悩みが尽きない学生時代、思いを汲み取ってくれる友達や大人と出会うことで、「ありのままの自分でいいんだ」と安心感を覚えた経験はありませんか?

そんな支援の輪を教育を通して広げ、セクシャルマイノリティを含む、全ての子どもが過ごしやすい学校作りに貢献しているのが、多様な性にまつわる教材キット「Ally Teacher’s Tool Kit(アライ・ティーチャーズ・ツール・キット)」。

このキットには、先生など子どもにとっての身近な大人が、LGBTQ+の人たちをサポートする「アライ」となり、多様な性についての正しい知識を子どもたちに伝えるためのツールが詰め込まれています。

そこで今回は、「Ally Teacher’s Tool Kit」の制作を手掛けた認定NPO法人ReBitの小川奈津己さんにインタビュー。誕生のきっかけや教育現場での課題、「多様性・包括性」に関する教育が“当たり前”になる社会に向けた取り組みについて伺いました。

――「Ally Teacher’s Tool Kit」が生まれたきっかけを教えてください。

もともとReBitは、「LGBTQ+を含む、全ての子どもが、ありのままで大人になれる社会」を目指して、多様な性に関する出張授業を行っていました。ただ、全国の学校を回りきるには人手が足りなかったうえに、私たちのような外部の講師は子どもたちと“その日限り”になってしまうことなどが課題になっていたんです。

そういった問題を解消する方法として誕生したのが、多様な性についての情報を発信できる教材キット「Ally Teacher’s Tool Kit」。第一弾は中学生向け、第二弾は小学校高学年向けに制作し、第三弾として教職員研修用のeラーニング教材も公開しました。毎日子どもたちと顔を合わせる先生だからこそ、「アライ先生」として一番の理解者になってほしいという願いを込めました。

――キットを作成するうえで、特に意識した点を教えてください。

その名の通り、まさに“お道具箱”のような存在を意識して作りました。このツールを使いさえすれば、ワンストップで性の多様性について知り、子どもたちに伝えることができるようにしたかったんです。

先生たちに深い理解が求められている一方、ほとんどの教職員からは「自分自身の知識不足で、教材だけ配られてもどう扱ったらいいのかわからない」「相談をしてくれる子どもがいたとき、適切な対応が取れる自信がない」という声が上がっていました。

そこでまずは先生が多様な性について知るためのハンドブックを読んでもらい、私たちが作った指導案に沿って進めさえすれば、一コマの授業として成り立つという雛形を提案しました。

もともとツールキットという発想自体は、アメリカの既存のものを参考にしています。とはいえ、ダイバーシティ&インクルージョンに関する視点は日本とアメリカでは大きく異なるので、私たちがこれまでの出張授業を通して得た経験を基にアレンジし、現役の先生たちと意見交換するというプロセスを何周にもわたって行い、完成しました。

――先生や生徒からの反応で、特に印象的だったものがあれば教えてください。

先生や子どもたちからの反応のなかで印象的だったのが、多様な性にとどまらない、「多様性」に関する感想が多かったことですね。

たとえば、「自分らしさを大切にしようと思った」「人それぞれ“普通”は違うことがわかった」などといったコメント。お互いが違いを認め合い理解し合うという、人権意識が高まったことを私たちも実感しました。

またキットを使った授業をした結果、差別的な言葉を発する生徒がぴたりといなくなったという報告も受けています。

lgbtq を含む、全ての学生が過ごしやすい学校作りに向けた教材キット「ally teacher’s tool kit」の制作を手掛けたnpo法人rebitにインタビュー。誕生のきっかけや教育現場での課題、「多様性・包括性」についての教育が“当たり前”になる社会に向けた取り組みについて伺いました。
ReBit

――日本の多様な性に関する教育で、課題に感じることはありますか?

日本の学校教育の中では、どの学年で、どういった教科で多様な性について取り上げるのか、というガイドラインがないんです。

そのため大学の教員養成課程の中でも、多様な性について学ぶ機会がなかったり、必修科目ではないことから、先生によって理解度に差があったり…とばらつきが出てしまいます。先生に十分な知識がない状態で授業が行われているかもしれないとも危惧していました。

また、多様性、包括性に関する授業をするうえで、先生側のアンコンシャスバイアス(無自覚の偏見や固定観念)やマイクロアグレッション(無意識の差別的な言動)は大きな課題だと思います。日常的に「ちゃん」「君」付けをすることなどが例に挙げられますね。

このようなマイクロアグレッションが起きてしまう背景には、LGBTQ+の人たちの存在がなかなか可視化されていなかったり、認知されていなかったりすることが関係していると考えています。まずは先生が多様な性の存在を認知し、アンコンシャスバイアスを自覚することが必要なのではないでしょうか。

Ally Teacher’s Tool Kitに、授業の中でそのようなことが発生しないよう、予防するための指導案や指導の手引き、想定される生徒からの質問への対応なども組み込まれています。

これはxの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

――学校のあるエリアや先生の年齢などによって、多様な性に対する意識の差はあると感じますか?

どのような情報にどれだけ触れてきたのかが人の意識形成に繋がると考えています。LGBTQ+コミュニティが可視化されやすい地域と、そうでない地域では、差があると言えるのかもしれません。

ただ、先生という立場においては様々な研修の機会があり、初任者研修、中堅教諭等資質向上研修、教頭会、校長会など、どの年代にもアプローチしやすい環境が比較的整っています。さらに、先生たちの中には人権教育や保健の担当など、役職ごとに年に3〜4回研修がある場合もあり、そうした機会を通じて多様な性に関する情報も届きつつある印象です。

またAlly Teacher’s Tool Kitの特徴として、場所を問わず誰もが気軽に学べるという利点があるので、離島の学校や海外の日本人学校など、これまで出張授業で行けなかったエリアの方たちにも利用していただいています。

そのほか行政のサポートも心強く、教育委員会が管轄内の学校にAlly Teacher’s Tool Kitを推奨してくださったり、都道府県が学校にキットを届けてくれたり、一人の強い想いが輪になって広がり、変化に繋がるのだと実感しています。

――この授業をきっかけに、日常的な意識を変えていくことが先生・子ども、共に必要ですね。

「多様な性」にとどまらず、「多様性」について包括的になることが必要ですよね。LGBTQ+当事者ではない人にとっても、「自分も多様な中の一人」であることを認識し、他人事ではなく自分事として受け止め、尊重できる生き方を意識することが大切だと思います。

先生たちや保護者の方々も、「知る」だけで終わらせず、次の一歩として、これまでの言動や学校の仕組みの中で変えられるものを改めて振り返り、より包括的な解決策を出していくのがいいのではないでしょうか。

――日本で「多様性・包括性」についての教育が“当たり前”になるために必要なことはありますか?

皆が公平に、そして安心・安全に有意義な生活を送るための配慮が、ダイバーシティ&インクルージョンにつながると思います。

学校を例に挙げると、学習障害があり、文字の読み書きが難しい子どもにタブレットの使用を認めるように、制服がハードルになって学校へ通いにくいのであれば、その障壁を取り除く。これは“誰か”のためではなく、皆が心地よく過ごせるための配慮なんだという意識や議論の場が増えていけば、結果的に文化の浸透にも繋がっていくのかなと。

また、教育と社会は連動しているため、学校の中だけにとどまらず、社会全体でダイバーシティ&インクルージョンを推進する必要があると思います。「あなたのままで大丈夫、あなたのままで大人になれるよ」と伝えるためにも、ありのままの自分で働ける環境が整っていないと意味がないと思うので、これまでは学校での授業という限定的な支援でしたが、社会の中でもボーダーレスにサポートできるよう、現在は働く支援を行っています。

今後も、学校現場で何が必要で、社会で何が足りていないのか、サポートが必要な部分を私たちが見極めつつ、支援してくださる方と一緒に届けることを続けていきたいです。


小川 奈津己さん(認定NPO法人ReBit・教育事業部)

lgbtq を含む、全ての学生が過ごしやすい学校作りに向けた教材キット「ally teacher’s tool kit」の制作を手掛けたnpo法人rebitにインタビュー。誕生のきっかけや教育現場での課題、「多様性・包括性」についての教育が“当たり前”になる社会に向けた取り組みについて伺いました。
ReBit
認定特定非営利活動法人ReBit教育事業部スーパーバイザー。元・中高教諭。現在は多様な性に関する出張授業・研修・教材開発等を担当するかたわら、大学でジェンダー・セクシュアリティに関連する課題を抱える学生の支援をおこなう。共著に『改訂新版LGBTってなんだろう?自認する性・からだの性・好きになる性・表現する性』(合同出版)がある。トランスジェンダー男性・ゲイ。

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