2021年、YouTube番組『令和の虎』へ出演し、画期的なお守り型デバイス「スマートお守りomamolink(オマモリンク)」をプレゼンして話題となった石川加奈子さん。投資家たちから満場一致でその必要性を認められた同アイテムは、2022年初夏から販売がスタートしました。

性暴力サバイバーである石川さんならではの視点を取り入れた「omamolink」は、これまでの防犯グッズにはなかった機能を搭載し、思わず持ち歩きたくなるようなデザインも魅力。デバイスに込めたこだわりや、起業に至るまでの石川さんのこれまでのキャリアについてお話を伺いました。


「自分の足で立つ」アメリカで受けた影響

ーー石川さんのこれまでのキャリアについて教えてください。

早稲田大学法学部を卒業したのち、内閣官房の内閣情報調査室という情報機関に9年ほど勤めました。2011年の秋から2012年の秋まで約1年間、ワシントンD.C.にある戦略国際問題研究所というシンクタンクで客員研究員として、1年間の長期出張という形でアメリカに渡ります。

アメリカで研究を行うと同時に、現地で色々な方とお会いする中で、アメリカの空気っていいなと感化されましたね。

日本に帰国した後に、アメリカに戻ることを決意して公務員を退職。再度渡ったアメリカでは、危機管理の教育と研究を行っているスタートアップのシンクタンクで2015年の春まで働きました。その後日本に戻り、フリーエージェントとして働きながらグロービス経営大学院に通い、2019年春にMBA取得して卒業した後、今の会社を2019年の7月に立ち上げて、ここまで来たという形ですね。

youtube番組『令和の虎』へ出演し、話題となった石川加奈子さん。性暴力スライバーである石川さんならではの視点を取り入れた性被害や家族の死を乗り越えて、スマートお守りomamolink(オマモリンク)を開発した石川加奈子さんにインタビュー。に込めたこだわりや、起業に至るまでキャリアについてお話を伺いました。
石川加奈子
▲2013年9月、アメリカで

ーーアメリカで計3年過ごされたとのことですが、現地ではどのような影響を受けましたか?

みなさんバイタリティがあって、起業家精神がすごくあると感じました。現地に滞在中、私の周りにいた女性は、皆さん自分で始められたキャリアを築いていたんです。

私が参加したスタートアップも、日本人女性がアメリカで始められたという米NPO法人。支援してくださる方はもちろんいましたが、それでも0から作り上げるってすごいことですよね。また、そこで関わってくださった弁護士さんも、仕事をしながら法律の勉強をして資格を取ったという方でした。

さらに現地では、私がロールモデルとして目指すことになるような、尊敬する先生とも出会えました。そういった方々の姿を見て「自分でもできるんじゃないか」、「やってやれないことはない」と思えたことこそが、アメリカで受けた影響だと思います。周りにいた頑張っている人の姿を見て、「私でも!」って思えるようになりましたね。

ーーそんなアメリカでの経験から、起業を思い描くようになったのでしょうか?

「起業しよう」というところまで当時決めていた訳ではなくて、どちらかというと「⾃分の⾜で⽴つ」という思いが強くなりました。⾃分の⼈⽣の主導権を⾃ら握るためには、「誰か・何か」に依存するのではなく、ひとりでも⽣きていける強さを持つ必要があります。

特に印象に残っている⾔葉として「⾃分がやろうとしていることに誰も賛成しなくても、たとえ世界で⾃分⼀⼈だったとしてもやる」というものがあります。その⾔葉を聞いた時、「私には、これだけ強く信じてやりたいと思えることがないな」と感じました。

私の周りに居た⽅々は「こういう課題を解決して、こういう世界にしたい」という強い想いを持って皆さん事業を取り組まれていました。そんな⽣き⽅にすごく憧れましたね。

自分の身に起きた辛い経験が開発のきっかけ

ーー「omamolink」はどのようなきっかけで誕生したのでしょうか?

「omamolink」は、私のこれまでの想いが詰まっているものですね。学生の頃や20代の頃、何度か自分自身が性暴力被害に遭いました。当時の私は、自分がそんな目に遭うなんてこれっぽっちも思っていなくて、そういう時にどうすればいいのかもわからず、何も準備していなかったんです。咄嗟の出来事で頭が真っ白になりましたし、怖くて、固まって、声も出せず逃げられない…という状態で、なされるがままでした。

忘れたいと思えば思うほど、⽪⾁にも記憶に深く刻み込まれてしまって。あれから20年経った今でも、時折フラッシュバックすることがあります。出来事が頭をよぎるたび、「あの時私は⼀体どうすればよかったんだろう、もしまた同じような出来事があったら、今度はどうすればいいんだろう」とずっと考えてきました。

そしてある時、「こういうものがあれば、あの時の⾃分を救えたかもしれない」と思えるアイデアが浮かんで「omamolink」が⽣まれました。性被害に遭うのは、実は何も特別なことではありません。程度の差こそあれ、これまで多くの⼈から被害に遭った話を聞いてきました。「これから先同じような⽬に遭う⼈を助けることができるかもしれない」、その想いでアイデアを形にしました。

youtube番組『令和の虎』へ出演し、話題となった石川加奈子さん。性暴力スライバーである石川さんならではの視点を取り入れた性被害や家族の死を乗り越えて、スマートお守りomamolink(オマモリンク)を開発した石川加奈子さんにインタビュー。に込めたこだわりや、起業に至るまでキャリアについてお話を伺いました。
石川加奈子

ーーご家族のエピソードも「omamolink」に反映されているそうですね。

ちょうどこういうものを作りたいと思っていた2019年の春に、私の祖母が亡くなりました。祖母は1人暮らしをしていて、母が毎日午前11時と午後4時に電話をしていたんです。5月のある日、11時に電話をしても祖母は出なかったのですが、たまにお昼寝をしていることがあるので、4時にかけるから大丈夫かな、と思って母はそのままにしていました。

その後、4時に電話をかけても出なくて、近所の親戚に様子を見に行ってもらったところ、祖母は倒れて亡くなっていました。死亡推定時刻は12時頃。あいまいな時間かもしれませんが、もしかしたら11時の時点では苦しんでいて電話に出れなかったのかもしれない、あの時にSOSをもらえば助けられたかもしれない…とやるせない気持ちになりました。

同じ年に、母にも同じ出来事が起こりました。2019年11月にくも膜下出血で突然亡くなったんです。母は父と同居していて、妹家族とも2世帯住宅という形で一緒に住んでいました。その日はたまたま月曜日の午後で、父は仕事、妹夫婦も出社していて、甥っ子と姪っ子はそれぞれ学校と保育園へ。母しか家にいない状況で倒れて、妹が帰宅したときにはもう手遅れだったんです。

くも膜下出血でも、発見が早ければ回復して、日常生活に戻れる方もいらっしゃいます。そういったことを考えると、最愛の母や祖母をたった1人でこの世を旅立たせてしまったということが本当に悲しく、悔しくて。1番辛い時にそばにいられなかったことや、こんなに突然にもう二度と会えなくなってしまうんだということを体験して、このプロダクトを形にしようという想いがより⼀層強くなりました。

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もともとは性暴力からどうやって身を守るか、ということに焦点を置いたプロダクトを考えていましたが、自分の身に危険がせまった時に大切な人にSOSを知らせる機能というのは、人から襲われた時だけでなく、体調が急に悪くなった時にも使えるものだと思ったんです。そういった経験もあって、絶対にこれは形にしようと決めました。

自分だけのことであったら、途中で諦めていたかもしれませんが、諦めそうになった時に自分を奮い立たせてくれたのは母や祖母の存在だったのかなと思っています。

というのも、母が亡くなったのが11月25日でしたが、最後に会話をしたのは10月18日。7月に起業をしてからなかなか思うようにはいっていなくて、すごく落ち込んでいたタイミングでした。

自分の貯金を切り崩して生きているような時で、経済的に助けてくれる人がいるわけでもないので、このまま上手くいかなかったら、住むところもなくなって、お金もなくなって、一体どうやって生きていけばいいんだろう…というところまで気持ちが落ちてしまったんです。

誰かに話を聞いてもらいたいと思ったときに、話を聞いてくれたのは母。普段母に泣き言を言ったことはなかったのですが、その日は泣きながら自分の不安をぶちまけました。母は、ちょっと親バカかもしれませんが「大丈夫。かなちゃんは恵まれているのだから、それを世のため人のために使わないとだめ。頑張りは絶対に神様が見ていてくれるから」と言ってくれて。

これが、私が⺟と交わした最後の⾔葉でした。起業して3年、これまで何度も苦しいな、逃げ出したいな、と思うことがありましたが、そんな時私の⽀えになってくれたのがこの⺟の⾔葉です。⼈⽣に「たられば」はないですが、もしも⺟に「omamolink」を持たせることができていたら、SOSをもらっていたら、今も⺟と話すことができたかもしれない、時々そう思うことがあります。

⾃分が経験した⾟い思いを、できれば他の⼈にはしてほしくない。だからこそ、この製品を作ろうと思いました。私にとっては、思い出したくもない、消し去りたい過去ですが、それがあったからこそ、このアイデアを思いつけましたし、それで未来の誰かを救うことができたら――。過去を変えることは誰にもできませんが、出来事の意味づけを変えることはできます。アイデアを形にすることで⾃分の過去も救えると、そう思いました。

youtube番組『令和の虎』へ出演し、話題となった石川加奈子さん。性暴力スライバーである石川さんならではの視点を取り入れた性被害や家族の死を乗り越えて、スマートお守りomamolink(オマモリンク)を開発した石川加奈子さんにインタビュー。に込めたこだわりや、起業に至るまでキャリアについてお話を伺いました。
石川加奈子
▲アメリカで購入した護身グッズ

毎日持ち歩く「お守り」がヒントに

ーー開発に活かす際、どんなポイントにこだわりましたか?

私の最⼤のこだわりは「お守り」という形にしたところです。いざという時に⾃分の⾝を守るために、これまで私は防犯ブザーや催涙スプレー、スタンガンなどを買ってきました。でもせっかく買って⽤意しても、毎⽇持ち歩くことができませんでした。「怖い⽬に遭った⾃分すら、ちゃんと常に携帯できないのはなんでだろう」というのが⾃分の中で最⼤の謎でした。

大阪府警の調査によると、常時防犯ブザーを鞄につけている人は、高校生以上になると0.7%しかいないそうです。自分を守る術って、ほとんどの方が何も持っていないに等しいんですよね。そこでわかったのが、いくら怖い経験をしたとしても、そういう目に遭うのって非日常で、滅多に起きない出来事だと思ってしまうということ。もしもの時にしか使わないものを持ち歩くのって、めんどくさい気持ちの方が勝ってしまうんです。私の場合はさらに、防犯ブザーや催眠スプレーを見ると、嫌な思い出が思い起こされてしまいました。

自分がワクワクしたりときめかないものって、自分の身の回りに置きたくない。ましてや持ち歩きたくない。だからそういった防犯グッズを持ち歩けないんだということがわかりました。それで、自分が普段から気持ちよく持ち歩いているものに、もしもの時の機能を付ければいいのではと考え、「お守り」という形にしました。omamolinkの蓋を開けると、⼤切なものを⼊れられるスペースがあります。内符や願い事、写真、思い出などを⼊れることで、⽂字通り「お守り」として肌⾝離さず持ち歩くことができます。

ーー機能としてこだわった点を教えてください。

3つあります。まず1つが振動検知機能。咄嗟の時にすぐに使えるようにしました。というのも自分自身が襲われたときって、鞄の中を探す暇はないんですよね。なので鞄の中にさえ入れておけば、ボタンを押さなくても振動で起動するという仕組みにしました。

2つ目が、録音機能です。性暴力は見知らぬ人だけでなく、顔見知りからの犯行もあります。実際、レイプの約7割、強制わいせつの約4割が⾯識のある⼈からの犯⾏です。そういった場合、実証するのが難しい場合もあります。

そのため、少なくとも合意していないこと、「NO」と伝えている証拠を残すために録⾳機能をつけました。性的同意に限らずセクハラ、パワハラ、いじめなどでも役立つ機能だと思っています。

3つ目が、SOS発信機能です。これは自分がSOSを出したときにだけ、事前に登録した緊急連絡先に通知が届いて、自分が今どこで困っているかというのをGPSの位置情報と一緒に送るようにしました。

現在主流の⾒守りデバイスは、⼩学⽣など⼩さなお⼦さんを⾒守るためのものがほとんどで、主体が親御さんになっています。でも⼤⼈になると、⾃分の居場所を常に誰かに調べられることに抵抗感を覚える⼈も少なくないはずです。そこで、プライバシーに配慮し、⾒守っている側からは位置を調べることができず、ユーザーが助けを求めている時にだけ位置情報が届くようにしました。そうすることで監視・束縛感がなく持つことができます。

ーー開発にあたり、特に大変だったことを教えてください。

時期によって変わってくるのですが、まず1番最初に当たった壁が、振動検知機能の開発です。私たちが独自に開発をして国際特許を出願しているのですが、私自身モノづくりのバックグラウンドがなく、エンジニアでもないので、まずこのアイデアを形にしてくれる人を集めるということが1つのハードルでした。運よくその方が見つかって2021年の2月に特許を出願することができました。

その次に大変だったのが、資金調達です。アイデアはあり、開発に協⼒して下さる会社も⾒つかり、⾒積りも揃った。あとはお金さえ集められれば開発に着手できる…という時ですね。

いくつものベンチャーキャピタルに出資を依頼しましたが、⾸を縦に振ってくれるところがなくて。それで思い切って『令和の⻁』に出ることを決意しました。

人とのつながりが社会を変える

ーー仕事で大切にしているルールはありますか?

かっこつけない、ということですね。人間って、どうしても自分をよく見せたくなったりしますよね。でも隠したいようなことも隠さず、嘘もつかない。そして誠実であること。人としての基本的な部分だと思いますが、誠実に、人とのご縁を大切にするということは気を付けていますし、大事にしています。あとはやっぱり感謝を忘れないことですね。

私も以前までは人の目を気にして生きていて、「他人からの評価=自分の価値」だと思っていたところがありました。その頃は生きづらかった気がします。でも2015年に『四つの約束』という本を読んでから考え方が180度変わって、ようやく自分の価値は自分で決める、というところに気づきました。

ーー石川さんの今後の目標を教えてください。

私の会社のビジョンとして 「より自由に自分らしく人生を楽しめる世界を作りたい」というものがあります。そのような世界を実現する⼿段の⼀つとして「omamolink」を作りました。「omamolink」が必要とされる⼈々の⼿に渡り、⼀⼈でも多くの⼈の笑顔を守れるよう頑張りたいと思っています。

また、今の私があるのは、これまでたくさんの⽅に⽀えられ、助けていただいたおかげです。ですから、今度は⾃分が誰かを助ける⽴場になりたいと思っています。夢や希望を持ち、この世界をより良い場所にしたいという強い想い・情熱がある⼈を応援できるように、まずは今取り組んでいることを成功させたいですね。


石川加奈子さん

株式会社grigry代表取締役社長。 大学卒業後、内閣官房内閣情報調査室にて情報収集・分析業務に従事。2013年に渡米し、International Institute of Global Resilience(IIGR)にて総務開発部長を務める。その後帰国し、コンサルタントとして独立。2019年春にMBAを取得、同年7月株式会社grigryを設立。自身の原体験から「一人でも多くの人が辛く悲しい目に遭わないように」と、お守り型の護身・みまもりデバイス「omamolink」を創業・開発。

omamolink公式サイト