よく耳にする、「産後の骨盤矯正」という言葉。“骨盤矯正”という概念自体が世間にすっかり浸透しているがゆえに、産後は整骨院や整体院などで骨盤をケアすることが必要だと思っていませんか?
今回は、産後の骨盤矯正について小石川整骨院院長・嶋秀和先生に伺いました。妊娠中や出産後によく見られるトラブルと骨盤の関係、骨盤矯正にまつわる間違った認識まで、詳しく解説していきます。
【INDEX】
骨盤の役割
骨盤は、内臓を包んで守る“器”としての役割と、脊柱(せきちゅう)と脚を連結して身体を支えている部分としての役割を持っています。
嶋先生は、その骨盤と筋肉の関係性について、次のように説明。
「骨盤はあくまでも身体の“器”と“支え”のはたらきをするのがメイン。骨盤が主体となって動くことはないので、役割だけを見ると骨盤についている『筋肉』のほうが大切なんです」
妊娠中&産後に起こりやすいトラブル
妊娠中や産後に起こりやすい身体的なトラブルは次の通り。
- 腰痛
- 股関節痛
- 坐骨神経痛
- 腱鞘炎
- 肩こり
- 首こり
- 脚のむくみ
産後トラブルの原因
女性の体に大きな身体的影響を与える出産において、産後トラブルの発生は珍しくないもの。嶋先生によると、多くのトラブルの根本的な原因は、骨盤ではなく腰まわりの筋肉が硬くなり、こった状態になっているからだそう。
「出産という一大イベントを終えたあとに始まる子育て。赤ちゃんの目線に合わせてかがむような姿勢をとる機会が増えることで、腰の筋肉が硬くなる人がとても多いです」
「腰回りの筋肉がこり固まっていると、骨盤のバランスが悪くなることはもちろん、こり固まった筋肉がリンパ管を締めつけてしまい、リンパ液のめぐりが悪くなって“むくみ”も出てきてしまいます。また、膝とおへそが近づくような姿勢は腰を硬くしてしまうので要注意です」
妊娠・出産における「骨盤ケア」の4つの疑問
――妊娠・出産の影響で本当に骨盤は歪む?
妊娠・出産後の体の変化として「骨盤が広がる」や「骨盤が歪む」といった表現をよく耳にします。一方で嶋先生は、こういった「骨自体が変形するような変化が起きることはありません」と話します。
「骨というものは、それ自体では主体的には動けません。骨は、骨についている筋肉の張力によって動きます。ただ、一般的に言われる“骨盤が歪む”ということは起こりえないものの、骨盤を引っ張る筋肉の影響で、骨盤が前や後ろ、左右に傾くことはあります」
この「骨盤の傾き」は、こりが蓄積されて硬くなった筋肉が、強い力で骨をひっぱり続けてしまうことで起きるそう。また、それほどこり固まった筋肉は、正常に働かない為にカロリー消費が落ちています。これによって妊娠前の食事に戻しても、体重が元に戻らないのです。
――“骨盤を締める”は正しい?
骨盤矯正のうたい文句として「骨盤を締める」という言葉を耳にしますが、骨盤が締まることも、「通常では起こりません」と嶋先生は言います。
「確かに、出産時に骨盤は少し開きます。これは産道を確保するために分泌される、リラキシンというホルモンの影響で靭帯が緩むことが原因です」
「ただし、出産や大きな外傷以外のことが原因で、骨盤が開いたり締まったりすることはほとんどありません。よく骨盤矯正のビフォー・アフターの写真で骨盤の開き具合が大きく変化しているものがありますが、実際には骨盤が数cmも開いていたら痛くて歩けたものではありません。その場合は産婦人科、整形外科の受診が必要です」
つまり、これほど動くことがない骨盤を、外から人の力を加えて閉じることは不可能だということ。
――産後1年経ってからでも骨盤ケアは遅くない?
骨盤まわりの筋肉のこりは、セルフストレッチで改善できるレベルのこりや、長年蓄積されて慢性的になってしまっているレベルのこりなどに分けられます。
嶋先生によれば、「こりのレベルによって改善するために必要な時間は変わるものの、いつからでも改善は望める」とのこと。
「もちろん、こりが慢性化する前にケアを始めたほうが治りも早いので、早く相談に来ていただけることが一番良いと思います」
「私の整骨院には長年蓄積したこりを抱えた高齢の患者さんも多くいます。その方たちでも症状が改善されているので、ケアをはじめるタイミングがいつであれ、効果を感じられるはずです。まずは、こりに気づいたらケアを始めてみてください」
――整骨院か整体院、どちらに行けば良い?
整骨院は、柔道整復師という国家資格が必要です。もともとは柔道場に隣接され脱臼などを治す治療を行っている施設でしたが、現在は肩こりなどの慢性的な疾患が理由で通う人が多いので、馴染みやすい「整骨院」という呼び名に変わりました。
一方整体院は、整体師になるための資格は必要ありません。カイロプラクティックやアロママッサージなどは、資格が無くても名乗ることができるのが特徴です。
嶋先生は、これらの違いをふまえたうえで、次のように話します。
「国家資格が必要ではないからと言って、整体師が劣っているというわけではありません。資格がなくても筋肉をほぐす技術に優れた整体師もいます。また最近では、国家資格に該当する理学療法士が整体院を開業するケースも増えています」
「実際に一度通って体験してみることが、自分に合った整骨院・整体院を選ぶ近道だと思います」
自分でできる妊娠・出産トラブルのケア
「こりが蓄積されている腰は、特に定期的なケアが必要」と嶋先生。とはいえ、数種類のストレッチを毎日続けるのは難しい人が多いはず。
ここからは、自分で簡単にできるケアをご紹介します。
30分に1度立ち上がる
嶋先生によると、30分に1度立ち上がるのは、自宅でも職場でも簡単にできる効果的な方法の1つだそう。
「座っていることが多い人は、1秒でもいいので立ち上がって、おへそと膝を遠ざけましょう。これだけで腰への負担をリセットできます」
「重い荷物を持っていると腕がパンパンになりますよね。でも一瞬持ち替えるだけで楽になると思います。それと同じことです」
腸腰筋(ちょうようきん)のストレッチ
「腸腰筋」とは腸骨筋と大腰筋が合わさっている筋肉で、これは腰の奥にあります。こった感覚というのがなかなか分かりにくい場所ですが、上半身と下半身を繋ぐとても大切な筋肉です。
嶋先生は、この腸腰筋のストレッチをすることを推奨。
「椅子などに片足を乗せ、お腹を前に出しながら上体を反らせて伸ばします。鼠蹊部(そけいぶ)あたりの筋に伸びを感じられるはずです」
「このストレッチはやればやるだけ良いので、気付いたら行ってください。できれば1時間に1度はやってほしいぐらいですが、これが難しい人は、とりあえず寝る前だけは欠かさずにやりましょう」
仰向けで寝る
嶋先生によると、腰の筋肉が硬くなることには、寝姿勢も大きく影響しているそう。特に横向きで寝るのがNGな理由を、次のように話します。
「寝る時の姿勢が横向きの人は、腰の筋肉が硬くなっています。横向きの寝姿勢も、座っているときと同様におへそと膝の距離が近くなりますよね。特に妊娠されている方は、お腹が重く横向きで寝る人が多いため、妊娠中から体中の痛みを訴える人が多いです」
「横向きで寝ると肩も巻き込まれてしまうため、寝ている間に肩や首を休めることができません。そうして肩こりや首こりが蓄積されてしまうんです」
一方で、仰向けの寝姿勢は「日中に身体に蓄積された疲れやこりを和らげてくれる効果がある」と、嶋先生。
「慢性的に腰を痛めている人は、仰向けで寝ることが難しいと思いますが、日々のストレッチやプロの手で改善が見込めます。まず仰向けで寝られるように頑張りましょう」
「こりのレベルによって来院が必要な頻度は変わってきますが、まずは週2回程度で月に8~10回程度の通院をおすすめします。これで、仰向けで寝られるレベルまで腰痛を改善させましょう。『睡眠姿勢を改善できなければ根本的な解決にはならない』と言えるほどに大切なことです」
良い整骨院・整体院を見分けるポイント3
数ある整骨院と整体院のなかから、信頼できる先生を見つけるのはとても難しいこと。実は嶋先生自身もひどい腰痛に悩まされていた過去がありますが、先生であっても良い整骨院・整体院を見つけるのは難しかったそう。
ここからは、そんな嶋先生が伝授する、良い整骨院・整体院を見分けるポイントを3つご紹介します。
保険の適応をしているか
保険適応が可能な整骨院や整体院を見かけることがあるかもしれませんが、これは実は違法行為。これについて嶋先生は次のように話します。
「本来、肩こりなどの慢性的な疾患や産後の骨盤ケアには保険が適応できません。それでも、肩こりや腰痛などを保険適応をうたって診ている整骨院・整体院が多いのが現実です。誠実さを求めるなら、保険の適応をしないところがよいでしょう」
強い刺激を与える施術か
整骨院や整体院というと、「パキッ」と音が鳴るような施術を思い浮かべる人もいるかもしれませんが、これは実はNG。その理由を嶋先生は次のように話します。
「こりがひどいと強い刺激を感じるマッサージや施術を好む人も多いですが、筋肉は強い力で刺激を与えると、より硬くなってしまうので逆効果です」
施術当日に仰向けで寝られたか
これは実際に整骨院や整体院に行って施術を受けてみないと分からないポイントではありますが、施術を受けた当日の夜に仰向けで寝られたかどうかは、とても大事なポイント。
「施術後に仰向けになったときに、腰がしっかりとベッドに沈み、布団と腰の間がしっかりとくっついたような寝姿勢をつくってくれる先生が見つかったら、“大当たり”だと言えるでしょう」