約6%と言われている、日本での早産率。早期に生まれた赤ちゃんは、体の機能も未熟な状態で生まれるため、一刻も早く必要な栄養をあげなければ命に関わる危険性もあると言います。

母乳には必要な栄養が含まれているものの、心身の不調で母乳が出なかったり、薬や病気の影響ですぐに母乳をあげられなかったりする場合も。

そんなときに活用できるのが、全国のお母さんから「母乳バンク」に寄付されたドナーミルク。海外では一般的ですが、日本ではまだ設立されたばかりのシステムです。

今回は、「日本母乳バンク協会」の代表理事・水野克巳先生に取材。ドナーミルクの必要性や、母乳による育児の考え方、母乳バンクが日本に普及していくための課題を聞きました。

解説:水野克己先生

――母乳バンクとはどのようなシステムなのでしょうか?

母乳がたくさんでるお母さんがドナーとなり、寄付されたドナーの母乳を低温殺菌処理して、無菌になったドナーミルクを母乳が出ない、もしくは出ても赤ちゃんにあげられないお母さんから生まれた小さな赤ちゃんに提供するシステムです。

日本では昔、お母さんの母乳が出ない場合、ほかの人から授乳してもらう「もらい乳」という慣習がありました。

「母乳バンクを使いはじめる」と病院のドクターが言うと、いまだに「ほかのお母さんの母乳がこんなにあるのに、どうして母乳バンクが必要なんですか?」と疑問に思う看護師さんたちもいるくらい。

ただ、検査もしていない方の母乳をあげるというのは、どんな感染症を持っているのかわからないし、管理体制が整っていないと医療事故に発展してしまう可能性もあります。

母乳バンクでは低温殺菌処理やドナーの健康チェック、血液検査など、安全性を確保するためにいろいろな取り組みがなされているんです。

――ドナーミルクはどんな赤ちゃんに届けられるのでしょうか?

体重が1,500gに満たない赤ちゃんの腸は、未熟で免疫もあまりありません。腸が壊死してしまう壊死性腸炎を引き起こし、命を落としてしまう可能性もあります。

粉ミルク(人工ミルク)よりも母乳で育てることで壊死性腸炎にかかりにくいと言われていますが、ストレスや疲労でお母さんの母乳が出なかったり、病気や薬の影響で母乳を与えられなかったりすることもありえます。

また、ミルクアレルギーなどがあって粉ミルクを受け付けず、ドナーミルクが必要な赤ちゃんもいます。

こういったケースなど、母乳が必要なのにも関わらず、なにかしらの理由で与えられないときにドナーミルクが使われているのです。

全国のお母さんから「母乳バンク」に寄付されたドナーミルク。海外では一般的ですが、日本ではまだ設立されたばかりのシステムです。今回は、「日本母乳バンク協会」の代表理事・水野克巳先生に取材。ドナーミルクの必要性や、母乳による育児の考え方、母乳バンクが日本に普及していくための課題を聞きました。
日本母乳バンク協会

――ドナーミルクのメリットを教えてください。

1,500g未満で生まれた赤ちゃんは、目や肺の病気にかかりやすくなりますが、実際に母乳バンクのドナーミルクを早い時期から使っている病院では、未熟児網膜症がかなり減少しています。

25週で生まれた赤ちゃんが40週にかけて成熟していくためには、良質なタンパク質が必要。もしお母さんの母乳が出ないのであれば、母乳が出るまでの間に一時的なつなぎとしてドナーミルクを与え、早い時期から栄養を与えることが大切です。

点滴ではなく、腸だけで十分な栄養がとれるようになる時期は、生後早ければ早いほどいいと証明されています。なので、お母さんの母乳が出るまで待っていると、その分スタートダッシュが遅れてしまうのです。

そうなると、お母さんも「早く母乳を出さないと」とプレッシャーに感じてしまいますよね。しっかりと搾乳支援をしながら、母乳が出るまではドナーミルクが使えると知っておくこととが、安心材料になると考えているお母さんもいらっしゃいます。

――ドナーになるまでのプロセスを教えてください。

まずはウェブサイトからドナー登録を行い、メールでやり取りをします。

ドナーの条件(一部)

  • ご自身のお子さんに与える量以上の母乳が出ること。
  • これまでに輸血や臓器移植を受けていない。
  • ドナー登録前6ヶ月以内の血液検査に異常がない。
  • 過去3年間に白血病やリンパ腫など悪性腫瘍の治療歴がない。
  • 3回以上(目安として計2リットル以上)の提供が可能。

ドナーの条件がクリアしているのか、登録の時点でお薬をのんでいるかどうかなど確認し、すべてクリアになった方と面談。その後もう一度改めてドナー登録に必要な条件をクリアしているかどうかを確認していきます。

これに加えて、血液検査でHIV1/2、HTLV-1、B型肝炎、C型肝炎、梅毒の検査も行い、陰性であることを確認する流れになっています。

全国のお母さんから「母乳バンク」に寄付されたドナーミルク。海外では一般的ですが、日本ではまだ設立されたばかりのシステムです。今回は、「日本母乳バンク協会」の代表理事・水野克巳先生に取材。ドナーミルクの必要性や、母乳による育児の考え方、母乳バンクが日本に普及していくための課題を聞きました。
日本母乳バンク協会

――現在、母乳バンクが抱える課題を教えてください。

大きな課題は二つあります。

まずは、ドナーを希望している方は全国にたくさんいらっしゃるのに、ドナー登録ができる施設が少ないこと。ご自身のお子さんを抱えて遠くの施設まで行けず、ドナーになれないケースが多くあるのが現状です。今後は、全国にドナー登録施設を整備することが、重要な課題になっています。

もうひとつは、災害によって電気や水道、交通網などのインフラが止まってしまった時に、今ドナーミルクを使っている赤ちゃんにドナーミルクが届けられなくなってしまう可能性があることです。

現在、母乳バンクは東京に2カ所ありますが、今後ドナーミルクを使う施設が全国に増えていったときに、これだけでは不十分。少なくともあと3カ所に母乳バンクが必要だと考えています。

それと同時にノウハウをどのように伝えていくか。そして母乳を衛生的に扱い、安全に低温殺菌処理をして届けるためのスタッフの教育が必要になってきます。

――母乳バンクに対する反応はどうでしょうか?

母乳バンクの活動が認知されてきているようで、大学生がゼミで発表する題材に母乳バンクを選んで見学にきてくれたり、高校生でも活動に強く関心を持って調べてくれたりする方もいます。

子どもはいないけれど取り組みに賛同してくれて、クラウドファウンディングで寄付してくださる方もいて。メディアで母乳バンクを知って寄付をしてくださる方が増えてきて本当にありがたいですね。

これまでは新生児科の先生が病院に掛け合ってドナーミルクの導入に至るケースが多いのですが、病院自体が母乳バンクを知らなければ「本当に必要なのか?」「どこからお金を出るのか?」など、契約や費用のやりとりにかなりの労力が必要になってきます。

最近では、母乳バンク導入を検討する自治体も増えてきているのですが、自治体と母乳バンクが直接契約を結ぶことができれば、先生が病院と交渉する必要もなくなります。

将来的には国と協力しあっていきたいと思いますが、ドナーミルクは食品なのか薬なのか、もしくは臓器なのか血液なのか…など分類が決まらないと、国も法制化して支援ができないのです。10年先を考えるなら、こういったところも検討する必要があります。

全国のお母さんから「母乳バンク」に寄付されたドナーミルク。海外では一般的ですが、日本ではまだ設立されたばかりのシステムです。今回は、「日本母乳バンク協会」の代表理事・水野克巳先生に取材。ドナーミルクの必要性や、母乳による育児の考え方、母乳バンクが日本に普及していくための課題を聞きました。
日本母乳バンク協会

――「母乳神話」がたびたび世間で議論になっていると思いますが、水野先生はどうお考えですか?

体操教室に通わせたり、水泳教室に通わせたりするのと一緒で、「どのように栄養を与えるか」というのは、親が考える子育ての方針のひとつだと思います。

母乳だけで育てるのか、粉ミルクとの混同栄養なのか…これらはあくまでも、親が考えて出した結果であり、母乳でなくちゃいけないなんてことはありません。

お母さんがどのような思いなのか、母乳で育てたい気持ちが妊娠中からどの程度強いのか。母乳で育てたい気持ちが強いのなら、どうやったらそれを実現できるのか。それに応えるのが医療者なのです。

母乳と粉ミルクが半々であっても、母乳が1割で粉ミルクが9割であっても、自信を持って納得する子育てができれば、それがその家庭の育児。まわりの人が口を出す問題ではないと思います。

ただし、意思決定をするためには、SNSで出回っている不確かな情報を鵜呑みにせず、科学的な根拠に基づいた情報を調べて判断しましょう。

――子どもを持つ親とって、母乳バンクがどのような存在になっていきたいと考えていますか?

赤ちゃんが早期に生まれてくるというのは、誰も予測できません。ある日病院に行ったら、突然NICUがある大きな病院に搬送され、考える余裕もなくどんどんと出産の準備が進んでいく場合もあります。

そうして赤ちゃんが生まれたあと、お母さんの状態がすぐれない状態で、病院に「ドナーミルクが必要です」と言われても、心の準備はできていないはず。これから妊娠の予定がある方には、自分には関係ないと思わずに、まず母乳バンクやドナーミルクの存在を知ってもらうことが大切だと思います。

いざ自分の身に降りかかったときに、安心して「ドナーミルクについて理解しているので、必要なのであれば使ってほしい」と言ってもらえるような存在になったらいいですね。

――今後生まれてくる赤ちゃんをサポートしていくために、社会全体で必要なことを教えてください。

生まれてきた赤ちゃんひとりひとりが、これからの数十年後を背負っていく大事な宝。少子化が進んでいる現状もあるので、誰も取り残すことなく元気に育っていく、そこに国民みんなが手を差し伸べてほしいと思います。

そしてこれからを担う子どもたちの社会や時代をつくっていくためのきっかけとして、母乳バンクの活動を見てもらえると嬉しいです。

簡単に言ってしまえば、小さな赤ちゃんのために募金しよう、寄付しようというところになりますが、そこからでも日本全体で赤ちゃんを支えることができると思います。

――これから子どもを持ちたいと考えている方へ、メッセージをお願いします。

母乳バンクを必要としているのは、入院していたり、早産で生まれたりした赤ちゃんです。

元気な赤ちゃんが生まれても、お母さんの母乳が出ずに自分を責めてしまい「この子になにかあったらどうしよう。ドナーミルクを使わせてください」という連絡をいただくこともあります。でも、赤ちゃんが健康に育っているなら心配しなくていいんです。

1滴でも2滴でもお母さんの母乳をあげれば、もしくはお母さんのおっぱいを吸わせてあげるだけでも大丈夫。「私は母乳をあげたんだ!」と自信を持ってくださいね。

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