「婦人科に行きにくい」「内診に抵抗がある」と、婦人科の受診にナーバスな思いを抱えている人もいるかもしれません。 診察では異性愛規範に基づく対応が見られやすいということから、受診にかかる多くの人にとって、医療機関への相談にハードルが生まれることがあるという現状があります。

今回、レズビアン・バイセクシュアル女性のヘルスケア研究をした実績をもつ看護学者の藤井ひろみさんに、多様なセクシュアリティが想定されていないことで生まれる産婦人科の課題や、誰もが必要なケアをより受けやすくなるようにできることなどをうかがいました。

異性愛以外を認めない限定的な考え方。セックスや結婚、家族形成は異性同士でのみされるべきだとする規範

クィアの女性における健康課題

レズビアンやバイセクシャル、パンセクシャルといったセクシュアリティで自分を表す人にとって気をつけたい健康課題には、生まれたときに女性と割り当てられた人に関連する生理、生殖器系の病気、妊娠・出産、乳がん、性感染症、性暴力などがあげられます。

それに加えて、同性のパートナーがいるかもしれないことを想定されていない医療体制が生む課題も。セクシュアリティによって引き起こしやすい“病気”というものはありませんが、性体験の方法や経験によって想定すべき健康問題は変わってきます。

symbol of international couples holding hands against a concrete gray wall
Yana Iskayeva//Getty Images

しかし性的マイノリティである人は病院に相談がしづらい、また産婦人科を受診しづらいと感じやすいと言われいるのだとか。また「女性向け」とされる検診の呼びかけに対しても、“男性のパートナーがいる女性”が該当すると感じ、当事者意識をもちづらいとも指摘されています。

「バイセクシュアルの人の場合、パートナーが異性のときはサポートが受けやすいのにも関わらず、パートナーが同性になった途端、自分自身は変わらないのに同じクリニックへ通いにくくなったり、同じ主治医に伝えづらくなったり、理解されにくくなるケースがあります」
「このようにオープンな相談ができないというところが、さらなる健康課題につながってくると考えられます。海外のデータでは、レズビアン・バイセクシャル女性の子宮がんや卵巣がんの受診率はそうでない女性より低く、がんの発見率も低いという結果もありました」

多様なセクシュアリティは想定されていない?

妊娠や出産を扱っている産婦人科や婦人科では、妊娠の可能性を前提とした問診と診察が行われやすい現状があります。

セクシュアリティと妊娠の可能性があるセックスの有無は必ずしも結びつけられるものではありませんが、 性感染症や更年期障害のことを相談しに行くとしても、「出産経験があるか・ないか」「これから出産する予定があるか・ないか」によって、対応が変わってくることがあると藤井さん。

「妊娠している可能性を見逃して検査をしてしまうと胎児に影響を与えることもあるので、聞かざるを得ない状況があるのです」

ただ、“妊娠の可能性をもつ性交渉がある=異性愛者である=シスジェンダー同士の男女のカップルを形成したいと思っている”ーーとすべてを紐づけて捉えない包括的な視点が医療従事者には求められる、とも。

自分の状況を正しく伝えられないことの深刻さ

レズビアンとバイセクシュアル女性を対象とした藤井さんの研究によると、レズビアンとバイセクシュアル女性はセクシュアリティについて否定された経験の積み重ねから、自分の安全を守るために医療機関においても医療者の言動に敏感になりやすいと言います。

そして健康の回復ではなく、医療者を見極めたり、自身の安全を守ったりするために労力を費やし、結果として治療の妨げになってしまうリスクがあるのです。

たとえば、思春期や更年期といった女性ホルモンのバランスが大きく変わる時期には、イライラ感やホットフラッシュ、月経痛など、これまで感じたことがなかったような症状があらわれることも。医療者は問診で患者の生活歴を聞きますが、レズビアンやバイセクシュアルの患者は不快な経験をしないために、うそをついて問診をくぐり抜けることがあるそうです。

「多くの当事者は問診のさいに、セクシュアリティやパートナーシップの部分だけが欠落したかのように、話をつくって説明しなければなりません。自分の健康のために作り話をしなければならない、という心理的な傷みがあります」
「健康は生活の話を抜きに語れませんが、これはありのままの生活を医療者にほとんど開示できない根深い問題があります。治療やケアを受けるためには、安心して生活を開示できることが保障されているべき。それが脅かされている状況は、とても深刻だと思います」

カミングアウトの決定権は自分に

適切な医療を受けるための“交換条件”として、カミングアウトをしなければいけないという風に誰だって感じるべきではありません。するもしないも、いつどんな風にするか、それはすべて本人が決めるべきことなのです。

藤井さんは「カミングアウトをしなくても、安心して医療を受ける体制があることが理想的」だと話します。

「カミングアウトには、自分たちの存在を明らかにして、まだ見えない当事者に『仲間はたくさんいる』と伝えるための“プライド”を示す役割もあります。一方で、異性愛者であると仮定されたときに、訂正するために行われる場合も。医療の現場では、この意味をもつカミングアウトが行われやすいと言えます」
「異性愛者だと想定をされたときに、『そうではない』と伝えるという行為を、たとえば口もきけないほど弱っているときや、命が脅かされているときにするのは、患者にとって大きな苦痛を伴います」

「性体験はありますか?」の質問にどうやって答える?

婦人科の問診では、よく「性体験があるか」という質問がされます。しかし具体的にどのような行為が「性体験」に含まれるのかは、明確ではありません。

この質問に対し「どのような行為でも、キスなどの性的な体験があれば『ある』と答えてください」と藤井さん。

「この質問は妊娠や性感染症の可能性のある、“粘膜と体液の行き来”があったかどうか、を想定した質問です。口を使ったオーラルセックスやキスで性感染症はうつることもあります」
「性器から出る体液だけではなく、唾液などの体液に触れているかどうかが大切。細かいことを言う必要はありませんが、どの程度であってもフィジカルに性体験があれば『ある』と答えてよいです

LGBTQ+当事者に対する医療の変化

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Anchiy//Getty Images

誰もが安心して必要なヘルスケアにアクセスするために、どんなことができるのでしょうか。患者が警戒をせずに、症状や生活歴などの診断に必要な情報を安心して話せるよう医療従事者側にも変化も見られるよう。

「看護師や助産師の資格が得られる国家試験の内容には、LGBTQ+に関連する項目が含まれています。外来のナースの方や非常勤の医師の方が、所属する病院でどのくらい研修を受けているのは分かりにくい部分ではありますが、大きな流れで言うとLGBTQ+と言われる人たちの人権を医療のなかで守っていく必要がある、ということは医療関係者向けの研修のなかに含まれるようになってきています」

婦人科へ不安を軽減するためにできること

セクシュアリティに限定せず、「婦人科に行きづらい......」「内診に抵抗がある……」と不安をもつ方もいるはず。

十分な説明を受けずに診察が進んでしまう前に、「なぜこれが必要なのか? 」「他に方法はないのか? 」など、医療者への質問や要望を伝えておくことが不安解消につながるでしょう。藤井さんはこのようにアドバイスします。

  • 問診の前に「説明してほしい」と先に伝える
「婦人科に行ったら、内診があることすら知らない人もいるでしょう。『何をされるんだろう』と不安なまま検診台に乗って、診察が進んでいったらパニックになると思うんです。本来はすべての患者さんにすべきことだと思いますが、事前に伝えておくこともできます」
  • 内診が苦手な人は「内診はしないでください」と伝えてみる
「産婦人科の『内診が苦手』という声はよく聞きます。今は医療機器もあるので、検診台に座って行う内診だけではなく、超音波で診ることもできます。もちろん内診が必要な理由がある場合もありますが、抵抗感が強い人は、違った方法で検査ができるかどうか尋ねることができるということを忘れないで」

お話を伺ったのは…

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藤井ひろみ

藤井ひろみ/大手前大学国際看護学部 学部長

助産所開業の後、神戸市看護大学看護学部准教授、慶応義塾大学看護医療学部教授、大手前大学現代社会学部教授を経て、現職。一般社団法人兵庫県助産師会監事、一般社団法人LGBT法連合会代表理事。

著書「からだ・私たち自身」松香堂1988、「LGBTサポートブック」メディカ出版2007、「母性看護学Ⅰ」医歯薬出版2019、「医療者のためのLGBTQ講座」南山堂2022等