イギリスのリシ・スナク新首相について、確かなことは3つある。ひとつは、首相に就任したということ。そして、南アジア系(祖先がインドのパンジャブ地方出身)であること。3つめは、白人以外の首相はイギリス初であり、その事実は歴史的だということ。だが、これら以外のことについては、さまざまな議論がある。

ここ2カ月の間に3人目のイギリス首相となったリシ・スナク氏の就任について、人々の意見は分かれている。

一部の人たちにとって、これはイギリスの前進を表す歴史的な瞬間。政府において最も力のある地位に褐色人種(ブラウン)の男性が就くのは、心を動かされること。また、これまで政治の道へ進むという選択肢のなかった若い世代の政治参加を促すことにもなるかもしれない。

ただ、同じアジア系イギリス人である筆者には、スナク首相の就任は祝福すべきものとは考えられない。これを有色人種の前進を表すものとみるのは、難しい。

その理由は、スナク首相が国民に選ばれたわけではないこと。そして、彼は前回の与党・保守党の党首選で、白人の候補に負けている。そのとき選出され、就任したリズ・トラス首相の後任を争った今回の選挙でも、ほかの候補者すべてが立候補を取り下げたために、勝利したにすぎない。

リシ・スナク マイノリティの代表ではない?pinterest
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これについては、イギリスの作家でジャーナリストのサスナム・サンゲーラ氏のツイートが、そのすべてを物語っている。

「リシ・スナクの選挙活動は、『白人の特権』の存在を示す典型的な例。彼が(首相に)最も適任であることは明らかなのに、お粗末な白人の候補者たちと、何度も戦わなければならなかった」

一方、多くの批評家たちの間には、“政治はさておき”、南アジア系のヒンドゥー教徒がイギリスの首相になったのは前向きなことだとして、それを重視する意見が多いようだ。労働党のジェス・フィリップス氏はこのようにツイートしている。

「アジア系イギリス人が政府の最高職責に就くことができる国にいることを、喜ばしく思っていますし、これは誇るべきことです。階級の問題は依然として最大の障壁と思われます」

しかし政治が文字どおり、何よりも重要なときに、本当に政治を「脇に置いておいて」いいのだろうか?

マイノリティの人たちを代表する存在がいることは、確かに重要なこと。ただ、それが政治課題とは別のところで重要視されるのであれば、それが示すのはよく言っても、「認識の甘さ」であり、最悪の場合、「皮肉、または損害」を意味する。女性の権利に関するマーガレット・サッチャー元首相の悲惨なレガシーを見れば、それだけで十分に理解できるはず。

"政治が文字どおり、何よりも重要なときに、私たちは本当に政治を「脇に置いておいて」いいのだろうか?"

新首相の民族的な出自を称える人たちは、彼のこれまでの政治活動を忘れているかもしれない。スナク首相は、貧困地域への財政支援を取りやめ、より裕福な地区を支援してきた。その事実を認めるような発言をする様子が収められたビデオがリークし、波紋を呼んでいる。

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また、人種や宗教に基づくヘイトクライム(憎悪犯罪)が15~25%増加したことと関連性があると指摘される、欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)も、支持してきた。

さらに彼は、イギリスへの亡命を希望する人たちの本国送還を支持している。この戦略について、国際人権NGOアムネスティ・インターナショナルは、「多大な人的損失と財務コストにつながっている」と指摘している。

スナク首相が難民や亡命希望者、そして移民とその子や孫たちを含む有色人種の国民に損害を与える可能性があるというのは、単純すぎる見方かもしれない。ただ、これは「アイデンティティ・ポリティクス」の無意味さを示すものでもある。

私のバックグラウンドは、首相と似ている(パンジャブ地方にルーツを持ち、ケニアとタンザニアで育った祖父母は、1960年代にロンドンに移住した)。それでも、私費でオックスフォード大学を卒業し、銀行預金の残額7億3000万ポンド(約1240億円)を誇る首相との共通点は、ほとんどない。

「南アジア系のコミュニティ」は、一枚岩ではない。一部が貧困のなかで暮らし、人種差別に直面し、決して情け深いとは言えない亡命制度に苦しむ一方、数百万ポンド規模の企業を経営し、豪邸に住み、夢のようなライフスタイルを享受しながら、他の人を助けようとしない人も大勢いる。

スナク氏 妻
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スナク首相とその家族。

スナク首相の妻アクシ​​ャタ・ムルティ氏が「非定住者」であると申告し、数百万ポンドの課税を逃れていたことが発覚してスキャンダルになったことも、私には、首相が常に「最も裕福な人たちのために富を守る人」であることの証拠のように思える。

南アジア系の首相の誕生は確かに、表面上は多くの人にとって、画期的なことといえる。それでも私の目には、スナク首相が、有色人種に損害をもたらす政策を正当化するため保守党が手にした“もうひとつのツール”として映る。さもなくば彼は問題を悪化させることになるだけではないだろうか?

From COSMOPOLITAN UK