被害者を身体的にも精神的にも深く傷つける「性暴力」。

LGBTQ+当事者がその被害にあった場合、不本意なカミングアウトやアウティングにつながる恐れから声を上げることが難しかったり、偏見や差別意識が残る社会の現状や性被害の実態にそぐわない法制度により、適切なケアが受けられなかったりするケースが多いと言います。

※他人の性のあり方を本人の同意なく第三者に暴露する行為。

本記事では、宝塚大学看護学部の日高庸晴教授、セクシュアルマイノリティの性暴力サバイバーの支援・権利保護を訴える団体・Broken Rainbow - Japanの代表である岡田実穂さんのお二人にLGBTQ+当事者の性被害の実態についてお話を伺いました。


【INDEX】


LGBTQ+当事者の約4割に
性被害の経験が

日高先生が約1万名のLGBTQ+当事者を対象に実施した2019年の調査では、約4割の回答者が「体に触られた」「性的な言動でからかわれた」などの性被害を受けた経験があるという実態が明らかに。

 
Cosmopolitan

この調査結果について、「氷山の一角」であると先生は指摘します。

「LGBTQ+における性暴力被害の状況を明確化する調査は国内では十分に実施されておらず、この調査結果も氷山の一角であると考えられます」
「加害者についてや、被害者が警察に被害届を出すことが出来たのか、相談機関につなげられたのか等を示す詳細なデータはほとんどなく、引き続き被害の状況を明らかにしていく必要があります」

実際の被害の多くはその詳細が明らかになっていないのが現状です。

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Klaus Vedfelt//Getty Images

被害者が苦しむ
声の上げづらさ

LGBTQ+当事者の性被害の多くが潜在化している要因について、LGBTQ+の性暴力サバイバーの支援・権利保護を訴える団体・Broken Rainbow - Japanの代表・岡田さんは以下の3点を挙げます。

  • 被害者が人に被害の全体像を伝えるためには、自身の性のあり方をオープンにする必要に迫られる

被害者が自身の性のあり方を明らかにしていない場合、特にそれが被害を受けた経緯や状況などに関係するケースでは、身近な人や警察、相談機関に受けた性暴力被害の詳細や全体像を伝えるのが難しいことがあります。

  • 社会において「性暴力は“男性”が“女性”に対して行うもの」という認識が根強い

性暴力に関する世間の“固定観念”に該当しないケースの場合、被害者が「自分の被害を性暴力として語っていいのか」と悩んでしまうことは珍しくありません。

  • 被害者が被害を公にすることで、自身が属するLGBTQ+コミュニティに影響を与えるかもしれない。あるいは、自身がそのコミュニティにいづらくなる可能性がある
「LGBTQ+のコミュニティ内での性暴力被害を公にした場合、一部の情報だけが切り取られて拡散され、『やっぱり〇〇(特定のセクシャリティ)は危ない』『同性愛者は怖い』などといった差別感情を煽ることになるのではないかと懸念を抱くサバイバーは少なくありません」
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Alessandra Bucci//Getty Images

岡田さんによれば、「所属するコミュニティ内で受けた被害を告白することで、自分がそこにいづらくなることを恐れる人も多い」と言います。

「年月をかけて積み重ねてきた人間関係や自分らしく過ごせる場所を失うことに不安を感じるケースもあります」

背景にある差別意識や偏見

性暴力被害を受けたLGBTQ+当事者が声を上げづらい背景には、社会で根深い性的マイノリティに対する差別や偏見の存在が。

岡田さんは「一般的に性暴力加害者は『自分より弱い立場にいる人』をターゲットにする」としたうえで、「性的マイノリティ当事者に対する性暴力に、加害者の差別意識が透けて見えるケースは少なくない」と言います。

また、性暴力被害は被害者・加害者のジェンダーを問わず起きている問題であるにもかかわらず、これまで一般的に「“男性”が加害者で“女性”が被害者」という図式で認識されてきました。

「『性暴力』というものが狭い意味で理解されていて全体像が正しく捉えられていないのが、今の日本社会の実態です」
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MinoruM//Getty Images

“見ないように”されてきた
LGBTQ+当事者の性被害

LGBTQ+当事者や男性の性暴力サバイバーに向けた支援が未だ不十分なのが、日本社会の現状。岡田さんはLGBTQ+当事者の性被害について「『見過ごされてきた』というより『見ないようにしてきた』ように見える」と言います。

実際、性被害にあったLGBTQ+当事者が勇気を出して警察や相談機関に話しても「“女同士”なんだから仲直りしてね」などと言われ、取り合ってもらえないことがあるとのこと。

このようにして被害を被害として認識してもらうことができず、適切な支援が受けられなかった事例は少なくないのだとか。

また、「トランスジェンダー当事者への偏見や差別は特に強い」と、岡田さん。

「性被害について人に相談したら『(珍しがられたりからかわれたりすることを承知のうえで)自分でそういう人生を選んだのではないか』と言われたことがあると、トランスジェンダー当事者のサバイバーから話を聞いたことがあります」
「たとえば『この胸は本物なのか?』『股間はどうなっているんだ』などと言って、いきなり体に触る行為も性暴力です。しかし実際の場面では、加害者だけでなく周りで見ている人たちもそれが性暴力だと認識しておらず、止めに入る人さえいないことも多いんです」

「社会全体が性暴力と性的マイノリティへの差別の両方に対し、より敏感になる必要がある」と、岡田さんは警鐘を鳴らします。

被害の実態を踏まえていない
法律や制度

日本では、2017年に性犯罪に関する刑法を1907年(明治40年)の制定以来初めて改正。これにより、暴行や脅迫を用いて性行為をする「強姦罪」の名称が「強制性交等罪」に変更されたほか、それまでは被害者として女性だけを対象としていたのに対し、強制性交等罪では被害者の性別を問わないことが定められました。

同法改正時の参議院附帯決議では、施行にあたり政府や最高裁判所が配慮すべきこととして「被害者となり得る男性や性的マイノリティに対して偏見に基づく不当な取扱いをしないことを、関係機関等に対する研修等を通じて徹底させるよう努めること」が明記されました。

しかし、岡田さんは「5年が経った現時点では実態が伴っていない」と指摘します。

「Broken Rainbow - Japanが、公的予算で運営される『性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター』を対象に行った調査では、『(LGBTQ+当事者の性暴力被害相談に)対応可能』と回答した組織は全国31件中9件のみでした」

また、「男性や性的マイノリティの性暴力被害者が利用できる連携医療機関や自治体の補助金制度がないといった問題もある」と、岡田さんは付け加えます。

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Catherine Falls Commercial//Getty Images

2017年の法改正により適用される被害の範囲は広がりましたが、強制性交等罪は「(膣や肛門、口腔への)男性器の挿入」を成立要件としており、手や指、器具などの挿入による性暴力は同規定で罰することができないのが現状。

現在、被害の実態を踏まえ「手指器具の挿入」を要件として規定することなどを含む、性犯罪に関するさらなる刑法改正に向けた議論が進んでおり、岡田さんは「(実現すれば、被害者や加害者の)性のあり方により、性暴力を罪に問えないことがなくなる」と話します。

「法律は、人々の社会に対する認識の『土台』になるものだと思います。法律が変わることで、社会が変わっていくことに期待したいです」

性暴力の被害にあったら

もし、性暴力被害にあってこの記事を読んでいるLGBTQ+当事者がいるなら「各自治体のワンストップ支援センターには相談していいんだと伝えたい」と、岡田さん。

「『どうせ聞いてもらえないだろう』と諦めずに、まずは相談してほしいです」

そのうえで、「可能であればホームページを確認し『LGBTQ+を対象にしている』と明記している先を選びましょう」とアドバイスします。

「LGBTQ+当事者からの相談を想定した実用的な研修が実施されているワンストップセンターは少なく、その対応に傷つくことがあるかもしれません。しかし、それは決してあなたのせいではないということを覚えておいてください」
「つらくなることがあったら『一緒に戦う人がいる』と思い出してもらえると嬉しいです」

相談窓口

性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター

Tel. #8891

性犯罪被害相談電話

Tel. #8103

Tokyo LGBT相談専門電話相談

Tel. 050-3647-1448

今回お話を伺ったのは…

宝塚大学看護学部 日高庸晴教授

京都大学大学院医学研究科博士後期課程社会健康医学系専攻で博士号取得。カリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部エイズ予防研究センター研究員、財団法人エイズ予防財団リサーチレジデントなどを経て現職。専門は社会疫学、HIV/AIDS予防など、若者の健康リスク行動の実態調査等に従事。著書に『パワポ LGBTQをはじめとする セクシュアルマイノリティ授業』『セクシュアルマイノリティってなに?』(少年写真新聞社)など。

Broken Rainbow-Japan 代表 岡田実穂さん

レイプクライシス・ネットワーク代表。青森レインボーパレード共同代表。2003年から性暴力サバイバーのサポートに携わり、当事者支援や相談員研修、政策提言などに取り組む。

Broken Rainbow-Japan HP

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