3月初旬のパリ――。春の足音が聞こえ、パリコレが開催されるこの時期、毎年パリの街中心部はファッション業界の人々で賑わい、華やかな雰囲気に包まれます。ところが今年は、少し違った顔を見せているようです。


【INDEX】

  • パリコレへの影響
  • 観光業への影響
  • 現地のアジア人差別の実情

パリコレへの影響

2月24日~3月3日での開催となったパリコレにも、新型コロナウイルスによる影響が。<RTL(ラジオ・テレビ・ルクセンブルク)>によると、毎年パリコレには平均5000~6000人が世界中から訪れるものの、今年は中国のインフルエンサーなどが不在し、経済面などでも大きな影響を受けているよう。

Street Style  - Paris Fashion Week - Womenswear Fall/Winter 2020/2021 : Day Six
Hanna Lassen//Getty Images

観光業への影響

さらに、新型コロナウイルスの感染が拡大している国のファッション関係者の渡航にも影響が出ているそう。ルーブル美術館からもほど近いパリ中心部1区のホテルの従業員に取材をしたところ、「毎年この時期、部屋は完全に満室になるけれど、今年は東アジアの国々やイタリアのゲストの予約キャンセルが続き、稼働率はたったの40%。寂しい雰囲気が漂っています」とのことでした。

私自身もパリの街中を歩いていると、アジア出身の観光客を見かけることが少なくなったと感じています。

現地のアジア人差別の実情

一部のフランスや日本のメディアが報じたところによると、新型コロナウイルスの感染拡大によって、フランス国内でのアジア人差別が蔓延しているといいます。

実際に2月中旬には、パリ郊外の日本食レストラン店(中国出身店主による経営)に「コロナウイルス出ていけ」と差別的落書きがされたことが現地メディアでも報じられました。

これはxの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

その他にも、匿名で「J」と名乗る女性がSNS上でアジア人差別の現状を訴え、「#私はウイルスではない(#JeNeSuisPasUnVirus)」というハッシュタグと共に、その投稿が広く拡散されました。

これはxの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

様々な情報がネットやメディアで広がる中、実際にパリの街の中でアジア圏出身の在住者・旅行者や、フランス人はどう感じているのでしょうか―—。フランス在住の筆者が、現地での独自取材を通してお伝えします。

旅行者「新型コロナの影響による差別は感じなかった」

2月に4日間、出張のためにパリやパリ郊外を訪れたという、メンズ美容ブランドで広報を務めるハナさん(26歳)。ハナさんにとって初めてのフランス旅行は、不安が大きかったと言います。

――パリに行く前に、今回の新型コロナウイルスの影響によるアジア人差別に対する不安はありましたか。

「今回のパリ出張は、当社が行った懸賞に当選したお客様のツアー同行のためでした。そのため、お客様への安心・安全配慮への責任は重大! 新型コロナによるアジア人差別には警戒していました…。私個人としても、欧米では少なからずアジア人差別があるだろうと予想していたので、初めてのパリ旅行に不安を抱いていました」

――実際にパリを訪れ、新型コロナウイルスによる差別を感じましたか。

「パリの街中にはアジア圏から来た人々が少なく、日本人が目立っていた印象がありました。でも、新型コロナが原因で差別を受けることはなかったように感じました。

予想はいい意味で覆され、現地の人の優しさが印象深かったです。郊外で道に迷ってしまい、現地の人に道を尋ねたところ、30分ほど道案内をしてくれました。ここまで親身に助けてくれることはなかなかないと思うので、とても嬉しかったです」

――パリ旅行をする予定のある人にアドバイスをお願いします。

「マスクを大量に持参したのですが、(2月初旬時点では)フランスでは誰もマスクを装着していなかったので、実際には使用しませんでした。フランス人と会話する中で、意見交換として『新型コロナについてどう思う?』、『日本ではどんな対策をしているの?』と聞かれることはあると思うので、自分自身の意見と、日本という国に対して安心感を抱いてもらえるよう答えることが大事だと感じました。

私は、今回パリ出張を通して、パリという街が好きになりました。今度は、より堂々とパリを歩けるような素敵な女性になりたいとモチベーションも高まりました! 堂々としていれば、差別を受けるなどの問題はないと思うので、パリに行く予定のある人は楽しい旅の時間を過ごしてほしいです」

パリ在住のアジア圏出身者はどう感じる?

では、パリ在住の邦人たちはどう感じているのでしょうか。在住2年目で、飲食店で接客業をするミホさん(31歳)にお話を伺いました。

「いつも通り、カフェや交通機関では席が隣になった見知らぬ人と、気さくに会話を交わしています。普段通りの生活と何も変わりません」
「ただ、こちらでは街中でマスクをする習慣は一般的ではないので、一度風邪を引いてマスクを装着したときは、メトロの中などで避けられていると感じました。でも、それを差別とは感じませんでした」

一方で、パリ在住6年目で、ファッションを勉強中の学生の韓国のヨンジュさん(32)は、こう話しています。

「これまで一切差別を受けたと感じたことはありませんでしたが、新型コロナが世界中で拡大してから二度ほど、不快に感じる出来事がありました」
「一度目はカフェでゆっくりとした時間を過ごしていたときに、10代の女の子2人が、私を見ながら新型コロナについてヒソヒソと話をしていたこと。二度目は、スーパーですれ違った女性が、私を見て明らかに早足で避けたこと。でも幸いに、そのような人は社会の中の、ごく一部の人だと感じています。大半の人が、フレンドリーに接してくれます」
「また、仕方がないとも感じています。母国の韓国でも、少しでも新型コロナの症状がある人がいたら、避ける傾向があるので」

イタリア出身のパリ在住者「居心地が悪い」

一方でアジア圏出身者だけでなく、急速に新型コロナウイルス感染が拡大したイタリア出身の人たちも、居心地の悪い思いをしていると言います。

イタリア南部出身、パリの食品会社に勤務するアレッサンドロさん(35)は、同僚とのとあるやりとりを教えてくれました。

「昨日出社したら、フランス人の同僚から、『イタリアから新型コロナウイルスを持ってきてないよな?』と言われました。同僚は僕をからかうつもりで言っているのかもしれませんが、深刻な問題なので不快に感じています。また、スーパーなどでイタリア産の食品は購入しないようにしよう、などと警戒する人もいます」

また、ホテルのフロントデスクで働くイタリア人女性イザベラさん(27)は、イタリア語が話すことができると示す国旗のバッジを名札に付けているため、ゲストから避けられていると感じることがあるそう。

「フランス人にとって、特に隣国のイタリアでの新型コロナ感染者増加は、身近に迫った危機に感じていると思います」

フランス人は、どう感じているのか

最後に、フランス人はどう思っているのでしょうか。ジャーナリストのピエールさん(35)は、こう語ります。

「今、メトロなどで誰かが咳をすると、人種に関わらず誰もが近づかないようにします。これは、たとえフランス人同士でも一緒です。人種は関係なく、自己防衛のためなんです」
コロナウイルス流行による、”アジア人差別“は本当に存在するの? フランス在住者・旅行者に本音を直撃
Frédéric Soltan//Getty Images

SNS上などで辛い差別の証言が投稿される一方で、街中では、現地の人たちが、言語が通じずに困っているアジア人旅行者に親切丁寧に接している光景を何度も目にし、心が温かくなる場面も多々ありました。

一方で、現地紙『ル・パリジャン』によると、今回の新型コロナが流行る前から残念ながら実際にパリ郊外やパリの一部地域では、10代のギャングの通過儀礼として、アジア人を狙った暴行事件や強盗が起こっているというニュースも目にします。

様々な情報が飛び交い、欧米諸国や海外に出かける予定のある人にとっては、新型コロナウイルス流行による差別に関する証言は、不安に感じる要素の一つだと思います。

でも、多文化で複雑な社会のなかでは、“差別”という言葉の背景に、どのような人が、どのような状況で差別的行為に及んだかなどに考えを巡らせると、意味合いが変わり、少し不安が和らぐかもしれません。

※フランスでは2月26日には17人だった感染者数が、3月2日時点で130例まで増えています。今後の動向により、フランス国内での状況については変化する可能性があります。