元日本代表で、アメリカの女子プロサッカーチーム「ワシントン・スピリット」に所属する横山久美選手は、今年6月19日にFTM(Female to Male:出生時の性が「女性」であるものの、「男性」のジェンダーアイデンティティを表現するトランスジェンダー)であることをカミングアウト。公表後、バイデン大統領がTwitterでメッセージを送ったことでも話題になりました。

現在は、恋人なみさんとYouTubeTikTokで日常生活やLGBTQ+について発信している横山選手。今回はカミングアウトへの考えや海外生活での気づき、ジェンダーとスポーツの関係などをインタビュー。横山選手が考える、日本社会での課題や今後のキャリアとは――。

――ご自身のジェンダーについて、意識し始めたきっかけを教えて下さい。

きっかけというきっかけはないのですが、小さい時から男の子と遊ぶことが多かったですね。サッカーも、小学生の頃は女子のチームがなかったので、中学校1年生まで男子チームの中でやらせてもらっていたんです。

そういうこともあり、「自分は女の子」という自覚がもともとなくて。女子チームでプレーするようになってから、いろんな人と会うようになって、トランスジェンダーという存在を知りました。

――YouTubeでカミングアウトをしようと思ったのはどんな想いからだったのでしょうか?

実は、日本にいた時は「絶対にカミングアウトしない」と自分の中で思っていたんです。でもアメリカに来て、いろんな選手がオープンにしてるのを見たり聞いたりして、素直にかっこいいなと思いましたし、うらやましいと感じることもありました。

その一方で、サッカーを辞めて日本に戻った後のことを考えた時には、公表に対してちょっと不安な気持ちもあったんです。

同じアメリカの女子リーグでプレーする、永里優季さんのYouTube動画でカミングアウトすると決めたのですが、優季さんからの後押しや、恋人のなみちゃんからも背中を押されたのも大きいですね。

――カミングアウトの必要性についてはどう思いますか?

自分の場合は立場的なこともありますが、カミングアウトしたことで様々な反響をいただきましたね。それもあって、自分の気持ち的にも楽になりました。

でも、カミングアウトが全てではないのかなと思うこともあります。自分がもしサッカー選手じゃなかったらカミングアウトはしてないだろうし、無理に全員がカミングアウトする必要はないのかなとは思います。

――「サッカー選手じゃなかったらカミングアウトしていない」と思うのはなぜでしょうか?

今の日本の状況的に、言ってもプラスにならないかな、と。カミングアウトせずに、性別を変えて男として生きていくとしても、周りも直接深堀りはしてこないと思います。隠して生きていけるというのはあるかもしれないですね。

――カミングアウト後、カップルでのYouTubeを始めてから、周りの反応はどうでしたか?

予想外なことにポジティブな言葉が多くて、たくさんの方々に応援していただいているのが伝わってきました。なみちゃんにも、FTMのパートナーがいる方からたくさんメッセージが来たみたいです。

発信していくことによっていろんな人に知ってもらえるようになりましたが、もともと一人でYouTubeを始める勇気はなくて。周りの友達にも、なみちゃんと二人でやったほうが絶対たくさんの人に見てもらえるよって言われていました。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
 thumnail
Watch onWatch on YouTube

二人で始めてよかったと思うのは、編集ですね(笑)。自分は機械が得意じゃなくて、編集も全然できないので、なみちゃんが担当してくれています。

お互いにゼロからのスタートだったけれど、思ったよりも多くの方に見てもらっているので「ちゃんとしなきゃ」と感じる部分もあります。

――背中を押してくれたなみさんから学んだことはありますか?

ずっとスポーツの世界にいるので、なみちゃんからは「社会の目」を教わりましたね。

今回のカミングアウトに至るまでも、サッカーをやめた後のことを考えたときに「やっぱり顔と名前が知られてるっていうのもあるし、そういう意味では普通には働けないよ。“アスリート”だけじゃなく、“FTM”という要素もあるから、日本で生きていくには色々と大変だと思う。隠してても気づかれることはあるんじゃないかな」と言われて。「それだったら隠している必要はないんじゃない」と背中を押してくれたのが印象に残っています。

――なみさんと付き合ってから自分が変わったと思うことはありますか?

二人とも30歳近いのですが、お互いにいろいろな経験をしてきたからこそ、今付き合っているんだと感じますね。

なみちゃんと付き合ってからは、周りに丸くなったって言われます。今まではツンツンして尖ってて、結構俺様気質だったんですけど、「なんか雰囲気から丸くなったよね」って。顔つきとかも変わったみたいです。

あとは初めて相手の親が受け入れてくれた、というか受け入れようとしてくれている…理解をしてくれているというのが自分の中で大きいです。

今までは恋人から「親の目があるから別れよう」と言われたこともありました。今回の交際では、すごく緊張したけれど初めて相手の家にも行ったり。今では個人的にも連絡をくれることもあるので、本当にありがたいです。

――チームメイトからは、どんな反応でしたか?

カミングアウトする動画が公開されたのが、アメリカではお昼だったんですよね。その時にチームメイトから即座に、HeがいいのかSheがいいのかTheyがいいのかと代名詞についての質問を受けましたし、たくさんの人が「おめでとう」と言ってくれました。

そのときは、何が「おめでとう」なのかよくわかっていなくて、そういう風に言ってもらって「なんかありがとう」という感じで(笑)。

そもそもこんなに反響があるなんて予想もしていなかったし、その上、バイデン大統領にツイートされて。すごい大ごとになっていて、「大丈夫かな」と思っていました。

instagramView full post on Instagram

――海外での学びのなかで、特に印象的だったのはどんなことでしょうか?

チームメイトが去年、女性のパートナーにプロポーズをしたのですが、そのときのことをチームのSNSでも祝福していたんです。日本だったらありえないことかもしれないけど、かっこいいなと思いましたね。

あとはカミングアウト前にドイツで知り合った日本人の方たちからは、自分がFTMであると感じていたみたいで「もうそんなの気にしなくていいんじゃない」と言ってくれたり。海外では広い視野を持ってる人にたくさん出会えました。

もちろん海外に出たからこそ日本の良さっていうのも感じたけれど、今まで見えなかったことが見えてきた気がします。

――FTMとして女性チームでプレーすることに悩んだそうですが、どんな葛藤がありましたか?

カミングアウトをするにあたり、一番言われるだろうなと思ってたのが「男だと思ってるのに、なんで女子サッカーの中でプレーしてるんだ」ということ。

それを聞かれても、正直自分でもわからないです。でも、少なからず女子サッカーでプレーしてなかったら、ここまで来られなかったとは思います。

――東京オリンピックでトランスジェンダーの選手が活躍する一方で、スポーツとジェンダーの関係が議論された印象があります。横山選手はどんな風に感じていますか?

自分は「スポーツで上に行く」ということ自体が、その人の相当な努力が必要だと思うので、単純にすごいな、と。

たとえば今回重量挙げで男性から女性に転向した選手も、今まで持ってた力が出せないなかで、自分の最大限のパワーを発揮するための努力をしたからこそ、オリンピックに出場できたと思うんです。

周りからのポジティブな言葉もネガティブな言葉も受け入れながらも、そこに立つってことはなかなかできないことじゃないでしょうか。

――日本では治療の費用が高額だったり、戸籍変更や結婚のハードルが高かったり、とまだまだ課題が多いと思います。これからの社会がどう変わってほしいと思いますか?

自分の場合は将来的に戸籍変更をしたいと思っているけれど、やはり同性婚が認められてないのは大きいですよね。たとえば同性カップルがアメリカで結婚したとしても、日本では結婚したことにはならないので。

あとFTMの人のなかには、必死にお金を貯めて手術して戸籍変更してる人も多いのが現状です。もう少し楽に性別変更ができれば、いろんな人がもっと自由に自分らしく生活できるんじゃないかなとは思ってます。

数年前から保険が使えるようにもなりましたが、適用範囲にも制限があるので恩恵を受けられない人もいます。何事もいろんなことを調べて自分でやっていかないといけないという状況ですね。

FTMの友人からは、戸籍変更の大変さについてもよく聞きます。しっかりと時間をかけて、自分だけじゃなくて社会全体が変わっていけたらいいですよね。

――サッカー選手を引退した後のキャリアは何か考えたりされていますか?

今までそういった経験もゼロなので、会社勤めをしてみたいですね。サッカー選手をやめたらサッカー界に残るという人も多いかもしれないけれど、自分は違った道を歩めたらいいなと考えています。

自分自身が人に教えるのが下手、というのもありますが、社会に揉まれる経験は必要かな、と。今までLGBTQ+に関わってない企業に勤められたら、その会社の発展にもなるだろうし、新たな色を塗っていきたいなと思ってます。

今のところはアメリカに残らず、日本に帰って還元できればと考えています。

ーー今後もSNSでの発信は続けていく予定ですか?

ネタがあるまで頑張ります。あとは二人とも海外にいることを活かして発信できればいいですね。YouTubeの動画を観て、いろんな人が海外にチャレンジしたいなって思ってもらったり、いろんなジェンダーの人がいるんだと知ってもらえたりしたらいいなと。

これからどこまでできるのかなっていうチャレンジでもありますし、自分たちも成長しつつ、周りに影響を与えられたらいいかなとは思っています。世の中いろんな人がいるよっていうことを広めながら、不可能を可能に変えることができたらいいですよね。


横山久美 選手

1993年8月13日生まれ、東京都多摩市出身の女子サッカー選手。現在はナショナル・ウーマンズ・サッカーリーグの「ワシントン・スピリット」に所属。元サッカー日本代表。ポジションはフォワード、ミッドフィルダー。

Instagram

YouTube

Twitter

TikTok