2022年の春、ニューヨークで産声をあげたヴィーガンレザーバッグのブランド「THE BUCKET BAG(ザ バケットバッグ)」。ブランドの代表を務めるのは、日本人のKanaさん。

ニューヨークに渡る前には「絶対30歳までに結婚したい」と思っていたと言うKanaさんがその“呪縛”から解放されるまでのエピソードや、バッグブランド設立の経緯、家族への想いについてお話を伺いました。

お話を聞いたのは…

ヴィーガンレザーバッグブランド「THE BUCKET BAG」
Founder Kanaさん

 
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2016年にニューヨークに渡り、パーソンズ美術大学でデザインを学ぶ。卒業後、ビューティ企業に勤めたあと、2022年春にヴィーガンレザーバッグブランド「THE BUCKET BAG」を設立。現在、台湾出身のパートナー、子どもとニューヨークで暮らしている。

Kana Wang Instagram

THE BUCKET BAG 公式サイト

THE BUCKET BAG Instagram

“30歳までに結婚”
という呪縛からの解放

――Kanaさんがニューヨークに渡ったきっかけについて教えてください。

ニューヨークに移住する前までは、東京生まれ東京育ち。仕事をする父と、専業主婦の母のもとで育ちました。幸せそうな両親を見て育ったからか、「将来の夢は“お嫁さん”」「“30歳”までに絶対する」とずっと思っていたんです。

今振り返ると、それは「女性は30歳までに結婚したほうがいい」という“呪縛”だったなと。「そんなこと言ってると売れ残っちゃうよ」「料理できないと結婚できないよ」とか、そういう日々耳にするちょっとした言葉によって10年、20年かけて少しずつ刷り込まれたバイアスだったというか。

結婚することによって“自己肯定”しようとしていたところがあったなと思いますね。

 
Kana Wang

ですが、ちょうど30歳手前の頃、当時お付き合いしていた人と別れることになって。「30歳までに結婚するにはもう間に合わないじゃん!」って全部が嫌になってしまったんですけど、あらためて「こういう考えに凝り固まっているのは良くないな」と思うようになりました。そして、何かを変えないとこの考え方からは脱せないだろうなと。

それがニューヨークに移住するきっかけになりましたね。最初は旅行のつもりでひと月ほど滞在したんですが、そのときに1年くらい住んでみようかなという考えが浮かんできて。どうせ行くならしっかり集中して何かに取り組みたいと思い、元々興味のあったグラフィックデザインを学ぶことに決め、30歳の誕生日にニューヨークに引っ越しました。

ニューヨークではパーソンズ美術大学に入学し、目の前のことに一心不乱に取り組みました。デザインって自分次第でどこまでもこだわることができてしまうので、朝まで課題をやることもありましたね。

すると、そうやって過ごしているうちに自信がついてきて、「結婚で自己肯定しなくてもいいんじゃないかな」と思うように。気がついたら、凝り固まっていた“30歳までに結婚しないといけない”という固定観念がスーッと消えていきました。肩の力が抜けたというか。

 
Kana Wang
パーソンズ美術大学に在学中にインターンをしたデザイン事務所のオフィス。当時のKanaさんにとって現地でインターンをすることは重要な目標の一つで、何十社にも応募し面接や課題に全力で取り組んだそう。

もう一つ、子どもをもつことに関する考えも変わりました。日本にいたときは「子どもをもたなくてもいい」って思っていたんです。それは、「子どもが生まれたら自分の人生は一旦終了。あとはすべて子どもに捧げないといけない」というイメージがあったから。

だけど、ニューヨークに来てから、子育てしながら学校に通う友人など色んなロールモデルに出会って、そういう人たちを見ているうちに子どもをもつことに対する意識がポジティブなものに変わりました。

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Kana Wang
パーソンズ卒業後に入社した会社のメンバーと。

人種のるつぼ、NYで感じる
「透明な壁」

――ニューヨークに住み始めて大変だったことはありますか?

日本にいる間は両親と住んでいたのでそばに家族がいる安心感があったのですが、ニューヨークでの暮らしは生まれて初めての「何でも自分でどうにかしなければいけない環境」でした。

まず、家探しからとても大変でした。物件を調べるのに何を見たらいいのかもわからなかったし、今では当たり前になった「ニューヨークでは何事も交渉をしないといけない」ということも知らなくて。当時を振り返ると「もっとこうすればよかった」と思うことが結構ありますね。

ただし部屋選びに関しては、夫と当時同じエリアに住んでいたことがきっかけで出会えたので、結果的には良かったなと思います。

 
Kana Wang

また、最初すぐには友人ができなかったので、何かあったときに自分一人のなかで消化しなければいけなかったことも精神的にきつかったことの一つでした。

あとは、ニューヨークは日本よりも多様性が尊重されていて、みんな平等でっていうイメージがあるかもしれないんですが、実際に住んでいると「透明な壁」の存在を感じます。

あからさまな差別をされたわけではないけれど、振り返って「あのときのあれってそうだったのかな」と疑心暗鬼になってしまったこともありました。

特に人種差別に関しては、実体験として差別的な言動を直接受けるということはほとんどなくても、社会に残る構造的な“偏り”を感じる場面は少なくありません。

ジェンダー平等への意識も、一般的にアメリカは日本より進んでいると言われますが、私が一人で出かけていると「今日はお子さんは誰が見てるの?」と聞かれることはよくあって。そういうときにはその人たちは無意識のうちに「子どもの面倒を見るのは女性である私の役目」というイメージがもっているんだなと感じます。

夫が一人で出かけていても聞かれないと思うんですよね。なので国というよりは個人のものの見方によるところが大きいと感じています。

ファッションが好きだから
“使い捨て”文化を変えたい

――2022年にヴィーガンレザーのバッグブランド「THE BUCKET BAG」をスタートされました。ビジネスオーナーとして、どんなことにこだわっていますか?

「THE BUCKET BAG」を立ち上げたのは、前に勤めていた会社から妊娠中、コロナ禍にレイオフされてしまったことがきっかけでした。夫が「せっかくだから好きなことをビジネスにしてみたら」と後押ししてくれ、出産前から自分のペースで少しずつ準備をして2022年の春にようやくブランドとしてスタートを切ることができました。

※会社の業績が回復したときに再雇用することを前提にした一時的な解雇のこと。

 
THE BUCKET BAG

アンチ・ファストファッションではないけれど、私自身ファッションが好きだからこそ気に入ったものを長く使う楽しみ方をしたいと思っていて。「1回着たら・使ったら捨てる」という“使い捨て”文化を変えたいし、持続可能な産業になっていってほしいと願っています。だから「THE BUCKET BAG」のバッグも、ヴィーガンレザーを素材に使用し、長く楽しんでもらうためにベーシックなデザインにしたんです。

広義の持続可能性という観点では、バッグの製造を委託している工場に対して、従業員に最低賃金以上の給与が保証されているということもしっかりと確認しています。

自分たちにとっての
「幸せ」を見つけて

――2020年にお子さんをご出産されました。仕事と家庭の両立はどのようにされているのでしょうか?

仕事に育児に目まぐるしい毎日。仕事に追われて子どもとの時間が少なくなってしまったときは、悲しい気持ちになることもあります。

逆に、仕事に関してもやりたいことを全部できているかと言うと、そうではなくて。たとえば「もっとコンテンツをつくりたい」と思っても、夫とスケジュールを合わせたりベビーシッターさんを頼んだりしなければいけないので、以前なら思い立ったときにすぐできたことが簡単にできず、もどかしい気持ちになります。

 
Kana Wang

こちら(ニューヨーク)の友人と話していても、案外みんな同じような悩みをもっていて。「みんな悩んでいるけど頑張ってるんだな」と思うと少し楽な気持ちになれました。

仕事も結婚も育児もうまくこなすのが理想ですが、カタチにとらわれすぎないことが大事かもしれません。人によってはSNSで他人のキラキラした投稿を見て「これを目指さないと」と思ってしまうこともあるかもしれませんが、柔軟な気持ちで自分たちにとって何が一番幸せなのかを追求していくのがいいのかな、と。

最近息子がデイケアに通いはじめたことで少しゆとりが出てきたので、「THE BUCKET BAG」に一層力を入れていきたいです。おかげさまで二度目の再生産を行うことになり、今季はこれまでとは違った新色が登場します。また、ニューヨークと日本、そして夫の母国である台湾の3カ所を行き来するようなライフスタイルにも徐々にシフトしていきたいです。遠く離れて住んでいる家族と過ごす時間をもっともてたらいいなと思っています。