クラブシーンでの不快な経験などから、「クラブ=危ないところ」というイメージを持つ人もいるかもしれません。

そんな現状を変えるために、クラブにおける差別やハラスメントに対して声をあげ、あらゆる人が安全に楽しめるセイファースペースとしてのクラブシーンづくりを掲げているのが「WAIFU」です。

日本のクラブカルチャーのリクレイム(再生)と底上げを目指すWAIFUのメンバーたちに、立ち上げ秘話や、これまでに寄せられてきた相談や活動、今後の目標などを聞きました。


【INDEX】


取材に参加してくれたWAIFUメンバー

waifuメンバープロフィール写真
Rio Fukunaga/Aya Ogasawara
上:オーガナイズメンバーの集合写真。左からローレンさん、アサミさん、マユコさん、クロエさん、ミドリさん。/下:オーガナイズメンバーのエリンさん(写真左)
  • エリンさん
アメリカ出身。言語学者として青山学院大学文学部にて教鞭を執る。トランスジェンダー女性であることを公表しており、2018年にアメリカで性別と氏名を変更。ライブハウスやクラブが好きという共通点でミドリさんと意気投合し、2000年に結婚。
  • ミドリさん
90年代から繊維素材をつかいクラブの内装を手掛け、現在もアーティストとして現代美術の制作・発表を続けている。また、イベントオーガナイザーとして多様性・フェミニズム・クィアというテーマを掲げたイベントを主催している。エリンさんとは、2000年に結婚。
  • アサミさん
アクセサリーデザイナーとして活躍する傍ら、過去にはレズビアン&クィアカルチャー・ウェブマガジンのエディターを務め、様々なクィアイベントにもオーガナイザー/スタッフとして携わる。エリンさんやミドリさんとは元々友人の間柄で、WAIFUに立ち上げメンバーとして参加。
  • マユコさん
WAIFUのイベントに遊びに行っていたことがキッカケで、運営に携わるように。クィア関連の活動やアートマネジメントの業務経験を活かして、WAIFUのプロジェクト進行や広報活動などに携わる。

“排除”の経験から生まれたカウンターパーティ

-まずは、「WAIFU」立ち上げの背景について教えてください。

  • エリンさん
     
    2019年に、新宿二丁目で開催されていた“女性オンリー”のパーティに誘われて遊びにいったところ、会場内に入れてもらえなかった事件がありました。私のその経験から、問題提起を込めた「誰も排除しないカウンターパーティ」を開こうとなったのがキッカケです。
  • ミドリさん
     
    翌日にエリンから話を聞いたとき、「LGBTQ+の街である二丁目で、女性のためのイベントにトランス女性が入れないなんて絶対におかしい!」とめちゃくちゃ怒りが込み上げてきて…。それで最初は、共感してくれた友人たちと20人くらいのグループチャットを作りました。
     ゴールデンウィークの直前にその事件が起こったんですが、5月2日にはパーティを開いていたので、約10日ほどですべて準備したことになりますね。カウンターパーティだからこそ、とにかくすぐに実行に移さないとと思ったんです。
  • アサミさん
     
    パーティを開催することをSNSで告知したところ、たくさんの人が反応してくれたことを覚えています。2018年頃から日本でトランス差別が目立つようになったことなどの社会的背景があり、私たちの知り合い以外にもこの「カウンターパーティ」に賛同して駆けつけてくれた人は多かったですね。
  • ミドリさん
     
    そう、これまでクラブに行ったことがないというアクティビストの方々もたくさん来てくれたんだよね。
  • アサミさん
    非常に多くの方に来ていただいたことで会場側から定期的にやらないかというオファーを受けて、そこからパーティをレギュラー化していこうという流れになり、コンスタントにコミットできる人を集めて、今あるWAIFUの形となりました。立ち上げ時と少し入れ替わりはありますが、現在の主要メンバーは6人です。

ハラスメントが一番の悪

-人によって「嫌」の感じ方が違うので、ハラスメントの線引きには難しさがあると思います。イベントを運営する中で心がけていることはありますか?

  • マユコさん
     
    WAIFUがレギュラー化するにあたり、「属性によって排除せずにクィアや女性たちにとっても安全なパーティを作ろう」「ハラスメントは許さない」というステートメントを掲げるようになったのは、クラブでセクハラ被害に遭ったことのある人が立ち上げメンバーにいたからという経緯もあります。
  • アサミさん
     
    エリンが経験した新宿二丁目の事件が発生したのも、その背景には「レズビアンコミュニティが自分たちの出会いの場を性犯罪から守るため」という大義名分があったんですよね。
     でも、トランス女性の中にも当然レズビアンやバイセクシュアルの人はいますし、「一部の女装したシスヘテロ男性*1による性犯罪を防ぐために、見分けがつかないケースを想定してトランス女性は一律で断ってきた」という慣例は、トランス女性が悪いのではなくて、そもそも誰であっても性犯罪やハラスメント行為をすることが悪いわけで。
     
    特定の属性を犯罪者予備軍として扱うような慣例を見直すためにも、ハラスメントを許さない場づくりを諦めないことが重要なんです。
  • マユコさん
     箱側のセキュリティや体制に問題があることも多く、箱を頼れないなら、参加者自身で守っていこうということで、WAIFUのイベントではボランティアスタッフにパーティのポリシーや、見回り・声がけの注意事項などを事前に共有しています。
     また、共感してくれる参加者やスタッフが 「SECURITY」と書かれたステッカーを着用することで、見守りの意識を共有し、ハラスメント防止に繋げています。「何かあったらステッカーを貼っている人に声かけてください」という感じで。
     一方で、ハラスメントのない場づくりには難しさもあって、最初から完璧にできてたわけではありませんでした。たとえば、「しつこいナンパがあった」という参加者からのレポートに対してどう動くか…など。イベントの回数を重ねて、そのたびに学びを反映して検証してきました。
     他にも、1回目とその後レギュラーでイベントを行っていたのが螺旋階段を使わないと入れない会場で、「“いかなる人も排除しない”というステートメントを掲げているのにバリアフリーじゃない」というご指摘もいただいて、とても学びになりました。

*1 シスヘテロ男性:シスジェンダー(出生時に割り当てられた性と自認する性が一致している人)で、ヘテロセクシャル(異性愛者)である男性

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つるし上げにするのではなく、改善するために周知していく

-「WAIFU」では、SNS上で「WAIFUとしてできること・できないこと」を明確に線引きしています。どのような理由からでしょうか。

  • マユコさん
     WAIFUに対して、メディアとしての役割を期待されていたり、影響力も高まってきていると感じているからこそ、気をつけなくてはいけないと思っていて。
     たとえば、パーティでのハラスメント被害に関する相談で、加害者が特定できている場合に「WAIFUを使って告発してほしい」というニュアンスの依頼がきたりします。メディアとしての影響力を評価してもらえていることは前向きにとらえつつも、WAIFUというコレクティブ(団体)としては、対個人のつるし上げはしません。
  • アサミさん
     
    痴漢や卑猥な暴言などのハラスメントは、法に抵触している場合も多々あります。一方で、特に性犯罪に関して、被害を立証して法的な制裁を加えるのは、現状ではとてもハードルが高いので、法的に問えなくても社会的制裁を与えたいと望む人がたくさんいるのが現状です。
     そういった背景は当然理解しつつも、 WAIFUは警察でも弁護士でもないので 、そういった事件に対する信ぴょう性のジャッジや示談交渉などはできないというスタンスを保たなければいけません。なので、起きたことの事件性を問いたい場合や加害者への制裁を望む場合は、不本意であっても、現状ではまず一度警察へ被害届を提出することを推奨しています。
  • マユコさん
     ちなみに、警察への届け出を勧めているのには、もう一つ理由があります。性犯罪とは別の事例ですが、たとえば「同性婚が法的に認められていないことを分かっていても、同性同士の婚姻届を役所に出す」ことで、“不受理”という事実を“実体験”にすることができます。
     その体験に基づき、不当を訴えるということが物事を前進させるためにはとても有効です。性犯罪も同様に「まずは届け出る」、そして警察が丁寧に対応してくれたら御の字ですし、それがダメでも「警察でどのような対応をされたか」の実証を引き出すことができます。
  • アサミさん
     現状だと、司法が機能しづらい物事において社会的制裁が求められたり、政治からの介入などで司法が機能不全に陥るケースもあると思うので、そういった時に社会的制裁しか頼ることができない場面があることは否定しません。
     ですが、司法は司法で不十分な部分は指摘して改善していくことは必要ですし、私たちはコレクティブとして“社会的制裁を下すこと”の主体になるのではなく、そういった泥沼化を事前に避けるためにも、あくまでも“自治的にハラスメント防止ができる場”として、クラブにおけるセイファースペースを作ること、そしてその理念やノウハウをクラブシーンへ周知していくことを目標としています。
     自分たちのパーティを実験場にしながら、そもそもは人種やセクシュアリティのマイノリティが差別だらけの外の世界からのセイファースペースとして作ってきたクラブカルチャーのルーツを取り戻していきたいと思っています。
  • マユコさん
     「自分が行きたいと感じるパーティを心おきなく自由に選べる」というのが一番いいじゃないですか! そのためにはクラブカルチャーの底上げが必要で。将来的にはWAIFUのようなコンセプトで成り立つパーティーが必要ない状態になることが理想だと思います。
  • ミドリさん
     実は「ハラスメント相談ガイド」の投稿には、これまでの活動を通して感じた反省のような思いも込められていて。ハラスメントの加害者を名指ししてリベンジしたいというような相談を受けることがあったときに、できることとできないことを明確にすることが大切だと実感したんです。

クラブ離れを打開するために

-エリンさんは現在ベルリンを活動拠点にされていますが、現地で気づいた、クラブでのハラスメントをなくすためのヒントなどはありますか?

  • エリンさん
     ベルリンのクラブイベントで主流になってきているのは、「Awareness(気づき・啓発)チーム」の導入。イベントの際に何かあったら声をかけられるようなチームの存在です。
     クィアパーティには欠かせない存在になっているのですが、WAIFUの「SECURITY」ステッカーをつけたボランティアスタッフと違うのは、Awareness チームは専門の研修を受けていることですね。元々は大規模のクィアパーティに動員されていましたが、この頃だと小さなパーティでもAwareness チームの参加が当たり前のようになっています。
  • アサミさん
     私たちはSNSでアンケートなどもとっているのですが、そうすると、クラブでハラスメント被害に遭ってからそのクラブに行かなくなったという人がある程度いることがわかっています。
  • マユコさん
    これからクラブを訪れるようになる若者層は多様性や包括性などのリテラシーが高い人たちが多いので、箱側(会場側)もAwareness チームやWAIFUのガイドラインなどを取り入れた方が機会損失がないですよね、単純に!

ハラスメントを無くすために私たちにできること

-最後に、この記事を読んだ人に向けて、クラブなどでの差別やハラスメントをなくすために実践してほしいアクションなどあれば教えてください。

  • マユコさん
     とても初歩的かつ漠然としていますが、お互いを思いやったり、そのための声かけを心がけてほしいです。綺麗事みたいですが、結局は「見守っているよ」という空気づくりが一番大切だと思います。
  • アサミさん
     他者への思いやりって、実践しようと思ったら実はものすごく知識や経験が必要だな…と、日々痛感しています。同時に、個々の“思いやり”頼みだけにならないためにも、ルールやポリシーは必要だと感じます。
     でも、まずは頭でっかちになりすぎず、とにかく様々な場に出向いて色んな人がいる空間に自分の身を置いてみることでしか始まらないのでは、と思いますね
     WAIFUのような多様な人がいてそれぞれを尊重するためのルールやポリシーが明示されたイベントや場に行って、どうやったら一緒に楽しめるかなって考えながら経験してみるのがいいのかなと思います。
  • ミドリさん
     自分が我慢しなきゃ…というような“奴隷根性”を出さないことですかね。自分は不快だけど「穏便に済ませたいから」とか「相手に嫌われたくないから」という理由で我慢しようという考え方を持ってしまうことが少なからずあると思います。
     でも、そういった小さな容認がハラスメントを助長することもあるので、それをやめましょう! と言いたいです。大前提として、人が嫌がることをする側が悪いんですけどね!
  • エリンさん
    周りをみて、声かけてあげて。パーティを含めて、公的なスペースというのはみんなでサポートしあって作っていく場所。だからこそ、自分もその一人だと意識してほしいです。でも、自分の価値観を押しつけないように!

「WAIFU」公式Instagram