相手が自認するジェンダーとは異なる表現をつかって相手と接することを指す「ミスジェンダリング」。

性科学(セクソロジー)やジェンダー研究を専門とする、大阪府立大学の東 優子教授によると、ミスジェンダリングは、無意識にしてしまう場合も多いですが、トランスジェンダーの方たちの性自認を否定して傷つける道具にもなり得ることが問題視され、注目されるようになった言葉だとのこと。

今回は、ミスジェンダリングが問題視される理由や、普段のコミュニケーションで気をつけるべきことなどを東さんに詳しく解説していただきました。

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ミスジェンダリングとは

ミスジェンダリングとは、意図的か無意識かに関わらず、ある個人を指したり表現したり、その人と接したりする際に、その人自身が自認するジェンダーとは異なる言葉を使うことを指します

ミスジェンダリングの例

  • 名前や容姿を手掛かりに、ある個人を男性と思い込み「彼」と呼ぶ(あるいは、女性と思い込んで「彼女」と呼ぶ)こと。
  • トランスジェンダー女性を「彼」と呼び、男性として扱うこと。またその逆で、トランスジェンダー男性を「彼女」と呼び、女性として扱うこと。
  • ノンバイナリーの人に、「彼」や「彼女」など、男女どちらかの性別に紐づけられた言葉を使用すること。

※ノンバイナリーとは、性自認や性表現について、“男女”という二つの枠組みに当てはまらないことを指します。

ミスジェンダリングが問題視される理由

ミスジェンダリングは、無意識に“つい”、“うっかり”起こってしまう場合があります。しかし、行為者に悪意があるかどうかとは関係なく、人を傷つける可能性があるものです。

人によって感じ方の個人差はあるものの、とくにトランスジェンダーやノンバイナリーの人々にとっては、自身のアイデンティティーが否定されたように感じられるなど、深刻な精神的苦痛を引き起こす原因になりえます。無意識の「うっかりミス」も、それを繰り返さないようにすることが大切です。

さらにミスジェンダリングが最も問題となるのは、ミスジェンダリングがハラスメントの1つとして行われる場合。相手が嫌がる可能性がある、一度相手から指摘を受けたことがあるにもかかわらず、“意図的に”相手の性自認とは異なる代名詞を使用したり、男性性・女性性を強調した言葉で接する場合が、これに当てはまります。

「『相手はこういうふうに言われたら嫌だろうな』とわかっているのに意図的に『彼』や『彼女』という言葉を使い続けるのは、嫌がらせであり、明らかな攻撃です。このように、嫌がらせやハラスメントの道具として、“ミスジェンダリング”が使われる場合が、一番の問題だと思います」
a woman wearing cowboy boots casts a long shadow on the ground
Catherine Falls Commercial//Getty Images

また、こういった話題を取り上げるときに見られる、「ネガティブな反応」も問題視すべきとのこと。東さんは、性的マイノリティにまつわる問題については「当事者がどのような場面で傷つくのか」「何に悩んでいるのか」とマジョリティ側が想像する力をもとうとすることが重要だと強調します。

「『マイクロ・アグレッション(微細な攻撃)』という言葉があるように、日常生活には、些細に思えることでも、当事者に大きなインパクトを与える出来事がたくさんあります」
「『そんなことまで問題だと言われるの?』『差別だと言われるの?』ではなく、傷つけるつもりはない、という気持ちを大事に、まずは知ることから始めましょう。うっかりミスをしてしまうことがあっても、その間違いを繰り返さないようにすることが大切です」

ミスジェンダリングをしてしまったら

意図して発言をしていなかったとしても、初対面など、相手のことをあまり知らない場合、会話のなかで無意識に相手を傷つけてしまうこともあるかもしれません。もしミスジェンダリングをしてしまったときは、どのようにすべきなのでしょうか?

東さんは「ミスジェンダリングは日常的に、LGBTQ+コミュニティ内でさえ起こりえるものです。ミスは誰でもするものですが、それを繰り返さないようにすることが大事」と話します。

ただ、ミスすることを過剰に恐れる必要はなく、日頃の対話を大切にすること、そして一人ひとりが性的マイノリティの方たちが直面している様々な問題や、ミスジェンダリングによって深く傷つけられる場合がある、と知ることが大切なのだそう。

「ミスジェンダリングをしてしまうことは日常的にあります。重要なのはミスを繰り返さないことです。相手を傷つけてしまったら、謝ること。誰も傷つけるつもりはない、という気持ちを行動に反映させることを心に留めておきましょう」
office workmates socializing with drinks in office
Hinterhaus Productions//Getty Images

ミスジェンダリングを見かけたら

東さんは、性的マイノリティの人々を取り巻くミスジェンダリングのような問題は、個人と個人の関係性だけの問題ではなく、“社会全体の問題”として捉えるべきだと考えています。

「インクルーシブな社会をつくるというのは、必然的に日常風景が変わることを意味します。みんなが『ミスジェンダリングによって深く傷つく人がいる』と認識していれば、他者の性自認について、勝手に自己判断しないように努める人や、これまでの言葉遣いを変えてみる人などが増えるはずです」

「また、ミスジェンダリングによって傷つけられた人自身が、それについて指摘したり声を上げたりするのは難しいことが多いです。だからこそ、性自認とは異なる不当な扱い(それが直接的であれ、間接的であれ)を見かけたら、一人ひとりが問題を指摘する、声を上げる、立ち上がる、ということが大事になってきます」

ミスジェンダリングに関する注意点

東さんによると「ミスジェンダリングをなくそう」という思いから出た言動が、アウティング(他人の性のあり方を本人の同意なく第三者に暴露する行為)になってしまう恐れもあるそう。特に、以下のような会話に注意が必要です。

アウティングになってしまう例

登場人物:Aさん(Cさん自身からトランスジェンダーだと明かされている)、Bさん(Cさんがトランスジェンダーだとは知らない)、Cさん(トランスジェンダー当事者)

AさんとBさんで会話をしていた際に、その場にいないCさんの話になったとします。Bさんが「彼(Cさん)はね――」と話していると、Aさんが「Cさんは『彼女』って呼ばれたいんだよ」と良かれと思って発言しました。

この場合、自分のいない場で自分のジェンダーアイデンティティが周知されることを、明らかにCさん本人が望んでいるのであれば問題はありませんが、本人の意図を確認せずに「『彼』じゃなくて『彼女』だよ」と第3者に伝えることはアウティングに当たります。

このように、ミスジェンダリングをしないようにと、良かれと思って相手に伝えたことが、アウティングという重大な問題を引き起こしてしまう場合もあります。一人ひとりの性自認は、大切な個人情報です。誰に何をどこまで伝えて良いのか、同意の確認を含めて、普段のコミュニケーションを大切にすることが重要です。

two men sat, talking, looking at view
Tim Robberts//Getty Images

世界の動き

東さんは、「性自認のありかたは、従来考えられてきたよりもはるかに多様である」と言います。

「『トランス』という言葉には、“超える”という意味があるため、AからBに、垣根をこえるというような性別二元論(人間の性を女性と男性の2つのみで定義する社会規範)のイメージをもつ方もいると思います」
「でも、性自認のありようは、従来考えられてきたよりもはるかに多様で、歴史的にも、世界各地で「第3の性」と認識されるような存在が散見されます。そうした事実を含め、ノンバイナリーな方たちやジェンダー・フルイドを自認する方など、多様な人たちがいることを踏まえて、世界トランスジェンダー・ヘルス専門家協会(WPATH)では『TGD(Transgender and gender diverse)』という言葉を使って、『TGDピープル』『TGDコミュニティ』などといった表現をするようになっています」

そしてWPATHでは、『スタンダード・オブ・ケア』というケア基準のガイドラインを作っており、その最新版SOC-8では、「トランスジェンダーの人々」という従来の表記を「TGD(transgender and gender diverse)の人々」という言葉に置き換えたとのこと。

また近年では、自身の人称代名詞をメールの署名欄や、SNSのプロフィール欄に記載できるようになっており、バイナリーな代名詞である「he/him」「she/her」だけでなく、ジェンダーニュートラルな表現として、「they/them」を使っている人も増えています。

また、米国では大学の申込書などの書類に、「名前」欄のほかに、「呼ばれたい名前(preferred name)」や「呼ばれたい人称代名詞(preferred pronoun)」を書き込める欄が設けられていることもあるそう。

「最近は、名前の下に『he/ him』や『she/ her』と書いてある名刺やメールを見ることが増えました。“書かなけれなばならない”となると、カミングアウトの強要になってしまいますが、名前や身分証明書に記載された性別がどうであるかに関わらず、『どう呼ばれたいか』『人称代名詞はhe、she、theyのどれを使いたいか』は人によって様々なので、それを前提とした姿勢が組織のなかにあるのは、とても良いことだと思います」

誰かのジェンダーを勝手に想定しないために

異性愛を前提とした、「彼氏/彼女」といった言葉が使われる場面に出くわすことも多いはず。けれど、同性カップルであったり、相手がノンバイナリーの場合もあります。東さんは、自身が教える大学のゼミ内での体験談を話してくれました。

「私が受けもっていたゼミで、開始時間に遅れて来た女子学生が2人いて、そのうちの1人が『先生、この子最近恋人できてラブラブやねん。卒論のこと全然やってへんで』と言いながら研究室に入ってきました。すると研究室にいた他の学生が、『彼ってどんな人なん?教えて』と言ったんですね」

「これって、ありふれた日常風景だと思いますが、そのとき私は『いや、“彼”って言ってないし。“恋人”って言ったやんな』と言いました。関西でいう“ツッコミ”ですね。異性愛前提で、“女子の恋人=彼”と勝手に思いこんでしまったわけだと思いますが、そうした会話、これまでの“あたりまえ”にツッコミが入ることからでも、社会は少しずつ変わっていけると思っています」

girl's hand in rainbow light beam in bubble bath
Jamie Grill//Getty Images

その後お話を聞くと、どうやらこの学生の恋人は実際に「彼」だったそう。そして「それでいいのだ」と東さんは言います。このように、多くの人に根付いた考え方を変えていくような、さりげない会話が増えることが、誰もが「心地いい」と感じられる社会を築くために大切なことです。

またミスジェンダリングに限らず、「旦那さん/奥さん」が「夫/妻」へ、「夫/妻」が「パートナー」や「配偶者」「連れ合い」などというジェンダーニュートラルな言葉へと変わり、時代による様々な言葉の変化も見られます。

最後に

東さんに、今の社会に対する想いやこれからの社会に対する希望についてお話していただきました。

「みんなが『ミスジェンダリングされることや、ジェンダーバイナリーな表現をされることで傷つく人がいる』という“想像力”をもてるように、普段から研修をしたり会話でツッコミを入れたりする人たちが増えていってほしいです」
「カミングアウトしていない人を含めて、どんなときもその場に当事者がいるという前提で『今の発言、傷つく人もいそうだよね』などの軽い会話でもいいから、どんどんツッコミを入れて、風通しを良くしていくこと、そしてこれまでの“あたりまえ”を変えていくことが、インクルーシブな社会をつくることだと思います」

東 優子教授

東さん
東優子
早稲田大学教育学部(英語英文科)卒。ハワイ大学大学院修士課程(ソーシャルワーク学専攻)、お茶の水女子大学大学院博士課程(人間発達学)修了。(財)エイズ予防財団リサーチレジデント及び(財)日本性教育協会・特別研究員を経て、2000年よりノートルダム清心女子大学助教授、2005年より大阪府立大学。アジア太平洋性科学連合役員、GID(性同一性障害)学会理事、(財)日本児童教育振興財団・日本性教育協会(JASE)運営委員会副委員など。近著(すべて共著)として、Female Genital Mutilation/Cutting: Global Zero Tolerance Policy and Diverse Responses from African and Asian Local Communities (Springer, 2023),『グローバル・ディスコースと女性の身体―アフリカの女性器切除とローカル社会の多様性』(晃洋書房 2021)、『トランスジェンダーと職場環境 ハンドブック だれもが働きやすい職場づくり』(日本能率協会 2018)など。