世界的に見て、先進国のなかでもジェンダーギャップが大きいと言われる日本。現在も、 賃金や進学率など、性別による格差はまだまだ縮まっていません。誰もが生き生きと暮らせる社会をつくるためにも、地域に根付く格差を生み出す構造を見直し、未来を変えていくことが求められています。

そこで私たちは、「各地域のジェンダーギャップ」や「政治とジェンダーの関係性」について、上智大学法学部教授・三浦まり先生に取材。社会を変えていくために私たちができることとは?

【INDEX】


都市部と地方の意識の差

人口が多い都市に比べると、都市部以外の地域のほうが「男性はこうあるべき」「女性はこうあるべき」という意識や偏見(ジェンダーバイアス)が強い傾向にあります。何か大きな刺激や出来事がない限り、その地域に根づいたジェンダー不平等的な意識や習慣に対して疑問をもてないことが多いのです。

三浦先生はこういった根本的な原因を挙げながら、「そういった地方における家父長的な風潮になじめない女性は、比較的にジェンダー平等意識が高い地域や都市部に集まりやすくなっている」と説明しました。

一方で「賃金の格差」においては、ジェンダーギャップ解消の意識が高まっているとされる都市部よりも地方経済圏の方が格差が小さいという特徴も。三浦先生は、この理由を次のように説明します。

「地方経済圏ではそもそも男性の賃金が首都圏ほど高くないので、女性も稼がなければなりません。そうなると、男女ともに共働きが多い地方のほうが、男女間の賃金格差が比較的小さくなります」

さらに、日本全体で見たときのジェンダーギャップに対する意識の差を次のように話します。

「今となっては『ジェンダーギャップ』という言葉が普及して、日本はジェンダー後進国だという認識が広まりつつありますが、5年前まではそうではありませんでした。ここ数年で、メディアが先導して『ジェンダーギャップを解消しなければならない』という意識啓発に注力しています。しかし、それでも国内での温度差は広がっている状況です」
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「都道府県版ジェンダー・ギャップ指数」でわかること

三浦先生が共同通信と共同で発表している「都道府県版ジェンダー・ギャップ指数」。

3月上旬に2023年版(※指定の各新聞社ウェブサイトの有料会員のみ閲覧可能、4月8日より一般公開予定)が公開され、そこでは「政治・行政・教育・経済」の分野ごとに、各47都道府県のジェンダーギャップ指数を見ることができます。数値は0~1で表され、指数が1に近いほどジェンダー平等であることを意味します。

三浦先生によると、4つの分野それぞれに特徴があるため、ジェンダーギャップ指数について議論するときには、単純な地域格差だけでなく様々な指標をクロスさせて見ることが大切だそう。

ここからは三浦先生が解説する各分野の特徴をご紹介します。

教育

「東京都の教育におけるジェンダーギャップ指数は0.631(2023年版)で2位。たとえば、進学率は男女ともに75%を超えています」
「一方で、四国や九州は平均的な進学率自体が50%台。教育分野におけるジェンダーギャップ指数が1位の高知県は、女子の進学率が男子よりも高いですが49%。このように、進学率は地域格差が大きく、生まれた場所によって明らかに進学のチャンスの数が違うということがわかります」

経済

「コロナ禍に賃金が下がったことで、経済分野におけるジェンダーギャップ指数が縮小した地域があります(2023年版)」
「ただ、これはあくまで男性の賃金が下がって女性の賃金との差が縮まり、“男性の水準が下がったから平等に近づいた”ということを指しています。実際は男女ともに水準をあげていくことが重要なので、指数は丁寧に見ていく必要があります」

政治&行政

上述した進学率や賃金は構造自体に問題があるため、教育や経済の分野でジェンダーギャップを埋めるにはかなりの労力が必要とされます。

一方で、三浦先生は「政治や行政は変えやすい」と主張します。

「県庁の育児取得率は大きく改善させすい指標で、鳥取県では44%にもなります。そういった好事例があれば、変革は可能だということがわかります」
「政治や行政は、日本全体で見るとジェンダーギャップ指数は低いものの、細かく見ていくと、がんばって取り組んでいる地域もたくさんあります。その事例を見つけて『どうして実現できたのか』と考え、行動に移しやすい分野なので、そこで変革に向けて推進力を発揮することが大切です」
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一年でのジェンダーギャップ指数の変化

2022年版と2023年版の「都道府県版ジェンダー・ギャップ指数」を比較すると、多くの項目で指数がプラスになっています。一方で、後退してしまったところもあるため、一つひとつのポイントを細かくチェックしていく必要があります。

たとえば、全体的に男性の家事・育児時間は伸びましたが、別の項目を見ると、県庁における採用の男女比率は拡大した地域もあります。

三浦先生は、ご自身が感じた変化を次のように話します。

「日本全体の政治に関していうと、ジェンダー格差は縮小傾向にありますが、地域格差は広がっています。また、首都圏を中心に、女性の参画や機運が高まっています」
「女性が0、または1人しかいない「ゼロワン議会」は、地方議会の4割を占めます。このままでは静かに衰退してしまうので、大胆にやり方を変える必要があると思います。新しいアイデアを取り入れると、もっと生き生きした町になるはずです」

例として、長野県の飯綱町(いいづなまち)では、みんなに開かれた議会にするために「政策サポーター制度」が設けられています。市民公募で募ったサポーターは議員ではありませんが、行政に意見を出せます。そこから次の議員のなり手が現れているのです。

そこでここからは、地方自治体や政治、それぞれの組織においてジェンダー平等を実現するために必要なことを解説していきます。

地方自治体の課題と改善に向けて必要なこと

都心に移り住んだ女性が地元に戻るかどうかには、職の有無が大きく関係してきます。三浦先生は、「特に高学歴の女性にとって、地方は働く場所が少ない」と言い、現状を変えるために必要なことを次のように話します。

「女性の雇用を増やすためには、男性優位の社会で運営している組織のあり方を変えなければなりません。地方に限った問題ではありませんが、女性たちも参加しながら各地域がもっている資源を考え、雇用のチャンスを作り出していく必要があります」

一方で、都市部は地方に比べて賃金が高いという経済的なメリットが期待できるものの、子育てのしにくさを実感した人や、地方の魅力を再認識した人たちが故郷に戻る流れも強まっているそう。

三浦先生は、地方での雇用と地域の活性化について次のように話します。

「現在はリモートワークが普及し、複数の拠点をもっている人もいます。そういった人を積極的に地域に取り込んでいくと、町が活性化するはずです。また女性も含めて全員でアイデアを出し合うことで、男性優位の社会や組織が変わっていく流れも強まっていくと思います」
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Yellow Man//Getty Images

ジェンダーギャップ解消のために組織が考えるべきこと

三浦先生は、「組織内のジェンダーギャップを解消するには、ギャップが生まれる構造を分析し、制度を見直す必要がある」と説明します。

ここからは3つのポイントをご紹介。

平等な機会の提供

「もちろん全員ではありませんが、女性の中には妊娠や出産といったライフイベントを機に会社を辞める人もいます。一方で会社側は、“統計的差別”と言われるような『女性に投資しても仕方がない』といった考えをもつことが多く、そのせいで男女間でのキャリア開発が異なってくることがあります」

女性の管理職が男性より少ない傾向にある理由としては、昇進などのチャンスが平等に与えられていないことが挙げられますが、なかには「女性は能力やモチベーションがないから管理職に就けない」といった誤った認識をもっている人もいるそう。

意識を変える

三浦先生は、「法律やルールを支えるのは意識」だと話します。たとえば、男性も育児休暇をとるための権利や制度があるものの、実際は「仕事に対してやる気がないと思われる」「出世に響く」といった意識が取得を妨げている場合もあるのです。

人事の改革

また、賃金格差や管理職の比率、女性政治家の割合など、まずは「なぜこのような数字になっているのか」を分析し、男女が対等に働き続けられる組織をつくるためには“人事の改革”が必要です。

「妊娠・出産、介護、病気、『ボランティアに行きたい』など、それぞれ休む理由があると思います。持続的に回る組織のためには、1人当たりに任される仕事の配分を根本から考え直さなければなりません」
「仕事人としてのプライドを持つことはいいことですが、一部の人に強く依存したり、過度に権力を与えてしまう組織は“健全”だとは言えません。パワハラ問題が発生したり、その人自身が倒れてしまったりする可能性もあります」
「たとえば、1人が欠けても代替えできる、フォローができるような、それぞれの得意分野をあわせて皆の力が発揮されるマネジメントが大切だと思います」
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Yellow Man//Getty Images

地方自治体や企業などの組織の改革はもちろん、 ジェンダー平等を目指すうえで最も大切になってくるのが「政治」。ここからは、政治とジェンダーの関係性について解説していきます。

女性が政治に参加することの重要性

長きにわたって闘いつづけた末に、ようやく女性参政権を勝ち取った歴史をもつ日本ですが、現在も意思決定の場は男性が多くを占めています。これをふまえ三浦先生は、「誰もが平等に参画できてはじめて民主主義が活きてくる」と主張します。

高齢の男性が多く、女性にとって近づきにくいのが日本の政治の現状。

2021年の総務省の発表によると、県議会、市議会、町村議会ともに全体の8割以上が男性で、そのうち60歳以上の議員の割合が76.9%となっています。

「たとえば、生理の貧困について対策してほしくても、高齢の男性だけで意思決定されている状況を見て、『声をあげても聞いてもらえないのでは』と多くの人は諦めているのかもしれません。しかし、そこには問題解決を諦めさせてしまう政治の構図があります」
「女性が参加しにくい構図が放置されて、現在の政治が維持されているので、男性も女性も同数が議会に出られるような地域社会にしないといけないと思います」

個人的な問題を解決するための政治

選択的夫婦別姓をはじめ、若者の7割以上が必要性を唱えているのにも関わらず、政治を理由に議論が進んでいない問題があります。そのうえで三浦先生は、政治の課題を次のように話します。

「女性に関わる問題が、女性のいない場で決められていることが積み重なっているという異常な状態。それは女性にとって、暮らしにくい社会につながっています。“個人的なことは、政治的なこと”。多くの人が個人的な問題だと思っていたことも、実は政治の問題なのです」

生理の貧困もようやく可視化され、学校や自治体で生理用品が配られるようになったという話も少しづつ増えてきました。

ですが、これは今にはじまったことではなく、昔から存在していた問題です。「十分に生理用品が買えない」と、個人的な問題だと思って放置されてきたことも、実は社会全体で解決策を考える必要があります。

「政治には様々なことを実現可能にする力があり、それをどう使うかは、私たちがどういう社会にしたいか次第です。視野を広げて『どうしたら実現できるんだろう』とポジティブな方向で考えると、政治を変える必要性に気づくと思います。政治を諦めないでほしいです」
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女性議員を増やすために

三浦先生がお茶の水女子大学ジェンダー研究所教授・申きよんさんと共同で2018年に設立した、若手女性による新しい政治のリーダーシップを創出するためのトレーニングやプログラムを提供する「一般社団法人 パリテ・アカデミー」。

子育て中の女性が選挙に立候補しやすくなるような「こそだて選挙ハック! プロジェクト」をはじめ、女性議員を増やすためにさまざまなプロジェクトがパリテ・アカデミーから派生。三浦先生は、女性の議員を増やすためには、こういった女性同士のネットワークがカギになると説明します。

「首都圏では、去年あたりから若い人の参加が増え、立候補者になることに関心がある人が増えてきました。ただ、地方に行くと雰囲気が違い、『声すら挙げられない』というような、都心との温度差を感じます」
「女性が参画するプログラムを運営し、中心となる女性が他の女性たちをネットワークでつなげ、卒業生が次の世代のメンターになる、というコミュニティの運営をあと5年くらい続けていくと、そこから立候補者が出てくると思います」

ジェンダーギャップ解消のためにわたしたちができること

これまで話してきたように、日常のいたるところで、ふとジェンダーギャップを感じる瞬間はたくさんあると思います。では、私たちがジェンダー平等に向けて、日常生活でできることとは何でしょうか?

三浦先生は、まずはジェンダーギャップを意識することが大切だと話し、次のようにアドバイスしました。

「『男女は本当に対等なのか?』という違和感に気づいたら、行動してみてください。キャリアアップにつながるオファーがあったら受けてみたり、家事の分担を夫婦で話し合ったり…。あるいは、“推し”の女性議員を見つけて選挙ボランティアをするのも良いでしょう」
「できることは身近にたくさんあるので、自分で見つけてやってみることが重要です。その一つひとつが、確実に社会を変える1歩となるはずです」

三浦まり教授

三浦教授
三浦まり
智大学法学部教授。若手女性対象の政治リーダー養成を手がける一般社団法人パリテ・アカデミー共同代表。カリフォルニア大学バークレー校にてPh.D. (政治学)取得。専門はジェンダーと政治、福祉国家論。主著に『さらば、男性政治』(岩波新書、2023年)、『私たちの声を議会へ:代表制民主主義の再生』(岩波書店,2015年)、『日本の女性議員:どうすれば増えるのか』(編著、朝日選書、2016年)、『ジェンダー・クオータ:世界の女性議員はなぜ増えたか』(共編著、明石書店,2014年)など。千代田区男女平等推進区民会議会長。2021年にフランス共和国より国家功労賞シュバリエを受章。