※記事には、性暴力についての記述があります。心身への影響を懸念される方は、閲覧にご注意ください。

※本記事は、2021年10月に<コスモポリタン イギリス版 >で公開された記事の翻訳版です。情報は執筆当時に基づいています。

青い海の上で、快適な船でゆったり贅沢に過ごす――。これだけ聞くと、なんて素敵な情景だろうと憧れるかもしれません。新型コロナウィルスの感染拡大による経済への影響から復活しつつあるクルーズ業界の中でも、ここ数年で最も勢いがあるのがヨット部門だと言われています。

しかしその裏では、閉鎖的でありながら開放的である環境ゆえに性暴力が起こりやすいという報告も。本記事では、ヨット業界で働く女性クルー3人が明かしたその実態をレポートします。

知られざる「闇」

海外では「ヨット」というとレジャー船舶全般を指し、特に富裕層が個人で所有するスーパーヨットや、まるで動くプチホテルのような豪華な小型クルーズ船が人気。オーナーが家族や友人を招いて別荘気分で過ごしたり、船を所有していなくてもグループでチャーターしたり、クルーズコースに申し込むなどの方法で非日常的な休日を楽しめます。

しかし華やかに見える世界の裏には、知られざる「闇」があるのだとか。クルーへのハラスメントが横行しており、特に女性クルーはセクシャル・ハラスメント(以下、セクハラ)のターゲットになりやすいという話も。これらは、立派な犯罪行為

実際にヨット業界に携わっていた際にさまざまな形で性的暴力や性被害を受けたというジェシカさん、タムシンさん、ヴァレリーさんの3人が経験談を語ってくれました。

※名前は仮名です

the toxic side of the yachting industry

「お金はものを言う」

フロリダの海辺で育ったジェシカさん(28歳)は昔から船が好きで、ヨットのクルーはあこがれの職だったそう。その上、基本給以外にチップが期待でき、2日間のチャーター便で2800ドル(約30万円)をもらったこともあるとか。

それでも数年で辞めると決断したのは、このまま続けても幸せじゃないと思ったから。当時、身体的なハラスメントは日常茶飯事だったそう。

「お尻をつかまれたり、胸をもまれたりは当たり前。一日の間で何も起こらなかったら奇跡だった」

すぐに相談できる人事部が海上にあるわけでもなく、こうしたセクハラ事例を先輩に報告すると、たいていは「運が悪かったね」「仕方ない」程度の反応しか得られなかったと言うジェシカさん。女性の同僚からも、似たような話を聞くことは多かったそう。

一方で、同僚の男性は「その人と付き合っているとかでない限り、女性の同僚に起きたことなんて気にしていない」のだと言います。

さらにゲストに逆らえば、(特に相手が大富豪だったりすると)クルー全員に対してのチップの額や評価にネガティブな影響がでる可能性。 「みなさんものすごいお金持ちですが、威圧的なんです」とジェシカさん。

「セクハラのような悪事は、いつも隠蔽されておわり」

結果、 海が大好きだったのにも関わらず、あまりのセクハラに数年で仕事を止めざるを得なかったそう。

オーナーからのハラスメントも

フロリダ州に位置し、「海での休暇に必要なものはすべてそろう」と言われる保養都市フォートローダーデールで初めて就職したタムシンさんは、わずか3カ月後には退職していたそう。

それは、働いていたプライベートヨットのオーナーが性的な発言をするようになったから。

「オーナーが私に向かって『お尻のボリュームアップするための美容整形の資金を出してあげる』と言いました。高いヒール靴も買い与えるとも。それを履いて、私が船内を歩き回るのを見たいからと言って…」
「私にとって初めての仕事だったし、今後の経歴にも響くと思ったので、真面目に仕事に向き合いたいと思っていました。だから私はただ微笑んで、自分がどれほど不快に感じているかは口にはしませんでした」

パートナーとともにヨットに乗ることも多かったオーナー。しかし、タムシンさんが着替えているときに頻繁にキャビンに入って来ては、部屋が「ロマンティックな雰囲気」だとささやいたりして、“不気味”だと感じるような言動を繰り返したとのこと。

怖さのあまり、不快に感じていてもそれを伝えることは難しかったと振り返ります。

仕事を全うしただけなのに

勤務先のプライベートヨットで、ヴァレリーさんがゲストにレイプされたのは2019年、地中海を航海中のことでした。

ヴァレリーさんは、ディナーのときから自分を見つめていた中年男性のゲストの言動が、夜が更けるにしたがってしつこくエスカレートしていたと言います。少しめまいがすると思いながらも注文された飲み物を彼の船室に運んで行ったあと、突然意識が遠のき…。

ディナーに同席した時点で、彼女のドリンクに睡眠薬のようなものが混ぜられていたと考えられています。「翌日は、自分が人間以下の存在になったように感じました」と語る彼女の目には、今でも涙が。

オーナーの知人として乗っていたそのゲストが下船した後、ヴァレリーさんは事態を船長に打ち明けたそう。しかし船長は守ってくれるどころか、まったく味方になってくれませんでした。また彼女がレイプされた夜、船長は「泥酔状態」だったとヴァレリーさんは表現します。

「このような事態を起こさないよう、船長には権限があります。ゲストにも注意できる立場なんです。船長がきちんと仕事して酔っぱらっていなければ、ディナーの席でおかしなことが起きていると気づいたでしょう。私をサービスから外してくれることもできたはずです」

には“独自のルール”がある

ヴァレリーさんによれば、船長が心配したのは、自分の船でのレイプ被害が外に漏れれば、船長自身のキャリアに傷がつくということだったそう。彼女を黙らせるため、船長は次の就職に必要な身元保証書を出さないと脅し、シーズンの途中で職場を離れれば、今後どこの会社も彼女を雇わないだろうと言ったのです。

「訴えようとしても、すぐに私を潰せるような強いコネがあるんだと言われて、身動きが取れませんでした」
the toxic side of the yachting industry
Jessica Lockett | Getty Images

そうして彼女を襲った男性が下船してすぐ、新たな6日間クルーズがスタート。まだレイプによって、身体的にも精神的にも傷だらけだと言うのに、過酷な20時間シフトをこなしました。

しかしその間もヴァレリーさんを悩ませていたのは、妊娠や性感染症の可能性。船長に医師の診察を受けさせてくれるよう懇願したものの、チャーター期間が終わるまで船を降りてはならないと拒絶されたのだそう。

「ゲストに楽しく過ごしてもらわなければいけない、と船長は言うんです。それが一番大事なことだって」

結局、飛行機で2日間だけ家に帰って主治医に診てもらい、すべて問題がないとの結果が。しかしヴァレリーさんはシーズン期間満了まで船に乗っていなくてはいけなかったのです。その理由について、もし職場に戻らなければ、この業界での評判も未来も台無しになりかねなかったからと語ります。

もし薬を盛って彼女をレイプしたゲストがまた乗ってきたらと尋ねると、「ほかのゲストと同じように、敬意をもって対応するしかない」と言われたというヴァレリーさん。「私は大事にされていない」という態度をはっきり感じ取ったそう。

「こういう男性たちの態度が、モンスターを作り上げ、助長してしまっているんです。私たちみんなの口をふさいで、簡単には声を上げられないようにしているんです」

安全に働けることが最優先

国際労働組合「Nautilus」は、海上で働く人たちがハラスメントに遭った場合のガイダンスを提供しています。その中で、以下のように明記。

「セクシャル・ハラスメントは、絶対に受け入れられないこと。それがプライベートヨットだろうと、チャーターヨット(船をレンタルして、家族やグループで一度かぎりの旅に利用するもの)の上であろうと関係ありません」
「私たちはどんな調査でも正しい手順と手続き、報告が守られるように保証します。クルーが安心して、安全に働けることが最優先事項です」

このようなサポートは存在するものの、ヴァレリーさんによれば、若手のクルーが組合に入って事件が発覚すれば“キャリアがダメになる”恐れがあるのだそう。一方で、ジェシカさんやタムシンさんは、そんな団体があることも知らなかったと言います。

「脳内でスイッチが入ってしまう…」

ヨットクルーとして14年の経験があり、ラジオのパーソナリティーとして活躍するマリエン・サリエラさんは、「ひとたびヨットに乗ると、ゲストの脳内で“変なスイッチ”が入って、やりたい放題やっていいんだと思ってしまうようです」と指摘。

マリエンさんいわく、海上のルールはあいまいなことも多く、陸上よりも法の施行が難しいのだそう。

マリエンさんはヨットの女性クルー向けに情報を発信し、サポートするオンラインのプラットフォーム<Yachts Mermaids>を発足。被害に遭った女性が、自分たちにもパワーがあることを知ってほしいと言います。

過半数がハラスメント被害を経験

「国際船員福利厚生支援ネットワーク(ISWAN)」が2018年に発表したアンケート調査によると、過半数の女性ヨットクルーがハラスメントや差別、いじめを受けることが「よくある」または「いつもある」と回答。そしてそんな被害だけでなく、資産や人脈を使って被害者を脅し、明るみに出ないようにする、構造的な問題を抱えています。

海での性搾取ともみ消しの“文化”は、現在のクルーにも、これから来る世代にとっても、明らかに改革の必要があります。では具体的には、どのように立て直すことができるのでしょうか?

女性たちが口をそろえて言うのは、「船長をはじめ、クルーに教育が必要」ということ。さまざまなハラスメントの実態を学び、それを見つけて状況を正しく解決できるようにする必要があると訴えています。またこうしたポジションに女性が就く場合には、船長が自分たちを守ってくれるという確信が必要です。家から遠く離れ、いつもの安全圏にいるのではないのですから。

「もし船上でレイプやハラスメントなどの事件が起きたときどうするか、船長がそれをきちんと説明できないようなら、そんな船は信用に値しません(マリエンさん)」

「この問題の重大さや、日常的に起きていることを知ってもらいたい」とヴァレリーさんも言います。海で3年働いた後、彼女はこの業界と決別し、大学に入り直したそう。

「人を形づくるのは『自身の身に起きたこと』ではなく、『こうなりたい! 』と自ら選んでなるものだって、よく聞きますよね。私はそれを信じています。ただ、ほかの誰かが私のような目に遭ってほしくないんです」

※本記事は、Hearst Magazinesが所有するメディアの記事を翻訳したものです。元記事に関連する文化的背景や文脈を踏まえたうえで、補足を含む編集や構成の変更等を行う場合があります。
Translation: Sasaki Noriko(Office Miyazaki Inc.)
COSMOPOLITAN UK