好きだということ。まさに生き甲斐のように感じるんです。
    • KILA:自分のことで精一杯になってしまう人が多いなかで、「誰かのため」が「自分のため」になっているのはすごい!
    • 西原さつき:今は性別に悩んでいる人向けに応援する仕事をしていますが、乙女塾での経験を活かして、いずれは自分の年齢や外見に悩む全ての女性を応援できるようなことを積極的にしたいです。「もう歳だから」「体が大きくて似合わないから」などと諦めてしまう女性を輝かせる仕事がしたいです!
    • KILA:西原さんならきっとできる気がします。今日はありがとうございました!

    Photography_Konatsu Yamaguchi


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