ここ数年、「LGBTQ+の登場人物は、当事者の俳優が演じるべきか否か」という議論が高まりを見せています。

たとえば、シスジェンダーの俳優が「過去にトランスジェンダーの役を演じたことを後悔している」と発言するほか、視聴者からの「LGBTQ+当事者のふりをしているのでは」という声を受けてカミングアウトに追い込まれた俳優などもおり、エンタメ業界において重要なトピックの一つとなっています。

本記事では、この議論の背景や現状について<コスモポリタン イギリス版>のエディターであるメーガン・ウォーレスさんが執筆した記事をお届け。LGBTQ+に関するトピックを専門にするメーガンさんならではの視点で、今欧米で起こっている動きや考え方がまとめられています。

※生まれた時に割り当てられた体の性が、自認する心の性や性表現と一致している人

※この記事は2021年11月にコスモポリタン イギリス版に掲載されたものの翻訳版で、内容はすべてオリジナル記事の執筆時点の情報です。

文:メーガン・ウォーレス

コメディアンや俳優として活躍するジェームズ・コーデンが、彼のキャリアで最も非難された瞬間の一つが、2020年にNetflixが手がけたミュージカル映画『ザ・プロム』に出演し、ゲイ男性を演じたときでしょう。(同役で「ゴールデングローブ賞」のコメディ・ミュージカル部門の最優秀主演男優賞にノミネートされている)

この作品は、「インディアナ州の田舎町で、同性の恋人とプロムに行きたい女子高生を応援するために、落ち目のブロードウェイスターたちが町に乗り込んでくる」というもの。ところが、同作でゲイ俳優を演じたのが、実際にはヘテロセクシャル(異性愛者)男性であるコーデンだったうえに、ゲイ男性に対するステレオタイプを反映・強化するようなキャラクターや演技だったことから非難されることに。

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Gilbert Carrasquillo//Getty Images
ジェームズ・コーデンと、妻ジュリア・キャリー。

“リスク”から“チャンス”になったLGBTQ+役

あれから1年が経ちましたが(執筆当時)、私個人としては、SNSに書かれたコーデンに対する批判が妥当だと思ったことはほとんどありません。一方で、この騒動に見られるように、「シスジェンダーあるいは異性愛者の役者が、作品内でクィアな登場人物を演じることの是非」についての議論は高まりつづけています。

もしLGBTQ+当事者の俳優が、シスジェンダーや異性愛者の俳優たちと同じようにエンタメ業界で活躍しているのであれば、これほどの問題にはならないでしょう。ただし、実際のところがそうでないのは周知の事実です。

たとえば、これまでにオリヴィア・コールマンやショーン・ペン、ヒラリー・スワンクジャレッド・レトニコール・キッドマンラミ・マレックなどのLGBTQ+当事者であることを“公にしていない”俳優たちが、LGBTQ+のキャラクターを演じてアカデミー賞を受賞しています。

現状として性的マイノリティの俳優に対し、ハリウッドやエンタメ業界が十分な敬意を払っているとは言えないでしょう。

LGBTQ+のキャラクターが登場しない作品だらけだった時代、当事者でない俳優がLGBTQ+の役を演じることは「キャリアに悪い影響を及ぼすかもしれないリスクを顧みずに挑んでいる」と考えられ、クィアコミュニティから称賛されたり感謝されることもありました。でも現代では、LGBTQ+当事者の役を無傷のままに演じられるだけでなく、オスカーをはじめとするアワード受賞のチャンスにつながることが多いのです。

そろそろ、当事者自身がLGBTQ+の物語を描き、演じる時代がきたのではないでしょうか。

役を辞退する俳優も

LGBTQ+当事者の中には、「クィア俳優がクィア役を演じること」の実現を願っている人も少なくありません。そんな声に、一部の俳優たちは耳を傾けはじめています。

2018年に制作が予定されていた映画『Rub and Tug(原題)』では、同作の主人公であり、実在したトランスジェンダー男性ダンテ・テックス・ジル役にスカーレット・ヨハンソンを起用。これが批判され、「(役を引き受けたのは)無神経だった」とスカーレットの意向で最終的には出演を辞退。

また同年にダレン・クリスは「LGBTQIA+の俳優に与えられるべき機会を妨げている」という理由で、今後はクィア役を演じないとする声明を発表しています。

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Getty Images
(左から)スカーレット・ヨハンソン、ダレン・クリス

ダレン・クリスの声明は、この議論の重要な点について触れています。LGBTQ+当事者の俳優が起用されにくい業界では、当事者ではないが売れっ子の俳優を推しだす方がキャスティング事務所からすると“効率的”なのです。

一方で、逆の意見も存在しています。ますます多様化する世界において「俳優のアイデンティティは明らかでないといけないのか」というものや、「その人の“属性”によって、どんな役を演じるべきかのガイドラインを作るということなのか」というものですが、これについては引き続き議論していくべきことだと思います。

というのも、これまでヘテロセクシャルやシスジェンダーの俳優と同じだけの機会が、LGBTQ+当事者の俳優に与えられてこなかったことは事実だからです。ただし、すべての俳優が自分のアイデンティティを公表できるわけでもないことや、強要されてカミングアウトする必要がないことも同時に考えなくてはならないのです。

ベラ・ソーンが自身のセクシャリティを公表したのは2016年のこと。そんな彼女が「セクシャリティをカミングアウトしたことで役を失った」と告白したのは、2019年になってからでした。それだけの時間がかかったことを、私たちは考える必要があるのです。

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Stefania D'Alessandro//Getty Images
ベラ・ソーン

“批判”以外にできること

エンタメ業界に限らず、誰もが受け入れられ、平等に機会が与えられる社会が実現するために私たちには何ができるのでしょうか。

少なくとも、SNSやネット上で有名人を批判しているだけでは、この状況は変わらないでしょう。LGBTQ+当事者による素晴らしい作品や配役を見つけたときにもしっかりと称賛する。そうすることで、少しずつ世の中が動いていくはず。

※本記事は、Hearst Magazinesが所有するメディアの記事を翻訳したものです。元記事に関連する文化的背景や文脈を踏まえたうえで、補足を含む編集や構成の変更等を行う場合があります。
Translation: 宮田華子
COSMOPOLITAN UK