私たち人間は自然災害、交通事故といった生死に関わる強烈な体験をしたり、DV(ドメスティック・バイオレンス)などの抑圧的・支配的な状況にさらされたりすると、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症することがあります。

そのなかの一つに、主に女性が受けるトラウマに起因する「家父長制によるストレス障害」があるのを知っていますか? 長年の抑圧の歴史が世代を超えた遺伝的なトラウマとなり、今も「見えないバリア」として女性の成功や幸せ、満足感を阻んでいるのだそう。

この記事では、家父長制によるストレスが、日々の生活で具体的にどのような影響を及ぼすのか、治療や克服する方法を含めた専門家によるPSDの解説を<グッド・ハウスキーピング>からお届けします。

【INDEX】


家父長制によるストレス障害(PSD)とは

PTSDには、大災害などの生死に関わる一度のトラウマで発症する単純性PTSDと、DVのように長期的、もしくは反復的なトラウマで発症する複雑性PTSD(C-PTSD)があり、近年では人種やジェンダーなど、ある特定のグループの人々に対する差別がトラウマを生み、C-PTSDに似た症状を引き起こすストレス障害が注目されています。

そのうちの一つが「家父長制によるストレス障害(PSD)」です2019年の著書『Patriarchy Stress Disorder: The Invisible Inner Barrier to Women’s Happiness and Fulfillment(原題)』で、PSDの概念を提唱したヴァレリー・レイン医学博士によれば、PSDとはジェンダーの不平等に起因する感情的、精神的、身体的な影響のこと。博士は次のように説明します。

「『家父長制』といっても、個人の男性から受けるストレスを指しているわけではありません。家父長制とは、権力や経済的、政治的な力、さらにはモラルまでを男性が支配し、女性を除外してきた歴史的な不平等と抑圧のシステムです。このシステムは数千年前から今も続いています」
「世代を超えた集団のトラウマは、成功や幸福、充足に対する“目に見えない障壁”として現れます」

なお、ノンバイナリーの人々や男性を含め、誰もがそれに苦しむ可能性があると言います。

家父長制がもたらす影響

家父長制は非常に個人的かつ広範的な形で、女性に影響を与えています。たとえば、通りを歩くだけでも絶えずハラスメントの不安にさらされたり、自分の意見は尊重されないという思いが強く、会議などで発言を控えたりする女性が多いのが現実。

社会的なレベルで見ても、男女平等の実現が道半ばなのは明らか。シンクタンク「アメリカ進歩センター」の調査によれば、米国の弁護士のうちアソシエイト(事務所に入所して最初に就くポジション)の45%が女性であるのに対し、パートナー弁護士に占める女性の割合はわずか22.7%に留まります。

医療の分野でも、医師のうち全体の40%は女性である一方で、医大で常勤医を務める女性の割合は16%にすぎません。また、<Fortune>誌が毎年発表する全米上位500社の総収入に基づいたランキング「フォーチュン500」に選ばれた企業のCFO(最高財務責任者)に、女性は12.5%しかいないのだとか。

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oatawa//Getty Images


PSDが後の世代に受け継がれる可能性

けれども、こうした現状が今に始まったことではないのは、私たちの母や祖母の世代の人生が物語っています。レイン博士によれば「PSDも複雑性PTSDと同様に、(前の世代の)トラウマが遺伝子に組み込まれて後の世代に受け継がれるエピジェネティクスという現象に起因するケースがあると、わかっています」とのこと。

また、PTSD治療で知られるクリニック「ステラ」のチーフメディカルオフィサー、ユージーン・リポフ博士は次のように説明。

ある研究では、マウスに桜の香りを嗅がせながら電気ショックで刺激を与え、これらのマウスを交配させました。すると、生まれた子どもも桜の香りで不安を感じるという、驚くような事実が判明しました。これはトラウマが世代すら超えて、文字どおり脳の生理機能を変化させたためです」

PSDが生活に及ぼす影響

トラウマの遺伝によって生じる影響の一つは、闘争・逃走本能の過剰反応が続き、神経が興奮して落ち着かなくなるというもの。メンタルヘルスが心身の機能に影響を与えるのと同様に、トラウマが脳に刻まれることで周囲の状況への反応方法が変わってしまうのだそう。

「私はPSDを『見えない監獄』、トラウマへの適用で生じた反応を『看守』と呼んでいます。『看守』は心や体、行動に現れ、症状も人によって異なります」とレイン博士。

PSDの症状の特徴

  • インポスター症候群(人から称賛されても、自分にはそれだけの価値がないと感じる心理状態)
  • 仕事や人間関係で意見をつい抑えてしまう
  • 自分の直感を信じられない
  • くつろいだりリラックスできない
  • 慢性的な心理的苦痛や疲労、うつ、不安感
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Nomad Outing//Getty Images

「PSDに苦しむ人々は、なかなかありのままの自分を表現できません」と説明するのは、理学修士の資格を持ち、セラピーセンター「New Method Wellness」のアンガーマネジメントファシリテーター兼認定上級アディクションカウンセラーを務めるディアナ・ジョーダン・クロスビーさん。

「抑圧を受けて苦しむことで、物事を感覚的に把握する力が奪われ、人との意思疎通にも支障をきたすようになります」とライン博士も説明。

彼女のクライアントでPSDを抱えたある女性は、会議で同席した男性との何気ない会話のなかで、人生を変えるようなプロジェクトを打診されたと言います。しかし、傍観者として育ち、それがすっかり当たり前になっていた彼女がこのチャンスに気づいたのは、会話が終わった後だったそう。

PSDの兆候かもしれない行動

「PSDが表だって語られる機会があまりに少ないため、対処しようとして正反対の行動を取る人が多いのです」とレイン博士は指摘します。何も考えたくないからと、夢や目標に取り組む代わりに次のような行動をしてしまうことがあるのだとか。

  • アルコールや薬、ショッピングに依存してしまう
  • SNSに何時間も費やしてしまう
  • 些細な嫌なことがあったときに声を上げず我慢してしまう

こうした中毒性がある/回避的な行動は、いずれも心に深く根付いたトラウマの反応である可能性が。

「これらを恥じる必要はありません。けれども、根底にあるトラウマを明らかにして治療を始めれば、不安は安心に変わっていくはずです。そうすれば、回避行動に頼る必要も徐々になくなっていくでしょう」

「遺伝子による自然な反応」 だと気づいて

複雑性PTSDと同様、PSDに対処するための第一歩は、たとえトラウマ的な状況下で物事が順調にいかなくても、自分が悪いからだと思い込まずに「これは遺伝子による自然な反応だ」と気づくことなのだそう。

たとえば虐待を受けていた女性が、逃げていたらより危険な目に遭ったかもしれないのに、長い間逃げようとしなかった自分を責めることがありますが、PSDの状態もこれと似たところがあるのだそう。

リポフ博士によれば、PSDを抱えた女性は、正当に評価された結果としての昇進をためらったり、対立が生まれそうな場面で立ち向わず自ら思考を閉じてしまったりすることがあるのだとか。

「この状態を生物学的な視点で俯瞰し、自分の脳は過剰反応しているのだと気づくだけでもかなり役立ちます」
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PSDへの対処法

複雑性PTSDを改善するための手段の多くが、PSDにも効果的とのこと。リポフ博士の推奨する瞑想ヨガには感情の高まりを静める効果があるとされ、その効果は2017年の研究でも証明されているそう。やや陳腐に聞こえるかもしれませんが、「ヨガには生理機能を調整する、実に高い効果があるのです」と博士は説明します。

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Vera_Petrunina//Getty Images

人は危険な状況を察知すると、興奮を体に伝える交感神経が活発になり、その後、安全を確保して深呼吸をすると横隔膜が下がります。この動きによって迷走神経が活発になり、一方で交感神経は鎮まるとのこと。ヨガの呼吸法にもこれと同じ働きがあるのだとか。

トラウマの反応を改善するには、ほかにも次のような手段が助けになるとのこと。

人に話す

自分の経験を姉妹や友人、親しい同僚などに話してみれば、自分は一人ではないと気づくことがあるはず。「自分を癒す最適な方法は、他の人を癒すことです。他の人、特にあなたと同じように家父長制の抑圧に苦しむ人を助けることで、より深い自己認識が得られるためです」とクロスビー博士は説明。

自分の感情を受け入れる

PSDも他の問題と同様に、対処のメカニズムを認識することが克服のための第一歩。

日記を書く

感情を紙に書き出すと、その感情を客観的に見て向き合うことができるため、自分にとっての対処法を知ることにつながるそう。

汗をかく

身体を動かすことに集中している間は、それほど思い悩まずに済むはず。自然のなかを散歩したり、リビングで明るい曲に合わせて踊ったり、ストレッチをしたりして体の動きに心を傾けてみて。

セラピーを受ける

トラウマ治療に詳しいメンタルヘルスの専門家に相談することで、彼らはあなたの心と身体に何が起きているかを分析し、より効果的な対処法をアドバイスしてくれるはず。これにより、あなた自身にとって最善の解決法を見出しやすくなります。

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PSDのような遺伝的なトラウマには、自分が今どのように感じているかを認識することが克服への第一歩。 自分への問いかけとしてレイン博士がおすすめするのが「自分が我慢していることは何か。そして、それはどの程度改善できるか」を考えるというもの。

「もし自己評価が低いと気づけばもっと上を目指せますし、声を上げていなかったと気づくことで、そのあと自分の意見を伝えやすくなるはずです」

仲間と一緒に取り組むのがおすすめ

博士によれは、こうした取り組みはグループで行うのが最も効果的だそう。友人とジムに通うとモチベーションを維持でき、目標を達成しやすくなるのと同じ。

新しい思考や行動のパターンを作り出すには時間がかかり、何度もくり返す必要があるけれど、同じ取り組みをしている仲間がいると責任が生まれ、そのパターンが定着しやすくなるとのこと。

また、トラウマが後の世代に受け継がれる一方で「トラウマからの回復」も受け継がれるものなのだとか。これについて、クロスビー博士は以下のように解説。

「エピジェネティック(後天的に獲得された形質が遺伝すること)なトラウマの連鎖を断ち切るというのは、歴史を変えるほどの大きな変化です。自らがトラウマから解放されて成長することでコード化されたDNAを書き換えることができ、次世代の子孫を救うことにもつながるのです」

※本記事は、Hearst Magazinesが所有するメディアの記事を翻訳したものです。元記事に関連する文化的背景や文脈を踏まえたうえで、補足を含む編集や構成の変更等を行う場合があります。
Translation: Mari Watanabe(Office Miyazaki Inc.)
GOOD HOUSEKEEPING