プラスサイズファッションはこの10年間で確かに勢いを増しているし、それを維持してきたといえます。しかし実際のところ、この動きを巡る状況は今、どうなっているのでしょうか。<ELLE US>から、業界のリーダー10人の声をお届け。
デザイナーのイーデン・ミラーは10年前、緊張と興奮が入り混じった落ち着かない気持ちで、ニューヨーク・ファッションウィークのショーのバックステージに立っていました。ランウェイに起用したプレシャス・リーをはじめとする6人の“プラスサイズ”モデルたちが、彼女がデザインした服をまとい、ランウェイに向かう準備をしています。
ファッションビジネスを法的な面からサポートする非営利団体、「ファッション・ロー・インスティテュート(Fashion Law Institute)」とメルセデス・ベンツ ファッション・ウィークが彼女を含め数人のデザイナーに提供したその機会は、年に2回開催されるニューヨーク・ファッションウィークでミラーが初めて単独で行うショーでした。そして、初の“プラスサイズのデザイナー”によるショーでもあったとのこと。
しかし開幕のわずか一時間前には、問題も。6人のモデルたちがひとりも、ヘアメイクの準備を終えていなかったのです。ミラーによると、その6人が「モデルだと思われていなかった」ことが原因だという。
これはまさに、いま現在もファッション業界に深く根づく「マイクロアグレッション(自覚のない差別とそれに基づく言動)」の一例。プラスサイズファッションを巡る状況を、今改めて考えてみよう。
「インクルーシビティ」実現への長い道のり
俳優でモデルのグウェンドリン・デヴォーが、プラスサイズのファッションショー「フルフィギュアド・ファッションウィーク(Full Figured Fashion Week)」の開催を決めたのは、プラスサイズを代表する存在や機会が不足していると考えたことが主な理由のひとつでした。
2013年9月のミラーによる初めてのショーの翌年、スイムウェア&ボディウェアブランドの「クロマット(Chromat)」は、ランウェイにおけるボディ&ジェンダーの多様性の幅をさらに大きく広げました。2015年春夏コレクションのショーでのオープニングでは、プラスサイズモデルのデニース・ビドーが登場。
そして、いまやランウェイに欠かせないプラスサイズ&カーヴィモデルのひとりであるアシュリー・グラハムがそのキャリアを築くきっかけとなったのは、2015年9月に行われたショーへ出演したときのこと。カナダのファッションブランド「アディション・エル(Addition Elle)」とのコラボレーションにより、彼女はランジェリーコレクションを発表しました。
「アディション・エル」の親会社、ペン(Penn.)のヴァイス・プレジデントで、マーチャンダイジング、デザイン、テクニカル担当のロザルバ・イアヌージは、「ファッションにおいて民主的であるということは、メインストリームのファッションがグローバルなプラットフォームで披露される『メインステージ』に登場できるということ」だと指摘します。
2016年には、「クリスチャン シリアーノ」が2017年春夏コレクションのランウェイに5人のプラスサイズモデルを起用し、さらに大きな話題を呼ぶことに。シリアーノは2018年に<ELLE US>に対して、自身のラインにプラスサイズを加えたことによって「ビジネスは3倍の規模に成長した」と語っています。
ウィメンズのラインにプラスサイズを加えることがビジネスに好影響をもたらすことについては、「クロマット」の創業者であり、クリエイティブディレクターでもあるベッカ・マッカーレンも、同じ意見を述べています。
「2023年春夏コレクションを発表したときには、ミディアム、エクストララージ、その上のサイズが最も早く完売しました」
またファッション業界には、消費者のためにプラスサイズの服をより多く生産する責任もあるといえるでしょう。マッカーレンはそのため、生産する側は小売業者に対し、オンラインでも実店舗でも、よりインクルーシブな買い物の体験の実現を求めるべきだと語っています。
その後の状況は──
プラスサイズコミュニティは、2017年9月にはニューヨーク・ファッションウィークにとどまらず、ファッション業界全体において確固たる地位を築きつつあるように見え始めていました。
「トリッド(Torrid)」や「アディション・エル」など、複数のブランドがプラスサイズのスタイルのみを披露するショーを開催。関連して、イベント「ザ・カーヴィ・コン(The Curvy Con)」が開かれるなど、プラスサイズの存在感は、これまでにない高まりを見せていた。
それは、まさに目覚ましい“一大変化”が起きようとしているかのようだったのです。
しかし残念ながら、そうした変化は実際には訪れませんでした。「ザ・ファッション・スポット(The Fashion Spot)」の調査によれば、アメリカでは女性の67%以上が“プラスサイズ”に該当するとのこと。それにもかかわらず、2022年のニューヨーク・ファッションウィークのショーに出演したプラスサイズモデルは、全体のわずか5%でした。
今後の展望は?
ただしそうした状況においても、「サイズインクルーシブ」という考え方はますます一般的なものになりつつあります。多様なサイズ展開は“必要なもの”であると捉えている若手デザイナーも多いのです。
「キム シュイ(Kim Shui)」は2023年秋冬コレクションのショーで、さまざまなサイズを取り入れており、その理由についてデザイナーのシュイは次のように語っています。
「ランウェイには、多様なモデルたちを登場させることが重要だと思います。……顧客のみなさんには、このブランドのショーのなかに自分自身を見たような気持ちになってもらいたいのです」
また、双子のデザイナー、ブルース・プロクターとグレン・プロクターが手掛ける「ブルースグレン(BruceGlen)」も、初めて参加したニューヨーク・ファッションウィークで異なるサイズのモデルたちをランウェイに送り出しました。
当然ながら、やるべきことはまだ数多く残されています。ニューヨーク・ファッションウィークを長年舞台裏で支えてきたプラスサイズのコミュニティはいまだに、「“大きな体”はそこに属さない」という誤った考えに基づく差別に直面しているのです。
プラスサイズのショーがNYで初めて開催されてから、ちょうど10年。<ELLE US>はこのほど、ファッション業界の将来のためにいま必要な変化について、業界のリーダー10人に話を聞きました。
ベッカ・ソープ
プラスサイズモデル事務所「ネクスト・モデル」エージェント
「より多くの人々のための“協力”を」
「同じことを目指しているインフルエンサー、ブロガー、モデルたちすべてが団結して活動する必要があります……サイズ8も16も22も、すべてがひとつにまとまることを望んでいます」
レネー・カファロ
「レネー・カファロ・アトリエ(Renee Cafaro Atelier)」「RCAパブリック・レーベル(RCA Public Label)」創業者
「キャスティング方法の変更が必要」
「より幅広い人たちを対象に、キャスティングを行う必要があります。新人モデルを選ぶのも、素晴らしいことです。(すでにその名を知られている)わずか5人のモデルだけを起用するのではなく、(プラスサイズを)代表する存在を増やすことになるからです」
デニース・ビドー
プラスサイズモデル
「“ターニングポイント”はニューヨーク・ファッションウィーク」
ビドーは2014年、「クロマット」のベッカ・マッカーレンから、ニューヨーク・ファッションウィークのショーのオープニングでランウェイを歩いてもらえないかと打診されています。実際にショーに出演したときのことについて、ビドーは次のように語りました。
「私自身にとって、それは人生最大の節目となる瞬間でした……世界が初めて、ようやく“私たち”を見たのはその瞬間だったと言わずにいられません」
「誰にとっても、本当に重大な瞬間でした。ただ、その重要性を認識していたはずの世界中のすべての人たちにとっても、どれほど大きなものか予測することはできなかったでしょう。それだけ特別な瞬間でした」
シシ・オリサ
「ザ・カーヴィ・コン」共同創設者、「ココア by シシ(Cocoa by Cece)」創業者
「インクルージョン実現への闘いは続く」
「私には、ファッションで自分を表現したくても、それができないと感じている人の気持ちがわかります」
「プラスサイズのファッションは、非常に不安定な状態にある──そう考えている人たちに対して私が言いたいのは、(闘いは)まだ終わったわけではないということです」
「過去10年には、良いときも悪いときもありました。次の10年にもまた、浮き沈みがあるでしょう。そして、2033年にもまた、私たちは同じ議論をしていることでしょう。ですが、いまよりずっと楽な気持ちで、その話をしているはずだと確信しています」
キンバリー・ゴードン
「セルキー(Selkie)」創業者、クリエイティブディレクター
「インクルーシビティの重要性はさらに高まる」
「服は誰もが毎日着るものであり、私たちが世界に向けて、自分が誰であるかを伝えるものです。私たちが愛するもの、私たちの内面、私たちが示したい感情を、表現するのが服です」
「自分自身を表現することができる服を着られるということは、多くの人たちにとって、とても重要なことです」
マデリン・ジョーンズ
<PLUS MODEL>誌編集長
「ファッションウィークの問題点に注目」
あるとき、プラスサイズのブランドではないものの、「3X」サイズまでを提供している“インクルーシブな”ブランドからイベントへの参加を依頼されたというジョーンズ。“大柄で若くない自分”に衣装を用意し、招待するのだから、「複数のプラスサイズモデルたちが登場するに違いない」と考えていたといいます。
「ショーに出演した(プラスサイズの)モデルは、キャンディス(・ハフィン)だけだったと思います」
「唯一出演した彼女にとっては、素晴らしいショーだったかもしれません。ですが、申し訳ありませんが、それは“ふざけるな”と思わせるショーでした。そのブランドは、(プラスサイズのモデルが)ひとり出演できただけでも、私たちは感謝すべきだと考えていたのでしょう」
アリッサ・ウィルソン
『StylishCurves.com』編集長
「次の10年に期待」
「プラスサイズのデザイナーや、インディーズのデザイナーたちが増えていくことを、心から願っています。私たちは、マーク・ジェイコブスやザック・ポーゼンといったデザイナーたちが成長し、一流のデザイナーとしてランウェイショーを開催するようになるのを目にしてきました。クリスチャン・シリアーノは、トップクラスのショーを行うようになりました」
「プラスサイズやインディーズのデザイナーたちにも、同じことができるようになってもらいたいと思います。ぜひ、『ジブリ(Jibri)』のようなブランドにもニューヨーク・ファッションウィークでショーを行ってほしいのです」
「もちろん、ハイエンドブランドのショーに出演するプラスサイズのモデルが増えることも、それらのブランドのショーが、プラスサイズファッション専門のメディアをもっと歓迎してくれるようになることも、期待しています」
「私は2008年からファッションウィークを見てきました。サイズ18や20を作っているブランドがあっても、『プラスサイズ』や『カーヴィ』という言葉が出てくるなり、それらのブランドのコレクション参加が難しくなるということもありました。私たちはすべて、等しく扱われるべきだと思います」
ダニエル・ウィリアムズ・イーク
Xtnd Consulting Co.創業者
「バックステージに根づく偏見に対応を」
「『オンズ オノレ(11 Honoré)』の2022年秋冬コレクションのショーの舞台裏にいたときです。(デザイナーとして)ステージに出る準備をしていました。専属のヘアスタイリストに髪を整えてもらった後、メイクアップアーティストたちのところへ行き、リップをつけてほしいと頼みました。すると返ってきたのは、『あなたは誰? 』という表情でした」
「それは、マイクロアグレッションだと感じました。まず、私は黒人女性。そして、プラスサイズの女性です。私にとってはキャリア絶頂といえる特別な瞬間でしたが、その同じ瞬間に、私はおとしめられたようにも感じたのです」
「……デザイナー、モデル、プロデューサー、あるいは他の誰であれ、ニューヨーク・ファッションウィークのバックステージにいる人たちがどのような外見であるかについて、私たちは考え方の“型を破る”必要があります。人には、ありとあらゆる外見があり得るからです。いまこの時点で、その型を破るべきです」
アブリマ・エルヴィア
「スタジオ189(Studio 189)」共同創業者、ディレクター
「ダイバーシティの欠如は“制度的”問題」
「(アメリカ)国内には非常に多くの、異なる人たちがいます。ですが私たちには、NYにいるある特定のタイプの女性や人物(つまり『セックス・アンド・ザ・シティ』に登場するような“伝統的”で、データを反映したわけではない架空のキャラクター)の心に訴えかけようとするところがあるように思います」
「私たちが初めて『エッセンス・フェスト(Essence Festival)』に参加したときに集まったのは、ほとんどが黒人女性でした。ある年には特に、私たちに寄付してくれた人の非常に多くが、プラスサイズの黒人女性でした……アメリカやカリブ海諸国、その他の国に、本当に多くの一生懸命働く人たちが大勢います……稼いだお金を使いたい人たちもいるのです! ところが、多くのブランドはそうした消費者に目を向けていません」
ベッカ・マッカーレン
「クロマット」創業者、クリエイティブディレクター
「ボディタイプは“多様なもの”との認識を」
「クロマット」で作る服に、「友人であり、インスピレーションをくれる人たち、自身が心から称賛する“あらゆる人たち”への気持ちを込めたかった」というマッカーレンは、メディアの対応にストレスを感じていたという。
ショーは、「披露する服やそれらのコンセプト、デザイン、制作のために払われた多大な努力の結果」であるにもかかわらず、メディアに注目されるのは常に、モデルばかりだから。痩せた体形の人たちばかりが注目を集めるのはショックであり、おかしなことでもあると感じていた。
「ですがショーはようやく、さまざまな人たちがその中に自らを見ることができ、自分もファッションの一部であると感じられるものになりました」
「それは、私たちが長年にわたりこの業界で活動してきたなか、デザインしてきたなかで目にした、どんなトレンドやスタイルよりも重要なことです。最終的には、社会全体の利益になることです」
From ELLE US via ELLE Japan