「ストレス発散のために甘いものが食べたい」と思ったことがある人は多いはず。なかには「あまりお腹はすいていないけど、ついつい何か食べ物を口にしてしまう」という人もいるのでは?

このように、満腹であるにも関わらず、感情のまま必要以上に食事をしてしまうことを「エモーショナルイーティング」といいます。そして、エモーショナルイーティングが常習化すると、命に関わる疾患のリスクが高まる可能性があるうえ、肉体面だけでなく、精神面や人間関係にも大きな影響を与える場合があるそう。

今回は、東北大学病院心療内科の医師である佐藤康弘先生に、エモーショナルイーティングの基礎知識や食事と感情の関係性、病のリスクや克服方法などについてうかがいました。

※この記事は、診断の代わりとなるものではありません。症状について不安がある場合には、必ず医師または資格を有する医療従事者の助言を仰いでください。

【INDEX】


エモーショナルイーティングとは?

“ネガティブな感情”が引き金となり、空腹とは関係なく感情を抑えるために大量の食べ物を口にすることを「エモーショナルイーティング」といい、一般的に「やけ食い」と呼ばれることも。

エモーショナルイーティングは、通常より食べるスピードが早くなり、満腹になったとしても頭が空っぽになったかのような感覚に陥り、食べる手を止められない、というのが特徴。このような状態が常習化すると、摂食障害につながってしまう可能性があります。

佐藤先生によると、エモーショナルイーティングをしてしまう人は、食べ終わった後に自己嫌悪に陥り、気分が落ち込んでしまう場合が多いそう。

「月に1、2回程度のやけ食いであれば、特に問題はありません。ただし、最低でも週に1回、エモーショナルイーティングをしてしまう状態が続くようであれば、摂食障害が潜んでいることも考えられます。重症の場合は1日に2回以上、大量に食べてしまうこともあります」
実は、健康な人の30〜40%が、ストレスを感じたときに食べる量がいつもより増えてしまいます。エモーショナルイーティングは一部の人たちだけの問題ではなく、多くの人が引き起こす可能性のあるものです」

食べ物の傾向

エモーショナルイーティングに陥ったときは、油分や糖分を多く含んだものを欲する傾向が見られるそう。たとえば、油分を多く含んだポテトチップスのようなジャンクフードや、糖分を多く含んだチョコレート、アイスクリームといった甘いものに魅力を感じる場合が多いとのこと。

エモーショナルイーティングの引き金となる「感情」

エモーショナルイーティングは、「怒り」や「恐怖」「悲しみ」「孤独感」といった“ネガティブな感情”がきっかけで引き起こされます。また、「人間関係に起因したネガティブな感情」が心理的ストレスとなり、エモーショナルイーティングの引き金になることも多いそう。ほかにも、「退屈」といった感情から引き起こされる場合も。

その一方で、佐藤先生は「ポジティブな感情が食べすぎにつながることは少ないことが、研究で証明されている」と話します。

「何かが嬉しくてずっと食べ物を口にしているうちに『ちょっと量が多かったな』と気づくことはあるかもしれません。ただそれとは別に、エモーショナルイーティングは“ネガティブな感情”によって引き起こされていることが明らかになっているんです」
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「食事」と「感情」の関係

エモーショナルイーティングのように、食事と深いかかわりをもつ“感情”。感情がどのように作用して食事の量に影響を及ぼしているのでしょうか?

生きるために必要だと体が判断している

そもそも生物の本能として、生きていくために自分が有利な状況に置かれているとポジティブな気持ちに、命の危険に晒されていると感じるような不利な状況ではネガティブな気持ちになります。

これをふまえて考えると、人は食べ物の形や香り、色などを認識したときに自分が好きなものだとわかると「嬉しい」と感じます。反対に、腐った食べ物や苦手なものを見ると、「これは嫌だ」と感じて食べるのを避け、体にかかる負担や精神的なリスクを減らそうとするのです。

「好きな食べ物を見つけると、手に入れただけで嬉しく、それを食べるとさらに満足感を得ることができます」
「一方で、多くの人が空腹時に不機嫌になったり攻撃的になったりすることもわかっているので、食事と感情はすごく密接な関係にあると言えます」

血糖値と感情が関係している

疲れたりストレスを感じたりすると甘いものが食べたくなるのは、血糖値が気持ちの浮き沈みと関係しているから。

佐藤先生は、ブドウ糖液を飲むとプラセボ(偽薬/薬としての効果はもたない)を飲んだときよりも明るい気持ちになることが示された研究や、絶食して血糖値が下がると暗い気持ちになることが示された研究について言及しました。

取り入れる栄養素が感情と関係している

取り入れる栄養素が、感情に影響することが明らかになった研究もあります。実験として、被験者に悲しい音楽を聴かせながら悲しい顔を見せ続けるかたわらで、鼻から胃にチューブをつなげて栄養素を注入。被験者には知らせずに、片方の栄養素として「塩水」、もう片方の栄養素として「脂肪酸」を注入しました。

結果は、被験者自身はチューブから何の栄養素を注入されたのかわかっていないにも関わらず、脂肪酸を注入したほうが悲しみが減少することが観察されました。

「被験者自身は意識していなくても、胃腸からのシグナルが脳に届き、食べ物が感情を動かす要因の一つになっているということがわかりました。特に、脂肪は三大栄養素の一つ。体にとって大切なエネルギー源となるので、そこから得た満足感が悲しみを減少させているのだと考えられます」

エモーショナルイーティングに陥りやすい人の特徴

エモーショナルイーティングに陥ってしまう人たちは、通常よりも食べることで脳が活発になりづらく、食べ物の映像を見たり実際に好きなものを食べたりしても、喜びにつながりにくいのが特徴です。

「食行動の異常を起こす原因として、遺伝や過去のトラウマ体験も考えられます。ネガティブな思考に陥りやすいような性格が影響することもあるでしょう」

また、ストレスに晒され続けると脳の働きに問題が生じ、「いくら食べても満足できない」と、結果的にエモーショナルイーティングを繰り返してしまう場合も。

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エモーショナルイーティングに潜む危険性

身体に影響を及ぼす病のリスク

  • 2型糖尿病:血液中のブドウ糖(血糖)が正常より多くなり、血糖を調節する機能が壊れる疾患。健康上の被害が多い危険な病気で、若い世代でも発症する可能性があります。
  • 高血圧・心臓の病気:心筋梗塞や狭心症につながります。若くても、肥満であれば発症する可能性があります。
  • むちゃ食い症:摂食障害の一つ。満腹であるにもかかわらず、短時間で必要以上に食事をとってしまう精神疾患です。
  • 神経性過食症:摂食障害の一つ。体重を維持しようとして、食後の嘔吐を繰り返したり、下剤や利尿剤を利用して食べたものを無理に体外へ排出したりしてしまうのが特徴です。嘔吐を繰り返すと、逆流性胃腸炎や虫歯、不整脈などの合併症を発症するリスクも高くなります。

上記の疾患のなかには、知らず知らずのうちに身体が蝕まれ、命の危険が生じるものも。

「たとえば神経性過食症は、食べすぎたときに体重を無理やり元に戻そうとするため、見た目に変化が生じず、発見しづらい場合があります。『痩せるために吐けばいい』という気持ちで嘔吐や排出を繰り返すと、命の危険が生じてしまうので、注意が必要です」

精神に影響を及ぼす病のリスク

エモーショナルイーティングは、精神にも大きな影響を与えます。食べることでなんとか苦しい状況を和らげようとしているのにも関わらず、後になって「大量に食べてしまったことを後悔してしまう」という悪循環に陥ってしまうことも少なくありません。そのような精神状態では、むちゃ食い症や神経性過食症を発症する可能性も高くなります。

なかには食事だけではなく、アルコールを大量に摂取する「アルコール依存症」を同時に発症することも。さらに、お酒を飲んで酩酊状態に陥り、暴力を振るったり暴言を吐いたりする事例も多々見られます。

また、摂食障害による死亡率は精神疾患のなかでも最も高いと言われ、佐藤先生によると「むちゃ食い症を患っている人の約25%、神経性過食症を患っている人の約25〜30%の人たちが、自死を考えたことがあると言われている」とのこと。

ほかには、神経性過食症を患って食べる量がエスカレートした場合に、食べ物がない状況を不安に思い、不安定な精神状態によって食べ物を盗んだり万引きしたりするケースも報告されています。実際に医療刑務所にいる人のなかには、摂食障害による盗みをはたらいたことが原因で収容された人も多いのだそう。

「エモーショナルイーティングが重症化すると、自殺を考えるほど精神的に追い詰められてしまう可能性があります。一緒に住む家族やパートナーの食べ物を食べてしまったり、アルコール依存症も患っている場合は、暴力・暴言をやめられなかったり…。このように、人間関係にも悪影響を与えると考えられます」

「食事」と「感情」は切り離すべき?

様々なリスクが潜んでいるエモーショナルイーティング。その引き金となるものが“ネガティブな感情”だと聞くと、「食事と感情は切り離したほうが良いのでは?」と考える人もいるはず。

佐藤先生は、「ストレス発散のために、“適正な範囲”で食事をとることは悪いことだと思わない」と話します。食べ物をじっくり味わい、「食べることで得られる感情」に集中すると、これが良いストレス発散方法になる場合もあります。

一方で、ネガティブな感情をどうにかしようとして食べ物を大量に消費している場合は、味わっているのではなく無我夢中で口に放り込んでいることが多いそう。

「食べ物をしっかりと味わうことができれば、それが喜びや満足感につながり、ネガティブな感情が打ち消されることもあると思います」
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nadia_bormotova//Getty Images

エモーショナルイーティングの克服方法

エモーショナルイーティングを克服するためには、食べたものや量を把握し、規則正しく食事をとることが大切。ここからは、エモーショナルイーティングの克服方法をご紹介。

規則正しい食事を心がける

エモーショナルイーティングで食べすぎてしまう状態から、規則正しい食生活に戻すことを意識しましょう。食べすぎたことを後悔して体重の減量をしようとカロリー制限をすると、身体が飢餓状態に陥り、かえって「食べたい」という欲求が生まれやすくなります。さらにそこへネガティブな感情が加わると、爆発的に何かを食べたくなる衝動に駆られることも。

「食べる・食べない」を極端に繰り返すのではなく、3食を決まった時間に決まった量だけ食べるようにしましょう。さらに、エモーショナルイーティングの克服中は、起きている間に4時間以上何も食べない時間をつくらないようにすることが肝心

「午後のおやつや夜食を食べたほうが、『食べたい』という衝動が抑えられます。体重の増減ではなく規則正しく適正な量の食事をとることにフォーカスしましょう」

食事の記録をつける

食べ過ぎて後悔してしまうことを防ぐためには、食事の記録をつけるのが有効。食べたものや量を目で見てわかるようにすることで、食べ物について余計に考えてしまったり、嫌な気持ちになってしまったりすることもあるかもしれません。しかし、自分が食べたものや量、時間などを記録として残すことで、客観的に現状を見直すことも可能になります。

食事以外のストレス解消法を見つける

食べることのほかにも、ストレスを発散する方法はあります。体を動かしたり、創作活動や何かの作業に励んだり、映画や読書に没頭したりなど、エモーショナルイーティングをしているときの食事の時間を趣味にあてるのも有効的です。

ここで重要なのが、1回だけではなく最低3回は新たな趣味に時間をつかうこと。1回だけだと、新しいことに慣れていないため、「楽しくない」と感じてしまうかもしれません。回数を重ねていくうちに少しでも「楽しい」と思えたら、定期的に続けていくようにしましょう。

「新しい趣味やストレス発散方法は、一人でコツコツ取り組むのも良いですが、できれば家族や友人など、親しい人と一緒に取り組んでみてください。複数人で行うことで、楽しさが倍増すると思います」

マインドフルネスに取り組む

「今この瞬間」に集中するマインドフルネスも、エモーショナルイーティングの克服に効果的。過去や将来への不安や心配から離れ、目の前で起きていることに集中するのが大切です。

佐藤先生がおすすめする、マインドフルネスの有名なエクササイズ「レーズンのレッスン」は次の通り。

レーズンのレッスン 手順

  1. お皿の上にレーズンを1粒だけ置く
  2. まるで初めて見るものかのように、色や形、表面のでこぼこやツヤなどレーズンの見た目をじっくり観察する
  3. レーズンを触ったときの感触や香りを確かめる
  4. レーズンを口に入れた感触や、歯や舌に当たる感覚に集中する
  5. 繰り返し噛み、口の中のレーズンにどのような変化が起こっていくのかを感じる
  6. これ以上噛めないくらい噛んだら飲み込む。喉を通り、胃に入るまでレーズンに意識を集中させる

マインドフルネスのエクササイズをしている途中で、ほかの考えが浮かんできたとしても大丈夫。「だめだ」と思わずに「そんな考えも浮かんだな」と切り替えて、レーズンに意識を戻していき、最後まで一通りの手順を終えることが大切です。エクササイズ自体を繰り返し行うことで、自然と普段の食事も少ない量で満足できるようになっていきます。

「できれば食事のたびに食べ物に集中することで、しっかりと一口を味わえるようになるはずです。1回やって上手くいかなくても、すぐに諦めないでください。練習するということは、失敗が前提。繰り返し挑戦しましょう」

医師に相談する

上述した方法でエモーショナルイーティングの克服が難しいと感じた場合は、速やかに医師に相談しましょう。

「治療ができる病院は限られていますが、自分で克服するのが難しいと感じた場合は、お近くの精神科や心療内科に相談してみてください」
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Rudzhan Nagiev//Getty Images

衝動的に「食べたい」と感じたときの対処法

衝動的に何かを食べたいと感じたときは、「何を食べると良いか」ではなく「食事方法」を考えることが重要です。食べることに集中せず、食べながらほかのことを考えたり、スマホやテレビを見たりなど、“ながら食べ”をしてしまうと、食事をしても満足できない可能性が高まります。

まず、衝動的に食べ物を口にしたくなったとしても、袋から手づかみで食べたり料理に使った鍋やフライパンでそのまま食べたりするのではなく、料理を一度お皿に盛りつけてから食べてみてください。お箸やフォーク、スプーンを使うことも、衝動的に食べすぎてしまうことを防ぐ一歩手前の“ブレーキ”となってくれるはず。

「機械的に無我夢中で食べていると、そのまま手が止まらなくなってしまうので、お皿に盛りつけたりお箸を使ったりなど、ワンクッション置いて心に余裕をつくりましょう」

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佐藤康弘先生

佐藤康弘先生
佐藤康弘
東北大学病院心療内科 講師/宮城県摂食障害支援拠点病院 職員として勤務。摂食障害の脳画像研究や摂食障害の認知行動療法を専門領域とし、数々の論文を発表している。2015年には、第56回日本心身医学会最優秀演題賞を受賞。