ここ数年でよく耳にするようになった「選択的夫婦別姓」という言葉。実は40年も前から議論されているものの、未だに法制化されていないのです。

この状況を打開し、「選択的夫婦別姓」の実現を目指して活動しているのが、市民団体「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」。2018年に創設された比較的新しい団体ですが、全国レベルでアクティブに活動しています。

今回は、創設者であり事務局長を務める井田奈穂さんに「選択的夫婦別姓」をとりまく状況、そして「姓を選べる社会」の意味についてお話を伺いました。


【INDEX】


選択的夫婦別姓とは?

「選択的夫婦別姓」とは、夫婦は同じ姓を名乗るか別姓を名乗るかを、“選ぶ”ことができること。しかし現在の日本の法律(民法)では、婚姻に際し夫婦は同じ姓を選ばなくてはならず「夫婦別姓」は不可能です。

民法第750条「夫婦は、婚姻の際に定めるところにより、夫又は妻の氏を称する」

調査によると、婚姻後96%(2016年厚生労働省調べ)の夫婦が夫の姓を使用しており、既婚女性の多くが改姓を経験しています。

ジェンダー平等、多様な生き方・働き方が進む中、婚姻前の名前を婚姻後も使いたいという女性は数多くいます。「通称使用」は定着しているものの、本名(戸籍名)ではないことから、不便・不利益に直面している人が多いのです。

ところが、一見矛盾するようですが、国民の間で「夫婦別姓」はすでに受け入れられているのです。2020年11月に「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」と早稲田大学(棚村政行研究室)が共同で行った調査によると、20~50代の7割が選択的夫婦別姓に賛成しています。

ミレニアル&Z世代はどう考えてる?

コスモポリタンのInstagramで行ったアンケートでも、賛成84%・反対16%とジェンダー平等や人権への意識が高いミレニアル&Z世代にとって、夫婦の姓を“選択できる”ことはごく自然に受け入れられていることが分かり、以下のような意見が上がりました。

  • 自分の姓もアイデンティティだから
  • 姓が違うことで夫婦の絆が変わるわけではないから
  • 男女平等の一歩になると思うから

国民の理解と受け入れは高まっているのに、ごく一部の反対意見に阻まれ、国会審議にさえこぎつけていないのが現状です。 ここからは、井田奈穂さんに「選択的夫婦別姓」の実現に向けての活動や、ミレニアル&Z世代に伝えたいことをお話していただきます。

井田奈穂さん

井田奈穂
井田奈穂
取材協力:WeWork神谷町トラストタワー
1975年、奈良県生まれ。2度改姓した経験から、選択的夫婦別姓の法制化を目指す市民団体「選択的夫婦別姓・陳情アクション」を2018年に立ち上げ、事務局長を務める。

なぜ自分の名字を“選択できない”?

――「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」を始められたきっかけを教えてください。

普段はIT企業で広報を担当している会社員です。以前は政治や法律には遠い人間だったので、今こんな活動しているなんて昔の自分が聞いたら、驚くかもしれません。

2016年に現在の夫との将来を考えていたとき、彼が腫瘍の摘出手術を受けることになったのがきっかけです。私が手術合意書に“妻”としてサインをしようとしましたが、病院側に「奥様でない方にはサインをいただけない」と言われ、「“本当の”ご家族を呼んで下さい」と言われました。

当時、夫は父親を亡くしたばかりで、そんな状態で義母を呼ぶのは忍びないと思い、すべてが終わった後に事後報告したかったんです。でも結局、義母を呼ばざるを得なくなり、大きな負担を掛けてしまうことになりました。この経験から、彼を看病するためにも私が彼の“法的な家族”になる必要があると考え、法律婚をすることに決めました。そのときに、「どの姓にするのか?」が問題になったのです。

2年続いた「改姓地獄」

実は私の「井田」という姓は、元夫の名字なんです。19歳で結婚し、38歳のときに離婚しました。離婚時に2人の子どもは改姓を望みませんでしたし、私も20年近く「井田」の名前で仕事をしていたので、子どもたちと同じ戸籍にするためにも「婚氏続称(婚姻によって変更した姓・名字を離婚後も継続して使うこと)」手続きをし、ずっと「井田」として暮らしてきました。

しかし再婚の際に「井田」姓を選ぶと、今の夫に「元夫の姓」をつけることになってしまいます。これでは「望まない改姓」というだけでなく、私だけでなく夫も生まれ持った姓ではない名前を名乗ることになります。さすがにそれはできないなと思い、私が夫の名字に改姓して結婚しました。

変えてみたら、これが本当に…大変でした(笑)。初婚のときも改姓することに抵抗がありましたが、若かったこともあり、銀行口座2つと学生証の名義変更ぐらいで手続きは簡単に済みました。しかし42歳での再婚&二度目の改姓のときは、「井田」姓を長く使っていたこともあり、手続きが驚くほどあったのです。

――実際どのぐらいの手続きがありましたか?

数々の口座名義の変更だけでなく、目前に迫った海外出張のためパスポートも変更しなくてはならなかったのです。しかしパスポート名を変えると、出張先でのカンファレンスの登録名である「井田」ではなくなってしまうため、入場できない可能性も出てきました。

そこでパスポートに旧姓併記するためにパスポートセンターに3度行き、通常の書類に加え8つもの書類を提出しなくてはならなかったのです。また生活上の引き落としに使っていたクレジットカードの名義変更をしようとしたら、カード番号も変わってしまい…。つまり、すべてのカード決済設定をやり直すことになったんです。

ものすごい数の名義変更を余儀なくされ、時間とお金を使い…まさに「改姓地獄」(笑)。これが2年間続きました。「こんな手続き、必要ないはずなのに。苦痛すぎる!」と思ったとき、カナダで結婚した姉のことを思い出しました。姉が住んでいるケベック州は、ジェンダー平等や「自分のルーツを大切にする」という方針から、婚姻による改姓を禁じているので100%夫婦別姓の地域です。しかし姉は「夫婦別姓で困ったことは一つもない」と語っています。

「おかしい。この状況を変えなくてはいけない――」そんな思いをTwitterでつぶやき始めたら仲間ができ、それが「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション(以下「陳情アクション」)」を始めるきっかけとなりました。

井田奈穂
井田奈穂
2019年12月27日陳情、メンバーと一緒に

――具体的にはどんな活動をしていますか?

大きく分けて3つの活動をしています。

  1. 地方議会からの働きかけ
  2. 国会議員への働きかけ
  3. 勉強会

「地方議会からの働きかけ」は、都道府県や市町村の議員さんに訴え、地方議会から国会に意見書を出してもらう「意見書可決」を目指す活動です。この方法は、自民党・松本文明衆議院議員からいただいたアドバイスから動き始めたものです。

松本議員は「(夫婦別姓ができず)困っている人もいる。これからの日本には必要」と語った上で、「保守的な議員は支持層の顔色をうかがう。有権者が声をあげなければ政治ってのは動かないんだよ」と語り、陳情し地方議会を動かすことを提案してくれたのです。そこで「有権者の声を数で示そう!」と決め、できるだけたくさんの意見書可決を目指す活動を始めました。

地方から国へ!意見書の数で声を示す

2018年8月から中野区で陳情活動を始め、2018年11月に「陳情アクション」の公式サイトを公開しました。SNSをベースに輪が広がり、現在はメンバー登録者400名以上、約250人が全国で働きかけを行っています。

まず自分にゆかりのある土地の議員さんのところに行き、夫婦別姓ができないことが「市民の生活上の困りごと」であることを理解してもらいます。そして「選択的夫婦別姓ができるよう、法改正してください」という意見書を地方議会から国会に送ってもらえるようにお願いするのです。

現在までに全国で可決された意見書178件の内、「陳情アクション」メンバーの働きかけによるものは67件あります。意見書とは国会議員に「あなたの選挙区に法改正を望んでいる人がたくさんいる」ことを示すものであり、すべて裁判所に記録として残ります。司法に対しても「世論が変わり、選択的夫婦別姓を望む声が大きい」ことを訴え、プレッシャーを与えることも狙いです。

これはxの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
世の中の流れに反し、選択的夫婦別姓に反対する国会議員50名の連名で「選択的夫婦別氏制度の実現を求める意見書」の採択に反対を求める旨の書状を地方議会の議長約40名に送っていた事実が判明。「陳情アクション」はこの50議員に対し公開質問状を送り、3月9日に記者発表を行います。

こうした「地方から外堀を埋める」活動に加え、立法府である国会を動かす国会議員にも訴えています。一人ひとりにアポを取り、お話して「法改正に向けて動いてください」と陳情しています。

また全国で勉強会を開催しています。各地の議員さんや市民の方に、この問題を分かってもらうことも大切な活動です。選択的夫婦別姓についてあまり知らなかった議員さんでも、丁寧にお話しすると「そんなに困っているなら、何とかしてあげたい」と言ってくださるんです。現在、選択的夫婦別姓について強く反対しているのは、政権与党である自民党の一部の議員ですが、自民党からも意見書を出してくださることも増えています。

井田奈穂
井田奈穂
理解者である鈴木けいすけ議員(左から2番目)と一緒に

“選択的”であることの大切さ

――井田さんが目指していらっしゃるのは“選択的”な夫婦別姓の法制化ですよね。

そうです。“選択的”というところが大切なんです。これは「夫婦別姓か/夫婦同姓か」の議論ではなく、「選択か/強制か」の話なんです。好きな人と同じ姓を望むカップルは、同姓を選んで良いのです。同じように別姓を望む人も姓を選べ、誰もが平等に「選べる」ことが大切なんです。

メンバーは20~40代の女性が多く(男性は約3割)、改姓を経験した人が約6割、現在事実婚状態で、夫婦別姓ができないことから結婚できずにいる人が約3割です。それに加え、夫婦別姓ができないことで業務上、多大な不利益を被ることが多い研究者や資格職の人も約2割ほどいます。

いくら通称使用が浸透したといっても、法律婚をしていないとできないことがたくさんあります。相続、契約、親権の問題は、通称使用では解決になりません。つまり姓に関する困りごとはとても幅広いんです。それだけにその人の状況に合わせて、「姓が選べる=“選択的”」であることがとても大事なのです。

逆に選択的夫婦別姓に反対することは、「法律婚をした人は同じ姓を名乗るべき」という価値観の強制だと思うんです。すごく排他的ですよね。人権侵害の一つであることを理解してもらえたらと思います。

――議員に陳情する上で難しい点は?

現在、全国の議員の割合は男性9:女性1で、圧倒的に男性多数です。婚姻時改姓は96%が女性によるものですが、「女性の権利の主張」としか受け取られないと、議員さんたちに納得も共感もしてもらえません。

家父長制を理想としている議員さんもいるわけで、そういう人たちにも話を聞いてもらうことが大切です。不平等であることを強く訴えるだけでは、反射的に「そんなことない!」と拒否されてしまいます。「そうですよね、夫婦別姓が進むとご心配なこともあるんですよね」など、話す相手に歩み寄ったプレゼンをすることも心掛けています。ビジネスの交渉と一緒で、この辺は戦略的にやっている部分もあるんです。

――「選択的夫婦別姓のメリットとは?」と聞かれたとき、どう答えていますか?

相手によって答えが変わるはずです。全日本人にとっては少子化改善の一助になると言えますし、本当にジェンダー平等が大事だと思っている人には、さまざまな不平等の解決への一歩と思うはずです。

女性にとっては「ジェンダー平等」は、年齢層関係なく当たり前の観念として受け入れられていますし、若い世代の男性もそう思っている人が多いです。この層の人たちに「今後、尊厳と同権利を持って結婚できるようになりますよ」「誰もが自分らしく、法的に守られて安心して家族になれるため」と言うと、すっと納得してくれます。

しかし「女性が男性と同じ権利を持つなんてとんでもない」と思う人も一定数存在します。そういう人には、日本の優秀な研究者が(改姓により)論文の連続性がなくなることで困り、海外に流出しているケースなどを紹介し、「選択的夫婦別姓が、日本人の国際的信用を担保することに繋がりますよ」とお伝えしています。

――活動内容を見ると、与党議員に積極的にアプローチなさっていますね。

現在、野党はほぼ「選択的夫婦別姓」に賛成しています。しかし自民党内で一部反対があるため部会を突破できず、国会審議まで行けていません。なので、政権与党(自民党&連立を組んでいる公明党)にしっかり理解していただくために頑張っています。

2020年発表された「第5次男女共同参画基本計画」の素案は、世論や選択的夫婦別姓の必要性を盛り込んだ素晴らしい内容でした。しかし12月25日に閣議決定されたものは、ざっくり切り取られ、薄い内容になってしまいました。有権者の意見を与党議員さんにもしっかり聞いてもらえるよう、アプローチしているんです。

井田奈穂
井田奈穂
取材協力:WeWork神谷町トラストタワー

――活動にはさまざまな困難があると思うのですが。

この活動を始めて3年目になるのですが、やり続けていられるのは感動があるからなんです。全然理解してくれなかった議員さんが大賛成に回ってくれたこともあります。「本当に困っている人がいたんだね。一肌脱ぐよ!」と、旗振り役になってくれている高齢の議員もいらっしゃいます。

これまで声を挙げられなかった女性議員が「ずっとやりたかった」と協力してくださり、意見書可決に一緒に涙したり。そういう一つひとつの場面がとても感動的なんです。

他方で、理解してもらえない理由が感情論や宗教観であることも多く、固定概念になっているものを打ち破るのは本当に困難です。議員さんご自身が「心の中では実は賛成」でも、後援している団体が反対の場合、アポも取れません。この門をどうにか開くために、どの議員さんが助けてくれるのかも含め、状況を可視化することも大切だと思っています。

井田奈穂
井田奈穂
2021年2月10日法学者・法曹共同声明の手交に同行。左から犬伏由子・慶応大学名誉教授、野田聖子・自民党幹事長代行、井田さん、二宮周平・立命館大学教授

でもジェンダー平等に関して、現在は関心が広がっていますよね。この機を逃さず、「選択的夫婦別姓」の問題をもっと知ってもらい、全日本人が「自分ごと」と思ってもらえたらと。自分がどう生きるか、どんな社会であってほしいか、この法改正から「将来」が透けて見えるはずです。「自分ごと」として理解してくれたら、行動に移してくれるはず。かつて私も政治に無関心だったので、以前の私のような人に知ってほしいです。

SNSを通して私に意見してくる人もたくさんいます。でも彼らは私にアイデアをくれるんです。この問題は納得してもらわないと先進みません。論理面をカバーする資料を作っているのですが、意見してきた人たちに言われたことがヒントになっています。

「別姓が可能になったら、子どもの名字はどうするんだ?」「家族の絆は崩壊するのでは?」など雑多な反論が寄せられますが、一つひとつの事例やエビデンスを調べ、納得してもらえるための資料をしっかり作っています。

――これからの活動のビジョンは?

今年は最高裁判決がある大切な年です。現在、選択的夫婦別姓について提訴されている4件(戸籍法改正1件、民法改正3件)について「違憲か/合憲か?」が大法廷で審議され、1つの判決として秋ごろに下る予定です。社会的に大きな変化に繋がる裁判は大法廷で審議されるのが慣例で、「現行法が違憲」との判決が出た場合は強制力を持って法改正が行われます。夫婦別姓について最高裁大法廷で憲法判断が下されるのは、2015年12月以来のこととなります。

この前哨戦として、全国各地から多くの意見書が出されていることや、「7割が賛成」としたアンケート結果を示すとともに、メディアに出て訴えるなどして「民意の可視化」により力を入れたいです。

私はメディアに出て顔も名前も洗いざらいさらしているんですが、メンバーにも自分から声を発信していくことを推奨しています。

これはxの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
「陳情アクション」のメンバーである二人が出演したNHK『ETV特集 夫婦別姓 “結婚”できないふたりの取材日記』は大きな話題になりました。

また、私たち当事者だけでなく、ビジネス界からも声をあげてほしいです。望まない改姓をした人のために必要な業務手続や「二重氏の運用(戸籍姓と通称の両方を使用する)」は、業務やシステム改修に莫大なコストがかかり、経営上マイナスです。具体例をあげて訴え、「選択的夫婦別姓の必要性」を共同声明として出してほしいと働きかけをしています。

自分たちで社会を作っていこう!

――ミレニアル&Z世代へ伝えたいメッセージは?

現在は、若い方々への輪も広がっています。大学生と一緒にイベントをやったりしていますが、選択的夫婦別姓について知ることは、ジェンダー教育、人権教育に直結し、つまり「どういう社会であってほしいか」を形作っていくことです。

ですから若い人にも活動に参加してほしいのです。ちょっと先に起こるかもしれない結婚と法律がものすごく関係することを知り、早めに声を出してほしいなと。政治に自分の声を届けることは、そんなに難しいことじゃないんです。一人じゃ怖かったら私たちがいるので、気軽にやってみてほしいと思います。

井田奈穂
井田奈穂
2020年10月17日東京青年会議所イベントにて

▲「#わたしたちが生きたい社会のつくり方​」をテーマにしたトークセッションはこちら

法改正が実現すれば、アイデンティティを取り戻せる人がたくさんいますし、やっと結婚できるカップルもいます。でも私自身は法改正が実現しても、生活は変わらないんです。あれだけ大変な思いをして改姓しましたし、法改正しても「どの名前に戻るの?」となってしまうからです。私はきっとアイデンティティを失ったまま、命を終えるでしょう。でも次世代の人たちにこの経験を絶対引き継がせたくない。その一心で活動しています。その思いをコスモポリタンの読者や若い世代に伝えたいです。

自分の命、生活、尊厳は自分で守っていくものです。憲法12条に「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」とあります。私の大好きな条文です。これは「自分たちで社会を作っていこうぜ!」というメッセージなのです。

望む人は改姓し、そうでない人は改姓しなくて済む、「一つの名前で生きられる社会」。40年前から議論は始まっているのに実現していません。今私は、声をあげてきた先輩たちのバトンを引き継いで必死に走っていますが、次世代にバトンを渡さずに法改正を実現したいです。そして一緒に頑張った人たちと喜びたいです!