SNSの普及で、手軽に情報を得られるようになった現代。一方で、社会に定着したダイエット文化や“美の基準”にプレッシャーを感じ、人と比べて落ち込んでしまったり、無理をしてしまうケースも。

フィットネストレーナーとして活躍するmikikoさんも、その一人。10代の頃に過度なダイエットを行い、摂食障害に苦しんだ過去を持っています。ニュージーランドを拠点にする現在は、そんな自身の経験をもとに「ライフスタイルに合わせたフィットネス指導」をしています。

mikikoさんが思い悩んだ末に見つけた、心も体も健やかに自分らしく過ごすことの大切さとは――。

お話を伺ったのは…

フィットネストレーナー mikikoさん

mikikoさん
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筑波大学健康増進学修士。2017年よりニュージーランドへ移住。10年先の健康まで見据えたライフスタイル改善を提案するため、科学と東洋医学の知見を取り入れ、広い視野で健康を考える「ホリスティックアプローチ」をベースとする。一人ひとりの性格や体質に合わせた『mikiko式フィットネス』は、開業以来、予約が半年待ちが続いているほどの人気に。

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“普通のダイエット”のはずだった

――mikikoさんの生い立ちと、自身が摂食障害だと気づいたきっかけを教えてください。

私は剣道一家の三姉妹の末っ子として生まれ、幼い頃からスポーツが身近にありました。私も5歳から剣道をはじめて、全国大会出場の常連チームで本格的に取り組み、東京大会で優勝したこともあります。

その後は剣道をやめてしまいましたが、大学まで競技スポーツを続けるほど、運動は私の生活から切り離せないものとなっていました。

一方で、将来の進路としてスポーツの道を選ぶことはせず、大学で競技スポーツを引退したんです。そしてその引退が、私の体と心のバランスを少しずつ崩していったように思います。それまで自分の中の“柱”のような存在だった「スポーツ」がなくなってしまったことで、自分のなかに喪失感が生まれました。

スポーツをしていたときは、洋服が入らなくても「テニスをやっているから、腕が太くなったり肩幅が広くなったりしても仕方がない」という、自分なりの理由がありました。

ところがスポーツから離れたときに、「筋肉が落ちたはずなのに洋服のサイズが合わない」という“ただ身体が大きい”という事実に直面し、すごくショックを受けました。そして、そこからダイエットが始まりました。

最初は純粋に“普通のダイエット”をしていたと思います。朝ごはんを抜いたり、決めていたことが達成できなければ代わりにランニングをしたりしました。けれど、気づかないうちに小さな無理が積み重なり、食事制限や運動への取り組み方が悪くなっていったんです。

自分の健康状態がおかしいと気づいたのは、ダイエットをはじめてから3カ月ほど経ったころです。

ファミリーパックのお菓子が30分でなくなっていることに気づきましたが、食べた記憶がありませんでした。食べきってふと我に返ったときに、罪悪感に襲われてトイレで吐いてしまって…。本当は吐きたくなかったですが、食べ物を体内に吸収したくない一心で下剤を飲むこともありました。

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失明しかけたことで考えに変化が

――摂食障害に気づいても、ダイエットを辞める決断は難しかったのではないでしょうか?

私は摂食障害が原因で「失明」をしかけたことで、自分の身体の危機に気づきました。

摂食障害を抱えながら過ごしていたある日、パソコンを見ていたら視界がどんどん狭くなっていって、一時的に目が見えなくなってしまったんです。急いで病院へ駆け込んだら、医師に栄養不足とストレスで目の血管が詰まっていると告げられました。

それがきっかけで、それまで頑張っていたダイエットを辞めたんです。痩せている未来の自分なんてどうでもよくなって、「今を生きよう」と思いました

今では、失明にならない段階でダイエットを辞められて本当に良かったと強く感じます。もし後遺症が残るような状態や、命を脅かすような状況になっていたら…。考えるだけでとても怖いです。早い段階で「このままじゃいけないよ」と身体が教えてくれたことに助けられました。

“病気”だと思われたくなかった

――摂食障害を乗り越えようとしていたときに直面した、一番つらかったことを教えてください。

自分が経験しているのは摂食障害かもしれないと気づいた後は、何をすれば良いか分からず、とても悩みました。最も辛かったのは、誰にも相談できなかったことです。私自身が「摂食障害は、“障害”なので、良くないこと」と認識していたため、自分が周囲から「病気だ」という目で見られるのが嫌でした。

また、それまでの周囲の人たちから見た私のイメージは「元気なmikiko」だったので、実際に誰かに話したところで理解してもらえないだろうとも思っていました。周囲から持たれているイメージにプレッシャーも感じていて、摂食障害で悩んでいると知られると、“キャラ”が壊れてしまうようで怖かったのもあります。

そして、8年後にこの過去を話せるようになって初めて、摂食障害を乗り越えたと実感しました。

海外で目の当たりにした多様な美の基準

――「今の自分を生きる」と決めてから海外に行かれたそうですね。現地での滞在はmikikoさんの心と体にどうのような変化を与えたのでしょうか?

海外へ出たことで、日本で生活をしていたときの私は、周りが決めた“美しさの正解”に無意識に当てはまろうとしていたことに気づきました。

イギリスへ行ったときは、色々な肌の色や髪質、服装の人がいて「この人たちは今までの私が目指していた理想とは違うけれど、人生をすごく謳歌している!」と気づいたんです。日本での“正解”は他国ではそうではなくて、世界にはたくさんの“正解”があると知ることができました。

イギリスから帰ってきた後には、オーストラリアへ留学もしました。その留学中にジムでインターンをする機会があって、フィットネスの勉強に専念できたんです。そこでさまざまな人から刺激を受けたときに、まずは栄養学や行動心理学、運動解剖生理学を学んで、今までの自分を振り返りながら“自分自身の専門家”になろうと考えました。

このようにして色々な方向から自分のことを見つめ直したら、私の人生の扉が開いたような気がして、だんだん外に広がっていった感覚がありました。

それまで自分が一生懸命当てはまろうとしていた“美の基準”というのが、世界を見渡せば「多様な基準のなかの一つでしかない」と実感できたことが、私の美に対する考え方を変えることにつながったと思います。

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――mikikoさんは現在ニュージーランドでパーソナルトレーナーをされていますが、NZと日本の「フィットネス」に対する認識の違いを教えてください。

ニュージーランドと日本のフィットネスは、目的が大きく違うように感じます。日本ではダイエットを目的にしている人が多い一方で、ニュージーランドではライフスタイルにフィットネスが浸透しているので、目的も人それぞれです。

日々の生活の活力にするために行っている人や、自然とともに体を動かしたい人、子供と元気に過ごすため…など、様々ですね。だから、ジムに人が多く集まる時間帯が、出勤前の朝とランチタイム、そして夕方と一日に3回もあります。そんなニュージーランドを、私は“フィットネス先進国”と呼んでいます。

現在の日本にフィットネスがあまり浸透していない理由は、「フィットネス」というカタカナの名称がどこか親しみにくいだからだと思っています。自分の体に対する“意識が高い人”だけがやるもの…というようなイメージを持っている人もいるのではないでしょうか。

ただ日本の伝統的な暮らしを考えてみると、昔は毎朝ラジオ体操に取り組む人も多く、フィットネスがもっと身近だったように思います。フィットネスという言葉ではなくても、運動で心と体を整えること、運動をライフスタイルに取り入れる、という考えはもともと日本にあったはず。

それがフィットネスという言葉になった途端に、理想の体型に近づくためのもののように聞こえてしまうんですよね。

“自分だけの正解”を見つけることの大切さ

――日本のフィットネス業界の課題はなんでしょうか?

“痩せることが正義”という考えが、まだまだ根強いと感じています。そのようなピンポイントに決められた美しさの基準がみんなの共通認識にあって、さらにそれを疑問に思っている人が少ない印象です。

実際に私がパーソナルトレーナーとして日本人の指導をするときに、「なんで痩せたいの?」とか「痩せたら何をしたいの?」、「痩せないとできないことなの?」というような質問をすると、「あまり考えたことがなかった」と答える人もいます。

これと同じようにフィットネスを教えるトレーナー側でも、日本の美の基準に対して疑問を抱いている人は少ないと思っています。「必ずしも痩せることが正解じゃないかもしれないよ?」とか「あなたの正解を探していこうね」と言ってくれるトレーナーは、そう多くはありません。

いろいろな角度から考えた柔軟な目的のためではなく、誰かにつくりあげられた理想に近づくためにひたすら努力する人が多い、というのが日本でフィットネスに励む人に多く見られる課題だと思います

――mikikoさんが考える“自分だけの正解”の見つけ方を教えてください。

ダイエットに関しては、インターネット上では“How(どうやって痩せるのか)”の情報ばかりが拡散されています。ただ、その情報ばかりを追いかけていても、自分の中の正解は見えません。

自分だけの正解は“Why(なぜ痩せたいのか)”の疑問をもったその先に見えてくるものだと思います。ダイエット目的のフィットネスをはじめる前に、しっかりと自問自答して方向性を確認しながらやっていくことが大切です。

また、学校や会社ような限られた世界だけを見ていると、その環境が当たりまえになってしまうことがあると思います。そうすると、起こっていることを疑問に感じられなくなって、間違った考え方を変えるのが難しくなっていくと思います。そうならないためにも、積極的にいろいろな環境へ興味をもってチャレンジしていくと、しっかりと自分の“軸”がもてるようになると思います。

自分の常識や価値観が変わる瞬間は、人によって違うと思います。私の場合は、学生時代はスポーツがすべてでした。それが、海外でスポーツと離れて違う生活を知ったことで、パーンと平手打ちをされたような衝撃を受けて、考え方がガラッと変わったんです。

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「自分の幸せ」が最優先事項

――mikikoさんがご自身の心と体を健康に保つために大切にしていることを教えてください。

「どうやったら自分を一番活かせるか」、「何をしたら自分の魅力を一番発揮できるのか」ということを大切にしています。これはフィットネス以外でも言えることです。

もちろんフィットネスに取り組むうえでネガティブな考えになるときもありますが、そういうときは「もし仮に、私がダイヤの原石だったなら、磨かずに捨てるより、念のために磨いてから捨てたらいいんじゃない?」という気持ちで粘ってみます。

また私は、「自分を幸せにできない人は人を幸せにすることはできない」という考えを自分のなかの強い“軸”としてもっています。だから自分の機嫌を自分でとる、というのは最優先事項。ただ、決して自己中心的なわけではありません。

例えば飛行機に搭乗する際のアナウンスに、まずは自分が酸素マスクをつけてから他人の手伝いをしようね、という呼びかけがあるじゃないですか。これと同じで、まずは自分の心が穏やかで健やかな状態にあるのが大切なんです。

世の中でもメンタルヘルスが注目されてはじめていて、これはとても良いことだと思っています。今までは身体的な見た目のことばかり、メンタルは“no gain no pain(痛みなくして得るものなし)”といって「限界を超えていけ」というような考え方もあったのに、コロナ禍を経たここ数年で、「心の限界を確認しようね」という風潮になってきました。

本当は痛みなく成長できるのが一番良いことですよね。昔の古い考えの名残なのか、楽しみながらやることや楽して結果を出すことが批判される瞬間がまだまだあるように思います。これからは、もっと楽しみながら結果を出すこと、そしてそれが良いことだと広まって欲しいです

――mikikoさんが抱える現在の課題や悩みなどがあれば教えてください。

私は、一人でなんでもやってしまう癖があります。最近はこれを課題に感じていて…。一人でできることに限界はあるけれど、みんながいるともっとその幅が広がるので、「助けて欲しい」と伝える練習が必要だと思っているところです。

ニュージーランドでトレーナーをしていて、評価もしていただいていますが、一人で大きな目標を達成するのは難しいと感じていたことがありました。しかし最近では私の考えに賛同してくれる人やメディアが増えてきて、みんなで力を合わせたら前に進めるんだと再認識できたんです。

私が意思表示をしたら、年齢や性別、国を跨いで様々な人たちが助けてくれると気づいたので、これからはなんでも自分で抱えずに助けを求めていきたいです。

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誰かをエンパワーできるような存在に

――今後の目標や将来の展望を教えてください。

私は、摂食障害で悩んでいたときの私が必要としていた人になりたいと思って、それを目標にフィットネスの指導とSNSやブログでの発信をしてきました。実際にニュージーランドでは私のような考えをもつ人が求められていることがわかったので、これからはもっと広い世界を舞台にしていきたいなと思っています。

そして、そのために去年の12月にヨーロッパに市場調査に行ってきました。地球のどこかに私が救える人がいるのなら飛んでいきたいし、飛んでいけないのなら文章で色々な人の元に私の考えを届けたいなと思って。だからニュージーランドや日本に留まらず、国境を超えて活躍したいと思っています。

さらにもっと大きな目標についてお話しをすると、私はロールモデルにしていた女性たちの背中を見て育ってきたので、私自身も海外で活躍する日本人女性の1人として、多くの人のロールモデルになりたいです。世界的に有名な日本人が今よりもっと増えてくると、自分の才能にあまり自信のない人が「私もできるかも」と気づけるきっかけになると思うんです。

将来的にいつかは、誰かに光をさしてあげられるような、誰かをエンパワーできるような存在になれたらうれしいです。自分の取り柄もわからなくなってトイレで吐いていた過去の私に、「実はダイヤの原石だったんだよ」と紹介できるような誇らしい自分でいられたら良いなと思います。