同性カップルが子どもを迎えたり、トランスジェンダー男性が出産をしたりなど、家族の在り方はひとつではありません。

GID(性同一性障害)の治療や性別適合手術のサポートを行う「株式会社G-pit」の代表を務めるFTM(Female to Male:出生時に割り当てられた体の性が女性であるものの、男性のジェンダーアイデンティティを表現するトランスジェンダー)の井上健斗さんは、今年パートナーと結婚。6歳の息子さんと養子縁組を組んで、父親として新たな人生を歩んでいます。

今回は、結婚という選択をした理由や井上さんが考える“家族”について、お話を伺いました。

お話を伺ったのは…

井上健斗さん/株式会社G-pit 代表取締役

タイで性別適合手術を受け、戸籍上の性別を女性から男性に変更。2010年より「世界中のトランスジェンダーが生きやすい未来に」を理念に掲げ、性同一性障害トータルサポート会社 G-pitを設立。YouTubeなどでトランスジェンダーに関する情報配信も行っている。

――まずはじめに、井上さんの⾃⼰紹介をお願いします。

株式会社G-pitの代表取締役の井上健斗です。僕はFTMで、25歳のときに女性から男性になりました。男性として生活するようになってからはもう11年目ですね。

今年、パートナーと結婚をして、相手の6歳の息子とも養子縁組を組み、今は⽗親として一緒に⼦育てをしています。

“みんなの幸せ”を考えるように

――結婚を選択した理由を教えてください。

僕は二度の離婚経験があって、もう離婚したくないと思ってたので、そもそも結婚という選択肢がない状態だったんです。そう思っていたなかコロナ禍になり、今のパートナーとは息子も含めての同棲が始まりました。そしたら息子が予想以上に懐いてくれて、その頃からなんとなく結婚を意識しはじめるようになったんです。

自分一人の幸せを考えたときには結婚の選択肢はなかったんですけど、息子から「パパになってほしい」というような雰囲気も感じて。パートナーと話して“みんなの幸せ”を考えたときに「結婚してもいいかな」っていう選択肢が出てきたんですよ。

なんで結婚という選択肢が出てきたんだろうと考えたら、やっぱり愛があったんです。相⼿の幸せを想像したり、相⼿の価値観に寄り添ったりという作業をしていったら結婚してもいいなと思ったし、「愛があるからそう思うんだ」と⾃分でもなんだかほっこりしましたね。

そもそも結婚に自信がないという僕自身の問題だったし、それってパートナーと息子にとっては関係ないことじゃないですか。パートナーはとても素敵な人で仕事のことも応援してくれているのに、自分に対してかっこ悪いなって。それで最終的に結婚を決めました。

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――結婚してから、井上さんの中での変化はありましたか?

2年以上一緒に過ごしてきたので生活面ではあまり変わりはないですが、みんな僕の名字になったので息子にとっては変化が⼤きいと思いますね。

それと結婚してから、息子が僕のことを24時間ずっと「パパ」というようになりました。今は小学生ですが、結婚する前は保育園の送り迎えに行くと、友達の前では「パパ」って言っていたのに、家に帰ると「健斗」になっていて。

僕はてっきり子どもながらに世間体とかを気にしていて、使い分けているのかなと思ってたんですけど、どうやらそうじゃなかったみたいで。⼀緒に住んでいてもまだ結婚していないから本人にとっては“ママの彼⽒”であって、「パパ」って呼んでいいのかなという不安があったみたいなんですね。

結婚した瞬間、「パパなんだ」「パパって言っていいんだ」という感じで頑張って呼ぶようになって。制度とかもまだ知らないのにすごいですよね。

もともと「パパでもいいし、健斗って今まで通り呼んでもいいよ。好きな呼び方でいいからね」と伝えたんですけど、本人にとっては「パパって呼んで」と⾔われた⽅が楽だったんだなと後から気づきました。ちゃんとわかってあげられなかったなって反省もしましたね。

“家族”になるうえでの葛藤も

――様々な家族のかたちをより目にする機会が多くなりましたが、井上さんはどのように感じていますか?

はじめは事実婚でいこうとなっていて、指輪を買ったんです。そのときに指輪に関する取材を受けたことがあったんですが、記事を読んでくれた人のなかには「事実婚を選択する理由が分からない」という考えの方もいて。

もちろん事実婚のことを伝えて祝福してくれる人もいますし、人によって本当に反応が違うなと思いましたね。やっぱり未だに“家族のかたち”が縛られていると感じたし、色んな家族のかたちがあることを知らない⼈が多いんだなと。

知ってる・知らない、⾝近にいる・いないで考えも変わってくると思うので、可視化していくしかないのかなと感じています。

あとは、偏⾒や差別的なストレスもあって。それは自分がトランスジェンダーだからっていうのが⼤きいですが、周りへのカミングアウトが大変でした。相手のご両親や親族の方への挨拶はもちろん、⼦どもを通じて関わる人に対してはすごく気を遣いました。

僕は戸籍も男性に変わっているし、結婚するにも養子縁組を組むにも、制度に関することには問題がなかったんです。けれど、初めましてのママ友やパパ友に伝えてもいいのかというところで、毎回ドギマギして…。仕事柄トランスジェンダーだとオープンにしているものの、「何の仕事をしているの?」って⾔われたときに、今は⾔わない⽅がいいなと思う場面もあったんです。

自分一人のときであれば伝えていたけど、やっぱり家族になって「守るものが増えた」と考えるようになりました。実際に伝えたこともあるのですが、 より仲が深まった方もいれば、伝えたことによって相手の負担になってしまったのではないかと思うこともありましたね。

それに親から子どもにどう伝わるのかは、僕にもコントロールできず、委ねるしかないところで。「その子はどう思うんだろう」「息子は周りの子からどう思われるのだろう」とか考えると、ちょっと萎縮しちゃってる⾃分がいて。表に出てこの仕事をやってる僕ですらそう思うから、怖いと感じる人はたくさんいると思いますし、伝えないという選択を取る方もいると思います。そうすれば嘘をつかなきゃいけなくて…⽣きづらさを感じると思うんですよね。

――井上さんにとっての“家族”とは何でしょうか?

家族って⼀⾔でいうと「愛」っていうイメージがなんとなくあると思うんですけど、僕にとっての家族の定義は“個⼈が集まったチーム”みたいな感じかな。 マーブルみたいに常に⾊とかが変動していて、もっとドロドロしてるものだと思うんですよ。

一人じゃないから我慢しなきゃいけないこともあるし、喧嘩をすることも苦しいこともある。逆に一人じゃないから安⼼できたり幸せだったり、楽しさが倍増することもある。そういったものが複雑に入り混じっている状態で、それを共存している“チーム”というのが僕がこれまで一緒に過ごしてきたなかで見つけた答えかな。

もちろん結婚してる・していない、血がつながっている・つながっていない、同居してる・していないっていうのは、家族を定義するのに関係のないことだと思いますね。

――家族になってから意識していることはありますか?

「⼦どもだからまだ分からないだろう」「言わなくていい」って思わずに、息子が理解できるような言葉で何でも伝えるようにしていますね。どんな質問に対しても答えるのは、チームとして必要なコミュニケーションだと思うからです。

こういう子育てをしていきたいっていうのは、パートナーのほうが強いと思うんだけど、多様性についての教育であればうちの家族は最先端だと思いますね。意識的に伝えようとしてるけど、ただの押し付けにならないように、息子がどういうことに対して興味があるのかはちゃんと⾒るようにしています。

僕らの周りにはLGBTQ+当事者たちがたくさんいますし、多様性を自然に受けいれる⼟台はもうすでにできているんじゃないかなと思います。

様々な“かたち”があるのが当たり前

――井上さんが考える“理想の社会”を教えてください。

やっぱり特例法(性同⼀性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律)の中の「不妊要件(生殖機能を永続的に欠く状態にあること)」は厳しいものであって、改正されるべきだと思っています。

株式会社G-pitを立ち上げて今年で12周年になるんですけど、このことは創業当初から⾔っていて。性別適合手術のアテンドをやっていると、治療を勧めていると思われがちなんです。でも僕は、治療に関する情報にアクセスできたり相談場所があったり、ゆくゆくはこういったアテンドも必要のない世界になったらいいなと思っているので、不妊要件はなくなってほしいです。

そして僕の周りにもすごく素敵なカップルがいますが、同性婚が実現されないから法的に“家族”になれずにいる。よく社会に認められる・認められないの尺度で話がされますが、その言葉を使っている時点でナンセンスだなと僕は思っています。⼈が幸せに⽣きるための制度を作っていってほしいです。

あとは、多様な家族を知らない⼈が多いなと感じていて。やっぱりまずはそういった様々な家族のかたちがあることを可視化するのも大切なのかなと思います。個々の意識が変わればもっと互いを尊重して、フォローし合い⽀えられるような社会になるはず。何においても様々な“かたち”があるのが当たり前という社会に、変わっていったらいいと思いますね。

心から愛せる自信がある

――最後に読者へメッセージをお願いします!

よくトランスジェンダーのお⽗さんだと⼦どもがかわいそうだとか、いじめられるとか言われますが、「どうしてうちの息⼦に会ったこともない⼈が、息⼦の幸せをジャッジするんだ」って思うんですね。その考えは、絶対に変わっていってほしいなと思っています。

僕はもともと3人家族で、⾎縁関係のない父に育てられました。父は僕が20歳のときにがんで亡くなったのですが、23歳のときに戸籍謄本を取って初めて実の父でないということを知ったんです。当時は性別のことで悩んでいて僕自身もきつかったから、⽗ともぶつかることも多くて、喧嘩をしたときに父を壁に向かって強く突き放したこともありました。

でも父は僕がそんなことをしても「俺の子じゃない」なんて、絶対に言わなかったんです。父ともそんなに仲良くないままお別れをしたのですごく後悔してるけど、僕は本当に素敵な人に育てられたなって思っているし、今振り返ってみても幸せな日々でした。

だから僕も、息子とは⾎縁関係がないけど心から愛せる⾃信があります。「愛は血縁関係を超える」っていう実体験が僕の中にあるから。けれど幸せかどうかを決めるのは、もちろん息子自身です。ただ僕は、「血縁関係がない子どもなんて」「養子なんて」という方に、幸せな子どもだっているんだよと知ってもらえたらうれしいです。


プロフィール

井上 健斗

株式会社G-pit 代表取締役で、1985年東京生まれ。タイで性別適合手術を受け、戸籍上の性別を女性から男性に変更。2010年より「世界中のトランスジェンダーが生きやすい未来に」を理念に掲げ、性同一性障害トータルサポート会社 G-pitを設立。

性別の悩み無料相談窓口、タイと日本の性別適合手術アテンド業を運営。これまでのトランスジェンダー相談件数は1万6千人以上、10年連続でアテンド実績業界日本一。YouTubeなどでトランスジェンダーに関する情報配信も行っている。

ジーピット公式 webサイト(トランスジェンダーサポート事業)

ジーピット公式YOUTUBEチャンネル(トランスジェンダー情報チャンネル)

G-pit LAB (FTMの子作り妊活事業)

GRAMMY TOKYO official web site(イベント事業)

農家まっつら(農業事業)

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