第2回 イングリッド・バーグマン Ingrid Bergman

誰もが聞いたことがあるだろう、映画史に残る名セリフ「君の瞳に乾杯」(原語はHere's looking at you, kid.)。名作『カサブランカ』の中でハンフリー・ボガートにこう言われたのがイングリッド・バーグマン。

確かな演技力とその美貌から、『カサブランカ』をはじめ、『誰が為に鐘は鳴る』、『ガス燈』『汚名』、『オリエント急行殺人事件』など、多くの傑作に出演し、映画界最高峰のアカデミー賞3回、ドラマ界最高峰のエミー賞を2回、演劇界最高峰のトニー賞をそれぞれ受賞し、エンターテインメント界の歴史に燦然と名を残す、レジェンドであり、大女優中の大女優である彼女。

世界を騒がせた一大スキャンダル

こう書くと、雲の上の人のようなイメージを抱くかもしれないけれど、プライベートでは、現在、不倫騒動からの休業問題がなかなか尾を引いている某タレントなんか目じゃないくらいの一大スキャンダルの持ち主。情熱と欲望の間の行動力と言ったら、海を越え、家族を捨てるほど猪突猛進フルパワーだったのだ。

彼女は故郷スウェーデンで女優活動をしていた21歳の時、歯科医と結婚し、娘ももうけていた。その後、初めてのハリウッド映画『別離』に出演。夫と娘をスウェーデンに置いて、単身、渡米した彼女は、当初、撮影が終了したらすぐ帰国、あとは故郷で再び活動する予定だった。が、『別離』が大ヒットし、バーグマン自身も一躍人気になり評価されると、ハリウッドに定住。夫と娘もアメリカに滞在し、家族との幸せな時間をそれなりに過ごしていた。

しかし、ハリウッドでの名声に満足しなかったら彼女。イタリア映画の全盛期ネオ・リアリズモの旗手ロベルト・ロッセリーニ監督の『無防備都市』を観て、感銘を受ける。出演を熱望する手紙を監督に送り続け、ついに監督の新作『ストロンボリ/神の土地』の主演を掴みとる。すでに大スターだったにも関わらず、本当に欲しいものに対して貪欲になる姿勢、現状に満足しない向上心、あっぱれである。

こうして、撮影中にロッセリーニと恋に落ちたのも必然だったのだが、双方ともに既婚だったためにW不倫ということで、大スキャンダルに発展。何ならアメリカ上院議会でもネタにされたり、テレビのバラエティショーなどでも批判されたりもするが、それでもバーグマンは夫と娘を捨ててロッセリーニのもとに走り、長男を出産。その後、離婚を成立させたバーグマンと監督は再婚し、イザベラとイゾッタという双子も授かっている。ちなみに娘のイザベラ・ロッセリーニは『ブルーベルベット』などの女優として有名。

大きな代償を受け入れて

イングリッド・バーグマンとロベルト・ロッセリーニ監督pinterest
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イングリッド・バーグマンとロベルト・ロッセリーニ監督

『ストロンボリ』をはじめ、ロッセリーニとの作品が興行的に失敗したこともあって、ハリウッドから完全に追放される形になってしまったバーグマン。さらにロッセリーニとの生活も破綻を迎え、出演作品も限られ、苦しい生活に。しかしそんななか、バーグマンの復帰を願う声がアメリカ国内でも強まり、ついに『追想』に久々にハリウッド映画に出演。アカデミー賞主演女優賞を受賞し、その"罪"がようやく許されることになった。

不倫が発覚したのは1949年、『追想』は1956年公開。その間、およそ6年ちょっと。代償の期間が長かったのか短かったのか知るヨシもないけれど、きっと当時の彼女にとってはすべてを失ってもいいほどの一世一代の大恋愛だったに違いない。不倫は絶対的に良くないけれど、自分を信じて突っ走り、その代償を全て受け入れ、耐えて生きる。これぞ大人の女の潔さ。仕事面で結果を残し、評価されていることを含め、伝説の女優の中身はハンサムウーマンだったと言えるだろう。