既成概念と我慢が大嫌い、若者を魅了した憧れのアイドル

18歳で発表した処女小説『悲しみよ こんにちは』で、"早熟の天才少女作家"として一躍フランスのスターになったフランソワーズ・サガン。ご存じない方に物語の内容をちょっと説明すると、南仏を舞台に、まるで恋人同士のように享楽的に日々を送るブルジョワ父娘のお話です。あらゆる快楽に身を任せ罪悪感を微塵も覚えない十代のヒロインは、いまでこそいくらでもいますが、まだ戦後間もない1950年代にはものすごく衝撃的でした。そしてさらに世の中が驚いたのは、著者のサガンがそのまんまのぶっ飛んだ少女だったことです。

「(自分の趣味に合うものは)スピード、海、真夜中、輝くすべてのもの、黒いすべてのもの、堕落させ、だからこそ自分を発見させてくれるすべてのもの。なぜかというと、自分の中にあるもっとも極端なものや、自分の矛盾、趣味や嫌悪や怒りとつかみ合いをすることによってのみ、人生がどういうものか、ほんの少し、ほんの少しですが理解できる、というのが私の確固とした意見だからです」

飾らないファッションに身を包み、自分の金で買ったスポーツカーをかっ飛ばし、毎夜のようにサン・ジェルマン・デ・プレに繰り出しては仲間と飲み明かし、バカンスは南フランスの別荘で過ごし、パリのあらゆるパーティに招待されセレブリティとも顔なじみで、ベッドから起きだすのはお昼過ぎ。『SATC』のキャリー・ブラッドショーじゃないですが、そのライフスタイルは若者たちの憧れとなり、時代の寵児、アイドルとして祭り上げられてゆきます。

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24歳頃のサガン。自著『ブラームスはお好き』のサイン会にて。

時速200kmで突っ走り、全財産を周囲にバラまく

とはいえもし私がサガンの友達だったら、「マジでそれ、やめたほうがいいってば」と言うに違いない、破滅的な二大悪癖があります。ひとつは「スピード狂」。誰もが「二度と乗りたくない」とのたまうサガンの運転について、親友のフロランス・マルローはこんな風に言っています。

「チャンピオン・レーサーみたいに夜のパリを時速200キロで飛ばすの。怖かった。ううん、彼女が子どもを跳ね飛ばしたり、誰かをひき殺すんじゃないかと怖かったの」

無違反はもとより、これで無事故だったら奇跡です。

その大事故は、彼女が作家デビューしてから3年目の21歳の時のこと。別荘に向かう友達の車と並走し「遅せーな!」とからかわれた彼女は、当時の最新型アストンマーチン(のちに007の愛車になるバリバリのスポーツカー)のアクセルをベタ踏み。カーブを曲がりそこねた車は、同乗者(いたのにこの運転…)全員を投げ出し、彼女を下敷きにして大破します。

奇跡的に一命はとりとめた彼女が、引き換えに背負い込んだのが薬物依存。お嬢様育ちで我慢をしたことのないサガンは、痛み止めの処方薬を皮切りに、どんどん強い薬を求めてドラッグにハマってゆきます。

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1971年撮影。

さてもうひとつの悪癖は「浪費癖」。実はサガン、ギャンブル狂でもあるのですが、フランスのカジノで「出禁」になったくらい強いんですね。'60年にはヴァカンスで行ったドゥーヴィルのカジノで大勝ちし、そのお金で借りていた屋敷をそのまま現金買い取り! なーんてすごいこともしています。でも賭け事の魅力は「破産するかもと思うと、妙にロマンチックになる」ところ。お金目当てじゃないし、最悪負けても構わない。つまるところ彼女は、金やモノの「所有」に、ぜんぜん興味がないんですね。

家には無一文の友達が寝泊まりし、一緒に飲み食いバカンスすれば金は全部サガン持ち。誰かが彼女の家で「これ素敵ね」と言えば、翌日にはそれがその人のもとに届けられるのも日常茶飯事。誰かが「お金に困ってる」と言えば、友達はいわずもがな、ファンレター送ってきた見知らぬ主婦とか、道端にいたホームレスとかにまで、バンバン小切手を切っちゃう。

そもそもがお嬢様育ちな上にこの性格、さらに10代で巨大な成功を収めた世間知らずなわけですから、利用する「悪い友人」、さらには「すっごく悪い友人」が近づいてこないわけがありません。

もはや貯蓄は底をつき、麻薬依存が原因の奇行、逮捕、入退院を繰り返し、さらに彼女の保護者だった数人の近しい人がバタバタっと亡くなった90年代後半。そうした「すっごく悪い友人」にそそのかされたサガンは、政府の石油利権をめぐるいかがわしい儲け話に乗っかって全財産を失い、さらに手にしてもいない金に対する脱税容疑で有罪になってしまいます。絡めとられてゆくその過程で、心ある真の友人たちは「すっごい悪い友人」と手を切るよう何度も彼女をいさめました。そんなときの彼女の答えはこうです。

「お金のことで縁を切るなんてできないわ」

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2000年に撮影された晩年のサガン。その後2004年に、69歳でこの世を去った。

人を信用しないより、自分が騙されたほうがいい

インタビュー集『愛という名の孤独』の中で、「あなたは友達に忠実だったとしても、友達がどんな時もあなたに忠実だったといえるか?」と問われたサガンは、こう答えています。

「あとになって、いささか卑怯な人だと分かった人が、友達の中にも、単なる知人の中にも、あるいは普段のお付き合いの人の中にもいました。(中略)でも、(そういう人のことは)すぐに忘れてしまいます。あら? と何となく驚きはしますが、(中略)なかなか便利なことです」

さらにこんなことも。

「人を信用しないよりは自分が騙された方がいい、それは確か」

"おフランスな素敵アイコン"として語られることの多いサガン、その一生は実のところ「しくじり人生」そのものです。でもサガンがスゴいのは、「幸福であるために」そうした経験を「ま、仕方ない」と軽く受け流し、そこから学んでズルくなることも、傷ついて恨むこともないこと。

その粘着とは無縁の軽さ――軽薄、軽妙、軽率、そのすべてを含んだ――が、しくじりまくった彼女をして、フランスらしいエレガンスの象徴にしているのかもしれません。

「頭が良くて失望しているよりは、バカで感激しているほうが好ましいと思いますね」


(参考文献)

『サガン 疾走する生』 マリー・ドミニク・ルリエーヴル

『愛という名の孤独』 フランソワーズ・サガン

『愛と同じくらい孤独』 フランソワーズ・サガン

『私自身のための優しい回想』 フランソワーズ・サガン