「法的に夫婦別姓が認められていないのは、世界で日本だけ」って知っていましたか? しかし日本でも様々な理由で夫婦別姓を望む人が多く、現在「選択的夫婦別姓」の議論がこれまでになく高まっています。

「夫婦別姓」を語るとき、反対派の人は「そんなに夫婦別姓したいなら、別姓が可能な海外に行けばいいのに」という常套句をよく使います。私も何度も投げかけられた言葉です。いえいえ、「海外在住=別姓が可能」なんてシンプルなことではないのです。

そこでイギリス在住日本人である私の「改姓にまつわる手続きが恐ろしく大変だった経験」を紹介したいと思います。すべては日本で「選択的夫婦別姓」が可能であったらしなくて済んだことでした…(涙)。そして婚姻から7年たった現在も、大小さまざまな混乱が終わっていないのです――。


【INDEX】


イギリスで日本人男性と「日本の法律婚」をした私のケース

私は2002年にイギリス・ロンドンで就職し、以来ずっとこの地で暮らしています。2006年にイギリス永住権を取得したとき、「宮田華子」という当時の本名(戸籍名/生来姓)で登録をしました。そして2014年に、ロンドンで知り合った日本人男性と結婚。夫は2004 年に駐在員として来英。2009年に永住権を取得した後ロンドンで転職し、現在は在英企業の社員として働いています。

共にイギリス永住権を持つ日本人であり、当面はイギリスで働きながら暮らしていく予定―― そんな二人が結婚に際し、まず話し合ったのが「一体どの国の法律で結婚する?」ということでした。結論から言うと、散々調べた上で「日本の法律で婚姻すること」を選びました。

イギリス婚ではなく「日本の法律婚」を選んだ理由

イギリスに暮らす私たちには3つの選択肢がありました。

  1. 日本の法律婚をする
  2. イギリスの法律婚をする
  3. 日本とイギリスの両方で法律婚をする

それぞれに長所・短所がたくさんありましたが、「①日本の法律婚をする」ことに決めた一番の理由は、日本の法律婚による「婚姻証明書(大使館が発行)」があれば、イギリスで「正式な夫婦」と見なされるものの、その逆は困難だったからです。

日本人同士が海外で婚姻をした場合、日本への届け出は義務ではありません。しかし海外(私の場合はイギリス)の法律婚による「婚姻証明書」があっても、日本人である限り「同じ戸籍に入る(=日本の法律婚をする)」手続きを踏まないと、日本では正式な夫婦と見なされない場合があります。日本で発生する手続きや契約事項、どちらかが日本で病気になった場合の意思確認なども、戸籍上の夫婦でないとスムーズにいかないことが多いのです。

また私たちの場合、各々がすでに永住権を取得しているため、ビザのためにイギリスの法律婚をする必要がありませんでした。ですが①を選択する場合、「イギリスの法律婚」では可能な夫婦別姓が、日本の法律婚ではできないという問題に直面しました

ずっと「生来姓」で仕事をしてきたのに

日本の民法は「夫婦同姓」を義務化しているため、日本人同士の婚姻の場合はどちらかの姓を選ばなくてはなりません。これに私は大きな抵抗がありました。ちなみに…国際結婚の場合は、日本の法律婚でも夫婦別姓が可能なのです。この点も私をモヤモヤさせました。

私は生来姓(誕生したときの姓)に強い愛着があったわけでありません。かつ夫の姓はちょっと珍しいこともあり「なかなかよい名字だわ」と思っています。しかし生来姓を仕事名としてずっと使ってきたので、仕事の連続性において「宮田さん」であり続けることは大事なことです。でもそれ以上に、私と夫が何よりも嫌だったのは「姓を自分で選べない」という事実でした。

young woman working at home
Marko Geber//Getty Images

私の名前をなぜ私が選べないのだろう?

夫は「僕が『みやたさん』になるよ~」と言ってくれました。またお互いの両親も、どちらの姓を選んでも理解してくれたと思います。でも問題はそこじゃない。どちらが改姓しても面倒なプロセスが降りかかるのは必須。そしてなにより「別姓で結婚をしたかったのにできなかった」という事実は変わりません。

選択的夫婦別姓が法制化するまで待とうか…とも考えましたが、私たちは近々に家を買う予定があったので(家購入にまつわる悲惨話はコチラから)、保険の加入や名義も含め、日英両国で「法律上の家族」と見なされる必要がありました。

悩んだ末、会社員である夫よりフリーランスである私の方が「通称使用しやすいのでは?(後にそうではなかったことが判明。後記参照)」と考え、戸籍上は私が夫の姓に改姓し、日本の法律で結婚。もちろん仕事でもプライベートでも、これまで通り「宮田」のままで通すつもりでした。

ところが…コトはそうスムーズには進まなかったのです…(泣)。

永住権の登録名変更手続きが大変すぎた!

「婚姻届」を提出後、2つのID(パスポートと永住権証)の氏名変更手続きを行いました。パスポートの変更は簡単で、在英日本大使館に戸籍謄本を付記して申請するだけ。3週間ほどで新しいパスポートが発行されました。

次に私のイギリス永住権に登録された名前を変更する手続きをしなくてはならなかったのですが、これは婚姻前から「手続き方法が分からない」という問題を抱えていました。当時のイギリス移民局のサイトには、さまざまな申請手続きが詳しく記載されていました。特にイギリス人やEU加盟国の人との国際結婚に伴うビザ関連の手続きについては、情報がわんさかありました。

しかし私の場合、婚姻とビザのステイタスは無関係。またビザは個人に紐づくものであり、婚姻状況の報告の義務もありません。

永住権の登録名を変えたいだけなのに…。

仕方なく自力での変更手続きを諦め、移民法の専門弁護士に相談することに。いくつかの弁護士に問い合わせすると、全員から「まあまあ面倒ですよ」的な返事がきました。この時点で嫌~な予感がしましたが、「まあまあ面倒」の内容を詳細に説明してくれた弁護士に依頼することにしました。

何が面倒なのかいうと、「膨大な書類集め」。弁護士は「永住権取得後に名前が変わる人は少ないので、あなたのケースはそこそこ稀。私も扱うのは初めてです」と正直に語った上で、こう説明されました。

「移民局に『名前変更手続き』のひな型があるわけではないのです。永住権証を新しいものに“切り替える”作業に名前変更を追加する方法でやりましょう。『旧姓のあなた』と『新姓のあなた』が“同一人物”であることを証明する必要があります。添付書類をしっかり出して一発で通しましょう」

つまり移民局への手続きは「私の名前が突然&勝手に変わりましたので、登録名を変えてください」というもの。「私が私であること」を証明するために、時間とお金をたっぷり掛けて手続きしなくてはならないのです。

couple signing contract
Rob Daly//Getty Images

弁護士のアドバイスに従い集めた書類

  1. イギリスで居住した家すべての住所証明(公共料金の支払い、銀行ステイトメントなど)
  2. 納税証明
  3. 就労証明(給与明細など)
  4. 渡航歴(イギリスを長く離れていないかの証明)

逆に「名前が変わった理由」は、在英日本大使館が発行した「婚姻証明」1枚ぺらりでOKのシンプルさ(笑)。移民局は「名前が変わった理由」には特に興味がないわけです。あちこち電話をかけまくって原本を取り寄せ、一つひとつ集めた書類は平積みして15センチ以上! 全部集め終わってファイリングしたときは、不思議な達成感さえ沸き上がりました。

時間もお金もたっぷりかかることに

書類が集まった後、移民局にアポを取り、弁護士と一緒に出向いて申請作業を行いました。当時は移民局に本人が出向き、その場で申請作業をする「プライオリティサービス(1日で終了)」と、郵送による申請(長くて数カ月かかる)がありました。

※コロナ禍以降、申請はすべてオンライン経由に変更

郵送による申請の場合は、書類と共にパスポートも移民局に送らなくてはなりません。当時私の父が病気だったため、急に日本に帰国しなくてはならない可能性がありました。手元にパスポートがない状況は避けたかったので、高額なプライオリティサービスを選ぶことに。

結局弁護士とのやりとり、書類集め、移民局への申請を含め、最短で行ったものの手続きには約2カ月を要し、費用は諸経費も含めると約50万円掛かりました。

※費用および手続きは選定する弁護士や申請サービスによって異なります。私は安全に進めたかったため、そこそこ高額な弁護士に依頼したので高くつきました。料金も手続きも現在とは異なります。コロナ禍により手続きのオンライン化が進み、一般的には簡略化されたと言われています。

仕事そっちのけで行った書類集めは大変でしたが、努力の結果やっと手にしたのが「できれば避けたかった改姓」による新姓が印字されたID(永住権証)。手のひらの上の真新しい永住権証を、苦い気持ちで見つめたあの日のことをよく覚えています。

通称使用の壁は思った以上に厚かった!

新姓が記載されたパスポートと永住権証、2つのIDが揃ったため、「本名が原則」のあれこれを新姓に名義変更。この作業はスムーズでした。スムーズなのはいいのだけれど、意に反してどんどん浸透&一人歩きしていく私の新姓。そんなに浸透しなくていいのに…。私は基本、通称使用を貫きたいんだから!

しかしIDに紐づくものはすべて本名(新姓)に変更しなくてはなりません。銀行口座やクレジットカードが新姓名義となったため、オンラインでの買い物、チケット購入、レストランの予約など「カード名義の記入が求められるもの」はすべて新姓を使うことに。

この状況を苦々しく眺めつつも、海外暮らしのためプライベートでは「姓」で呼ばれることがほとんどないことだけが救いでした。とはいえ仕事名(&名刺)は旧姓のままなので「仕事での通称使用」だけは守られると思っていました。ところがすぐに通称使用の限界が明らかになったのです。

問題は、通称を証明するIDがないこと。

ときどき大変セキュリティが厳しい場所に取材に行くことがあります。その際事前に名前を登録し、入館の際にID(私の場合はパスポートか永住権証)を提示しなくてはなりません。しかし仕事名は通称(旧姓)なので、IDに印字された名前とは異なっているのです。

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Jamie Grill Photography//Getty Images

毎回入口で止められ、そのたびに持参した旧パスポートや書類を見せ、長い説明と共に何とか入れてもらえるよう交渉しなくてはなりません。トラブルを避けるため、自分で入館名を登録できる場合は(通称使用を諦め)最初からIDと同じ新姓で登録をするようにしています。しかし「取材に来てください」と招待が届く場合は、すでに仕事名である通称で登録されているのです。

だったら仕事名を変えたらいいのに」という提案もよくされます。そう言われるたびに「ほ、本気でそう言ってます?」と不快感丸出しのドヤ顔で答えることにしています。過去の仕事を見て下さった方が、名前を頼りに連絡を下さることでお仕事を頂戴している身なのです。仕事名を変えるなんて私に「過去の仕事を葬り去れ!」と言っているようなもの。不利益以外の何物でもありません。

なので、面倒でも毎度同じ説明をして入館を突破するしかないのです。この問題が解決される日はたぶん来ないでしょう。通称使用の壁は思ったよりもず~っと分厚かったのです!(トホホ…)

イギリスの夫婦別姓事情とは?

イギリスでの通称使用がこんなに難しいとは、正直予想外でした。というのも、イギリスはジェンダー平等の概念が定着しており、個人の権利が守られる国だと感じていたからです。「イギリスでも通称を使いたい」という私の願いは叶えられると信じていたのですが、実情はもう少し複雑でした。

イギリスでは、これまで「夫婦同姓」が法制化されたことはありません。イギリスで女性が姓を持つようになったのは1000年ほど前からですが、“ルール上は”ずっと夫婦別姓が可能な国。しかし現実は異なり、長い間女性は結婚すると夫の姓に改姓することが当たり前で、夫婦別姓は実際には大変困難でした。

 
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左:女性活動家のパイオニアとして知られる、社会思想家で作家のメアリー・ウルストンクラフト(1759~1797年)。18世紀に夫と異なる姓を名乗った、勇気ある女性です。右:イギリス初の女性法廷弁護士の一人であるヘレナ・ノルマントン(1882~1957年)。パスポート(1924年に発行)に生来姓が記載された初の既婚女性です。

こうした状況を変えてきたのは、アクティビストたち。1918年に女性参政権が認められると、生来姓で選挙に立候補する既婚女性候補も現れます。アクティビストたちの長い闘いの末、別姓を選択する自由が確保されるに至りました。

現在でも大部分の女性が婚姻時に夫の姓に改姓しているものの、近年別姓を選択する夫婦が増加しています。1994年の調査ではイギリス人既婚女性の96%が婚姻時に夫の姓に改姓していましたが、2016年の調査では90%(18~30歳は約85%)に下降。特に若い世代とキャリアを重要視する層に別姓の傾向が強く見られます。

実はイギリスは改姓・改名、どちらの手続きも簡単であり、名前の選択肢が多い国です。姓に関して言えば「夫婦別姓」はもちろんのこと、婚姻時であるかないかに関わらず生来姓と無関係の姓に改姓することも可能です。夫婦の名前を合わせた新姓に変更したり、旧姓をミドルネームに入れたりと、さまざまなオプションが選べます。

britain us royals wedding guests
GARETH FULLER//Getty Images
2014年、ジョージ・クルー二―との結婚時に夫の姓に改姓したアマル・クルーニー。国際弁護士としてのキャリアを旧姓(アラムディン)で築いてきただけに、「意外な選択」として世間を驚かせました。「女性の社会的進出と別姓の流れに逆行している」と一部批判もされましたが、アマルの姓はアマル自身が決めて良いはず。確かに意外ではあったけれど、批判されるべきではないですよね。

このように「名前は自分で選んで良いもの」という意識が定着しているので、わざわざ通称を使用する必要がありません。アイデンティティ維持や望まない改姓を理由に日常生活で通称を使用している人はほぼいないので、通称使用が一般には根付いていません。この「例のなさ」が、イギリスにおける私の通称使用を困難にしています。

選択肢と自由が確保されている国ゆえの、私個人が直面している不便さ。ちょっと皮肉な気もします。

「選択的夫婦別姓が実現したら」、どうする私!?

遠くに住んでおりますが、日本人であり在外投票で国政選挙に参加できる有権者でもあります。そして「日本の婚姻制度」がイギリスでの生活にこんなにも影響しているのが現実。そう、選択的夫婦別姓の問題は、これだけ世界に日本人が散らばっている現在、国内だけに留まらず大変グローバルな問題なのです!

毎回入館突破の交渉をするたび「日本では夫婦別姓ができない」事情を説明します。担当者の反応は皆同じで、「姓が選べない? な、なんで?(意味がわかんないんだけど)」と大変不思議そうな顔をします。そして理解してくれると「オーマイガー! 日本って、そんななの? 信じられない!」と私に同情してくれます。同情してくれるのはうれしいけれど、そのたびに私は悲しい気持ちになるのです。

まあまあ悲惨な体験ですが、こうして皆様にシェアすることで、この問題の重要性を “具体的に”説明することができています。今、何だか浮かばれた気がしています(Thank you, Cosmo!)。そして同じことを、今後結婚する人たちに経験してほしくない!と心から思っています。

きっとそう遠くない日に法制化が実現すると信じていますが、ではそうなったとき私が本名(戸籍名)を旧姓に戻すかというと…たぶんしません。もう一度あの作業をやるなんて…できません(泣笑)。

名前は生きているものです。改姓したとたん、新しい名前は一人でズンズン遠いところまで行ってしまいました。長い間使っていた旧姓を新姓に変える手続きが大変だったように、新姓をまた旧姓に戻す作業はさらに複雑になるはずです。私は仕事ではこのまま通称(旧姓)を使い、プライベートでも「できるだけ」通称使用できるように頑張ります。そして基本的には“名”である「華子です!」を前面に出すことで乗り切っていこうと思っています。

名前は大事なアイデンティティ

苦労して改めて分かりました。名前は自分自身の一部、まさにアイデンティティです。誰かに名前を間違えて呼ばれたり、異なる表記(漢字など)で書かれたらとっても嫌ですよね? 同じように、名乗るたびに「自分で姓を選べなかった」という悔しい記憶がセットで蘇るのは、まあまあつらいことです。

誰もが「自分が選択した名前」で生きられる日が早く来るよう、「選択的夫婦別姓」法制化のためにこれからも声をあげていこうと思います。そしてコスモの読者、ミレニアル&Z世代の皆様と、私たちの未来と直結する「社会のこと」「法律のこと」「政治のこと」について、一緒に考えていきたいです。