このコラムでは、毎回日本や世界で話題となっているニュースからテーマを1つ選び、海外在住の著者視点で考えていくコラムです。身近なニュースからちょっと分かりづらい海外ニュースまで、知っておきたいトピックを解説していきます。
Q:アメリカ大統領選で話題のドナルド・トランプ。いったいどんな人?
日本でも大きな話題となっている2016年アメリカ大統領選。予備選挙の結果や候補者の言動など、大きく報道されていますね。
アメリカ大統領選は4年に1度、夏のオリンピック開催の年に行われます。約1年かけて行われる長期戦です。
まずアメリカ2大政党である共和党と民主党がそれぞれの大統領候補を選ぶ「予備選挙」が行われます。その結果で各党は夏の党大会で公認候補を1名を決定。11月の一般有権者による投票、12月の代理人による投票を経て次期大統領が決定します。(アメリカ大統領選のちょっと複雑なプロセスについてはコチラ)
選挙戦スタート時にはたくさんの候補者がいるものの予備選挙で淘汰され、最後は共和党と民主党の候補各1名が一騎打ち! 毎回驚くような候補者が登場したり大どんでん返しが起こったりと、さまざまなドラマが繰り広げられます。
さて今年の大統領選でもっとも注目されている候補者は、アメリカの不動産王として知られる実業家ドナルド・トランプ(70歳)でしょう。
"過激"とも言える発言に足をすくわれる思いきや、これにより支持者を増やして予備選を戦い抜き、7月に開催される共和党大会で正式に「共和党の大統領候補」の指名をうけることが確実となりました。
今回はこのドナルド・トランプに焦点をあて、彼の来歴や支持される理由を分かりやすく解説いたします!
トランプってどんな人?
ドナルド・トランプは1946年6月14日にアメリカNY州クイーンズで誕生しました。幼いころからビジネスに興味を持ち、両親が築いた不動産ビジネスを大学時代から手伝っていたとのこと。ペンシルバニア大学を卒業後、1968年に父フレッドが経営する「エリザベス・トランプ・アンド・サン」に入社。71年から父から経営を任され、社名を「トランプ・オーガナイゼイション」に変更。その後不動産のみならず、カジノ、ゴルフコース、ホテルを建設など、ビジネスを拡大させていきました。
80年代、アメリカは不動産ブーム。その追い風に乗り、トランプ氏は自分の名前のついたホテルやカジノ、ビルを次々建設していきました。この「自分の名前をつける」のはトランプが得意とするやり方の1つです。「トランプ」という"自分ブランド"を確立し、ビジネスにより高い付加価値を持たせる、つまり自己プレゼン力に長けた人物であることを物語っています。
また2004~2012年までビジネス力を競うリアリティTV番組「The Apprentice(ジ・アプレンティス)」のホスト役をつとめたことでも知られています。番組は大ヒットし、彼の名はビジネス界だけでなく一般にも浸透。そのブランド力はさらに上昇します。
このようにして億万長者として世界に名をはせたトランプですが、苦い経験もしています。90年代に2度、2000年代に入ってからも2004年と2009年、合計4度も関連会社を破産させ、連邦破産法11条(日本の民事再生法にあたる)の適用を申請したのです。
しかし彼個人が「破産」したことは1度もありません。1度目の破産では「自己破産」寸前までの危機にも直面したものの、見事復活。その後の破産は大きく個人資産を減らすことなく、したたかに乗り切り危機を脱しています。<Forbes>によると2016年現在のトランプ氏の純資産額は約45億ドル。ランキングは世界で324位、全米で113位に位置しています。
3度の結婚、子どもは5人
私生活では2度の離婚歴があり、現在の妻は2005年に結婚した元モデルのメラニア・トランプ(47歳)。2人の元妻たちもモデルや女優の経歴がある美女なことは有名です。
↑メラニア・トランプ夫人。
子どもは合計5人ですが、今回の選挙戦では最初の妻との娘イヴァンカ(34歳)が広告塔的役割を担い、大活躍しています。
↑「トランプ・オーガナイゼイション」で副社長を務めている。モデル経験もある美女!
なぜこんなにも支持されたのか?
トランプが今回の大統領選で共和党候補として出馬表明したのは2015年6月のこと。当初は主力候補とは目されていなかったものの、予備選が始まると予想外の強さを見せ、選挙戦が進むにつれ勢いに変わっていきました。
まず注目されたのは「失言」とも取られかねない過激な発言です。
「(不法移民の流入防止のために)メキシコとの国境に『万里の長城』を建設し、メキシコにその費用を払わせる」
「メキシコが人を(アメリカへ)送りこむとき、問題がある奴だけを送りこむんだ。彼らは麻薬や犯罪を持ちこむ。そう、彼らはレイプ犯だ」
「オレはニュージャージーで見た。大勢の人たち(※)が、ワールド・トレード・センターが崩れていくのを見ながら喜ぶ姿を」(※イスラム教徒のことを指す)
「ヒラリー(・クリントン)が旦那のことすら満足させられないなら、どうやってアメリカ全土を満足させられるのか?」(クリントン元大統領のスキャンダルを揶揄した発言)
過去のものから選挙戦中のものに至るまで、トランプの発言は"罵詈雑言"と言っても差し支えないレベルのものまで後をたちません。女性や弱者への蔑視発言も多く、通常ならこれらの発言で「失脚」してもよいのですがトランプの場合はそうはらなかったのです。
それはなぜか?
普通に暮らすアメリカ人が言いたくても言えなかったことを、トランプが「代弁してくれた」と考えている人たちがたくさんいるからなのです。
アメリカ・格差社会への怒り
日本同様、アメリカでも格差社会は大きな問題となっています。わずかな富裕層だけが富を握り、エリートのみが高給な仕事につくことができる現状に、「ごく普通」の人々の不満が爆発しているのです。
アメリカの景気が数字上は回復し失業率も下がってきてはいるものの、家計水準は過去15年停滞しているのが実情です。2014年の家計所得の中央値を見ると、2007年から6.5%減少しており、富の一極集中化、格差社会がじりじりと中下層の人たちを苦しめています。
怒りの矛先は大量に押し寄せ仕事を奪っていく移民、現状を変えてくれない政治家、社会不安をあおるテロリスト、安い輸入品を売りつけ経済をかき乱す海外諸国に向けられます。
トランプの支持者は「中低所得」の「白人男性」が多いとの調査結果が出ています。グローバル化の波に取り残され、白人であことの優位性ももはや感じられず、日々の生活に苦しさを感じているまさにこの層の人たちがトランプの支持者たちなのです。
彼らは、今の現状を変えてくれる強い指導者を望んでいます。過激かつ差別的発言も、「実は心の底では思っていたことを、トランプは公でスパっと言ってくれて気持ちがイイ!」とプラスに評価されます。
トランプは政治的キャリアが皆無の実業家です。しかし政治家を信用できず、既成政治にも怒りをおぼえている人たちは、これまでの政治家とは異なる「誰か」を待ち望んでいます。「アメリカを再び偉大に」を選挙スローガン掲げ、私財で選挙戦を戦い、歯に衣着せぬ物言いの大富豪トランプこそが、何かを変えてくれる「その人」なのではないか? と期待しているのです。
日本はどうなる?
トランプが本当に次期大統領になるのか? についてはまだ分かりません。共和党の大統領候補に正式に指名された後、民主党の候補との戦いが待っています。
民主党の大統領候補にはヒラリー・クリントンが有力とされていますが、「トランプ(共和党)VSクリントン(民主党)の決戦となった場合、どちらが勝つと思うか?」についての世論調査では、現在のところややクリントンが優勢です。
もし「トランプ大統領」が実現した場合、日本にはどんな影響があるのでしょうか?
トランプは先日のオバマ大統領広島訪問に際しこんなコメントをツイートしています。
「オバマ大統領は(日本軍の)真珠湾奇襲攻撃についてちゃんと話し合ったのか? (あの攻撃で)たくさんのアメリカ人が亡くなったのに」
トランプは「アメリカ・ファースト」(アメリカ優先)という外交方針を掲げています。しかし詳細な外交政策について発表されていないので予測の域はでないものの、こうしたこれまでの発言から、トランプの日本に対する意向が読み取れるものもあります。
<NY Times>のインタビューによると、「北朝鮮が核を持っているなら、日本も持つべきだ」と日本の核保有を容認する発言をし、また「日本は北朝鮮から自国を守るために、軍備すべき」「在日米軍の駐留経費を現在日本は半分のみ負担しているが、負担額を増額すべき」とし、日米安全保障条約についても見直す考えがあることをコメントしています。
また<Huffintonpost 日本版>によると、トランプはTTP(環太平洋パートナーシップ協定)には反対の意を表明しており、「日本がアメリカ産の牛肉に関税をかけ続ける場合、対抗策として日本車の関税を2.5%から38%に引き上げる」とも述べています。
トランプの日本に対する知識の深さがどの程度なのか? アメリカの対日貿易赤字は減少傾向にあることをトランプが知っているのか? などの疑問は残りますが、TTPに関してはトランプだけでなく、クリントン大統領誕生の場合でも批准は難しいのでは? という意見もあります。
「偉大なアメリカ」にふさしい大統領候補とは
これまで大統領候補には国会議員や州知事を経験した後に立候補する、という流れが一般的でした。しかしこうした慣習をくつがえし、政治経験ゼロで大統領になろうとしているドナルド・トランプ。
「政治経験」がないため彼の主張や方針は見えにくく、本気でメキシコ国境に「万里の長城」を築こうとしているのか、イスラム教徒の入国を拒否しようとしているのかは分かりません。
党大会から一般投票までもさまざまな発言で世間を賑わすことでしょう。11月の一般投票で大統領が確定しますが、残された数カ月、これまでのような勢いで人気を取る選挙戦でなくじっくり政策を語り、アメリカ国民だけでなく世界の人が「どんな大統領を目指しているのか」を知る機会があることを切に願います。