このコラムでは、毎回日本や世界で話題となっているニュースからテーマを1つ選び、海外在住の著者視点で考えていくコラムです。身近なニュースからちょっと分かりづらい海外ニュースまで、知っておきたいトピックを解説していきます。

Q:「イスラム国」って一体なに? なにを目指している、どんな組織なの?

約1年前(2015年1月)、イスラム国に拘束された日本人の殺害事件に衝撃を受けた人は多いでしょう。

この事件以前も外国人の拉致・殺害やテロ行為、有志連合による支配地域の空爆など、イスラム国関連のニュースは多く報道されていましたが、この邦人拉致・殺害事件によって、日本でもその脅威が広く知られるところとなりました。

現在、イスラム国は欧州、北アフリカ、アジアでも頻繁にテロ事件を起しています。2015年11月13日に発生し死者130名、負傷者300名以上を出した、イスラム国によるパリ同時多発テロ事件、2016年1月14日に起こったインドネシア・ジャカルタでの3度の爆発事件などは、まだ記憶に新しいはずです。

イスラム国は「国」ではない

「イスラム国(Islamic State、略称IS)」とは、イラク・シリアを拠点に活動するイスラム過激派組織です。「国(State)」と名乗っていますが、国ではありません!

この組織の前身は、2003年頃から活動しているアルカイダ系テロ組織「タウヒードとジハード集団」。その後アルカイダとは袂を分かち、イラク・シリアに支配地域を拡大、2014年6月29日最高指導者アブ・バクル・バグダディが国家樹立を宣言しました。

シリア北部の街「ラッカ」を首都と定め、独自のパスポートを発行し、税の徴収、水道やガスなどのインフラを提供するなど、国家としての機能構築を目指していることは確かです。しかしイスラム国を「国家」と認めた国はひとつもなく、パスポートが使える国はどこにもありません。

各国で起こしているテロだけでなく、斬首や火あぶりなどのむごい殺害方法、強奪、女性や子供を性奴隷として扱う現状が伝えられていますが、その一方で海外からの志願兵が絶えないとも報じられています。

イスラム国とは、一体何を目的とし、どうして世界を恐怖におとしめるほどの勢力を持つに至ったのでしょうか?

イスラム国の目的って何?

イスラム国の目的は実はとてもはっきりしています。「カリフ制によるイスラム国家の樹立」です。

カリフ制という言葉は耳にする機会が少ないのですが、イスラム国を理解する上で、避けて通ることができないキーワードです。「カリフ」とはイスラム教の開祖である預言者・ムハンマド(570年頃 - 632年6月8日)の「後継者」を意味します。イスラム共同体では宗教的指導者と政治的指導者が同じであり、つまりイスラム国家の最高指導者の称号です。

ムハンマドの死後代々カリフが選任され、イスラム共同体の維持と拡大の役割を担ってきました。しかし時が経ち、10世紀ごろにはカリフの権威はないも同然に。その後1度復権しますが、オスマントルコの崩壊後、カリフは廃位してしまいました。

イスラム国は「再び力のあるイスラム指導者の下、イスラム教の統一国家を作ろう!」とし、バグダディ自らが「カリフに即位した」と言っています。つまりイスラム国がリーダーとなって国の垣根を超えてイスラム教の統一国家を樹立し、かつ広げていこう…としているわけです。

ここまでは、「なんとなく理解できる話かも…」と思うかもしれません。「カリフ制よ、再び!」と思うことが悪いわけではないからです。しかし問題は彼らのやり方です。イスラム国は彼らの考える理想的国家運営を、言論で民意に訴えようとしているような、ヤワな団体ではないのです。

そもそもイスラム教徒(ムスリム)とは「アッラー(神)だけが唯一の神」であることを信じ、「アッラーの法にゆだねる者」と言われています。そのため、聖典コーランは絶対であり、コーランと予言者ムハンマドの言行を基に作られたイスラム教の法律「シャーリア法」を守るのはイスラム教徒の務めなのです。

ここで大切なのが解釈です。コーランにはそのまま読んでしまうと物騒な箇所があることも事実。

  • 「神も終末の日も信じない者と戦え」(第9章29節)
  • 「あなたがたに戦いを挑む者があれば,アッラーの道のために戦え。お前たちの出会ったところで、彼らを殺せ。お前たちが追放されたところから敵を追放せよ。迫害は殺害より悪い」(第2章190~191節)
  • 「信仰なき者といざ合戦という時は、彼らの首を切り落とせ」(47章4節)

文脈だけ追うと、かなりハードな内容です。「神を信じないものとは戦争してもいい」「迫害の方が殺すより悪いのだから、敵はすぐ殺すべき」「異教徒の斬首も正しいこと」とも取れなくもありません。

ですが、コーランにおける「戦い」は「自分の内面との戦い」「外部への不義への戦い」の2種類があります。近代化するイスラム諸国、そして現代に生きるイスラム教徒たちは「戦い」は「自己との内なる戦い」と解釈し、実践しています。イスラム教徒は全世界に16億人も存在しますが、彼らが異教徒を見つけては殺しているわけではないのは明らかです。

しかしイスラム原理主義による国家建設を目指すイスラム国は、物騒な方の解釈を採用します。暴力を持ってしてでも、教えに従わせる。テロを起こすのは当然! だって自分たちは神が求める通りのことをやっているのだから…! と正当化しています。それを実践しているイスラム国こそ、イスラムの教えに忠実な理想国家だと主張しているのです。

神と平和を愛しているイスラム教徒と、イスラム国が目指しているものは全く違うものなのです。

なぜこんなにも拡大できたのか?

前身であるアルカイダ系テロ組織はイラクを拠点とし、米軍の撤退を目的としていました。しかしその後、テロ組織との合併とそれに伴う改名を繰り返し、組織そのものの目的が「イスラム国家の樹立」になっていったようです。つまり「国を作りたい」という領土に対する明確な目標を持ち、それを可能にする社会構造の構築を目指していた点が、アルカイダを含む他の過激派組織と異なる点です。

イラクを撤退した後はシリア内戦に介入していきました。シリア内戦とは30年近く独裁政権を強いていたアサド大統領率いる政府軍と反体制派の対立です。

イスラム国は反体制勢力から歓迎され、武器提供を受けるなどして軍事力を拡大していきました。石油のでる町を支配下にすることで経済力つけ、内戦に疲れた人たちの心をつかみ、シリア内戦のどさくさの中で支配地域を広げていったのです。

イスラム国に集う海外の若者たち

現在の正しい人数は分かりませんが、イスラム国の兵士数は約3万人程度(2015年2月頃の見込み)と考えられています。

アメリカ率いる有志連合による空爆で兵士が減ったため、支配地域では徴兵も行われているとの情報もありますが、一方でインターネットやSNS、動画サイトを使った巧みなリクルート戦略に成功し、これまで約2万8,000人もの外国籍の兵士が加入しているとも言われています。

そのほとんどは近隣アラブ諸国の出身者ですが、欧米諸国からの参加者も約5,000人と言われています。彼らの大部分がイスラム教徒またはイスラム教国からの移民家庭の出身者です。イスラム教徒としての自らのアイデンティティの探求、移民として差別を受けてきた背景など理由はさまざまですが、何がしかの理想や信念と共に危険な旅路につく青年が後をたちません。

海を渡った若者には女性もたくさんいます。例えばオーストリア出身の16才と17才の少女は「シリアで戦うため」にイスラム国に渡った後、広告塔としてSNSにその姿を見せていました。しかし1人は殺害され、もう1人は消息を絶っています。2人とも、ジハード戦士の性奴隷になっていた可能性があります。

イスラム国の現在、そして今後

2014年8月から開始された米国主導の有志連合による空爆にも関わらずその支配地域を拡げてきたイスラム国ですが、2015年に大きな変化がありました。国際軍事情報会社IHSジェーンズによると2015年12月14日時点でイスラム国の支配地域は7万8,000平方キロメートル(=北海道よりやや小さい)であり、同年1月にくらべ14%減少したとのこと。

また有志連合は、2016年1月5日にイスラム国の支配地域がイラクで約40%、シリアでは約20%縮小したと発表しています。

支配地域が縮小したことは朗報ですが、今後空爆への報復として世界各地でのテロ行為が繰り返される可能性も否定できません。空爆によって、武装勢力が一時的に弱体化することはあるかもしれませが、空爆では、人のイデオロギー(信条)を変えることはできません。

彼らが自分たちを正義だと考えるのはなぜなのか? そう思うに至った背景は何なのか? 彼らを知り、考えない限り、この世から過激派組織もテロもなくならないのではないでしょうか。