​ 「第2の父」であるパパの元彼…なんて呼べばいい? ​

パパと一緒に私を育ててくれた「パパの元彼」。新しい家族の在り方って?

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様々なかたちのパートナーシップが存在する今、子どもたちはそれをどうとらえるべきか、迷うこともあるようで…。

今回コスモポリタン アメリカ版からお届けするのは、パパと一緒に自分を育ててくれた「パパの元彼」と自分の関係をどう定義していいか悩み続け、その答えを「パパの元彼」からもらったという女性の経験談。

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ママに、パパがデールとやって来たと話すと、ママは歯ぎしりして言いました。「パパがあの男を連れて来た、ですって?」

「私の父がデールを紹介してくれたのは1990年で、私は11歳でした。

パパは"仕事で出張中"で、何週間も会っていなかったので、パパの顔がドアからのぞいたとたん、私は大喜びでした。私がよく知っているパパのひげ、パパのメガネ、でもその奥には、驚いたような顔が見えました。

『おまえがいるとは思わなかったよ』パパは緊張した様子で言いました。『ちょっと取りに来たものがあるんだけど、5分で仕事に戻るんだ』。パパは夫婦のベッドルームに飛んで行ってしまいました。新しいボーイフレンドのデールと私を残して。

デールはとても背が高くて、頭が天井に届きそうでした。そして、『僕はきみのお父さんと働いているんだ!』と、沈黙を埋めるように言いました。

すぐにパパは沢山の毛布と小型テレビを抱えて戻って来ました。『どうしてテレビを持っていくの?』と私は聞きました。

『あまりにホテル代を使っているから』とパパは言いました。『デールとアパートを借りるんだ』。私が次の質問の言葉を考えているうちに、彼らはもうドアを半分出かかっていました。『後で電話するよ、いい子ちゃん』。

デールは笑って手を振りました。他にどうしていいか、わからないようでした」

デールを何と呼ぶべきか、わかりませんでした。それはある意味、今でもそうです。

「通常、離婚した家庭の子どもは、新しい家族を"ステップファミリー(複合家族)"と呼びます。でも、私のパパとボーイフレンドは決して結婚できないし、関係を完全にオープンにすることさえできないので、私はデールをなんと呼んでいいか、わかりませんでした。それはある意味、今でもそうです。普通とは異なるかたちのパートナーシップの両親を持つ子どもたちの、現代的なジレンマです。

このあいまいさは私がデールと会った日から続きました。ママに、パパがデールとやって来たと話すと、ママは歯ぎしりして言いました。『パパがあの男を連れて来た、ですって?』

"あの男"という言葉はずっと私の心に残りました。それは、その後10年にわたって、長らく家族の間でささやかれた呼び名でした。私の人生の中で、デールがはっきりとした位置を占めるようになってからでさえも。

友達が、デールは誰なのかと私に尋ねると、私はよくパパのルームメイトで(本当です)、家族みたいなものだ(これも本当)と答えました。私はママにさえこう言ったことがあります。『私、デールが大好き。パパが2人いるみたい』。

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ママは怒り狂いました。『デールは"パパ"なのに、モンティーはちがうのね?』。モンティーはママの新しいボーイフレンドで、ママは私に彼を"パパ"と呼ばせたがったのですが、私はそれを拒んでいました。もうパパはすでにいるような気がしていたのです(たぶん、2人)。

高校に入る頃には、私はパパとデールと一緒に住むようになっていました。私たちは秘密だらけの中で暮らしていました。私はパパとデールの生活を家族に秘密にし、パパとデールは2人の関係を世間に秘密にし、パパが嫉妬するといけないので、私はデールとの間に築かれつつある父娘関係をパパに秘密にしていました。

パパと同じように、デールも食事を作ってくれたし、ほっぺにキスをしたりハグをしたり、学校やボーイフレンドの愚痴を聞いてくれたりしました。彼は実際に、お父さんのようでした」

20代はデールと連絡が途絶えました。父がデールと別れた以上、彼と私との関係をどう名づけていいのかわからなかったのです。​

19歳の頃、パパとデールの間に距離ができ始めたようでした。クリスマスに大学から帰省すると、事態はよくなっていないようでした。春になると、パパは1人でテキサスに戻りました。2人は別れたのです。

デールと連絡をとりたかったけど、どうしていいかわかりませんでした。パパのボーイフレンド、しかも私の家族の誰も認めていないボーイフレンドの娘として、社会通念上どう振る舞うべきなのかわからなかったのです。でも、私だけがこの奇妙な"擬似離婚"の混乱を味わっているわけではないはずです。

私のように、世間に秘密の家族の中で育った人々にとって、その関係をどう意味づけるかは難しい課題です。特に、それが終わってしまったときには。私は、10年にもわたる休暇とクリスマスと、誕生日と卒業式を、家族の中で正式な位置づけを持たず、私たちの関係を定義するような呼び名(それによって別れた後もつながりを保てるような)も求めない人と過ごしました。

私がこのことをうまく消化できなかったことは、認めざるをえません。20代はデールと連絡が途絶えました。父がデールと別れた以上、彼と私との関係をどう名づけていいのか、彼に声をかけていいのかさえわからなかったのです。また、私にはパパを慰めてあげなければという気持ちもありました。私はパパの味方だと伝えたかったのです。

でも、私の婚約が決まったとき、私はデールにも結婚式に出て欲しいとはっきりパパに伝えました。あれからどれだけ時間が経っていようと、かまいませんでした。私の人生は3人の写真でいっぱいでした。私はそこにもう1枚足したかったのです。パパとデールがバージンロードで私をエスコートする写真を。

私がついにデールに電話すると、彼はまったく変わっていませんでした。寛容で、愛情深い彼のままでした。私はもっと早く連絡すべきだったと、自分を責めました。私はこれまでに何度も、彼に会いたいと思っていたのです。

たぶん、時間が経ちすぎていたのでしょう。もしくは、彼はもう以前とはちがう、別の人生を生きていたのかもしれません。デールは、私の願いを聞いてはくれませんでした。ショックでした。同時に、彼の気持ちも理解できました。

1年後、私とパパはいとこの結婚式でマイアミに行くので、サラソータ(フロリダの都市)で会えないかとデールに電話してみました。『うん、それはいいね』と言ったときの彼の声は、今もはっきり覚えています。

当日現地で30分ほど駐車場を探した末、私は自分たちの方に向かってくる背の高い人を見つけました。デールでした。父は立ち上がって彼を迎え、2人は抱き合いました。離れていた長い月日を思い、私はとても救われた気がしました。そして、これが、私の家族なんだと思いました。

『遅れてごめん。職場の同僚に、ちょっと出かけて来るって言わなくちゃいけなかったんだ』。同僚にいつ頃戻るのかと聞かれて、デールはこう答えたそうです。『ちょっとわからない。今日は娘が来てるんだ』って」

※この翻訳は抄訳です。

Translation:mayuko akimoto

COSMOPOLITAN US

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