イギリスでは電車内の痴漢撲滅のために、性暴力などを報告するためのホットライン「#61016」があります。そしてイギリス運輸警察の警察は被害者や目撃者の通報を促進するキャンペーンを打ち出しているのだそう。

ここでは<コスモポリタン イギリス版>が行った、「#61016」の稼働状況やイギリスにおける痴漢被害の実態、被害者に通報を促すことの是非、そして警察の意識などを多角的に取材した記事をお届けします。

※記事には、性暴力についての記述があります。心身への影響を懸念される方は、閲覧にご注意ください。

※本件で紹介する記事内の相談先の番号や事例はイギリスに限ったものです。記事の最後に日本で使える相談窓口などを記載しています。

イギリスに暮らすジェンの事例

      家まで、いつものルートで帰ろうと電車に座っています。誰かが隣に座ろうとするので、いつものようにスペースを作るために少し横に詰めました。このとき、時刻は19:30。

      隣の人は本をテーブルに出しますが、読む様子はなく、そのまま顔を下に向けてうとうとしている様子。そして彼は自分のバッグに付いているストラップをいじりだします。その手が自分の脚に当たりそうで「気まずいな」なんて思っているそのとき、彼の手があなたの膝に掠れるように触れました。

      それが、何回も繰り返し起きるのです。寝てる間に無意識にこんなに触れることなんてある? と思っていると、動きはどんどんわざとらしくなっていくのです。彼は本当に寝ているのかも疑わしくなります。

      車内を見渡してみたり、ちょっと離れようと逆側に詰めてみるけれど、彼の手は太ももを包むように触っています。ここで起きていることを友達に冗談っぽく報告しながら、自分に言い聞かせます。私が思っているようなことが、まさか今、本当に今起こっているわけないよね?と。

      数分の間に、彼の手はどんどん上の方に動きます。状況を動画に残しながら、友だちとのグループチャットに送ります。友だちがアドバイスを送ってきてくれているけれど、電車の音がどんどん大きく感じてきて、パニックを感じ始めます。どうしよう... 最寄り駅まで、まだ30分もある。

      ーージェンが専門機関に相談したのは、2023年8月23日(月)の午後7:37のことでした。

      「ここに通報してもいいのかわからないけど、電車内で見知らぬ男に身体を触られています」

      イギリス運輸警察のファースト・コンタクト・センターがジェンのチャットメッセージを受け、調査を開始をしてから2分が経とうとしています。ジェンに加害者の特徴などの情報を求めながら、隣のコントロール・ルームにこの件を通達します。

      そして、数分後。ジェンは勇気を振り絞り、立ち上がって、車内を移動します。歩きながら、警察にチャットで状況を報告しつづけます。「一等車に隣接した車両の後方にいた」、「暗い色のズボンを履いていた」など、後にとても重要となる情報を提供します。

      それを受けてロンドンの駅に警察官が送られます。キングズクロス駅に電車がつくときには、警察が待機していました。そして、ジェンは警察にその男を指差して伝えました。午後8:07、ジェンが警察に相談をしてから32分後、加害者は逮捕されました。

      3人に1人以上が電車内の性暴力被害者

      2023年末に発表したイギリス運輸警察の調査によれば、列車・地下鉄で性的に被害を受けた女性は3人に1人以上にのぼると言います。

      2021年8月〜2023年9月の統計では、5946件の性犯罪が電車内で起きたことをイギリス運輸警察は確認しています。そして、セクシャルハラスメントは3450件。これはイギリス運輸警察の管轄外であるバスを除いた結果です。

      交通機関における性被害の実態は、 正しいデータを記録するプロセスに時間がかかること、パンデミックの間の人数の少なさなどのさまざまな理由で、全体像や正確な数字を探すことは難しいと言われています。

      統計によると2023年にかけて週に約7件だった通報は19件に増え、173.6%増加していることになります。被害がピークになるのはラッシュアワーで、加害者の多くは男性、被害者は女性です。

      ただし、報告件数の増加は必ずしも犯罪の増加というわけではありません。セクシュアルハラスメントや性的暴を許さないとする風潮が強くなったことや、ジェンが利用した報告用の電話番号「#61016」の普及などが理由となって、(これまで見過ごされていた)報告数が増えたと考えられます。

      british transport police your piece of the puzzlepinterest

      ジェンがこの番号を利用して報告をしたことで、警察がすみやかに加害者を発見し、逮捕をする手がかりとなりました。のちにこの男性は4年と3カ月の実刑判決を受けています。

      さらなる報告やその法的手続きの最中にあるために本記事で加害者の名前は伏せますが、犯人はジェン以外にも同じ路線で4人の女性に性的暴力をしたことがわかっています。

      被害者はみな10代後半~20代だったそう。そのうちの一人は、被害を受けたあと、加害者の写真を撮っていました。当時18歳だった被害者は40分という長い間、この男性に、指を性器に入れられるなどの性的暴力を受けていたと言います。別の被害者は、この男がジェンの件で実際に逮捕される瞬間を目撃したそうです。

      これらの被害者の証言をまとめていくと、加害者は1人でいる女性を狙い、公然の場で繰り返し犯行に及ぶという全容が見えてきました。

      「一つの報告の場合は独立した事件ですが、複数の報告が入ると全体図が見えてきます。この件で4人の被害者は詳細な情報を提供してくれたので、これが1人の加害者による複数回の犯行であることがわかり、発見することができました」(調査担当 マーク・ルーカー刑事)

      「パズルのひとかけらを持っているのはあなた」

      イギリス運輸警察は、意識向上のためのキャンペーンとして新たに「パズルのひとかけらをもっているのはあなた(The final piece of the puzzle)」を展開しました。このキャンペーンは、被害者と目撃者に通報を促すことを目的としています。

      「#61016」は毎日24時間常に監視され、番号宛てには2万件もの問い合わせが毎月届きます。これは、イギリス運輸警察全体にかかる約一万件の倍。 チャット1件につき2、3分で対処がなされ、電話の場合は10分ほどになるとのこと。被害者が声を出さずに済んで、加害者に気づかれないようにする通報の手段としてチャットが存在しています。

      通報をするということは、犯罪をなくすとためには不可欠な行為です。本来、被害者は匿名でいることを選択できますが、ジェンはほかの女性も声を上げることができるようになればという想いから、名前を明かして語ってくれました。

      イギリスで高まる警察への不信感

      イギリスでは2021年に、33歳の女性サラ・エヴァラードさんが、ロンドン警視庁の現職警官ウェイン・カズンズに誘拐され殺害されました。2023年にはロンドン警視庁のデイヴィッド・キャリック警官が、繰り返しレイプを行っていたことがわかり実刑判決を受けています。

      2023年に発表された、第三者機関による調査をまとめた、363ページに及ぶケイシー報告書は、イギリスの警察は「組織的な人種差別、女性差別、同性愛差別がある」と結論付けています。

      調査会社YouGovによる、イングランドとウェールズに住む1051人の女性を対象とした調査では、39%が女性や女子への暴力などに関して警察を全く信用していない、もしくは少ししか信用していないと答えました。

      女性に対する暴力撲滅を目的とした団体「End Violence Against Women Coalition (EVAW)」のデニス・ウーウル副所長は、警察の組織的な問題から、イギリス運輸警察のキャンペーンに賛同することに躊躇してしまうと言います。

      「警察の反応や対応が不十分でないことから、報告しない女性は多いです。女性への暴力はあまりに一般的で深刻視されていないことが原因です。このような性暴力の解決を女性に任せるのは違うと思います。報告し、さらなる被害にあうこともあるからです」
      「焦点は、加害者と周りの人々だと思います。被害を広げないように、問題の根本にアプローチするべきです」

      電車を性犯罪のない空間に

      ももに置かれた手、体を当ててくる人。見知らぬ人からの冷たい目線。残念ながら、女性として生きる上で、耐えてきたことはたくさんあります。でも通報をするには、まず警察が信頼できる組織でないといけません。

      イギリス運輸警察の臨時副警察署長であるポール・ファーネルさんは、鉄道を性犯罪フリーな空間にしたいと考えます。性暴力を許さないという意識が高まったことで、これまで「被害者を非難すること」の問題も明るみに出てきました。

      「夜の小道を一人で歩いていたから」「酔ってたから」「露出が多かったから」…こういった言葉は、性犯罪を語る際に被害者に落ち度を押し付ける言葉として典型的に語られています。

      「女性(被害者)が何か行動を変える必要はありません。変えるべきなのは男の子・男性(加害者)なのです」とファーネルさんは言います。女性(被害者)が変えるべきなのは、“閾値(痛みに対する耐性)”だと考えているのだそう。

      つまり、今まで「しょうがない」と我慢する耐性や癖がついてしまっていたことを見直すべきところからはじめることをファーネル臨時副警察署長は提案しました。

      EVAWの意見や、多くの女性がもつ不信感も念頭にいれて筆者はインタビューを行いました。しかし、どうしても全ての責任を女性(被害者)に押し付けてしまっているように感じざるを得ません。電車での痴漢を含む性暴力は、社会全体が女性蔑視(ミソジニー)・女性差別を容認しているから起こるもの。それでも本人の通報がないと、逮捕には至らないということなのです。

      明るい昼間、多くの乗客もいても起きる性犯罪

      2023年12月、7:45に(ロンドンの地下鉄)ピカデリー線で、意識不明の20歳女性をレイプした男性がいるというニュースが流れました。37歳のライアン・ジョンストンは、9年の実刑判決を受けています。

      ファーネル臨時副警察署長に「公共交通で、女性は安全なのでしょうか? 」と聞くと、彼は「とても安全です」と答えます。しかし、本当にそうなのか疑問です。

      イギリス運輸警察と鉄道の運営側もさまざまな取り組みをしているのは確かで、2024年には「協力の宣言」を発表していますが、未だ問題も残っています。警備員や監視カメラの不足、そして(イギリスの地下鉄などでは)通話やインターネットの電波がほとんど届かないことなど。

      そしてピカデリー線で起きたこの事件で、一番注目するべきなのは、多くの乗客の前で起きたということです。しかしたくさんいた乗客の中から、目撃者として証言のために法廷に出たのはたった一人。

      その人は11歳の息子と旅をしていたフランス人男性で、ほかの人は現場で止めようともしませんでした。このような性犯罪が、明るい昼間に多くの乗客がいる場で起きています。どうやったら女性にとって「とても安全」だと言い切れるのでしょうか。

      イギリス運輸警察の調査によれば、性犯罪の被害者の51%はほかの乗客が助けようとしてくれたと答えています。しかし、実際に性犯罪を見た後に通報したのは5人に1人のみ。

      もし一般市民が性的な暴力を目撃した場合はどうしたら良いのか。スコットランド警察の元警部で、暴力防止プログラムと傍観者へのトレーニングを行うグラハム・ゴールデンさんはこう言います。

      「(ピカデリー線で起こったことに対して)なんで何もしないでいられるんだろう? なんでただそこに立っていられるたんだろう? と思いました。しかしこれを行動に変えるには、なぜ人々が“受け身”になってしまっているかを考えないといけません。行動を移す自信と、適切なツールを与える必要があります」
      「加害行為が明確で暴力的な場合は、声を上げる人が多いのは事実です。ロンドン橋で起きたテロ事件のときなどは、そうでした。しかし少しでも曖昧な場合、人々は躊躇してしまうのです」
      women travelling on train alone with police waitingpinterest
      British Transport Police hope to encourage witnesses and victims of sexual assault and harassment to come forward

      ケンブリッジからロンドンに向かう電車で被害を受けたジェンと2人の女性は、恐怖で動けなくなった上、とても孤独を感じたと言います。

      すぐに通報できた被害者もいれば、その勇気が出るまで少し時間がかかってしまった被害者も。もちろん通報することは、被害者を裁く上でとても重要なステップですが、被害者全員が必ずしもできることではありません。

      ジェンが勇気を振り絞って通報した件は、加害者の実刑判決が下されたことで“終わり”を迎えました。しかし、全員が同じように法的に報われるとは限りません。トラウマに苦しむ被害者もいます。

      通報できる・できないことにはさまざまな個人の理由があります。特に警察の組織自体に問題がある今、それだけしか方法がないというのは問題です。

      このチャットによって救われる女性を目の当たりにしたのは、励みになりました。まだまだ改善が必要ですが、女性の性被害への意識が高まり、認知され始めているというのは、エンパワリングだと感じます。


      もし痴漢の現場を目撃したら

      ゴールデンさんは、以下のようにアドバイスしています。

      • まずは一呼吸

      性暴力やハラスメントを目撃すると、コルチゾールやアドレナリンが分泌され、脳が「戦うか逃げるか」という偏った反応(闘争・逃走反応)を示してしまいます。

      感情が大きく揺さぶられるとストレスも大きく、賢明な判断ができません。まずは一歩下がって、一呼吸を。

      • 選択肢を考えよう

      助けるということは必ずしも、“物理的に介入”することではありません。第三者の存在自体が、大きな意味をもつことも。被害者だと思われる人に声をかけることもその一例です。

      「何が起きているかを聞くことで、今起きていることを止めることができるかもしれません。周りの乗客に『何が起きているの』『今の見てた?』と声をかけることも有効です。加害者に対峙しないせずに助けになる方法もあります」
      • 記録しよう

      起こっていることをスマホで動画をとったり、記録することも有効です。

      「一般の人々にヒーロー的な介入をすることは求めていません。介入することで、その人自身が危険な目に遭うこともあるからです」

      もし日本で被害に遭ったら



      ※本記事は、Hearst Magazinesが所有するメディアの記事を翻訳したものです。元記事に関連する文化的背景や文脈を踏まえたうえで、補足を含む編集や構成の変更等を行う場合があります。
      Translation: 佐立武士
      COSMOPOLITAN UK