乳房をどのように捉えるか、どこまでなら見せても“適切”な範囲にとどまるのか、そうした議論は長らくされてきました。そんな“検閲”に抗議する意味合いがある「フリー・ザ・ニップル(乳首解放運動)」というキャンペーンが始まったのは、2012年のこと。2014年には、このキャッチフレーズをタイトルにした映画も公開されています。

1960~70年代には女性解放運動「ウィメンズ・リベレーション(Women's Liberation、ウーマンリブ)」が高まりを見せ、「ブラジャーを燃やすフェミニスト(bra-burning feminist)」は、その代名詞として注目を浴びました(しかし実際は、ブラを燃やしていないことがのちに証明されています)。

ブラを着けることに対する社会の考え方に、最も大きな影響を及ぼした近年の出来事は、おそらく新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックといえるでしょう。

2020年3月、世界各地でオフィスが閉鎖され、従業員たちは在宅で仕事をするように。「リモートワーク」の普及によって、多くの人はスウェットパンツ姿にノーブラで、自宅のリビングルームやベッドの上で仕事をするようになりました。そして、その後もリモートワークは一般的な働き方のひとつとして定着をしています。

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Rachpoot/Bauer-Griffin
ジュリア・フォックス、2023年5月撮影

ここ数年は背中が大きく開いた「バックレス」のトップスや、シアーな素材を使用した「ネイキッドドレス」などがトレンドとなり、それらをまとったセレブたちが、レッドカーペットを飾っています。(そのままの自分の体を受け入れようという)ボディ・ポジティブのムーブメントも進化を続けていると言えるでしょう。

2022年にはアメリカの連邦最高裁が「ロー対ウェイド判決」を覆し、女性たちのボディリー・オートノミー(bodily autonomy:体に関する自己決定権)に対する、いっそうの意識の高まりにつながりました。

※それまで中絶を違法としていたテキサス州法などを違憲とした、1973年に示された連邦最高裁の判断

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パンデミックがブラをしなくなるきっかけとなり、それがそのまま習慣になったという人も。ブラとの関係を見直す理由は人によってさまざまですが、多くの人がこれに関連して注目しているのは、「ボディ・ニュートラリティ(またはボディ・ニュートラル)」の考え方だと見られます。

2020年からあまりブラをしなくなったというLAに住むインフルエンサー、ヴィクトリア・パリスさんも、そのひとり。新型コロナウイルスが流行しはじめた当初に、ノーブラにタンクトップ、オーバーサイズのシャツが“制服”になっていたという彼女は、「自分が人からどう見えるかについて、あまり気にしなくなったように思います」とコメント。

ファッション業界にも、同じような変化が起きています。NYを拠点とするファッションブランド「タニヤ テイラー」のコミュニケーションマネージャー、ステイシー・チアさんは、ここ数年のトレンドについて、「ブラを不要とする文化への移行が起きている」と語ります。

チアさんは、ブラをしていては着こなすことができない「バックレスのドレスや、深めのVネックラインのトップスなどがトレンドとなり、少しカバーしたい場合はニップルカバーを使用するようになっている」ことが関連していると言います。

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Jamie McCarthy//Getty Images
エミリー・ラタコウスキー、2023年9月撮影

一方で、パンデミックの発生前からブラを使用しなくなっていたという人も。ロンドンをベースに活動するスタイリスト、アジャ・バーバーさんは、感染拡大を防ぐための外出規制によって、この習慣が確実に定着したとも。

20代後半になるころには、タイトなパンツやハイヒール、ブラも着心地がよくないと感じ、避けるようになっていたというバーバーさんは、次のように語ります。

「私はもともと、いつでもブラをしていたいタイプではありませんでした。ブラを買うのは面倒で、うっとうしいことでした。そんなものにお金を使いたくないと思っていました」

それでも、「おしゃれで、きちんとした服装でいたい」との思いから、服の選び方にはずいぶん気をつかってきたという。ただ、これから年齢を重ねれば、「まったくブラをしない人になるのは、おそらく確実」だという。

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Michel Dufour
リアーナ、2014年撮影

バーバーさんは主に自宅で仕事をしていることから、ノーブラでも仕事に支障はないのだといいます。しかし職場やフォーマルな場でノーブラでいる人が「きちんとした人」だと受け止められ、評価されるかどうかについては、職種によって大きな差があると感じるそう。

またブラをしない人に対する受け止め方については、体のサイズに伴う「特権」があると感じるケースも。シカゴに住む環境コンサルタントのミーガン・ワトソンさんは、職場にもファッション業界にも、「ファットフォビア(肥満嫌悪)は依然存在する」として、次のように語っている。

「胸の小さい人のノーブラの方が、受け入れられていると思います。DカップからFカップの私がノーブラで外出すれば、多くの人が眉をひそめるでしょう。太っている人やプラスサイズの人──私たちがブラをしていなければ、外見を気にしていない、努力をしていないなどと言われ、太っていることへの否定的な見方を助長させてしまう気がします」
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Rachpoot/Bauer-Griffin//Getty Images
ケンダル・ジェンナー、2023年1月撮影

外出を制限された期間をきっかけに、ブラを着用することで得られる「落ち着き」に新たな価値を見出した人も。NYに住むクライアントサービス・マネージャーのコルドウェル・ハーデンさんはこう話します。

「外出制限が始まった当初は、一日中レギンスとセーターで過ごせることをうれしく思いました。ですが、何を着ようかと考えもせずにいることが、だんだん嫌になりました。そして毎日どの服を着て過ごすか、きちんと考えるようになりました」

ハーデンさんはその後、自分にとって考えて着る服を選ぶことと「1日をどう過ごすか」ということに関連性があるとに気づいたのだそう。そしてそれからはまた、毎日ブラをするようになったといいます。

「ブラをしていない日は、自分の外見を全体的にあまり気にしていないことに気づきました。その日1日に向き合う準備が、きちんとできないように思います。私が身に着ける服や選ぶスタイルは、世界と向き合うための鎧(よろい)、下着やブラは鎖帷子(くさりかたびら)ようなものです」

もちろん、ブラを着用してもしなくても、それは個人の選択です。ただその基本的な役割について、知っておくのは大切なこと。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)デヴィッド・ゲフィン医科大学院の准教授(臨床外科)、ディアナ・J・アタイさんは、次のように説明します。

「乳房に痛みを感じる女性は非常に多いのですが、そうした人の役に立つのがブラジャーです。きちんと体に合ったブラジャーは乳房をサポートし、不快感を軽減してくれます。ブラジャーを着用すべき、あるいはそうすべきでないとする、医学的な根拠はありません」

ノーブラが健康に大きなリスクをもたらすことがなく、ここ3年ほどの間に起きた文化の変化により、多くの状況において「許容されること」、さらには「スタイリッシュだと考えられること」にさえなっているのであれば、自分の乳房とどう向き合いたいのかを改めて考えてみてもいいのかもしれません。

ただ何より重要なのは、自分の乳房について何をどうするのか、それを決めるのは誰なのかということ。そのことを、忘れずにいたいものです。


※本記事は、Hearst Magazinesが所有するメディアの記事を翻訳したものです。元記事に関連する文化的背景や文脈を踏まえたうえで、補足を含む編集や構成の変更等を行う場合があります。
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