英国のロイヤルウェディングが話題ですが、今回の「悪姫」連載で取り上げるのはエリザベス女王。といっても、ご結婚されたヘンリー王子のおばあちゃま、エリザベス2世ではなく、映画『エリザベス』で描かれたエリザベス1世です。

中世までのヨーロッパの国々は、それこそ『ゲーム・オブ・スローンズ』みたいに貴族同士が戦争によって王権争いをしていたわけですが、イギリスにおけるそうした最後の戦争が、15世紀に30年も続いた薔薇戦争(両家の徽章がバラだったため)です。この時の勝者がエリザベス1世(以下エリザベス)のチューダー家(ちなみ敗者は在位中のエリザベス2世のヨーク家)。在位は英王室屈指の44年という長さです。

まずはそのエリザベスがどんな人だったか。女王になったばかりの頃(25歳)の駐英スペイン大使だった人物が、前任者に愚痴ったこの言葉を引用してみましょう。

「閣下ならば、この女性がどんだけ手ごわい交渉相手かわかりますよね。彼女の体内には悪魔が十万も潜んでいるに違いありません。なのに口では、“修道女になり、一人きり部屋にこもって祈祷して暮らすのが夢”なんてことを、しょっちゅう言うんです(泣)。言ってること、すべて嘘だと思います!」(抄訳)

まあ嘘ってワケじゃないでしょうが、つまり口では貞淑で控えめに見えるけど、それは全然本音じゃない、中身は用意周到で慎重で計算ずく、みたいな感じでしょうか。それもそのはず。王位継承権のど真ん中にいる彼女の周りには、幼いころからそりゃもういくつもの陰謀が蠢いていたのです…!

イジワル姉の陰謀に鍛えられた、慎重でしぶとい性格

彼女の人生を語るうえで、避けては通れないのが宗教です。宗教はこの時代の行動規範の中心として欠かせないもので、彼女が信仰するのはキリスト教の新教(プロテスタント)である「英国国教会」。実はこれ、彼女の父・ヘンリー8世が、彼女の母と再婚するために作ったもの。ローマ教皇(カトリック)が前の王妃との離婚を認めてくれないので、「そんならええわ」とカトリックから飛び出しちゃったんですね。

イギリス国内ではここから「カトリックvsプロテスタント」の宗教対立が始まります。例えば。ヘンリー8世の3人の子ども――最初の妻の娘メアリー1世は(離婚前なので)「カトリック」ですが、エリザベスとその後に生まれたエドワード6世は「プロテスタント」です。父の後に王位を継いだエドワードは、「カトリックに戻ったらヤバイ」と、異母姉メアリー1世の王位継承権を剥奪しますが、すったもんだの末に結局はメアリー1世が女王に。彼女はカクテルの名前に残る「ブラディ・マリー(血まみれメアリー)」の異名通り、プロテスタントを虐殺しまくります。

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写真左:エドワード6世、写真右:メアリー1世

さらにこの異母姉は、父王に改宗までさせて、母と自分を潰しにかかったエリザベスの母(しかもメアリー母の侍女だった女!)をめちゃめちゃ憎み、隙あらばエリザベスを陥れようと狙い続けます。

エリザベスは、睨まれないよう睨まれないよう、表面的にカトリックに改宗して見せたり、宮廷から田舎に引っ込んでみたりするのですが、それでもついには「反乱に加担した」として、“入ったら二度と出られない”と言われるロンドン塔に幽閉されてしまうのです――が! 決定的な証拠は出ず、彼女は「お姉さま、私は今現在生きてる人間の中で最も誠実なお姉さまの下僕だし、命が続く限りずっとそうだって信じてほしい」と言い続け、塔からは2か月で生還します。

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現存するロンドン塔。監獄としても使用され、中には処刑された人も。

姉妹の間には憎しみ以外の感情はないのですが、それをもろにメラメラ表現するメアリー1世に対して、エリザベスはたとえ「敵」であっても事は構えない、言ってみれば「八方美人」。その性格が国民に魅力的に映ったのは、この直情型で高慢ちきな異母姉メアリー1世がいたからこそ、かもしれません。そして結局のところメアリー1世は世継ぎを残せず、国民からやんやの喝さいを受けながら、エリザベスは女王の座を手に入れます。

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ロンドン塔に幽閉されているエリザベス1世を描いた絵画。

「男性のみに適する仕事から解放してほしい」と思うなら、結婚すべき

今でこそ英国は世界の大国のひとつとして認知されていますが、当時はヨーロッパの片隅の弱小国。そのうえエリザベスは何の後ろ盾もない25歳の女の子ですから、周囲の大国の君主たちは「お嬢ちゃん、おっちゃんが助けたるで」てなこと言いながら近づき、英国王の座を狙って婚姻関係を迫ります。もちろん側近たちも「スペインのフィリペ国王とかバックにいたら、ナメられなくて済むんでは!?」てな具合で、もろ手を挙げて大賛成。かくて彼女の周りには、常に10人以上もの各国大使が「うちの王(王子)と結婚を!」とついて回る事態に。そんな時の彼女の反応はこんな感じ。

「結婚しないって決めてるわけじゃないんだけど…。神様ならご存じなのでしょうけれど、誰がいいのかと私に聞かれても…。やっぱり直接お顔を見てからでないと判断もできないし…」

30歳を目前に矢のように飛んでくる「結婚しろ攻撃」をかわす、現代のアラサー女子そのものですね~。これが現代なら「じゃあ直接会って」となるところですが、この時代のお見合いは「お見合い写真(=肖像画)」で済ますのが当たり前。プロポーズのためにドーバー海峡越えるとか危険すぎだし金かかりすぎ。そのうえ「ブサイクだからNO」とか言われた日には、王侯貴族にとってこれ以上の赤っ恥はありません。そういうことを承知のうえで、エリザベスははぐらかしているわけです。

理由は、これまた政治です。弱小国の女王が国際政治の中で何か行動するとき、「〇〇王の王妃候補」であれば周囲はおいそれと手出しにくい。だから「結婚話」は不可欠だし、多ければ多いほどいい。でも「結婚」してしまうと、これは意外と厄介です。16歳の頃には、彼女との結婚で権力奪取を目論んだ養父のせいで処刑されかかっていますし、スペイン王と結婚した彼女の姉は、無関係な戦争に巻き込まれた上に領土の一部を失っています。

さてここでこの時代の「女王」について書いた文章を引用してみましょう。

この時代に、統治者としての「近代女性」の現出をまじめに考えるものは一人もいなかった。それは単純に、誰もがエリザベスの結婚に期待したことを見てもわかる。(中略)エリザベスが夫に対して「男性のみに適する仕事から自分を解放してほしい」と思うなら、結婚すべきだ。(中略)女性統治者の道は、政治的無力さという理由から、結婚へと導かれた。そして結婚はそれ自体、女性が無力な状態である。(抄訳)

姉に疎外される日々をひたすら勉強に費やしたエリザベスは、ラテン語を始め、イタリア語、フランス語を流ちょうに、ドイツ語もまあまあ喋れた人。ほとんど自国語しか話さない外国大使と直接話し渡り合えた君主は、この時代には彼女くらいしかいなかったといいます。

そういう自負を持っていたであろう彼女が、自分にぴったりの仕事や生まれながらの地位を放棄し、男目線の“理想の女性像”を演じたいはずがない――わけですが、ここで「しようかな~、どうしようかな~」とふわっと気を持たせることで、それさえも権力維持に利用しているのが彼女のすごいところ。

かくて彼女の周囲には、適齢期のヨーロッパの王侯貴族の死屍累々。政治的に見てエリザベスには自分しかいないと信じ込み、すべての不都合に目をつぶってプロポーズした上で、「死んだ姉の夫だった人と結婚するわけないですよね」と断られたスペインのフェリペ国王。エリザベスの「最強カード」として、生かさず殺さずで5年もキープされ続けた神聖ローマ帝国のカール皇子。猛烈なプレゼント攻勢をかけ、直接求婚するために嵐の海で船隊を大破させたスウェーデンのエリック王子。

そして30歳になった時、ようやく彼女は側近たちにこう宣言します。

「私が自分の自然な思いに従って何かを選ぶか。それを明らかにするならば、“女王で結婚するより、乞食女で独身のほうがずっとマシ”」

この時の彼女が、宮廷内にイケメンの愛人をもっていたことを、最後に付け加えておきたいと思います。

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Aflo
ケイト・ブランシェット主演の映画『エリザベス:ゴールデン・エイジ』より。

(参考文献)

『エリザベス1世』 青木道彦

『エリザベス女王』 J.E.ニール

『女王エリザベス』 クリストファー・ヒバート