2022年9月28日からNetflixで配信されている、マリリン・モンローについて描いた映画『ブロンド』。マリリン・モンロー役を務めるアナ・デ・アルマスが、「俳優としてこれまでで最も濃い仕事だった」と発言した同作品は、公開早々賛否両論があることでも話題に。
今回は多くの論争を巻き起こしている『ブロンド』のなかで、何が事実でどこがフィクションなのか――映画の重要なシーンとともに深堀りしていきます。
※記事内には一部ネタバレを含みます。
※また、性暴力に関する記述も含まれています。
公開前から話題になっていた『ブロンド』は、ハリウッドの伝説的人物マリリン・モンロー(本名:ノーマ・ジーン・モーテンソン)の生涯を描いており、映画『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』やNetflixオリジナル映画『グレイマン』に出演していたアナ・デ・アルマスが主役を熱演。
アナの演技に対しては称賛の声が多い一方で、内容が「搾取であり、不愉快」「不必要な性暴力のシーンと“中絶反対”のメッセージに満ちている」と主張する意見も。
そもそも『ブロンド』は、マリリン・モンローについて描いた作品であるものの、ジョイス・キャロル・オーツが2000年に出版した同名の小説に基づくもの。脚本・監督を務めたのは、アンドリュー・ドミニクで、すべてが実話ではないとのこと。
そのなかでも、議論になっているシーンを中心に紐解いていきます。
子ども時代の描写
- 映画での描写
映画の中で若き日のマリリン(当時はノーマと呼ばれていた)を描いたシーンでは、アルコール依存症を抱え、身体的な虐待を加えていた母グラディスとの関係を維持しようと奮闘する姿が描かれています。
母が精神的に不安定な状態に陥り入院することになった後は、マリリンは孤児院で生活をしたり、里親と暮らしたりしました。
- 実際のストーリー
『ブロンド』の描くマリリンの幼少期に関しては、事実に基づいている点が多いそう。
マリリンは父親に会ったことはなく、1934年に母親が統合失調症と診断された後、さまざまな孤児院や里親に預けられています。母のグラディスは、里親に預けられていたマリリンのもとを度々訪れることもあったよう。
また1942年、16歳だったマリリンは孤児院に戻るのを避けるために、警察官のジェームズ・ドハティと結婚しています。
ジョン・F・ケネディ大統領の関係性
- 映画での描写
映画の中ではマリリンが、ジョン・F・ケネディ大統領を見舞うために飛行機で移動するシーンが。その後、大統領は彼女にオーラルセックスを強要し、最後はレイプするという展開に。
- 実際のストーリー
1962年、大統領の誕生祝賀会で“伝説のドレス”を着用して、「ハッピー・バースデー・ミスター・プレジデント」を歌ったマリリン。これが、「彼女と大統領の間に“秘密の関係”があるのでは?」という噂に火をつけたとされています。
しかし歴史家の中には、この誕生祝賀会を除けば、二人が交流することはほとんどなかったと指摘する人も。「マリリンは、この夜だけが大統領との“浮気”だったと話していました」とマリリンの親友であるラルフ・ロバーツはコメントしています。
「パーティの後、多くの人が『二人に何かあったのでは』と思ったようです。でもマリリンは、『あの週末に一度だけ起こったことで、二人にとって大きな出来事ではなかった』というように話しました」
またこの“不倫疑惑”には、ジョン・F・ケネディ大統領の弟であるロバート・ケネディが関係していたと考える人も。「マリリンがジョンとロバートの両方と性的関係を持ったことは明らかだった」と『マリリン』を執筆した伝記作家のジェームズ・スパーダは主張しています。
しかし映画で描かれたシーンとは異なり、大統領がマリリンに性的暴行を加えたという記録はありません。
中絶を描いたシーン
- 映画での描写
『ブロンド』では、マリリンが最初の妊娠では中絶を決断し、その後は2回流産を経験する――というシーンが。作品内でのマリリンは、何度も“胎児の霊”に取り憑かれているように描かれています。
- 実際のストーリー
実際にはマリリンが中絶したとされる証拠はこれまでありません。
しかし、3番目の夫である劇作家アーサー・ミラーとの結婚期間には、三度の流産に見舞われたそう。子どもが好きで、母親になることを望んでいた彼女にとって、ショックな出来事だったと伝えられています。
二世セレブたちとの“スキャンダラスな関係性”
- 映画での描写
作中でマリリンは、チャールズ・チャップリン・ジュニア、エドワード・G・ロビンソン・ジュニアとの“3人の関係”を持ち、それが世間で話題に。自分たちを“ジェミニ(ふたご座)”と呼ぶ、スキャンダラスな関係は映画のなかでも注目を集めるシーンのひとつ。
- 実際のストーリー
マリリンが2人とスキャンダラスな関係を持っていたと示すものはないものの、チャップリン・ジュニアは1960年の自伝で「彼女と短い間だけ関係を持った」ことは認めています。
※この翻訳は、抄訳です。
Translation: Yuki Otsuka
COSMOPOLITAN UK