同棲や結婚などで二人暮らしを始めると、「家事の分担」という問題に直面しがち。たいていの場合、多くの負担が女性にのしかかることに。

その時に「相手はやり方を知らない・慣れていないから仕方ない」と思ったあなた、本当にそうでしょうか。これは知らないフリでタスクを避けようとする「無能の武器化」かもしれません。

本記事では、欧米で注目を集めている「無能の武器化」について、その定義や問題点、対処法などを<コスモポリタン イギリス版>よりお届け。

【目次】

解説:ルーシー・ローウィットさん
(家族や恋人関係のアドバイザー)

「無能の武器化」とは?

「無能の武器化(戦略的無能)」とは、2007年に<ウォール・ストリート・ジャーナル>で初めて登場した造語のこと。

一般的に、ある言葉が広まり包括的な意味で使われるようになると、その本来の意味が見えなくなるということもしばしば。ローウィットさんは「無能の武器化」の本来の意味を次のように解説します。

「あるタスクのやり方を知らないふり、あるいはあえてできないように見せることで、他の人が能動的に代わってくれるように仕向けることです」
「これにより、タスクを任せる側は状況を巧みに操り責任を回避できる一方で、タスクを受ける側はすべて自分がやらなければならず、相手の無能さに怒りを覚えるというパターンが生じます。こうしたパターンは恋愛や家族の関係だけでなく、友人関係や職場でも見られます」

「無能の武器化」を、「本当はできることや簡単に学べることを、できないフリで避け、責任逃れをすること」だと臨床心理士のチャーリン・ルアン博士も定義しています。

「無能の武器化」が広まった経緯

当初は仕事や学校生活、私生活を含むより全般的な状況を指していたものの、この考え方は日々「無能なフリ」をして家事を避けようとするパートナーにうんざりしていた女性たちの琴線に響くことに。

登場から10年以上をかけて、この言葉はジェンダー平等を願う人たちの間で浸透。さらにこの数年で、TikTokのタグでも流行しています(英語のハッシュタグは、#weaponizedincompetenceまたは#weaponisedincompetence)。

投稿者が共有するのは数時間ほど外出した後に帰宅した時の散らかり放題の部屋、パートナーが夕飯を作った後のキッチンの惨状など、わかる人には痛いほどよくわかる身近なシーン。現在までに、このタグのついた動画は640万回の再生回数を記録しているのだとか。 ただし、動画の投稿にはプライバシーも関わるため、パートナーが同意していない場合は「やりすぎ」という意見も。

とはいえ、このタグが広まったのは、それだけ大勢の人が正当な不満を抱えていたから。無能の武器化で一方への負担が偏った結果、強い不信感や怒りが生じるのは想像に難くないはずです。

「無能の武器化」が人間関係に与える影響

無能の武器化は、ヘテロセクシャルなカップル(異性愛カップル)の間で特によく見られるもの。

実際にリサーチ会社の「YouGov」が2021年に実施した調査によれば、パートナーがいてフルタイムで働く男女のうち、家事と育児のほとんどを自分が担当していると答えた女性は38%だったのに対し、男性は9%だったそう。

けれど、無能の武器化による最も悩ましい影響は、カップルが不健全なサイクルに陥ることでやがて愛情を感じなくなり、感情的なつながりが失われるかもしれないということ。

「男性があるタスクをできないと思い込む、あるいはできないフリをすると、恋人や夫婦ではなく親子のような関係になってしまうため、結局はそのことが裏目に出る可能性があります」
「ジェンダーに関わらず、子どものように振るまい続けることは自己成長を妨げますし、自信もつきません。“母親役”を求められた女性の中には、パートナーへの情熱や恋愛感情が失われるケースもあります」

「無能の武器化」をする心理

自分の調子が100%ではなくても、生活や人生をともにするパートナーの存在は尊重しようと努力はするべき。それなのになぜ、「無能の武器化」という行動パターンが生まれてしまうのでしょうか。

その根底には、モチベーションの欠如やカップル間の力関係、(自分を特別視する)権利意識と関連していることが多く、「子どものころからの行動パターンや過去の恋愛関係などで、タスクや責任から逃れる癖がついた能性もあります」と臨床心理学を専門とするホリー・バッチェルダー博士は説明します。

たとえば小さい頃に皿洗いや洗濯物を畳むのが上手にできなかったときに、親から正しいやり方を教えてもらうのではなく、「もうやらなくていいよ」と言われていた、といったパターンなど。「無能の武器化」は、深い人間関係の問題があるサインかもしれません。

臨床心理士のチャーリン・ルアン博士は、このように解説をします。

「やりたくないことをパートナーからやるように言われることに怒りや憤慨を見せる場合、それは“受動的攻撃(Passive Aggressive)”と呼ばれる反応かもしれません」

もしくは家事を負担することの多い方に対して、その人がお互いの関係のために努力していることを重んじていない、その人の幸せを大事にしてない可能性もあります。

カウンセラーで「インナー・アトラス・セラピー」のキャシー・クラエフスキーさんは、「無能の武器化」は自分のエゴやイメージを守るための防御反応である場合もあると指摘。

「うまくできると知られた場合は、相手の期待も高くなる分、上手くいかなかった時の批判も大きくなります。なので、弱く、下手に見せることでサポートや同情をもらおうとするパワープレイの可能性もあります」

また、無能のフリをすることで面倒臭い会話や対立を避けるための戦略であることもあるそうです。

「無能の武器化」と思われる7つのサイン

1)いつも特定のタスクを避けている

これはとてもわかりやすい例です。絶対できるのに、できないフリをして避けている場合は、「無能の武器化」の可能性が高いでしょう。

「一環して避けるパターンがあるか観察してみましょう。特にそのタスクを遂行する能力を持っているのにしない場合は要注意です」(バッチェルダーさん)

例:コーヒーマグを洗う、便器をブラシでこすり洗いするなど、できそうなことをしていない場合

2)パートナーになんでも頼りがちで、依存している

あなたの方が、確かに特段に料理が上手なのかもしれません。でももし、あなたが毎日食事を用意していて、その代わりに手伝ったり、率先して皿洗いなどをしてくれていない場合は危険信号です。

3)都合よく色々忘れる

ゴミを出すのを何回も忘れたり、(お知らせの大きな音が鳴っているのに)食器洗い機の中身を取り出すことを忘れたり。

「約束やタスク、同意した事項などを都合よく忘れ、なんだか相手が得をしているような場合」は、「無能の武器化」かもしれないとクラエフスキーさんは言います。車にガソリンを入れる、資源ゴミを出す、お風呂場の掃除などをいつも“忘れている”のは、本当はあなたにやらせるための戦略かもしれません。

4)タスクの難しさを強調する

家事などのタスクに好き嫌いがあるのは普通です。洗濯は大嫌いだけど、掃除機をかけるのは好きなど、好みによってタスクを振り分けても良いと思います。でも、パートナーがあるタスクを避けるためにその難しさを延々と語って、結局自分が毎回肩代わりしていませんか?

例:「洗濯は時間がすごくかかるし、機械音痴だから洗濯機の使い方がよくわからない」など

また、そのタスクの重要性を過小評価して、後回しにしているケースも考えられます。

例:「放っておけば、どうにかなる」など

5)…でも、もっと複雑なタスクはこなしている

「無能の武器化」をしている場合、あるタスクはできないと言い張るのに、それよりもっと難しいタスクは普通にこなしていることがよくあります。

「例えば、仕事も含め、難易度の高いことができるのに、もっとシンプルだったり簡単なタスクをできないと言い張る場合、それはただやりたくない、必要性や重要性に気づいていないという可能性が高いです」(ルアンさん)

つまり、能力ではなく、好みの問題になっているということです。

6)言い訳ばかり

買い物に行く時間になると、パートナーがいきなり忙しくなって行けなくなるという現象はありませんか? 交代で担当している日曜の掃除の日になぜか予定を入れていませんか?

後回しももちろんよくないですが、言い訳をして避けている場合も「無能の武器化」のサインだとクラエフスキーさんは言います。

7)指摘するとムキになったり、逆ギレされる

ここまで話してきた問題についてパートナーに指摘をすると、防御的になったり、逆ギレされたりしませんか?「自分の無能を理由に、ミスや不備の責任を認知しない」場合は「無能の武器化」の可能性が高いとクラエフスキーさんは説明します。

自分のせいで起きてしまったこと、(わざとでなくても)あなたを傷つけてしまったことを認めないということは、あなたとの関係を重要視していないというサインでもあります。

「無能の武器化」の対処法

ローウィットさんのアドバイスはいたって明確で、「拒否すること」。

「パートナーが無能を武器化にしている場合には、“肩代わりしない”こと自体にも忍耐が必要なはず。でも、よりバランスの取れた幸せな関係を築くためには必要なことです。重要なのは、パートナーとの明確な線引き。明らかに自分の方が負担が多いと思えば、伝えることをためらってはいけません」

まずは、理解し合うために話し合いましょう。相手次第で解決できるはずの問題が、二人の関係に悪影響を与えていると理解してもらうことが大切です。

「解決のカギとなるのは、この問題によって愛情や性生活に悪影響を及ぼしていることをお互いに理解することです」

話し合いでは、お互いの言い分を聞くことも大切。

「すぐに良いか悪いかの判断を下さずに、一方的な負担によってあなたがいかに軽視されたと感じるかなどを説明し合う時間を取ってください」

無能の武器化は、二人の問題であるという意識を持つことも大切です。

「原因は片方だけにあるわけではないのです。負担を請け負っている側が、相手が無能なことを容認し、見下したような態度をとることもあります。こうした態度によって、相手の行動がエスカレートすることもあるのです」
「無能を武器にしている人は、あなたのその考え方や姿勢が二人の関係を壊していることを自覚しましょう。それだけでなく、ジェンダー平等を妨げていたり、パートナーが何か目標に向かって努力するための気力や体力をも奪っていることもあると気づきましょう。家事に参加してみると、いかにこれまで一方的な負担がパートナーからエネルギーを奪っていたかに気づくはずです」

コミュニケーションの4つのコツ

1)自分目線で伝えてみる

大切な会話だからこそ、ニュートラルになるように意識しましょう。喧嘩中や喧嘩が起きる寸前などは避けた方がいいです。

「責めるような口調にならないように。『私は〜だと感じる』という構文で、パートナーの行動が自分にどう影響しているかという目線で話すようにしましょう」(バッチェルダーさん)

例えば、「私だけ毎日皿洗いをして、自分のこと忘れられているように感じる」や「自分だけがリビングルームを掃除していて悲しい気持ちになる」などの言い方が考えられます。クリアに思っていることを伝えながらも、責めるようなニュアンスを避けて伝えることで、より効率の良い会話ができます。

2)理由や例を整理してから話してみる

クラエフスキーさんは、この問題について話し合う際は、実際に起きたケースを具体的に挙げることをオススメしています。

「私ばかりが家事を最近しているようで、なんだか孤立感がある」と伝えた後、具体的にゴミ捨て、キッチンの掃除、シーツの洗濯などの例を挙げましょう。「パターンを指摘することで、より伝わりやすくなる」といい、その問題が起きた場面を想像しやすくすることで、将来的に改善しやすくなるそうです。

3)問題の本当の原因を見つめる

パートナーの人格やあなたへの“愛”などを疑う前に、この問題が起きている理由や原因を考えることが大事です。

「コンプレックスだったり、過去の経験、誤解など。仕事の一時的なストレスや本当に気づかずに楽をしてしまっていたという可能性もあります。オープンな心と共感性を持って、話し合うと良いでしょう」(クラエフスキーさん)

4)将来的にどうしたいかを考える

人間関係においては、お互いの価値観や認識が合致していることが重要なので、将来のことをしっかり話すようにしましょう。バッチェルダーさんは「お互いへの期待、越えてはいけない線、一緒にするタスクなどをクリアにすること」を推奨しています。

「もし、必要であればカウンセラーら専門家の力を借りて、ヘルシーなコミュニケーションや行動の改善を試みましょう」

より平等なタスクの配分やガイドラインを決めることで、長期的にお互いが支え合っていることを実感できるようになります。家事のチャートをつけたり、ポイント制にするなど、お互いに責任を感じることができるようにしましょう。


すでに沁みついてしまった姿勢や関係性の場合、その状況を正していくことに気恥ずかしさを覚えるかもしれません。でも、お互いを大切に想うのであれば、今こそ変えていく必要があるのです。


※本記事は、Hearst Magazinesが所有するメディアの記事を翻訳したものです。元記事に関連する文化的背景や文脈を踏まえたうえで、補足を含む編集や構成の変更等を行う場合があります。
Translation: Mari Watanabe(Office Miyazaki Inc.) , 佐立武士
COSMOPOLITAN UK , COSMOPOLITAN US