人類が初めて宇宙空間に飛び立ってから60年以上が過ぎ、月面に着陸してからも50年以上が経ちました。一方で、赤い惑星と呼ばれる火星には、人類はいまだ到達できていません。そんな中、「火星へのミッションには女性クルーが必要である」と提言する論文も。興味深いその理由について解説した記事をお届けします。

この翻訳は、2021年7月に配信された記事をもとにした抄訳です。


現在、「火星ミッションに女性クルーを選ぶことが論理的な選択肢である」という理論の検証が進められています。NASA がハワイに設置した宇宙探査アナログシミュレーション「HI-SEAS(Hawaii Space Exploration Analog and Simulation complex)」では、これまで火星探査機しか降り立ったことのない場所で、女性だけのクルーがどのように生活するかを検証するために、1カ月間のミッションシミュレーションが行われたことも。

HI-SEASの居住施設は、ハワイ島にあるマウナロア山脈の標高約2500メートル地点にあり、火星を彷彿とさせる岩と溶岩の上に建設された広さ約111平方メートルあるドーム型の建物。すでにNASAや民間の研究グループにより、4カ月から1年間の長期にわたるシミュレーションが何度も実施されているのだとか。

火星と地球との距離は7,528万キロメートル。ロケットでも約8カ月かかるため、飛行中や火星滞在中に必要なすべての資源をロケットに積みこまなくてはなりません。しかし、ロケットの打ち上げや長期のミッションにおいて「重さ」は重要な問題。資源や機器、乗組員が必要とするものだけでなく、実際のミッションには燃料供給も必須です。

火星行きのスペースシップは、たとえ片道飛行だけであっても大量の燃料を必要とします。そして計算上は「1キロの食料を積みこむと、1キロ分の燃料が積みこめない」ということになるのです。

hi seas mars women astronauts
HI-SEAS
女性だけで構成されたHI-SEAS火星探査シミュレーションのクルーたち(左から、ベス・ムンドさん、ミカエラ・ムシロバ博士、アマンダ・クヌートンさん、ブランディ・ヌニェス博士、リシェル・グリブルさん、チェルシー・ゴードさん)

一般的に女性は男性に比べて飲食量が少なく、体重も軽く、体積が小さく、酸素消費量も少ない傾向にあると言われています。よって、火星に足を踏み入れる最初のクルーが、女性だけで構成される可能性があるのだとか。

動力源とプロパルション(推進力)を専門とするNASAの科学者ジェフリー・ランディスさんは、ハーバード大学のアーカイブで公開されている研究論文に「一般的には、女性は男性よりも体重が軽く、体積が小さく、消耗品の使用量も(男性と比較して)少ない」と記述。こうして、火星探査における女性クルーの必要性を説いています。

しかし、火星探査に女性が適しているのは、身体的な特徴に限らないと言います。火星への飛行中は、せまい空間(スペースシャトルの中)に閉じ込められた環境で、何カ月も過ごさなくてはなりません。

ランディスさんは女性のコミュニケーション力について触れ、「社会学的な研究によると、女性クルーは対人関係においてより好ましい形でのダイナミズムを持ち、人間関係にまつわる問題を解決し、対立しないアプローチを選択する可能性がある」と推測しています。

最新のシミュレーションを指揮したHI-SEASミッションズのディレクターであるミカエラ・ムシロヴァ博士は、「このようなミッションでは、見知らぬ者同士が家族のようになる過程を観察できます」と説明。極限環境での生命を研究する宇宙生物学者である彼女は、これまでに30回もの探査シミュレーションを担当してきたそう。

「女性だけのミッションと男性だけのミッションを比較し、効率性について違いはありませんでした。しかし、女性だけのクルーの場合、クルー同士の絆がより深まったと感じました。彼女たちは私が指揮した男女混合のクルーよりも、より早く団結し、気持ちを共有することができました。一般的には、男性だけで構成されたクルーは、直接的な問題解決を重視し“より実践的”になりがちです」

最新のHI-SEASシミュレーションでは、ムシロヴァ博士をはじめ、さまざまな経歴や職業を持つ6人の女性が「アナログ宇宙飛行士」として集められました。

「多才な女性たちが火星での生活に何をもたらすか?」を探るため、グループのメンバーはSTEM(科学、技術、工学、数学)分野にとどまらず、科学的な知識を持つミュージシャンや、科学系ライターのチェルシー・ゴードさん、微生物学者で獣医師でもあるブランディ・ヌネズさんも加えられたそう。

その他にも、HI-SEASでの2回のシミュレーションに加え、ポーランドとユタでもシミュレーションを行った地球科学者であるシアン・プロクター博士、現役の軍人(空軍)であり、Instagramで「宇宙飛行士志望」と自称するアマンダ・ナットソンさん、科学コミュニケーターでありポッドキャストのホストを務めるベス・ムンドさん、そしてアーティストでキュレーター、またギャラリストでもあるリシェル・グリブルさんもメンバーに名を連ねました。

「このように多様な女性たちを選ぶことで、問題解決や日常の活動における“異なる背景を持つ人々がもたらす効果”を検証することができます」と、グリブルさん。シミュレーション期間中、ムンドさんは定期的にポッドキャスト配信を行い、グリブルさんはアートを制作。過去のミッションでは、食料システムの比較(包装されたインスタント食品と保存可能な食材)、結束力やパフォーマンス、電力や水の使用に関するデータを収集しました。

プロクター博士は「女性が宇宙飛行の最前線に立つ機会を得たこと」を高く評価すると同時に、「宇宙飛行士はSTEM出身者からしか生まれない」という考えにも疑問を投げかけています。

「“芸術への意識が高い”女性だけで構成されたミッションが、“宇宙に行ける人”の概念を変えたはずです。このようなシミュレーションは『(芸術家などの)他の職業の人たちと同じ場所で一緒にミッションを行うことでもたらされるもの』について、考える機会を与えてくれます。異なる技術が混合したクルーから生まれる利点を探ることで、ミッションをベストに成し遂げる方法がわかるのです」

「女性だけで構成されたクルーとそうでないクルーを比較し、リソース(資質)の面で大きな違いがあるかどうかについては議論があります。こうしたミッションの結果が検討され、火星探索のベストな形が決まるのです」と、プロクター博士。

ミッションの副司令官を務めたグリブルさんは、クルーが参加する全プロジェクトをチェックする任務を負っていました。

このミッションでは、クルーは長期のスペーストラベルを経て、すでに火星に到着していることが前提となっています。HI-SEASでの日常生活は、食料の栽培や水の浄化といったサバイバルに必要な作業に加え、多様なスキルによる個人活動の両方が混在します。

グリブルさんは、問題解決のためにクルーが互いに助け合うことを学んだ現場を目撃しています。「宇宙では、仕事をするたびに新しい問題が発生します。今回のミッションでは『女性が宇宙で活躍するためにはどうすればいいのか?』を皆で考えました。『他の女性たちがどんなふうに考え、働くのか』を、お互いに観察できたことは、とても貴重な経験だったと考えます」。

この翻訳は、2021年7月に配信された記事をもとにした抄訳です。
Translation: 宮田華子
MARIE CLAIRE