アメリカでのLGBTQ+人権活動の起点となる「ストーンウォールの乱」をきっかけに始まった、6月のプライド月間。各国・地域ともパレードやプライド期間があるものの、6月は足並みそろえてハッピープライド! ということで、我々が暮らすアジアではどうなのでしょう? 四半世紀以上、映画のために世界を飛び回ってる映画ライターのよしひろまさみちと一緒に、社会を映す鏡こと「映画」で考えてみましょ。

クィア映画のはじまりは“ふつうじゃないもの”

アジアでのクィア映画の歴史は、80年代後半くらいから。いや、厳密にはもっと前からあるんだけど、盛り上がってきたのはそれくらいね。欧米がすべて、とは言いませんが、70年代にあった欧米での人権活動の盛り上がりを受けて、80年代後半くらいから暗喩的ではないクィア映画が続々作られるようになりました。

こと、日本の映画におけるLGBTQ+キャラクターは、アングラ映画のテリトリーや木下恵介監督作など巨匠たちの映画で描いてきたアウトサイダー、はたまたボーイズラブの系譜にある“やおい系”など、いわゆる「フツーじゃない」描き方をしてきた歴史があるのね。それが、80年代後半~90年代にメディアがこぞって紹介することで起きた「ゲイブーム」で、状況は一変。

東京レズビアン&ゲイ・フィルム・フェスティバルが92年に始まり(レインボーリール東京と名前を変えて、今も継続しています)、若い男性セックスワーカーを描いた『二十才の微熱』(橋口亮輔監督)が一般興行でヒットし、その後数々のゲイ映画が制作されるようになったり……と、映画におけるLGBTQ+が顕在化していきましたの。

長くなりましたが、そんな知識をつけたところで、日本を含めたアジア諸国・地域のクィア映画で、配信やソフトで観られる作品を駆け足でご紹介します。チョイスの基準は「後世に残る傑作」! あらすじはググればいくらでも出てくるのでここでは割愛しますが、深く考えずとりあえず観ていただければ、アジアのそれぞれの地域でLGBTQ+が置かれている状況や歴史がちらりと垣間見られますよ。

中国・香港は返還前後の流れも描かれる

まずは中国・香港。中国返還直前の80~90年代は、香港映画がアジアの中心ともいえる存在。イギリス文化と中華文化が混じり合った混沌の中で、さまざまなクィア映画が制作されました。そのなかでもおすすめは、中国・香港・台湾の合作映画で、香港明星のトップ、レスリー・チャンが主演した『さらば、わが愛/覇王別姫 4K』(7月28日より公開)。

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©1993 Tomson(Hong Kong)Films Co.,Ltd.
『さらば、わが愛/覇王別姫 4K』 7/28(金)から、角川シネマ有楽町、109シネマズプレミアム新宿、グランドシネマサンシャイン池袋ほか全国で順次上映開始
 
©1993 Tomson(Hong Kong)Films Co.,Ltd.

カンヌ国際映画祭でパルムドールを獲得した大河ロマンで、日本で舞台化もされています。ここで描かれるのは、京劇という伝統芸能の世界と戦前戦後~文化大革命という激動の中国社会における同性愛。これ、イギリス領香港だったからこそ、激動の近現代中国史を俯瞰しながらアウトローとしての京劇俳優の愛を描くことができた奇跡の一作なんですね。

その実、この作品をきっかけに、香港からは『ブエノスアイレス』や『美少年の恋』など、ゲイ映画の傑作と呼ばれる作品が続々と発表されましたので。なんといっても、この作品の後にゲイであることを公言したレスリー・チャンの芝居と美貌は、他には代えがたい存在だったことがわかりますよ。

 
© 1997 BLOCK 2 PICTURES INC. © 2019 JET TONE CONTENTS INC.
『ブエノスアイレス 4K』
 
© 1997 BLOCK 2 PICTURES INC. © 2019 JET TONE CONTENTS INC.

文化背景も表現も“色彩”豊かなフィリピン

お次はフィリピン。こと「ファミリーの絆は絶対」という概念が強いことでも知られています。その一方で、セクシュアル・マイノリティには割と寛容(対アジア諸国)。というか、大衆文化に溶け込んでますが、カソリック文化ゆえに同性婚は認められていない状態です。

アジア文化と西洋の宗教文化、おおらかな東南アジアの風土がまじりあったフィリピンだからこそ生まれたのが、『ダイ・ビューティフル』(DVD発売中、FODで配信中)。トランスジェンダーの人たちが集まった仲間のお葬式を舞台に、血縁ではないファミリーの絆と死生観を描いています。超おおらかだけど、マジで複雑な文化背景を持った国ね、と分かっていただけるかと。

ダイ・ビューティフル [DVD]

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韓国エンタメは衝突しながら一歩ずつ

さて、お隣の韓国はいかがなものか。というと、じつはかなり厳しいんですよ。プライドパレードは毎年開催されているものの、毎回保守系団体と衝突、というニュースが流れるほど。芸能文化においては世界で認められて久しい韓国ですが、LGBTQ+をとりまく環境はまだまだ厳しいんです。

なので、クィア映画も市場としてはかなり限定的で、一般興行する規模の作品は年に1~2作あるかないか、といったところ。とはいえ現実問題、LGBTQ+の人権活動は大きく動いているので、クィア映画もこれからどんどん増えていく国のひとつ、といえるのかな。

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©2019 FILM RUN and LITTLE BIG PICTURES. ALLRIGHTS RESERVED.
『ユンヒへ』Blu-ray&DVD発売中(発売:トランスフォーマー)
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©2019 FILM RUN and LITTLE BIG PICTURES. ALLRIGHTS RESERVED.

そんな韓国は『詩人の恋』(U-NEXT、Huluで配信中)と『ユンヒへ』(U-NEXTで配信中)。どちらもクローゼット(自身の性的指向や性自認を公表していない状態)のセクシュアル・マイノリティ(前者はゲイ、後者はレズビアン)を主人公に、社会にはびこる偏見ゆえに苦悩する姿が描き出されます。

この描出は、90年代くらいまでのハリウッドでのクィア映画によくあるパターンですが、どこの国でも現代もなお同じ苦しみを味わい困っている人がいるのは確実。だからこそ、この2作はずっと見続けていきたい作品なんですねー。

 
(株)新日本映画社/エスパース・サロウ
『詩人の恋』

ジェンダー平等進む、良作続々の台湾!

さて、アジアと一言でいっても西は中東諸国、南はインド、インドネシア、東は日本まであり、宗教も文化もバラバラなので、地域ごとの事情もバラバラなんですが、今のアジアでLGBTQ+の人権活動が進んでいるのはどこだと思います? ズバリ、台湾です(本来は地域ですが、交えて紹介します)。

蔡英文政権下において、同性婚が法制化されたことは有名ですよね。でもそれ以前から、マイノリティの人権活動が成功。特に原住民とよばれる少数派の先住民族(9族といわれてましたが、現在政府認定をうけているのは16族)の人権、文化の保護の活動が2000年代から活発化し、マイノリティをマジョリティとの区別なく共生していこう、という流れができました。

マイノリティが抱える問題はマジョリティの偏見や差別によるもの、という意識が根付いて、同性婚に関しても「ジェンダーやセクシュアリティうんぬんではなく、人権の問題」ととらえられたんですねー。他人事ではなく自分ごととして考えること、マジ正しい! そんな台湾は、ツァイ・ミンリャンやアン・リーによるクィア映画の先駆者たちが切り開いた文化があり、2000年代後半くらいから続々とクィア映画の良作が生まれています。

ビクターエンタテインメント GF*BF [DVD]

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たとえば『GF*BF』(DVD発売中)のようなドリカム編成(男性2人と女性1人の構図)青春映画では、淡く甘酸っぱい恋愛と友情を情感たっぷりに描き、同じく青春映画の『君の心に刻んだ名前』(Netflixで配信中)では、差別偏見の残る80年代を舞台に直球でゲイの恋愛を描いたり。はたまた『先に愛した人』(Netflixで配信中)のように血縁のない新たな家族観を、夫をなくした妻と息子、それに夫の愛人の男の三角関係で描き出してみたり。斬新だけど、めちゃリアルというところに踏み込んでいます。いやー、台湾、マジすごい。

過渡期の日本も徐々に当事者性をおびるように

最後に我らがジャパン。ほんっと、遅れを取っております。前時代的な考えがまだ残っていて、マジ不安。でも、これからを担う若い人たちは、そこまで保守的ではない……と信じたいのよね。だって、この5~6年くらい、クィア映画は急速に成熟し始めてきているから。

それこそ、90年代のゲイブームのころとは隔世の感あり。映画は社会を映す鏡といいますが、鏡ということは、逆に問題点も素直に映し出すもんでして。このところ出てきた傑作は、どれもインクルージョンできてないことがどんだけカッコ悪くて、誰かを傷つけているか、ってことをあぶりだしているんですよ。

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映画『カランコエの花』事務局
映画『カランコエの花』
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映画『カランコエの花』事務局

たとえば、『カランコエの花』(U-NEXTで配信中)。ティーンの好奇心をベースに、アウティングの危険性や偏見、性のゆらぎとグラデーションを描ききっている中編。この尺でよくぞ詰め込んだ! という傑作です。

また、トランスジェンダー女性を子どもの目線で描いた『彼らが本気で編むときは。』(U-NEXT、FODで配信中)は、偏見と差別、家族観の変容が明らかに。『老ナルキソス』(劇場公開中/U-NEXTで配信中)は、セクシュアリティに関係なくあるナルシシズムをベースに、恋愛の本質と同性同士のパートナーシップを多層的に描いた傑作です。政(まつりごと)の世界でやいのやいのやってる不毛な論戦をぶっとばす、当事者の声そのものな映画が出てきてるじゃな~い! と、ワクワクせざるをえません。

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Only Hearts Co., Ltd.
映画『老ナルキソス』
 
Only Hearts Co., Ltd.

千差万別のアジアを楽しんで

このように、一言で言い尽くすことは不可能なほど国によってさまざまな価値観が混在するエリアがアジア。そもそも多様なんですよね。言語や文化、価値観こそ違えども、ジェンダーやセクシュアリティなど不問で誰もが自分らしく生きることができるようになることが、幸せのスタートライン。多様なエリアだからこそ、多様な視点のクィア映画が、これからもどんどん出てくるので、楽しみにしていてくださいね。

おさらい:プライド月間に見たいアジアのクィア映画10選